53.パストレラ
毎年、12月のこの時期になると、月見之介の遺体を後にして、バヒア・トルトゥガスから逃げるようにして帰ってきたことを思い出す。
何もない海辺の町のガソリンスタンドでビスカイノに向かうトラックの運転手に頼み込み、乗せてもらった。
ビスカイノの町で下ろしてもらい、路線バスの乗り場について居合わせた人に手あたり次第に聞いていると、通りを歌いながら歩く人々に出くわした。
「あれは何だ?」
「知らないのか、中国人。
パストレラの連中だよ。
ポサダの時期はああやって練り歩くんだ。」
その時の僕は、ポサダが12月19日から23日まで続く、メキシコのクリスマスの催しだというのを知らなかったし、その時期にパストレラというクリスマス劇が行われるのも知らなかった。
ただ、ひたすらに、日本へと帰ろうとサンディエゴを目指して、車で来た道をヒッチハイクとバスで北上していくその途中で、僕はいくつものパストレラを目にした。
それは守護天使にイエス・キリストの誕生を告げられた羊飼いが、生まれてくるイエスに会うために、悪魔の横やりに負けずにベツレヘムを目指す旅の劇なのだが、様々なバリエーションがあり、いろいろな要素が挿入されて、何の劇なのかわからない。
そもそもポサダが、スペイン人に征服される前のアステカ文明の人々が祝っていた戦いの神ウィツィロポシュトリの生誕を12月の間、何日も祝っていた習慣を無理やりキリスト教的なものに当てはめたものであるためだろうか、何が何だかわからなくても、それがメキシコらしさだと言ってしまえるような大らかさが感じられた。
ビスカイノの路上で、ラス・ペルチャスのバス乗り場で、サン・クエンティンの通り沿いで、エンセナダの、大通り沿いの学校で、アマチュアの役者が面白おかしくのびのびと演じるキャラクターに出くわした。
誰が何の役をやっているのか、その衣装から推察することはまったくもってできなかったが、見ているだけで楽しかった。
中にはロバに乗って移動する若い男女が出てくるシーンもあった。
あとから振り返れば、あれはナザレからベツレヘムへと移動するヨセフと身重の聖母マリアだったのだろう。
ひたすらに道を歩きながら、会話を交わし、悪魔の誘惑をはねのけ、先へと進もうとする2人の様子は、当時は意味はわからなかったけれど、奇妙に印象に残った。
ポサダとパストレラの意味をぼんやりとではあるが多少理解したのは、日本に帰りついた後、蟹沢さんから休暇を与えられて手持ち無沙汰にしていた時、暇に飽かせて調べてからのことだ。
イエスに会いに旅をする悪魔と羊飼い、あるいは、結果としてイエスを産んだ場所であるベツレヘムを目指してナザレから歩き続けるヨセフとマリアのことを知って、まるで自分と月見之介みたいだなと、改めて思った。
日本からアジア経由、西回りに旅をして、香港、マニラ、ハノイ、ホーチミン・シティ、バンコク、ニュー・デリーからバラナシ、コルカタからムンバイ、それからゴアへ。
スリランカやトルコには向かわずに、何故かドバイ経由でダルエスサラームへ空路で移動。
サファリツアーに出かけるついでのようにナイロビへ抜けて、エチオピアにも、西アフリカにも、エジプトにも行かずにまたもや空路でアテネへ。
ザグレブを見て、ブタペストを見て、ウィーンを見て、プラハを見る。
それからミュンヘン、ベルリン、アムステルダム、パリ、マルセイユ、バルセロナ、バレンシア、マドリー、セビリヤ、リスボン。
月見之介が悪魔で、道々で知り合った女に声をかけ、一生懸命に誘惑しようとしては袖にされ続けた。
彼女たちは、イエスに会うべく、ベツレヘムへと旅する羊飼いで、月見之介のことなど気にしている暇はなかったのかもしれない。
そして月見之介はロンドンから大西洋を渡り、ニューヨークからアムトラックに乗って、シカゴ経由でカリフォルニアへ。
絵にかいたような悪女に騙されて身ぐるみ剥がれた月見之介は、自分を憐れみながら自暴自棄になって、カリフォルニアを南へと、国境の向こうへと進む。
自分を呪い、世を儚んで、誰も見やしない短歌を詠んで、自己顕示欲を満たすためにInstagramを更新して、バハカリフォルニア半島を南北に往復し、やがて不慮の事故に巻き込まれて致命的なケガを負って。
最後はおそらく、ケガからの細菌感染とその結果としての敗血症、そして痛み止めの過剰摂取でショック状態になり、死んだ。
自分のことを、誘惑する側の悪魔だと思っていた月見之介は、実は生まれたばかりのイエスに会うために旅をしていた羊飼いで、もっとずるがしこくて強い悪意に満ち溢れた悪魔に上手く丸め込まれて騙されて、最後には死体も消えてなくなってしまった。
依頼主だった本家の当主はそれで満足だったようだ。
僕がメキシコに滞在して余分に経費が掛かった分についても、まったくお咎めがなかった。
蟹沢さんも、割のいい仕事がちゃんと終わって満足そうだった。
高魚が働いていた興信所からも特に何か言いがかりをつけられることもなかったし、約束されていたとおりの報酬が支払われたらしい。
僕はといえば、ボーナスや一時金の支給はなかったが、年明けの契約更新の時に確認すると、報酬が増額されていた。
帰国後、年が明けて、新型コロナウイルスが流行し、文字通り、世界はその動きを止めた。
海外の駐在員は一斉に帰国し、国境をまたいで失踪するような人間はロックダウンを理由に探されなくなった。
仕事は主にオンラインで公人や企業を誹謗中傷する匿名の誰かを特定する案件ばかりになり、僕も家にこもって、そんなことばかりやるようになった。
そうして、月見之介の件は、マスクで覆われたみんなの口に昇ることもなく、関係者の間ですらあっという間に忘れ去られてしまった。
世界は感染症におびえ出歩かなくなった人々の間に、飛ばなくなった飛行機、乱降下した株式市場の数字、経済の停滞など、様々なトピックを振りまきながら、身を縮めて、2020年が過ぎるのをじっと耐え忍ぼうとしていた。
ただひたすらに、ワクチンができて、実用化されることを切望しながら。
イエスに会えないまま、悪魔にかどわかされて消えた羊飼いのことなど、何も思い出すこともなく。




