リチャーズ・ベクス氏は
なんていうか残念な軟派男である。
そして攻略対象である。ただし私はゲーム中、『これ絶対恋じゃないヤツ。ダメンズ世話して悪化させるヤツ!』と呟きながらどろどろに堕落しきらせたのはあくまでゲームだったからだ。リアルにはのーせんきゅーだ。
攻略は非常に簡単だった。彼の意見を基本肯定し、称賛し、ほどほどに稼ぎつつ、色気と気だてをあげる。正直途中から作業だ。
将来的に彼が稼げるかと言えば疑問なので夜間の酒場バイトしてでも稼ぐ。もちろんこれ平民落ちエンドだ。
夜の酒場バイトはなんだかんだでモラルが駄々下がるし、世間からの評価も下がる。
夜の酒場バイトは二種あって、用心棒だった場合、戦士系冒険者の道もかろうじて残るだろう。戦闘力あるし。
もう一種の方だとなにが高いかによって堕ちるところまでおちるという地雷男なんだよ。リチャーズ・ベクス氏は。
そして、今、私の目の前でベクス氏はニオベ様に微笑まれてらっしゃいます。目を、目を醒ましてニオベ様。それダメな奴ですぅ!!
ゲーム内では私にとっての年上の人。つまりニオベ様にとっては同世代。
「町中で知らない方々に道を聞かれていた時に上手に説明できない私に代わって説明してくださったの」
いや、ニオベ様、それヤラセ!
ゲーム中もそんな出会いを演出しているような男だったからっ。
「次の武神杯を目指して頑張ってらっしゃるんですって。私応援したくて。でも訓練ってよくわからないでしょう? アガタちゃんならわかると思って」
にっこにこのニオベ様。
えー、私の訓練なんて十一歳女児用のかんるい訓練ですよぅ。
「毎日の走りこみとか?」
「美容体操も含めて私も走っているわね」
ほら、私なんて当たり前のことしかしてないですから。
「私の走ってるのは教会から森林公園までかしら?」
あ。いつのまにか寄ってきていたリチャーズ・ベクス氏が一歩引いた。教会から森林公園ってそれかなり距離がある。
でもなぁ、なにをするにしても基礎体力ないと効率悪いんだよね。続けたいのに体力尽きちゃったら悔しいし。
「私は寮前の広場を軽く。人の少ない早朝に」
それでもひと気はあるのだけど、それはたいがい訓練してる人達なのであんまり気になりません。
まぁぐるっと一周するぐらいだし。
「まぁ、そうなのね」
「学生居住区は警備していただいておりますから」
いちおう貴族令嬢ですから。
「ニオベ嬢」
リチャーズ・ベクス氏動く?
ニオベ様は『お会いできて嬉しい。でもなにかしら?』という表情でリチャーズ・ベクス氏に視線を合わせ、自分の袖口をするりと撫でた。あ。爪綺麗。
「よろしければ、ご一緒させていただいても良いだろうか? 貴女のように美しい方が暗がりの多き場所を走ってらっしゃるということが心配だ」
まぁ、か弱いとは言えないよな。武神杯でもいいとこいってるんだもんなぁ。リチャーズ・ベクス氏よりは実力あると思う。
それでもニオベ様は嬉しそうに頬を染めた。
「ご迷惑をおかけするのはイヤですわ」
迷惑かけられるのはニオベ様だと思う。
「いえ、自分からの提案ですから! ご迷惑でなければぜひ!」
熱をこめて説得するようすに私が別れ際「体力つけなさいね」とリチャーズ・ベクス氏に囁いたのは善意ですから。




