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36.クリスマスシーズンの始まり

 メキシコのクリスマスシーズンは12月の初旬に始まり、2月2日に終わる。

 最初にノベナと呼ばれるグアダルーペの聖母に対する、9日間の祝祭があり、その後に、ポサダというパーティーと夜の行進の時期が続く。

 最後のポサダはクリスマス・イブになる。

 夜にミサが執り行われて、花火と食事と踊りでクリスマスの訪れを祝う。

 そして12月28日には、誰かを騙しても許され、モノを誰かから借りることが求められる、ロス・サントス・イノセンテスが訪れる。

 「無実の子供たち」という意味の日が過ぎると大晦日がやってくる。

 その後、1月6日の公現祭、2月2日の聖燭祭と続いていき、そこでようやくクリスマスシーズンが幕を閉じる。


 こういったこと、メキシコ人にとっての常識を、バヒア・デ・ロス・アンヘレスから南へと向かう僕は全く知らなかった。

 バハ・カリフォルニアの荒野を進むのに、曜日の感覚や季節感はあまり助けにならなかった。

 土日になれば空いていない店が多くて多少困るし、大きな街に土日に宿泊すると余計な金がかかるので厄介ではあった。

 でも、それ以上でも以下でもなかった。

 曜日のことやクリスマスのことを考えるよりも、僕は月見之介のことを考えるのに忙しかった。

 あの男の傲慢そのものと言った振る舞いの中に垣間見えていたとは口が裂けても言えない、仄かな戸惑いや迷い、弱腰と捉えられてもおかしくない振る舞い。

 香港で知り合った英会話教師にやんわりと拒絶された時、上を向いて目を(つむ)っていた月見之介。

 マニラで知り合ったシングルマザーにはっきりと拒絶された時は、ショックを受けて、1週間ほど憎まれ口すら叩けなかった。

 ベトナムで知り合ったアクティビストの女性に環境保全に対する意識が低いと鼻で笑われた時は、怒るでもなく、悲しむでもなく、らしくない薄ら笑いを浮かべていた。

 その後、彼女に曖昧な態度をなじられて、割と本気で殴られていた様子も含めて考えると、月見之介はじっと我慢して、耐えていたのではないだろうか。

 分家の末っ子である僕に対しての態度とは別に、月見之介は自分なりに理不尽な状況を耐えて、もがき苦しみながら、どうにかして変わるためのきっかけをつかもうとしていたのだとしたら?

 そうした細かな変化に僕が気づかなかったのは、怠慢なのだろうか?

 もう少しだけ根気強く月見之介と向き合っていたら、記憶の中のまるで駄目なあの男の殻が破れて、人間的に一皮()けた月見之介を見つけることができたのかもしれない。

 僕に我慢が足りなくて、もう少しで劇的な変化を迎えるはずだったのを、損ねてしまったのであれば、それはどうやっても言い訳のしようがないことだと言っていいだろう。

 その結果、月見之介は旅に出て、カリフォルニアで詐欺師に騙され、劇場型詐欺の片棒を担がされて、最後にはバハ・カリフォルニアで行方不明になった。

 死んでいるはずだから、R.I.P.、そいつなら死んだはずだ。

 成り行きに次ぐ成り行きの結果、ランドクルーザーのハンドルを握って南へ向かう今この状況に至るまでの間に、月見之介が死んだのだと何度も聞かされた。

 1年半前のあの時、サンフランシスコから帰国さえしなければ良かったのだろうか?

 帰れと言う月見之介を説き伏せて、とりあえずサンフランシスコから離れないことにしていれば、あの男は生きて実家に帰りついていたのかもしれない。

 21世紀だというのに、魔術的(マジック)リアリズムが今も現役で世界をそっくり覆っているとしか思えない、あの不可思議な日本の片田舎で、裸の王様よりも滑稽な振る舞いを今も元気に続けていたのかもしれない。

 そう思うと、責任を感じないでもなかった。


 2週間の間、僕らは特に急ぐでもなく、ゆっくりと南へ下っていった。

 朝食の後に車を走らせ、昼食にタコスを食べる。

 昼食後にそれなりに大きな街に辿り着いたらモーテルに部屋を取り、宛てもなく月見之介の足取りがないか探す。

 そんなやり方で何かが見つかるとは全く期待していなかったが、特定の人たち、サンディエゴからバハ・カリフォルニアに旅行で来ていた人たちに聞くと、いつも何かしらのコメントが得られた。

 曰く、話したことはないものの、何カ月か前に奴の乗っていたペスパを追い抜いたとか、どこかの海岸で半裸でくつろいでいる奴を見たので一緒に写真を撮ったとか、そんな話だ。


「俺の知り合いは、海岸で一緒に焚火(たきび)したんだぜって話してたっけな。

それを聞いて、ちょっと羨ましいって思っちまったよ。」


 ハーレーダビッドソンに乗っている、良く日焼けした赤ら顔の男は、極採色のタトゥーが入った手の甲を僕に向けながら、豊かに蓄えられたあご鬚をさすって言った。


「最近はInstagramも更新されてないみたいだけど、あいつ、どうしたんだろうな。」

「エンセナダで、R.I.Pって書いてあるグラフィティを見かけましたよ。」


 僕はスマホの画面を見せる。

 エンセナダで撮った、月見之介の顔を西部劇のお尋ね者のポスターにはめ込んだようなグラフィティの写真を見せた。


「面白半分の悪戯に決まってるよ、こんなもん。

忘れた頃にまたInstagram更新されるんじゃねえかな。」


 ハーレーに乗ってどこかへと走り去っていく男の後ろ姿を見ながら、忘れた頃まで待てない自分の事情を思う。


「ロクな情報が集まんねーな。

これからどうすんだよ?」


 我らが通訳はありがたいお言葉を吐いた。

 僕は何も答えられなかった。

 夜になり、またタコスを食べ、モーテルの部屋の前に申し訳程度に備え付けられた木製の椅子に腰かけて、僕はビールを飲む。

 モデロ・エスペシアルというビールで、特にこれと言った理由もなく買ったものが、割と美味い。

 手がかりの全くない状態で、これからどうしたらいいかわからない今、ビールが美味いだけでも救われるような気がした。

 夜の11時が周り、そろそろ寝るべきかどうか迷いながらぐずぐずしていたら、LINE通話の着信が入って、画面を見たら蟹沢さんの名前が表示されていた。


「もしもし、亀やん?

調子はどう?」

「あまり良くはないですね。

こっちは夜の11時で、申し訳ないんですがビールを飲んでるところです。」

「いいねえ。

こっちは朝の9時、一日が始まったところだよ。」


 すみませんね、と僕は言葉だけで謝る。

 本気じゃないでしょ、と蟹沢さんは笑いながら言葉を返した。

 バヒア・デ・ロス・アンヘレスでパコから聞いた話は、蟹沢さんにメールで報告済みだった。

 それから2週間、とりあえず聞き込みを続けながら南へ向かっているものの、収穫はまるでない。

 そのあたりの経緯をかいつまんで蟹沢さんに口頭で伝えた。


「苦戦してるねえ。

まるでアメリカの探偵ものの映画の主人公みたいだ。」

「アメリカの探偵ものの映画なら、どこかのタイミングで銃をぶっ放して、ご都合主義で黒幕にばったり行き当たりそうなものですけどね。」

「銃を所持して発砲するようなことは、雇用している側としては是非遠慮してもらいたいところだよ。」

「不可抗力って場合もあります。

まあ、努力はしますが。」

「是非努力してほしい。

特に銃を手に入れないようにする努力を。」

「そんなこと言われても。」


 蟹沢さんは電話口で笑った。


「それにしても、まあ、難しいね。

亀やん、そろそろメキシコ・シティの日本大使館に問い合わせてもいいんじゃないかな?」

「というのは?」

「対象の死亡確認。

パスポートがあれば、死んでいても大使館に連絡が行っている可能性が高い。

むしろこの2週間、問い合わせしていなかったのが不思議なくらいだ。」


 僕は何も言い返せなかった。


「亀やんが問い合わせたくないっていうのなら、まあ理解はできる。

けど、時間も有限だ。

もともと調査にかける予定だった1カ月ももう過ぎた。

依頼主には事情があって、もうしばらくかかりそうだとは言ってあるけれど、もともとこっちから1カ月で調査を切り上げるって言ってあるんだ。

それ以降の調査費用はうちで持てって言われても、何も言い返せない。

その上、『何の成果も得られませんでした』って話じゃ、猶更だ。」

「それは、わかっています。

わかっているつもりです。

ご指摘ありがとうございます。」

「亀やんに素直に謝られるとこっちも困っちゃうけどね。

まあ、本当のところを言うと、早く帰ってきて、他の案件やってほしいなっていうのもあるんだよ。

休暇で年明けまでそっちにいるって言うんならともかく。」


 上司らしくない蟹沢さんの、全然そうとは聞こえない業務上の指示はそれで終わりだった。

 通話を切る前に、変な空気のまま会話を終わりにしたくなかったのか、ディケンズの『クリスマス・キャロル』を読み直していると蟹沢さんは言った。


「もうじきクリスマスなんだから、偏屈な守銭奴も心を入れ替えるなんて、そんな奇跡みたいなことが現実であってもいいよねえ。

亀やんのいとこも、そろそろかくれんぼは止めにして、尻尾を捕まえさせてくれても良さそうなもんだけどなあ。」

「割と筋金入りの偏屈者なんで、どうですかね。」


 そう答えて通話を切った後、パコの話を思い出す。

 8月のバヒア・デ・ロス・アンヘレスの海岸で泣きながら懺悔した月見之介がまだ生きていたとしたら、今も偏屈者の放蕩息子のままなのだろうか?

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