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45.アメリカン・ドリーム

 自己顕示欲というのは不思議なもので、老いも若きも誰もが等しく、どうにも抑えられないものらしい。

 勝者も敗者も、過去の栄光を、そして挫折を、情感たっぷりに語りたがる。

 あの時ああだった、この時はこうだった。

 過去はもう変えられないにも関わらず、心の中で経緯や情景を反芻するのをやめられず、機会が巡れば口に出してみたりもする。

 若い世代に自分の成功の秘訣を、あるいは失敗の原因とそこから得た教訓を伝えなければならないと、耳障りのいい理由を取ってつけて、ああでもない、こうでもないと言葉を連ねる。

 それが周りの若い連中のためなんてことは稀で、大体においては話し手自身が、語りたいから語るものだ。

 「げに恐ろしきは人の業」なんて文句もあるが、まさに自己顕示欲は人の業と言っていいものだろう。



 ナンシーの父親の場合は、自己顕示欲が店の宣伝につながるという、稀なケースだった。

 日本海側の田園地帯の、昔は庄屋で蔵元も兼ねていたという昔の豪農の家に生まれた彼は、地元に顔の利く権威主義的な県会議員の父親と衝突を繰り返した果てに、東京の私大に合格したのを理由に、逃げるようにして上京した。

 彼が10代後半から20代前半を過ごした東京はバブルの終わりを謳歌していて、お金のことは特に深く考えなくてもどうにかなるような雰囲気が蔓延していた。

 ただの大学生だった彼もその空気に当てられて、勢いさえあればどうにかなると思い、大学卒業をしたタイミングで、特に何か目的があるわけでもなくアメリカに渡った。

 それは、原宿に行くたびにいつも見かけていたけれど、高すぎて買えなかったリーバイスのビンテージジーンズに対する憧れのせいだったかもしれない。

 アメカジと略されていた西海岸発祥のカジュアルなファッションの流行を大学在学中にずっと見続けたせいで、アメリカに対して過剰な期待があったのかもしれない。

 大学の卒業式の後、すぐに八王子駅から徒歩12分のワンルームマンションを引き払った。

 いらない荷物は全部実家に送って、適当に保存してもらうように母親に頼んだ後、なけなしの100万円を現金で持ったまま、成田空港へ行き、ロサンゼルスに飛んだ。

 「白鳥鮨」のホームページによると、渡米後はレストランの下働きからモーテルの雑用、果てはメキシコ湾で原油を掘る仕事の手伝いまでしていたらしい。

 その後、紆余曲折を経てサンディエゴに居を構え、徐々に寿司職人として名声を得て、やがて独立。

 サンディエゴ市内で知らない者のいない高級鮨屋を経営するようになり、地元選出の上院議員やハリウッドスターも通う有名店になった。

 前述の、大学時代の話は、サンディエゴの日本語のフリーペーパーの記事によるものだ。

 まだ店を開店したばかりで、露出を増やしたかったのだろう。

 店の経営が軌道に乗った後も、日本語・英語問わず、記事がいくつか出ているが、どのインタビューでもその当時の話は大体省略されている。

 地元のビジネス関係の団体の要職を歴任している関係で、サンディエゴの日系人の利益がどうのこうのという話と、直近に店に来た有名人の話ばかりだった。



 インターネット上で簡単に調べる限りでは、白鳥と書いて「しらとり」と読ませる苗字は、全国的にも少ないらしい。

 都道府県別の苗字の分布としては静岡、茨城、千葉と、それから東北に少し。

 いつの年での統計かはわからないが、2万5千人ほどが「白鳥」という漢字の苗字も持つとのことだ。

 ここには「しろとり」という読み方のものも含まれるので、ナンシーの苗字はさらに少なくなる。

 インターネット上に一時期アップロードされていた、日本全国の住宅地図から個人の住所を無理やりデータベース化したものと、江戸時代から続く蔵元の所在地を比べて確認すると、西日本のとある地域に、白鳥(なにがし)さんが経営している〇〇酒造というのがあることがわかった。

 有限会社として登記されていたので、日本の同僚に頼んで登記簿を法務局に郵送で申請してもらい、確認してみると、地元選出の県会議員と同姓同名の、これまた別の白鳥さんが役員になっていた。



 僕の個人情報がナンシーに漏れていて、それを使って脅しをかけられた後、蟹沢さんは今回の件の前任の事務所の責任者に会いに行って、カマをかけたのだそうだ。

 てっきりナンシーがそこまで話したのだと勘違いした相手は、高魚(たかうお)の不始末にケリをつけるために仕方がなくやったとか何とか言いながら、言い訳を繰り返した。

 それを聞いた蟹沢さんは、その件を貸しにしておいたらしい。

 ロス・カボスへ移動する間、暇を見つけては白鳥鮨のオーナー一家について調べた結果を僕が報告すると、蟹沢さん自身は前任の事務所に連絡して、ナンシーの父親の渡米後の動向を今に至るまで調べるよう依頼した。

 ちょっと面白かったのは、その調査を引き受けたのが、前任の事務所を辞めたはずの高魚だったことだ。

 ナンシーの尻に敷かれるばかりでやることもなく悶々としていた高魚は、「前の職場から破格の金額でバイトをしないかと声をかけられた」と言い訳しながら、興味半分、実益半分で彼女の父親の足取りを辿り始めた。

 

 

 2001年のニューヨークの同時多発テロの前まで、アメリカにおける移民の扱いは今と比べてずっと緩いものだった。

 パスポートのスタンプが示す滞在許可期限を過ぎた後でも、選ばなければ仕事にありつけたらしい。

 ロサンゼルスの安ホステルで、特に何をするでもなく数週間を過ごした後、手持ちの金があっという間になくなっていく状況に危機感を感じた白鳥オーナーは、現金払いの仕事を探し、運良く日本食レストランの下働きの仕事を得た。

 不法滞在のメキシコ人たちと一緒に掃除や皿洗い、野菜の下ごしらえをする日々は、あまりにも夢見ていたアメリカン・ドリームとかけ離れていたらしい。


「あいつは正直、全員から舐められてたよ。

英語も話せないから、何言われてもへらへら笑ってるし。

下働きのメキシコ人連中も、俺らより下っ端だって明確に思ってたと思うよ。」


 ロサンゼルスで未だに同じ店を経営する60代の男性は、渡米直後の白鳥オーナーのことをそんな風に評した。


「うちでは1年とちょっと働いてたのかなあ。

その間に引っ越して、燃費の悪い年代物の車買って乗り回して、何やってんだかよくわかんねえ連中とつるみ始めて、ちょっと金が貯まったからって言って辞めちまったよ。

英語は全然話せるようになってなくて、あんなんじゃどこ行ってもどうしようもねえのになって、思ったもんだ。」


 仕事を辞めた後も、引っ越し先のアパートにはそのまま住み続けていたらしい。

 自分が最初に住み着いた安ホステルに出かけては、かつての自分のように、渡米してきたばかりで右も左もわからない若い連中に絡んでいたそうだ。

 それだけではなく、自分の方が渡米歴が長いことを持ち出して、言葉巧みにその連中を連れ出しては、仲間内のギャンブルに引き込んで、イカサマをして身ぐるみ剥いでいたなんて話もあった。

 当時からそのアパートのある同じ敷地に住んでいるという中年女性は眉を顰めながら言った。


「とにかくうるさい子たちで、評判も悪くてね。

朝早い時間に散歩に出かけると、だらしない恰好で、パティオで転がってたのよ。

本当に酷いものだった。

お金のトラブルで警察が来たこともあって、それでギャンブルがどうこうなんて噂になったの。

早く引っ越してくれないかと、毎日思ってたわ。」


 彼女の思いが形になるのに、それほど時間はかからなかった。

 警察から逃げるようにアパートを引き払うと、ガラクタ同然の荷物を赤いボディの60年代式フォードサンダーバードに目一杯詰め込んで、ナンシーの父親は北へ向かったのだった。

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