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47.昔話とブラフ

 同時多発テロが起き、アメリカの領域内を飛んでいる航空機が強制的に最寄りの空港に着陸させられ、混乱が起き、やがてゆっくりと静まっていった。

 人命救助のために崩れ落ちていくビルの中へと駆けていく消防隊員の美談がメディアの間で持ち上げられてから数週間、ニュースバリューがなくなりかけた頃、白鳥オーナーは日本から来た研究者をアテンドする一環で、サンディエゴにいた。

 学会では結構な重鎮だという年配の男たちを連れてIT関係のラボや新興企業を一通り見て回った後に、日程に余裕があるのでロサンゼルスとサンディエゴにも行きたいと言い出した先方の意向に従ってかなり無理矢理アレンジしたために、自分自身が帯同せざるをえなかった。

 UCLAのサンディエゴ校で、テニュアも持っていない若手の研究者によるネットワークがどうのこうのという全く内容のないプレゼンテーションを聞いてお茶を濁した後、研修者連中をラ・ホヤ・ビーチまで連れてきて、クラフトビールを何杯か飲ませた。

 酔いが回って威勢が良くなった先生方は、彼らの専門分野とは全く関係のない世界情勢について珍妙な自説を披露し、アメリカが自由すぎてテロを招いたのだと矛盾したことを言ったかと思えば、脈絡もなくこれからの日本は大変だと喚きだし、やがて「自分の研究で世界を救うのだ」と、誇大妄想以外の何物でもない中二ど真ん中の妄想を大声で叫んでは、アルコールを何度もおかわりした。

 そうして、彼らの商売道具であるはずの知性と専門知識は、崩れ落ちたツインタワーのごとく瞬く間に消えていき、誰からともなく挙がった「せっかくだから本場のストリップを見に行こう」という提案がアルコールの酩酊感と結びついて、ものすごく直截でわかりやすい欲求を強く固くそびえ立たせた。

 青い山脈がみなぎった研究者は老いも若きも連れだって、白鳥オーナーが手配したグレーなサービスを手掛ける地元のチンピラ崩れの後を、夜のネオンの光の強い方へスキップしながらついて行った。

 頭とその他一部分に血の昇った研究者を見送ったナンシーの父親は、土地勘のないラ・ホヤ・ビーチをうろついて、場末感はあるものの居心地の良さそうなバーを見つけた。

 海風が吹き抜けるオープンスペースに似つかわしくはないものの、多少色の落ちたサテン地のカバーのついた宿り木に腰を落ち着ける。

 コロナビールを頼むと切ったライムと冷えた瓶が出てくる。

 ライムを瓶の中に押し込むと、ふわっとさわやかな匂いが香る。

 ビールを口に含むと、その匂いが口一杯に広がって、ようやく一仕事終えた実感が白鳥オーナーのところにやってくる。

 しばらくしたら、身に覚えのない多額の支払いを要求されたという電話が来るのは明らかだったが、それまでは少しゆっくりできる。

 そこまで思ったところで、不意に隣から日本語の悪態が聞こえてきて、まさか研究者たちじゃあるまいかとそっちを向くと、白鳥オーナーと同じくらいの年齢に見える男と目が合った。

 それはサンディエゴに店を構える日本食レストランの経営者で、 かつての白鳥オーナーと同様に、行動力と機転を武器にどうにかこうにかやってきた彼は、急速に右傾化していくアメリカの空気が嫌になり、全てを畳んで新天地に移動しようと考えていたところだった。


「あの時はなぁ、もう全部ダメだなって、思ってたわさ。」


 サンディエゴの国境の南、エンセナダでワイナリーとレストランを経営する彼は、電話線の向こう側にいる高魚に向かって言った。


「あの、アメリカ、アメリカ、アメリカって、空気感。

アラブは敵、アメリカ本土が攻撃されたのは真珠湾攻撃以来、アメリカの敵は許しちゃいかんって、みんな言ってたんだわな。

いたたまれなくてよぉ、ほんと。」


 ナンシーとの甘いが多少窮屈な関係から羽を伸ばしつつ、久しぶりの仕事で充実感を感じていた高魚は首を傾げつつ、話の続きを促した。


「自由が脅かされたら、それはアメリカじゃないのかよ?

それともアメリカってのは、自由の国である前に、世界最強の国であるべきなのか?

アメリカってのは、迫害と飢えから逃げてきた貧しいヨーロッパ人の子孫が支配する、そいつらのための富が保障された上での自由を尊ぶ国なのか?

アラブ系の奴らは、キリストとは違う預言者を信じる連中は、自由も正義も何もかもが否定されるのかよ?

考えたら泣けてきちまってたんだよぉ、あの頃はさぁ。」


 やたら長い電話を通じて、高魚はこっちから質問してもいないのに、元日本食レストランオーナー、現ワイナリーオーナーの自伝をまるまる聞かされる羽目になった。

 地方の農家の次男坊が高校を卒業して特に宛てもなく上京し、料亭の下働きを何年もした後に、どうにかして自分の居酒屋を開き、やがてバブルが来て、自分の実力以上に利益を上げて、その利益をほとんど価値のない投資用のマンションにつぎ込んで、バブルの崩壊とともに無一文になった。

 ほとんど夜逃げ同然にアメリカ行きの飛行機に乗って、白鳥オーナーと同じ様にとにもかくにもロサンゼルス。

 やっぱり英語はできなかったが、居酒屋のシェフとしてそれなりの待遇で雇われた。

 金を稼ぎたかったら英語を話せるようになれと言われて、下積みだと割り切って英語を勉強。

 投資用マンションでの失敗があったおかげで、職人同士の付き合いでカジノにも行かない。

 暇な時間があれば、英語の勉強を兼ねて本を辞書を引きながら読んだ。

 読んだ本は何故だか左がかった社会批判の本が多かったが、偏った知識と語彙を仕入れれば仕入れるほど、銀行口座には現預金か積み上がっていった。

 ナンシーの父親とは大違いの堅実な努力が実を結び、お得意さんの日系人から紹介された銀行からまとまった金を借り、また別の客が持っているサンディエゴの一等地を借りて居酒屋を始めた。

 それから数年はあっという間だった。

 いつしか人を雇って使う側になり、起業家向けのE2ビザも手に入れた。

 居酒屋の隣を借りて、高級感のある日本食レストランを建てた。

 世紀の変わり目に新店舗はオープンし、投資分の回収は順調。

 借りている土地を買い取ることも視野に入れ始めた矢先に、同時多発テロが起き、風向きが一気に変わった。

 バブルの崩壊の時と同じ、自分の身の丈を超える強く大きな流れを前に、新進気鋭のフードビジネス界の麒麟児は、わき目も振らずに尻尾を巻いて逃げ出すことにした。


「メキシコに行ってよぉ、何もかも捨ててな、イチからやり直したくなったんだよ。

金はまた稼げばいいってな、思ってなぁ。

当時付き合ってた女も、一緒に来てくれるっていうから、ほんじゃ、全部畳んでそうするかってことにしたんだ。

そう決めた時に、白鳥鮨の板前野郎に会ったのは、ありゃもう、何かのドッキリじゃねぇかってくらいに、都合のいい話だったわな。」


 たまたまバーのカウンターで隣合わせになった初対面の2人は、それからの数時間で何本もビールを開けた。

 白鳥オーナーの携帯電話には、研修者連中からの助けを乞う着信が入っていたが、あっさりと黙殺された。

 数時間後、2人は山﨑の12年をロックで飲みながら、何故か仕事の話をし、レストランを売るだの買うだの言い始めた。

 それからまた数時間後、白鳥オーナーは日本の実家にいる両親に電話をかけて、サンディエゴで鮨屋を開くので、金を借してほしいと相談をしていた。

 ナンシーの祖父である老いた県会議員はその話を聞いて、マネーロンダリングに使えるんじゃないかと閃いた。

 日本改造計画とふるさと創生事業のどさくさで地元の政財界に積み上げられたままの表に出せない金を米ドルに両替してスーツケースに詰めてアメリカに持ち込み、ドラ息子のレストラン事業に投資する。

 老県会議員は地元政財界の大物に恩を売って、手元には多少の手数料が残る。

 可愛がっている政治家秘書を国政に打って出してやるための軍資金には足りないが、孫娘にあげる小遣いには過ぎた額だ。

 ドラ息子の事業が失敗しても、マネーロンダリングさえ上手く行けば何の問題もない。

 死んだら骨は拾ってやるし、一粒種の孫娘は日本で引き取って手厚く育ててやる。

 そんな思惑の下に、白鳥鮨はサンディエゴの一等地にオープンした。

 日本から運ばれてきた米ドルがそのままそっくりメキシコのエンセナダに流れてワイナリーの購入資金になった。

 ラ・ホヤのバーカウンターで会った2人の男は味をしめて、マネーロンダリングを自分たちのサイドビジネスとして続けた。

 そして、老県会議員の予想を裏切って、白鳥鮨が思いがけず大繁盛した。

 エンセナダのワイナリーのオーナーの横にはアラブ系の奥さんが今もいて、いつも穏やかに笑っている。

 ナンシーはすっかり成長していい女になり、彼女の恋人の高魚が集めたネタを突き付けられて、僕を睨みつけている。

 何がブラフで、何が本当か、見極めようとしている。

 日本海側の造り酒屋の子供なのは、ナンシーの父親の方だ。

 ナンシーは母親のことを知らない。

 ナンシーは僕が彼女の母親のことを知っているのかもしれないと思い始めている。

 その上で、すぐにバレるブラフをしかけてきているのかもしれない、と。

 ナンシーを迷わせて、こちらを疑わせることができれば、それで上出来だ。

 より良い条件を引き出すため、相手からの譲歩を引き出すために。

 それもこれも、大事なものを守るための手段に過ぎないけれど。

 

「かめくん、もうかえっちゃうの?

さみしいな。」


 不意に甥と姪の声が聞こえたような気がする。

 空耳なのはわかっている。

 カミーラが、ナンシーに睨みつけられた僕を見ている。

 何で自分の面倒を、こんなにも手厚く見ようとするのだろうと、計りかねるように。

 本当に、なんでこんなことになったんだろうな。

 カミーラ、おまえの言う通りだ。

 おまえのことも、ナンシーのことも、もっと上手に口説けりゃ良かった。

 弱みを握って脅して言うことを聞かせるなんて、下策だ。

 でもな、やっぱり、おまえの言う通りだよ。

 頼りないからって、大人をみくびんじゃねえよ。

 やるっつったら、そりゃ言葉どおりの意味だ。

 やるんだよ。

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