40.カミネロ
海沿いの古ぼけた家にはいつも5人以上の大人がいた。
もちろん、それは大人という言葉の定義によるけれど。
一番若い大人はまだ10代、その次が20歳ちょうどくらい、そしてその上も20代もそこそこ。
言ってみれば人生で一番美しい時期の女たち3人だったが、彼女たちはそろってやせ細っていて醜かった。
長くウェーブのかかった黒髪だったり、目の覚めるような緑の瞳だったり、誘うような肉厚の唇だったりと、魅力的な部分はあるのに、そのどれもがアンバランスで、おまけに3人とも歯並びが悪かった。
彼女たちは主に私たちのようなどこかから連れてこられた子供の面倒を見たり、誰かと電話をしたり、コンピュータのキーボードを叩いたりしながら日々を過ごしていた。
その3人の他に、いつもいる大人はあと2人。
1人は30過ぎの肉感的な女で、小ぶりのほくろを右頬の真ん中に備えていた。
唇の端を地平線に見立てると、明けの明星のように浮かび上がったそのほくろのことを、私のヴィーナスと呼ぶような女で、私の理解が及ばないところに生きているようなところのある人だった。
そしてもう1人、ほぼずっとその家にいたのが、ご主人と呼ばれていた60前後の車いすの男だった。
いつも白髪を綺麗に整えて、ヘアオイルを塗り、どことなく甘い香水の匂いを漂わせている男だった。
足は2本ちゃんとついていて、折に触れて立ち上がり歩くのだが、それほど長い間立ってはいられないようだった。
その家には他にも何人かの大人が出入りしていたけれど、誰もがご主人の機嫌を伺い、ほくろの肉感的な女に調子のいいことを言い、それから他の3人を罵倒するのが常だった。
私たち子供はそんな大人たちの機嫌を伺いながら、息を顰めるように生きていた。
その家は、大昔に征服者の別荘か何かとして建てられたらしかった。
新大陸へとやってきて、黄金を探すために虐殺と略奪の限りを尽くした男たち作ったヌエヴァ・エスパーニャ。
征服事業が一段落して、副王領の土地が手を血で汚した男たちに分配された後、誰かが気まぐれに、本国の建築物のディテールを意識しながら大工に作らせた、スペイン風のコロニアル様式の建物。
太陽が海から昇ってくる時に、白い壁が違う色に染まり、まるで楽園の宮殿みたいに見える。
でも、それは全くもってまがい物のの楽園、張りぼての楽園だった。
少なくとも、私がそこにいた時には、征服者が奪いきった富なんて、影も形もなかった。
思い出すのもおぞましいことだけれど、私たち子供は常に薄着でいるように言われていて、起きている間も寝ている間も、ずっと写真と動画を撮られていた。
小さい子供たちは特にそうで、でも私たちはそれがどういうことなのか特に意識していなかった。
歯並びの悪い娘たちは時々私たちをカメラの視覚に連れ込んで、気が向くままに私たちをぶったりつねったりした。
私たちは泣き叫んだけれど、泣き止むようにそれをあやしていたのは、ちょっと年上の子供たちだった。
13歳になると男の子たちはどこかに連れ去られていった。
女の子たちはその年齢になるとデジタルカメラを与えられて、世界中にいるどこかの誰かに向かって、サービス精神溢れるセクシーな写真を撮るように言われた。
それを監督するのは例の歯並びの悪い女たちだった。
女の子たちが16歳になると、着飾って、夜な夜などこかへ連れ出されるようになった。
18歳になるとその子たちはもう帰ってこなくなった。
私はその家に何年いたのか、正直なところがよく思い出せない。
クリスマスを何回、イースターを何回迎えたのか、どうにもよく思い出せない。
それでも、8年近くはそこにいて、その間、何人もの子供がいなくなるのを目にしてきた。
一緒にその家にやってきた天使みたいな男の子は、ある日突然いなくなった。
いなくなって初めて、彼は13歳になったのだと思い至った。
私が歯並びの悪い娘たちに殴られて泣いていたのを慰めてくれた彼。
彼と一緒に私の頭を撫でてくれた女の子は、その前の年にカメラを持たされていた。
その2人より年長のお姉さんたちは、綺麗な服を着て夜になると出かけていった。
そしてある日を境に、家からいなくなるのだった。
そんな日々が何度も巡る。
それはもう、数えきれないくらい何度も。
そのうちに、私より少し年上、おそらく私のすぐ上の女の子がカメラを渡されて、毎日何枚も自分の写真を撮るようになる。
Tシャツをずらす。
スカートの端を持ち上げる。
ジーンズの後ろをずり下げる。
上げる。
下げる。
ずらす。
戻す。
私はそれを横目で見る。
また日が巡る。
私はカメラを渡される日が来るのが怖くなった。
それで、イースターのお祭りと大人の男達が何人かの新しい子供たちを連れてこの家にやってきたのが重なった時に、ご主人や、他の大人たちの眼を盗んで、自分の髪の毛を剃った。
それはもう見事に綺麗に剃った。
剃った髪の毛はビニール袋に入れた。
それから、30過ぎの肉感的な女の鞄に手を突っ込み、財布を探り当てて、中の紙幣を全部盗んだ。
いくら入っているのか確認する暇はなかった。
とにかく自分のジーンズのポケットに持っているものを突っ込んで、そのまま古い家を抜け出した。
敷地を出ると、家の中の大人たちの騒ぐ声が遠ざかっていった。
犬の遠吠えがどこかから聞こえていた。
砂利道を海の近くの幹線道路まで歩き、それから町の灯が見える方へ浜辺を歩いた。
荷物は自分の髪が入ったビニール袋と、とっさに掴んできた紙幣が何枚か。
脱走のために何か準備をしていたわけでもなく、ただ本当に、発作的に何もかもが嫌になって逃げだした。
私はその時、いくつだったのかわからない。
大人たちには13歳だと思われていない年齢だということ以外には何もわからない。
町に行くと、放し飼いになっている犬に吠えられた。私は怖くて仕方がなかった。
すると、オートバイに乗っていた誰かが私の横に停まって、声をかけてきた。
「よう。
おまえ、1人か?
どこに行くんだ?」
声をかけてきたのは、あの天使みたいな男の子だった。
背が高くなっていて、よく日焼けしていた。
「今から隣町まで行くけど、乗っていかないか?
ガソリン代がないんだ。
運賃は、バスやタクシーより安くしとくぜ。」
最後に会ってから何年か経っていると、私が髪を剃ったせいで、どうも相手は私が誰だかわかっていないようだった。
彼は私をバイクの後ろに乗せて、アクセルを開けて風のように海沿いを走り、岬をいくつか超えて、隣町へ辿り着き、ガソリンスタンドで私を降ろした。
運賃がいくらかわからない私は手持ちの紙幣のうち、一番大きな数字の入ったものを恐る恐る渡した。
彼はそれを受け取ると、ちょっと顔をしかめた。
「いや、こんな大きな額の米ドル渡されても、お釣りが渡せないから困るよ。
坊主、もっと小さいの持ってないのか?」
髪を剃ったせいで、私は男の子だと思われていたようだった。
自分の持っている紙幣を順番に見せた後、彼は2と書いてある緑の紙幣を2枚私から取った。
「悪いけど、サービス料ってことで、割増料金もらったぜ。
そんなでかい額の米ドル持ってふらふらしてんじゃないぞ。
誰かに盗られても文句言えないぜ。」
彼は大きく口を開けて笑って見せた。
もうそこには天使みたいな少年の面影はなく、立派な大人の男の人ように私には見えた。
「俺の名前はニック。
ニック・カミネロって言うんだ。
おまえも、今度会った時には、そんなもじもじしてないで、ちゃんと俺に名前を教えろよ。」
それだけ言うと、彼はまたバイクにまたがり、ガソリンスタンドの明かりの外に広がる暗がりに溶け込んで、あっという間に消えてしまった。
それ以来、私は彼と会うことは二度となかった。
そしてそれ以来、私は自己紹介の時に、カミーラの後にカミネロとつけるようになった。




