ゲルト・アードリーあらわる。
ピンクの髪を左右にお団子結いしたちょっと幼い印象のフリル少女。それがゲルト・アードリー嬢である。ゲーム情報として知っている。が、私は初対面だ。
ふわっとした全身の印象にキュッと引き締めるような紫を帯びた黒に近い目が人目を惹く。
舞踏会には出るけど女神杯には出ない系ライバルの一人だ。
商家のお嬢さんでありながら家名があるのはお母様が貴族出身ゆえ。たぶん、おじさまあたりが現当主か次期当主なんだろう。
ゲーム中は家名の有無ルールがよくわからなかったものである。
貴族の娘が平民に嫁いだらその子供は実家の家名を名乗ることもゆるされるのだ。もちろん行動罪科によって取り上げられることもあるけれど、普通に嫁ぐ分にはゆるされる。なぜなら貴族身分を持つ血筋は少なくない魔力保持者なので、管理目的とのことだ。
家名あるイコール魔力有り、その遺伝子を持ってる。ということと母親から高等教育が子供に引き継がれている確率の高さだ。
だからといってゲルト嬢がジェニスジェファーを見下していいっていう理由にはならないけどね!
「見込みもないのに女神杯に出場してしまうような方はお付き合いさなる方も選べないんですね」
え。コレ私に喧嘩売ってる?
ちょっと今日の装いを見下ろす。街歩きなのでシックかつシンプルな服装で正直ジェニスジェファーと並ぶと浮く。ジェニスジェファーは艶やかな黒髪のウェーブヘアで飾られた髪飾りが映える。私もウェーブヘアではあるけれど中途半端な青みがかった茶色だ。臙脂の幅広リボンでポニーテールにしてる。
メープルは明るいパステルカラーをすすめてきたんだけど、今日は臙脂色が良かったんだよ。
質は良いけど動きやすく目立たない装いだ。誘拐や絡まれ(路上試合)対策なんだけどね。
ジェニスジェファーも反論するにはどのポイントをつけばよいのか悩んだのか沈黙した。ですよね。私も女神杯の出場者だし、ただ貴族令嬢だけど。えー。貴族令嬢なのに平民とお友達付き合いしてるのおかしいって馬鹿にされてるー?
「お友達はもちろん選んでます。ところでどなたかしら? ジェニーのおともだち?」
「近所の幼なじみよ。失礼な子でごめんなさいね」
「少し驚いただけ。女神杯でジェニーに会えたことは私にとって素敵な出来事だったわ」
照れたように、嬉しそうに「ワタクシも」と笑顔いただきました〜。コレは眼福。
ぱちぱちと瞬きするピンクお団子ことゲルト嬢。私の要望の平凡地味さで女神杯出る暴挙なんて信じられないと態度が雄弁ですね。
落ちるとわかっていての記念出場ですよ。ええ。
見守ってくれていますけど、ブラウシュナーから不快そうな気配を感じますよ。おそらく私達の連れと思われていませんね。ブラウシュナー。どこに目をつけてるんですか。ゲルト嬢。
「ゲルト・アードリーよ」
「はじめまして。お目にかかれて光栄ですとは言えませんけれど。アガタ・フローレンスです。貴女の幼馴染のジェニーは本日私との予定がありますので、失礼いたしますね」
私はそう言い切るとジェニスジェファーの手を取って笑顔で歩きだす。
おう、私も家名持ちだ。売られた喧嘩は買ってやるぜ。と打ち返すことにした。お互いこれで名前は知ったわけだしね。
「ジェニー、お茶を飲むお店って過ぎちゃってないわよね?」
ええ。私予定のお店知りませんからね。手をはなした方がいいのかと迷っているとキュッと握られた。嬉しい。
「大丈夫よ。ゲルトが驚いてたわ。やだ。あの表情」
ケラケラとジェニスジェファーが笑う。
「悪い子じゃないのよ。ただ、ちょっとね」
「なによ。私が家名持ちに見えなかったことを笑ってるの?」
「女神杯は公平を目指して家名は出さないものねぇ」
正直に言っていいわ。彼女、私が出場者だなんて想定外だったんだわ。
「どーせ、私には色気が足りませんよーだ」
ぎゅっと握られる。
「アガタさんはかわいいわ。ちょっと趣味はアレだけど」
リボン見ながらなに言いやがりますかね。このお友達はっ。
「いまだミステリアス度の足りないジェニーに言われても」
「そう。神秘性だなんてどうやってあげろっていうのよ」
「神秘性なんてあげるものじゃなくてよ。勝手についてくるものだわ。占星学の講座受けてみたらどうかしら?」
ジェニスジェファーには神学より占星学の方が似合いそうだし。専門学科の門を叩く人材って何気にミステリアスよね。
「受講料高いじゃない。それに美人占い師って胡散臭いわよね」
「でも、稼げそうよね」
手を繋いだまま歩く。
照れ臭くて嬉しくて楽しい。
「あのお店よ。奥の中庭でお茶できるから気楽なの」
大通りにむけて持ち帰り処をあけた横扉を開ければその先は食堂のようだった。
「あそこで外へ討伐依頼や採取依頼で出かける人たちにお弁当を売っているの。多少素材の買取もしてる店でね、ワタクシもたまに薬草や香草の類を買取ってもらってるわ」
ほんのり薄暗い店内は古い油と土埃の匂いとチーズっぽい匂いがした。
「おじさん、言っていた通り奥借りるわね」
ジェニスジェファーはそう言ってずんずん店内を進む。店内にいた数人の客がジェニスジェファーに挨拶したり私に軽く目礼をくれたりした。そのあとブラウシュナーにギョッと目を見開く。
おもしろかった。
奥の庭はシンプルな香草畑と井戸、日傘をセットされた丸テーブルと椅子が三脚。三脚?
「付添い人はメープルさんだと思っていたのよ。ブラウシュナー様にあの椅子は窮屈でしょうし、同じテーブルだとワタクシたちが狭いわ」
そう言ったジェニスジェファーは手をはなして椅子を一脚テーブルから引きはなす。
「ジェニスジェファーお嬢様、自分が」
さっとジェニスジェファーから椅子をスリ抜いたブラウシュナーはその椅子を出入り口付近に置き自分はそこに座った。
店主のおじさんとすこしやりとりをしてテーブルを追加してもらっていた。
私たちのテーブルに並べられた木製のコップに果実汁。木皿によくわからない肉をのせた薄焼きパン。
「ちょっと豪華めの平凡な朝食よ。貴族のお嬢様には珍しいでしょう?」
「ええ!」
でもこういう朝食ってちょっと憧れてた!
「ジェニー、これでお支払いってどういうかたちになるのかしら? 私実際お支払いってしたことがないからわくわくしているの!」
いろいろわくわくしている!




