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34.獣、死、知られざる者

 メキシコの南、グアテマラとの国境近く、チアパス州アリアガからメキシコシティの近郊まで鉄道が通っている。

 前世期の忘れ形見と言った風情の無骨なデザインの貨物列車は、スチームパンクものの映画にそのまま登場させられそうで、その後にコンテナを無理やり積んだ車両が幾つも続く。

 それだけならただの長距離貨物列車なのだが、そのコンテナの上、人を乗せるために設計されていない空間に、人間が足の踏み場もないくらいに鈴なりに固まって座っているのが、その列車の悪名を高めている。

 走り続ける貨物列車に無理やり乗り込む乗客は、乗り込むのも命がけなら、乗ってからも安心できない。

 減速せずに昼夜問わずメキシコの荒野を走り抜ける列車は、暗い中、寝込んだ乗客をカーブの度に容赦なく振り落とし、場合によっては躊躇なく車輪に巻き込む。

 そうして命を落とす無銭乗客者たちは、振り落とされるのが鉄道の線路があるだけの片田舎なのと、そもそもメキシコ国内にいないはずの人間であることから、誰にも気にされず、体中の穴から色とりどりの体液を流し、死に絶えて消えていく。

 人の命を無慈悲に奪う列車は、『ラ・ベスティア(けだもの)』だとか、『死の列車』、あるいは『知られざる者たちの列車』と呼ばれている。

 事実に根ざした酷いネーミングセンスだ。


「日中は暑い。

ずっと走り続ける列車が切る風で、酷く乾燥して、目と喉が痛くなる。

夜は冷える。

風が痛い。

空は黒いのに透明で、星やら月やらが、俺たちを見下ろしている。

規則正しく揺れる音が眠気を誘う。

でも眠ったら、振り落とされる危険性が一気に上がる。

メキシコシティまでの10時間超の間、死ぬのか、死なないのか、そんなことばかり考える。

ここまで上手く逃げおおせたんだから、大丈夫だと信じ込もうとするが上手くいかない。

ふと気が付くと、日中に優し気に微笑んでくれた同年代の子供が、すぐ傍らにいたはずの子がいなくなっている。

夜が明けたらすぐ見つかるだろうと思うけれど、朝になったら、自分をごまかしきれないだろうなと思い怖い気もする。

おかげで俺は今でも列車が嫌いだよ。

嫌なことを思い出す。

思い出さなくても、ふとした拍子に嫌なことを思い出してしまうような気がするんだ。」


 12年前、ローティーンだったパコはその列車に乗って、アメリカを目指していた。

 ホンデュラスのサン・ペドロ・スーラの市街地で生まれ育ったパコは10歳になる頃には、近所の年上の子たちの影響で自然とギャングの構成員になり、その延長で自然と見張り役や銃器の管理をするようになった。

 その後は、商店を脅して、みかじめ料の徴収に携わった。

 13歳になるかならないかの時に、敵対するギャングの中で、特に目立っていたメンバーを銃で撃ち殺すように言われた。


「『できなければ死ぬのはおまえだ』って言われて、どうすればいいのかわからなくなった。

敵対するギャングの奴は、小学校が同じだった。

別に特に仲良かったわけでじゃなかったが、同じ教会で顔を合わせたこともあった。

『隣人を愛せよ』って司祭様が説教をする時に、そいつがたまたま近くにいたから、握手をしたこともあった。」

「殺したのか?」


 そう聞く僕の声は震えていたと思う。

 パコは苦笑して首を振った。


「殺さなかったよ。

殺せなかった。

その気はあったんだけどな。

教会に行って、司祭様に懺悔して、いよいよ銃を持ってターゲットを殺しに行こうかって時に、それまでじっと話を聞いていた司祭様が、銃を持ってたら買うって言い出すんだ。

俺は聞いたよ。

『何だって司祭なんかが銃を買いたがるんだよ?』

司祭様は、取手のちぎれた缶詰を開けるのにどうしても必要なんだって、下手くそな言い訳をした。

その上で、さっきの列車の話をするんだ。

獣と言う名前の、知られざる者たちを満載した死の列車。

それに乗れば死ぬかもしれないが、うまく生き残ればアメリカまで辿り着ける。

誰かを殺してホンデュラスの片隅でチンピラとして生きていくよりも、ずっといい暮らしができる可能性が高まる。

誰かの命を奪うくらいなら、自分の命をチップに賭けに出た方が、よっぽど神様の思し召しを得られそうだって。」


 告解室に銃を置いておくように言われたパコは、教会の外まで付き添った司祭様から米ドルで代金を受け取り、その足で国境へと向かう乗り合いバス(コレクティーボ)の乗り場へと向かった。


「司祭様が、フード付きのパーカーをくれたんだ。

フードを被って、サングラスをかけて、人目を避けてバスに乗り込んだ。

グアテマラへの国境も、メキシコへの国境も、あってないようなもんだ。

バスを乗り継いで、列車に乗り込むところまで、数日で着いた。

それで、列車に乗って、メキシコシティへ。

長いようで短い道のりだった。」


 その長いようで短い道のりの先に待っていたのは、メキシコの警察だった。

 終着駅に辿り着いた列車の背から降りたパコは成す術もなく警察に捕まり、銃の代わりに受け取ったUSドルの大半を払い、見逃してもらった。

 それからは警察から逃げ惑う路上生活者となった。

 治安の悪いメキシコシティでは、安心して夜に体を横たえる場所を見つけるのも簡単ではない。

 他の路上生活者から目の仇にされ、金を払うか殴られるか選ぶように言われることもよくあった。


「自分たちの身を守るために、結局は徒党を組まなきゃどうにもならないって話になった。

それで俺は、俺たちは地元にいた時のようになれ合った。

見張りを立てて、他所のギャングと殴り合った。

少しでもマシなところで眠り、少しでもまともな食い物にありつけるように。」


 メキシコシティにはパコのように外国から来た不法移民だけではなく、たくさんの宿のない連中がいた。

 田舎から家出をしてきて、帰りたがらないティーンエイジャー。

 仕事をなくして、路上生活にはまり込んだ中年。

 みんなそれぞれに理由があって、治安の悪いメキシコシティの路上で命がけで夜を過ごす。


「そんな連中を食い物にしたり、時にはなれ合ったりしているうちに、バスターミナルの近くの治安の悪い一角を縄張りにすることができた。

メキシコシティに来てから3か月が経っていた。

これは記録的に早いらしい。

やってる側からすれば、そのあたりはよくわからないんだが。」


 おそらくはパコのカリスマ性の成せる技だろう。

 人間同士が組織の体を取るのは簡単なことではない。

 群れるメリットがはっきりしているだけでは、人は組織を作らないのだ。


「どうにかその日その日を暮らせるようになって、俺はもうこれでいいかって思い始めていた。

そうしているうちに、うちのメンバーの妹が別のギャングの奴に目を付けられて、脅し紛いの口説き文句を昼夜問わず浴びせられるようになった。

その子はその時まだ10歳とか、そんな年齢だった。

普通じゃそんな女を口説くなんてありえないわけだが、口説いている側が12歳で、しかもこれがまた別のギャングのボスの弟だって言うから始末が悪かった。

当時の俺は13だったから、自分事みたいに考えたってのもある。

仕方ないからギャングのボスと話をつけに行ったら、うちの方から言いがかりをつけたってことにされた。

で、落とし前代わりに連中の手足になって、路上でドラッグを捌けって言い渡された。

それが嫌なら抗争だって。」


 話し合いから戻ったパコは、自分の仲間を集められるだけ集めて、抗争になるから逃げられる奴は今すぐ逃げろと伝えた。

 わかってもらえないだろうとは思いつつも、命を賭けてまでするようなことではないと言い添えた。

 パコと同い年くらいの少年たちは、銃を買ってこっちから先に手を出そうと主張した。

 故郷の司祭のことを思い出しながら、パコは首を振った。


「どうしてもそうしたいのなら、俺を殺してからそうしろと伝えた。

その日の夜、いつものねぐらで、俺はいつも通りに体を横にしているから、銃で撃ってくれればいい、と。

実際、奴らはやってきて、俺に銃口を向けたよ。

でも撃たなかった。

そのままそいつらはどこかに行っちまった。

それでうちのギャングは名実共に解散になった。」


 それから、パコは北へと向かう乗り合いバスに乗り込み、アメリカの国境付近へ行き、本物のメキシカンギャングや警察に身柄を拘束されながら旅を続けた。


「アメリカに密入国するために、ドラッグを詰めるだけ詰めたバックパックを背負って、北と南を何往復かしたよ。

金を払って、それをさせてもらうんだ。

相場は100ドル。

何度かそれをやり遂げると、ギャングから解放される。

ようやく自由の身になった時には、故郷を出てから半年以上経っていた。

自由の国アメリカってのは、地図で描いてあるよりも、ずっとずっと遠いところだったよ。」

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