私のお兄様
私のお兄様は穏やかに見えてツッコミの激しい方です。
そんなお兄様が本家のお嬢様に振り回されているのを物心ついた頃から見ながら私は育ちました。いつだってお嬢様の行動はお兄様のこと細かい注意を呼ぶのです。
私達は乳兄弟です。
私を産んで母が死んでしまったので私はお嬢様の乳母、生母の方からお乳をもらって育ったのです。
お兄様に関しては若様の乳母を私達の母がしていました。
私はお嬢様の側付きメイドを経て、できることなら王宮付き上級メイドを目指していきたいですし、早めにいい人を見つけて若様のところにお子が生まれる時に乳母になれたら幸いかもしれないと思っています。
小さな子供の恋はひとときの熱病のようなものだからさめるとあとから笑っちゃうかもね。
そう笑顔で若様が言ったから私の恋はさめてしまったのかもしれません。
もちろんそれは私にむけて言った言葉ではありませんでした。
六歳の頃からあからさまに私のお兄様に好意を寄せていたお嬢様への言葉でした。
私のお兄様に「大好き」と笑顔をむけ、「なにが好きかしら」と私に問うお嬢様に私は「私のお兄様ですよ」と言い出せずに苛立ったあの日々。私は当時学園に入寮していた上のお兄様より下のお兄様の方が身近で好きでしたし、母はなく親族の女性たちが親代わりをつとめてくれていたとはいえ「私のお兄様」という存在は特別でした。
使用人、分家の者にもお嬢様がお兄様に好意を持っているのはよく知られていて、お兄様がよくからかわれていたのを覚えています。どうかわしていたのかは覚えていないですけど。
私は姉妹のように育つお嬢様を嫌いはしていないとはいえ、「私からお兄様をとったとしても私が責めることを許されない」存在として居続けています。
身分違いの一方的な恋心をお兄様にぶつけたお嬢様はやんわり断られた夜、ひとしきり泣きじゃくり(いつもニコニコ泣かない方なので驚きました)翌朝にはケロリンとしていたのです。料理長がお嬢様の好物で朝もお茶時間もお昼もきめたからかもしれません。
お兄様はしばらくなにか企んでいるのでは? と危惧なされていましたけど、特に考えてらっしゃるとは思えません。
だって王子様のおそばに侍るだなんて不可能ではないまでも夢物語!
うちのお兄様はそんなに簡単に捨てることができる存在ですか!
腹立たしい。
学園に入ってからも寮の自室でいきなり雄叫びをあげたりお嬢様の奇行はキリがありません。
一日三コマの時間割をすべて埋めようとなさることはさすがに止めました。
七日一区切り。そのうちの四コマに教養二コマに礼法。奥様にどの教科も一緒に受けて良いと許可はいただいていますが、体術を入れた瞬間にこの教養と礼法以外は独自に選ぼうと決めたんです。
ほっとするというか、なんと言っていいかわからないというか、お嬢様は積極的に講座を受け、貴族の社交たる令嬢達の集まりには縁遠い生活。唯一縁作りをしているというのは教会での奉仕活動。
それなのに平民とは縁を着実に結んでおられて、私はやっぱり「王子様の愛人」というお嬢様の目標に疑問をいだいてしまうのです。
お嬢様を敬愛していると言えなくとも、嫌えず、情はあるのです。理不尽にも私のお兄様は王子様より素敵に決まってるっていうのにお兄様を捨てて王子様を選ぶの!? と思う部分があったとしても、お嬢様に不幸になってほしいわけではないのです。
え?
辻試合で勝ってお小遣い獲得?
お嬢様どこを目指しているんですか!?




