48.バス移動(Reddit経由)
バスがロス・カボス・デ・サン・ルカスを出発する時には、既にすっかり日が暮れていた。
12月の太陽はバハ・カリフォルニアでも落ちるのが早い。
僕らがよく知る冬が、太平洋のこっち側でもやって来ることを、改めて思わされる。
もはやランドクルーザーはなく、助手席にいたカミーラもいない。
一昨日前、ナンシーと話し合いをした後、彼女は僕の元を離れた。
聞いた話では、今日明日にでもオアハカに行って、出生証明書でも取得するのだとか。
場合によってはそのまま結婚するのかもしれない。
ライフイベントを迎えるのに、躊躇が全くない。
結婚のことなど、その歳になるまで考えることすらできなかった自分にしてみれば、状況が状況であれども、カミーラの思い切りの良さが、どこか清々しく感じられた。
「そんじゃ、中国人。
世話になったな。」
別れ際、忌々しそうに彼女はそう言ったが、子供特有の照れ隠しが底に見え隠れしていて、どことなく微笑ましかった。
「こちらこそ、我らが通訳殿。
短い間だったけど色々助かったよ。
出会いは最悪だったけどね。」
カミーラは鼻を鳴らして、反対側を向き、そのままジープの後部座席に乗り込んだ。
カミーラの姿が車の中へ消えると、助手席の窓がスライドして下がり、ナンシーが窓から半身を乗り出した。
「じゃあ、東亀、手筈通りに。
また近いうちに会おー。」
イマイチ緊張感の足りない言葉尻のナンシーに、僕は右手を差し出した。
「ええ。
これから西海岸に来る時は、必ず寄らせてもらいます。
カミーラの様子も見に来たいですし。」
「そーねー。
何て言うんだっけ、こういうの?
『末広くシクヨロ』?」
「『末永くよろしく』ですね。
こちらこそです。
また連絡します。
そうそう、高魚さんにもよろしくお伝えください。
おかげで色々助かりましたから。」
高魚の名前を聞いたナンシーは怪訝な表情をしつつも、握手をする。
ジープは低くしっかりとしたエンジン音をさせて滑り出し、浮かない顔のナンシーを連れてオアハカへと進んでいった。
おそらく、高魚が陰でこそこそ調べ回っていたことを、ナンシーはすぐに突き止めるだろう。
その後の修羅場がどうなるのかはちょっと興味があるけれど、高魚ならきっとどうにかするだろう。
もしかしたら罰として、腎臓を売る方がマシなような役回りをさせられるのかもしれないが、それは運命だと思って、諦めて受け入れてもらうしかないだろう。
路面状態の悪い道が山の奥へと伸びている。
その上を滑るように、僕を乗せたバスは、スピードを出せずに、くねくねと走る。
ロードノイズがかなり酷い。
ナンシーと高魚のことをひとしきり考えて、視線を左側に向ける。
暗闇の中で、ほとんど何も見えない窓の向こう目掛けて、メッシュの入った紫色の髪の若い女がスマートフォンのカメラを向けている。
撮影が終わると、Instagramを立ち上げて、フィルターを使って、写真を加工する。
バハカリフォルニアの暗闇の写真の中に映る闇が薄明るくなったり、薄暗くなる。
その奥に映るものが見えたり、見えなくなったりと、姿を変えていく。
彼女の友達はそういう写真が好きなのだろうかと、ぼんやりと考える。
僕も自分のスマートフォンを立ち上げる。
昨日の夜に撮ったスクリーンショットを表示させる。
その時まで知らなかったRedditの画面が現れて、トピックごとにスレッドが並んでいるのが映る。
20年前の日本にあった、懐かしきオールド・インターネットを彷彿とさせる、乱雑に格納された膨大な量の情報。
そこへ手入力のテキスト検索で切り込んだ結果、バハカリフォルニアに関するスレッドに書き込まれたHaiku Masterの情報へ行き当たった。
<バハカリフォルニアを放浪する時代遅れのビートニク野郎。
あいつは今どこで何をやってる?>
<サン・カルロスの海岸で一緒に焚火をして酒を飲んだよ。
何カ月か前。
夏の終わりだった。
懐かしい。>
<そいつなら死んだはずだ。
ラ・パスの暴動で、警察に床に叩きつけられてた。
証拠の映像もある。
このリンクに飛べ。>
<ガセネタだ。
こんなしょうもない嘘に騙される奴なんざいねえよ。>
<R.I.P.
現代のケルアックへ敬意を。>
<彼を見て。
私たちを見て。
24時間生中継。>
聞いたことのあるような話と、聞いたことのない話が混ぜ込まれた中の最後、何が言いたいんだかわからないコメントがくっついている。
日付けは先週。
コメントの下には、見たこともないようなドメインのURLがくっついている。
クリックすると酷くマニアックな、アマチュア向けのポルノサイトに飛ぶ。
回線を繋げるのにかかる数秒のタイムラグの後、生気のない顔のアジア人の男が、暗がりの中で、浅い呼吸をし続ける動画に行き当たる。
見る人間が僕でなければ、それが月見之介だと、誰も気づかなかっただろう。
特徴的な拗ねたような目つき。
いつかのバーで見た、鼻の下にビールの泡を付けていたあの顔立ち。
眉毛の形も一目瞭然だった。
「よくこんなの見つけたね?
Instagram以外で情報が拡散されているだなんて、思いもしなかったよ。」
WhatsAppで詳細を報告した後すぐ、電話してきた蟹沢さんは、開口一番そう言った。
「Haiku Masterでウェブ検索してもInstagramしか引っかかってこないんで、僕も諦めてました。
そうしたら、別れ際に、カミーラが言ったんです。
『Instagramだけじゃなくて、FacebookもTwitterも確認してみろ。』って。
完全に盲点でした。」
「基本だね。
本業の我々が気が付かないなんて、どうかしてたね、俺も、亀やんも。」
「Instagramに本人のアカウントがあって、連絡が取れそうに思えたせいだと思います。
ミスリーディングでしたね。」
楽をしようとした報いだと、電話の向こうの蟹沢さんに聞こえないように、小さく舌打ちをする。
「それで、どうでした?
動画の投稿日も最近だから、もしかしたらアップロードした人間と直接やりとりできるかと思ったんですが。」
「亀やんの考え通りだったよ。
そこについては冴えてたね。
動画を適当に褒めて、他の動画が見たいって聞いたら、DMで繋がれたよ。
今じゃWhatsAppでやりとりしてて、すっかり友達みたいな雰囲気だよ。」
「さすがです、蟹沢さん。」
「たまたま上手く行っただけだけどね。」
「場所なんですけど、聞き出せました?」
「そう、驚いたことに、聞いたら教えてくれたよ。
警戒感とかないみたいだね。
バヒア・トルトゥガスってとこらしいよ。」
「バヒア・トルトゥガス?
海沿いですか?」
「そう、太平洋側だね。
意味は、<亀の入り江>。
亀やんにぴったりだね。」
ぴったりも何も。




