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37.無駄足、昼寝、通話着信

 結果から言えば、蟹沢さんのアドバイスはすぐに劇的な効果を引き出すようなことはなかった。

 大使館への連絡は簡単だった。

 電話をかけ、最初の応対を我らが通訳に頼み、誰か日本語を話せる人につないでもらう。

 その後、通訳に代わり僕が電話口に出て、行方不明の人間を探したいので領事班に電話を回してほしいと伝える。

 電話口に出た人は随分若い声の人だったが、随分世間擦れした対応をする人だった。


「家出人ってことですよね?

しかもアメリカから陸路で入国しているんですよね?

見つからないんじゃないかなあ、探さないでほしいパターンも結構ありますよ。」

「と、おっしゃいますと?」

「言葉通りです。

家出していて、日本に帰りたくないんでしょう。

どういう事情か知りませんがね。」


 僕は電話口で、なるほどとつぶやく。


「ところで、探しておられる方ですが、どういう関係の方でしょうか?

塩対応な上、事情を探るようなことを伺って申し訳ないんですが、プライバシーの問題がありますんで、差し支えなければ伺いたいんですが。」

「遠縁の親戚です。

誰も外国語を話せない田舎の出身で、英語がかろうじて話せる人間がメキシコまで送り込まれてきたというわけでして。」


 遠縁の親戚ねえ、と若い男の声が値踏みするように言った。

 僕は万が一、月見之介の情報が大使館の情報に引っ掛かったら教えてほしい旨を伝え、連絡先を伝えて電話を切った。

 電話の後、いくら若い人とは言え、大使館のスタッフが塩対応という言葉を使うのがちょっと面白くて、一人で笑った。

 

 警察署も同じくらい簡単に結論が出た。

 それはつまり、簡単に諦めざるを得なかったという意味で。

 その日、僕たちはバハ・カリフォルニア・スールの州都であるラ・パスまで来ていた。

 少なくともサンディエゴから1500キロメートル以上の距離を走ったことになるらしく、随分遠くまで来たものだと思いながら、何の気なしに我らが通訳に警察署に行くと伝えた。


「そりゃどういう冗談だ?」


 通訳の子供は行先を聞くと、眉間に皺を寄せてすごんだ。


「冗談も何も。

ただ単に、捜索届が出てないかどうか聞いてみたいと思ってるだけだけど。」

「それが冗談にしか聞こえないって言ってんだよ。

国境のこっち側で警察に頼ろうってのが、どれだけ無謀なことなのか知らねーなんて、どんだけ頭が湧いてんだ。」


 今度は僕が眉をしかめる番だった。

 我らが通訳はわざとらしくため息をつき、行きたきゃ勝手に行けと豪語し、ツインベッドの片方に寝転がり、シーツを頭から被った。

 現実逃避の準備は万端のようだった。

 無理やり警察署に連れて行ったとしても、通訳をしてくれそうになかった。

 仕方なく、僕は通訳の子供を連れていくのを諦めて、1人で向かうことにした。

 地図のアプリの指示に従い、辿り着くと、警備員に声をかけて車を停めるスペースがないか英語で聞いた。

 冷静に考えれば当たり前なのだが、英語は全く通じず、警備員とは意思疎通が叶わなかった。

 5分以上粘って話し続けてみたものの、結局お互いに相手が何を言っているのかわからなかった。

 仕方なく僕は話を切り上げ、帰路についた。

 宿泊先のモーテルの部屋に戻ると、我らが通訳は未だにシーツを頭から被って、寝息を立てていた。

 その寝息が時折いびきに変わるのを聞きながら、何の役にも立たなかった上司のアドバイスのことを考えた。

 蟹沢さんのことは人として好きだし、上司として尊敬もしているが、たまにはこういうこともある。

 別に誰が悪いわけでもない。

 日が暮れるまでにまだ時間があったが、暑さのせいか思いのほか疲労が溜まっていた。

 通訳が使っているのとは別のベッドに体を横たえて、冷たいビールでも飲もうかどうかと考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 目が覚めると、付けた覚えのないテレビがついていて、警察とチンピラが通りで衝突する映像が流れていた。

 映画なのか、記録映像なのか、ニュース映像なのか今一わからない映像を寝ぼけながら見ていると、画面下の英語のキャプションが通りでデモを行う市民活動家やアーティストたちを強制排除したことを伝えていた。

 我らが通訳は、テレビに一番近いベッドの縁に腰掛けて、何なのかわからないスナック菓子を頬張りながら、その映像を見ていた。

 通訳の子供の顔が、液晶テレビのLEDにぼんやりと浮かび上がったかと思うと、画面が暗転するとすっかり見えなくなってしまった。

 陽の名残りはどこにもなかった。

 どのぐらい時間が経っているのかわからなかったが、どうやら陽はとうに暮れているらしかった。

 映像は同じシーンをいくつか繰り返していた。

通りでぶつかる武装した警察と投石するタトゥーだらけの人たちが、サイレンと叫び声をBGMに映し出されるシーンが流れ、それから個人のスマートフォンか何かで撮影したようなものに切り替わる。

 画質の荒い個人撮影の映像では、警察らしき人物が一方的に若い男を暴行している様子の後で、頭を抱えて寝転んだ男の鞄を取り上げ、中身を路上にばらまき、落ちたものの中から財布と携帯電話らしきものを拾い上げるところがはっきりと映し出されていた。

 その後、被疑者が当局側の実力行使の後に確保されるところを撮影した静止画が続く。

 Twitterから拾ってきた画像だと示すためか、青い鳥のロゴが申し訳程度に添えられていたのが甚だ場違いに見えた。


「起きたのかよ。」


 テレビの方を向いたまま、我らが通訳は言った。

 それが僕に向けられた言葉であると気づくのに、少し時間がかかった。


「今、何時だ?」

「8時前。」

「夕食は?」

「食ってたら、こんなもん腹に詰め込んでやしねーよ。」

「チップスを夕飯に食べたい気分とか、そういうのでもなく?」

「まさか。

飯を買ってくるなら、とっとと行って来いよ。」


 どっちが雇い主なんだかわからないような言い草だったが、反論するような気にもなれなかった。

 僕は体を起こして、サイドテーブルに置いてあった炭酸入りの水のペットボトルに口をつけた。


「先月、この街で警察と一般市民がごたついたらしい。

その時の映像だってよ。」


 画面から視線を逸らさないまま、我らが通訳はご丁寧に説明してくれる。


「どう見てもお互い本気だな。」

「どうだか。

チンピラどもも警察のクソどもも、発砲してないからな。

じゃれ合ってるだけかもしれねーぜ。」


 もう一度映し出される警察とタトゥーがたくさん入った皆さんの衝突シーンをバックに、通訳の子供は一瞬こっちを振り返った。


「それより見てろよ。

見覚えのある顔が出てるぜ。」

「どういうことだ?」

「エンセナダで見たグラフィティの顔の奴にそっくりの男がいる。

ほら、ここだ。」


促されたところをよく見ると、当局に確保されるいかついメキシコ人男性の後ろで、首根っこを掴まれながら画面の手前側に今にも引っ張られようとしているアジア人の男の顔が写っているのに気が付いた。、


「こいつ、あれだろ。

おまえが探してる奴だろ。」


 言われてみれば月見之介に似ていると言えなくもなかった。

 ただ、間違いなくそうだと言えるだけの材料もなかった。


「わからない。

似ているようにも見えるけど。

もし、これが、僕が探している対象本人なら、何らかの連絡が関係者に来ているはずだ。

家族とか。

だとするなら、大使館も警察も把握してないってわけがない。」

「そりゃ随分甘い見立てだな。

まともに言葉を喋れない小汚い恰好の奴が、この国でまともな手続きを経て逮捕されるなんてことのが稀だってのに。」

「どういうことだ?」

「ちゃんと記録に残ってない可能性がでかいってことだ。

警察が小遣い稼ぎをしようとして、保釈金か何かの名目で、家族か誰かから金を引っ張ろうとしたら、言葉が通じなかったんで、気が済むまで殴って蹴って、その後路上に放り出したなんて話、この国じゃ日常茶飯事だ。

ついでに携帯電話を取られちまったから、Instagramの投稿も滞ってるって考えれば、全部話のつじつまが合う。」


 僕は何も言い返せなかった。

 液晶テレビの画面はまた誰かのインタビューの場面に変わっていた。

 どこかでスヌーズ音がしているのが聞こえた。

 耳障りな、蚊が耳元を飛んでいるのを連想させる音。

 自分の携帯だったら止めようと思い見回すと、ペットボトルのすぐ横にスマートフォンが置いてあり、チカチカと画面が光っていた。

 何かのアプリの通知かと思って見てみるとWhatsAppの通話機能で、ナンシーの名前が大きく表示されていた。


「もしもしー、東亀(とうき)

元気?」

「はい、こちら東亀です。

元気ですよ。

ナンシーは?」

「元気だよ。

どう、車の具合は?」

「入国直後のエンジントラブル以降は問題なく動いてますよ。」

「ああ、それなら良かった。」


 ナンシーはまるで僕のことを心配していたかのような口調で言った。

 そんなに心配される義理がある覚えがなかった僕は違和感を感じた。


「何かあったんですか?

一応12月31日までにロス・カボス・デ・サン・ルカスに辿り着くのは問題ないペースで動いているんですが。」

「そっか、そうなんだ。

実は、レンタカーの業者から連絡があって、車を売ることにしたから早く返却しろって。

突然な話で、こっちも驚いているんだけど。」

「なるほど。」


 あまりよく分かっていなかったが、僕はとりあえず相槌を打った。


「悪いんだけど、明日か明後日のうちにロス・カボス・デ・サン・ルカスの指定の場所で車の受け渡しをしてもらえないかな?」

「そりゃ随分急な話ですね。」


 スマートフォンを耳にあてたまま、テレビの方を見ると、我らが通訳と目が合った。

 テレビの青白い光に浮かび上がる、子供なのに酷く疲れたような、諦めきったような表情。

 僕の甥や姪と比べたら通訳の子供の方がずっと年上のはずなのに、彼女たちと同じくらいに幼く見える。

 僕は受話器の向こうにいるはずのナンシーに言った。


「条件によってはできなくもない、かもしれないです。

条件次第ですけど。

ちょっと複雑な話になりますけど、今このまま通話で話を進めても大丈夫ですか?」

ここからようやく我らが通訳のエピソード。

正直この長くなりすぎた長編、あと10話くらいで伏線バチバチ回収しまくって、とりあえずどうにか終わってほしい…。

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