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32.おまえとは違う、おまえとも違う。

 そこまで話すと、パコは無造作にフロントスクリーンの方を指差した。

 話に気を取られていて、殆ど無意識に運転していた自分は、さっき給油したガソリンスタンドの近くまで戻ってきているのに気がつかなかった。

 目の前を走るジープ・ラングラーはゆっくりと減速して、ガソリンスタンドの手前でウインカーを点滅させる。

 前の車の動きに併せてランドクルーザーのウインカーを光らせる。

 パコはスペイン語で何かを言って、それに我らが通訳が反応した。

 いつも不機嫌な子供がまんざらでもなさそうなトーンで言うので、僕は奇妙に思った。

 僕はショートパンツを履いた男と一瞬目を合わせる。

 彼は少しだけ肩を竦めて見せた。

 どうやら彼もスペイン語はわからないらしい。


「そこで車、停めてくれよ。

タコスを食って、冷えたコーラでも飲もう。」


 パコは鷹揚にそう言って、それからショートパンツの男を見て頷く。

 ガソリンスタンドの脇の空いているスペースに停車したジープ・ラングラーの横のスペースに向けてランドクルーザーの鼻先を突っ込む。

 少し離れたところにいた物売りの人たちが僕らの車を取り囲むべく、大挙して押し寄せてくる。

 パコはその人たちの機先を制するように、するりとランドクルーザーから降り、ジープ・ラングラーのフロントバンパーの前まで進み出る。

 パコの背はそれほど高くはないが、筋肉質な体つきだからか、不思議と背中が大きく見える。

 物売りの人たちに対して、パコは大きな声で何か言う。

 挨拶か、あるいは冗談めいた軽口だったのか、物売りのみなさんが口を揃えて「ジョ!」と叫ぶ。

 スペイン語で「私」という意味だったはずだ。

 そうこうしているうちに、パコはたくさんの人に取り囲まれる。

 まるで教祖とようやく再会した熱狂的な宗教の信徒たちのようだった。


「一体どこからこれだけの人が来たんだろう。

さっき給油しに来た時はいなかったのに。」


 僕が独り言を漏らすと、我らが通訳が鼻を鳴らした。


「何かわかんねえけど、あいつはあれだな。

何か持ってるな。

スターっぽいってか、なんつーか。」

「カリスマ?」

「そう、そういうやつだ。

なんかよくわかんねえうちに、あいつに気に入られたいって思わされちまう。」


 僕らがそんな噛み合わない会話をしている間に、ショートパンツの男は車外に出て、ジープ・ラングラーの後部座席に入り込んだ。

 それを目で追うと、サブリナと目が合って、彼女が微笑んだ。

 見た目のいいアメリカ人がすると様になるタイプのゴージャスな微笑み。


「そんで、あっちの女は典型的なアメリカの馬鹿な女そのものだな。

金持ちの家に美人として生まれて、自己啓発の一環として慈善活動に従事しちまうようなタイプ。

一緒にいる他の2人も同じだ。

見てるだけで胸糞悪い。」

「おまえとは違うんだ、ってことか?」

「おまえとも違うだろうよ、チーノ(中国人)。」


 物売りの人たちを振り切ったパコが水滴がびっしりついたコカ・コーラの缶を4本、窓越しに渡してくれる。

 僕はそれを受け取り、2本を無言で隣に渡す。

 我らが通訳は飲み口をTシャツの裾で拭いて、それからたっぷり力を籠めた親指でどうにかこうにかプルトップを開けた。


「ちょっとどう思うか聞きたいんだが。

と言っても、雇い主は僕だから、おまえに聞くまでもないことなんだけど。」


 僕は自分の分のコーラを開けながら聞く。


「あいつの、パコの話をもう少し聞きたいんだ。

バヒア・デ・ロス・アンヘレスに行って、場合によっては一泊したい。」

「いいんじゃねえの、別に。」


 我らが通訳は答えた。


「そもそもおまえがどこに行って、何をしたいのかこっちゃ知らねえんだ。

毎日きっちり250ペソ払ってくれりゃあ、どこに行こうが文句も何もねえよ。」


 コーラの缶を飲み干すか飲み干さないかというタイミングで、パコがタコスを4つ持ってきて僕らにくれた。

 ものすごく辛いサルサ(ソース)のかかったありえないほど美味いタコスを食べ終わった後、4人で談笑していたところに割り込んだ僕と子供は、パコの話の続きを聞きたいので、バヒア・デ・ロス・アンヘレスまで同行したいと告げた。

 部外者が急にそんなことを言うので嫌がられても仕方がないと思っていたのだが、一瞬呆気に取られた顔をした後、4人は笑顔で歓迎してくれた。


「来るんなら、是非午前中のセッションで学生達に話をしてやってくれよ。

そうしたら、夕飯と朝飯もつける。」

「小さいけど簡易ベッドもあるから心配しないで。

シャワーも使ってもらって大丈夫だから。」


 ガス欠になったところを助けただけの関係で、昨日までは見知らぬ他人だったにもかかわらず、親しみしか感じさせない口調でサブリナとパコは言った。

 もしかしたら、助けてもらったので断りにくいと思っているのかと思い、他の2人の様子も窺ってみたのだが、他の2人もにこにこと笑っていて、表情の裏に不満が隠されているようにも見えなかった。

 バヒア・デ・ロス・アンヘレスまでは4人の乗ったジープ・ラングラーが先行することになったので、子供と2人でランドクルーザーに戻ったら、車内入るやいなや、我らが通訳は言った。


「嫌になるほど甘い、能天気な連中だな。

ま、おかげでこっちは横になって眠れて助かるけど。」


 子供の感想めいた独り言を聞き流しながら、ギアを入れ替えてアクセルを踏んで、ジープ・ラングラーの後ろをゆっくりと追った。

 ()()()()()()()()()()

 ついさっき自分で言った言葉、さらには子供に言い貸された言葉が妙に引っかかって、バヒア・デ・ロス・アンヘレスまでの短いようで長い道の途中で、何度となく反芻した。

 すぐ隣でむっつりと黙り込んで座っている子供のことを、あれこれと考えながら。


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 サボテンと岩と砂でできた荒野の中を縫うようにアスファルトが伸びる。

 その真ん中には黄色い線、両脇には白い線が走っていて、そこを車が走る場所なのだと運転手に伝えてくれる。

 子供のことを一頻り考えた後、思考は途切れがちになっていた。

 次から次へと、新しい考えが浮かんでは、冬の海、暗い色をした波間にさらわれるように消えていく。

 運転のことを考えながら運転をする。

 そうすると、そう言えば随分長いこと、車なんて運転していなかったと考え始める。

 車の免許を取りに行ったのは、月見之介の面倒を見れるようになってほしいという本家の意向だったが、月見之介を乗せて運転したことなど数えるほどしかなかった。

 投資詐欺の広報の真似事をしていた月見之介が、何故か縁もゆかりもない滋賀県警に逮捕され、10日間拘留された後、結局起訴もされずに釈放されたのを迎えに行ったことくらいだろうか。

 リーマンショックの直後で、僕もまだ20になったばかりの頃だった。

 月見之介は27とか、28くらい。

 弁護士に伴われて警察署の建物から出てきた月見之介は、はっきりと意気消沈していた。

 旅に出る前に、そんな月見之介を見たのは、その時と、あともう一回くらいだった。

 旅に出てからは、ことある毎に女に声をかけて、発情期の孔雀のようになりふり構わず気を引こうとし、それに失敗してがっくり来るところを何度も見たのだが。

 そんな月見之介が自分自身のことを、母親にすら捨てられた、帰る場所のない孤独な人間だと認識していたというのが意外だった。

 確かに、本家・分家問わず、親戚一同全員が、月見之介に呆れかえっていた。

 何をどうやったら、怪しげな投資話の広報資料に顔を晒して、消費者庁どころか警視庁の注意を引いてしまうのに十分な誇大広告の片棒を担ぎ、県外の警察に詐欺罪の容疑で拘留された上、結局は月見之介自身も騙されていただけで、7桁を超えそうなくらいの金額の被害を被っていると判明し、警察官にすら同情されるようなことになるのだろうか、と。

 その後のアイドルプロデュース紛いの騒動もそうだが、コネも才能もない月見之介が、どうしてそういう方向に走るのか、昔はさっぱりわからなかった。

 世界中の美女をものにするために旅に出るなんて話もそうだ。

 何故そんな、無理筋にしか思えない脈絡のないことに飛びついては失敗を重ねるのか。

 過去の失敗から何も学ばずに、同じような無謀なことを繰り返すのか。

 それは誰にも相手にされないで、もう若くない年齢まで、何を成し遂げるでもなく生きてしまったからだったのだろう。

 もう取り返しもつかないくらいにダメになった自分の人生に対して、どうにかして一矢報いてやりたいと思っていたからなのだろう。


「身の程を(わきま)えて、本家の連中に言われたことだけやって、後は適当にだらだらしながら、死ぬまで短歌でも捻ってりゃ良かったのにな。」


 無意識のうちに、僕は日本語で独り言を呟いていた。

 我らが通訳は、どういうわけか、それを聞こえないふりをしてくれた。

 あるいは、ただ単に無視されていただけかもしれないが。

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