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31.放蕩息子の自分語り

 思い返してみると、色々と矛盾のある話だったのかもしれない。

 俳句野郎はどうも普通なようには見えなかった。

 媚びへつらうような態度もありつつ、同情を誘うような表情もしつつ、自分に都合のいい話をでっち上げているだけだったかもしれない。

 それでも、あいつは何で行く場所も帰る場所もないのか説明しようとした。

 逆さに干してある海釣り体験用のボートが並ぶ隙間で、砂の上に蹲って、俺と、俺の手にあるあいつのiPhoneを交互に見ながら、熱に浮かされたように話し始めた。


「最初にいなくなったのは母親だった。

俺を妾の子として産んだ母親だ。

妾の子供っていうのが、こっちでどういう意味を持つのかわからない。

日本では結構な厄介者扱いをされるんだ。

家が世界のすべてのような、古い時代を引きずっている日本の田舎では特にそうだった。

母親は、そんな田舎で俺を産んだ。

父親は土地持ちの一族の、本家筋の長男で、仕事の面では祖父の言いなりだったが、私生活は派手だったらしい。

祖父の決めた縁談で籍を入れたどこかの良家のお嬢さんは本妻として、跡取りを設けるために懸命に家族計画を遂行する。

その一方で、田舎の旧家の大地主の権力を盾に、今はもう合併してなくなっちまった自治体の村役場で働いていた俺の母親に手を付けて、妾にした。

俺の母親は、どうやら地元の人間じゃなかったらしいんだよな。

東京で何年か働いていて、そっちで結婚話がまとまりかけたけど、何やら出自かなんかが気に入らないとかで、相手の家族が結婚話を断ってきた。

それで、もともとの職場に居づらくなって、再就職に、縁もゆかりもない、世界の果てみたいな田舎の村役場を選んだ。

年齢不問、事務経験優遇、年齢29歳までって条件だったとか、昔誰かに聞いたな。

それで働き始めたら、出入り業者の営業担当に口説かれたとかなんとか。

弱ってるときに言い寄られて、ついつい隙を見せちまったらしい。

そいつが、役場の誰よりもずっと力関係が上の地元の地主の家の長男だって知った時には、既に俺を妊娠していたって話だ。

それで、地主の一族の長老だかなんだかが出張ってきて話をまとめた。

母親は未婚のまま俺を産む。

生まれた俺は父親の養子として地主の家に入る。

母親は役場を特別に休職させて、2年半で役場に復職も可能。

復職してもしなくても、毎月18万、慰謝料代わりの金は出す。

それで、俺の母親はそれから休職して、2年俺を育児して、それから俺を養子に出し、役場に復帰した。

10年勤めた頃に家族の介護があると言って役場の勤めを辞めて、それきり行方がわからなくなった。

未だに慰謝料は問題なく振り込まれていて、口座が停められているわけではないってことから察するに、どこかで生きてはいるんだと思う。

でも、それがどこなのかは誰も知らない。」


「2歳で母親から引き離されて、本家の離れで育てられた。

本家で雇っていた家政婦に4人の子供を育てたって、もう日本じゃ50年前に聞かなくなった経歴の持ち主がいて、そいつが乳母代わりになった。

それからしばらく、何不自由ない生活をして、俺は幸せだったと言えるのかもしれない。

でも、物心づいたころから、良く泣いていたのを覚えている。

乳母代わりの家政婦は夜の6時になると帰ってしまう。

その後から、次の日の朝9時30分までは誰も俺のことを顧みない。

2歳の子供にとって、その15時間半がどれほど長かったかはわからない。

もう覚えちゃいないからな。

そでも覚えている限り、俺はずっと誰かに見放されたような気がしていた。

本家の離れは、敷地の中でも湿気の多い一角に立っていて、そこに出入りするのは乳母と、それに他の家政婦が数人。

と言っても、他の家政婦は俺のことは遠巻きに見ているだけだ。

乳母代わりの家政婦は土日は来ないから、毎週少なくとも2日は誰も傍にいないのが当たり前だった。

情けないことに、俺はそれが寂しかったんだよ。

今まで誰にも言ったことはないが、寂しかったんだ。」


「小学校3年の時、珍しく兄が俺に話しかけてきたことがあった。

本妻の息子で、俺よりも10歳年が上だった。

ゲスな目つきで俺を見下ろして、俺の母親を見つけたと(うそぶ)いた。

9歳の子供だった俺は、母親は父親の本妻だと聞いていたので、そんなこと言われても意味がわからなかった。

『なあ、おまえ、母親の顔を見に行きたくないか?』

兄はそう言って、俺を連れ出した。

エンジン音のうるさいシビックワンダーの助手席に俺を乗せて、兄は車で30分の距離にある隣村の役場に俺を連れて行った。

役場の建物の裏に周ると、建物の角の部分にある大きな窓から、背の高い灰色の棚に囲まれたところに一人だけ座っている中年女がいるのが見えた。

高さから言って、椅子に座っていて、目線は真っすぐ前を見ていた。

『あれがおまえの母親だよ。』

うすら笑いを浮かべて、本妻の息子は言った。

『ああやって、日がな一日、日陰の机に座って、何の仕事もせずに定時までいる。

邪魔な女だ。

特に美人なわけでもない。

いてもいなくても変わらない。

おまえと一緒だな。』

家に帰って、夜になった後、離れで眠ろうと目を閉じると、兄の言葉が何度も聞こえた。

帰りの車の中で、兄は独り言を言っていたのも思い出した。

『何で親父はあんな女に手を出したんだろうな。』」


「半年後、何か気になって、自転車に乗って自分一人で母親を見に行った時、いつか見た窓の向こうに中年女の姿はなかった。

それが元からいなかった母親が、もう一度俺を見捨てていなくなったような気分に俺をさせた。

そのくらいから、俺は何もやる気がしなくなって、何もかもがどうでも良くなった。

祖父や祖母は俺のことで小言を言って、その度に家政婦たちに厳しく俺を躾けるように言ったが、誰もがその場だけを取り繕って、誰も俺の近くに寄りついたりはしなかった。

本妻とその息子は、遠くからそれを見て俺を嘲笑った。

父親は俺のことを嘲笑いすらしなかった。

父親は常に不在にしていて、月に一度の家の行事で顔を合わせるかもしれないくらいの、血だけつながった遠い存在になっていた。」


「小学校の後半には、すっかり俺は駄目な放蕩息子ということになっていて、分家の連中からも、生暖かい視線で見られるようになっていた。

身の回りのことは家政婦がやってくれるが、誰も俺の顔を見ないし、誰も俺の言葉を聞かない。

学校の教師は俺が地主の家の息子だからか、何をやっても面倒くさがって関わろうとはしなかった。

同級生もそうだった。

家が経営している会社の関係者の子供が見え透いたお世辞を言って近づこうとすることはあったが、それも長続きしなかった。

俺もそんな言葉を聞きたいんじゃなかった。

そんな風に扱われたいんじゃなかった。

俺はただ、誰かに俺に向き合ってもらいたかった。

でも、地主の家の本家筋の子供で、なおかる妾腹の末っ子には、そんなことは望むべくもなかった。

思春期が来て、体が大きくなり、同じ年頃の連中、特に女子の視線が気になるようになった。

でも、俺が話しかけても、男女と問わず面倒くさそうにして、さっと逃げるんだ。

そのくらいの年齢になればみんな分別がついていて、俺に関わらない方が身のためだってわかってたんだろう。

土地持ちの家のできの悪い、いらない子、妾腹の末っ子で、特に何か特技があるわけでもない子。

体が大きくて運動ができるわけでもなく、脚が早いわけでもなく、勉強ができるわけでもなく、人当たりが良くて人気があるわけでもない。

みんなが俺を疎ましく思って、俺もみんなが疎ましかった。

さっきも言った通り、最初にいなくなったのは母親だった。

でもその後は、最初から誰も俺の周りにはいなかった。」


 砂場に膝をつく俳句野郎の顔が西日に照らされて、オレンジに染まっていた。

 立ち位置を少し変えると、自分の体の影があいつの顔に落ちた。

 影の黒さと、その脇で眩しいオレンジのコントラストが、何か得体のしれない生き物みたいで、見ていると目がちかちかした。

 俳句野郎はそんなことに気づいている素振りもなく、自分の話したいことを、熱っぽく話し続けた。

 それを聞いていたら、腹が立ってきた。

 とにかく、無性に腹が立って、気が付いたら両足タックルしてあいつを砂の上に転がしてた。

 後から考えれば、俳句野郎が着てたのは俺が貸してやった服だったから、地面で擦れて穴が空いてもおかしくないことはするべきじゃなかった。

 子供達も、服が汚れてて、あいつの顔に傷がついてたら変に思うだろうし。

 ちょっと考えればわかることだった。

 そんなことすべきじゃないって。

 でも、まあ腹が立ったんだ。それで、iPhoneだけ、ひっくり返したボートの上に置いて、両足タックルをかまして、転がしちまったんだ。

 今から思えば、後先考えるべきだったよな、本当、色んな意味で。

10万字超えた!

読むの専門だった時は、何で書き手が字数にこだわるのか不思議だったんですが、実際自分が経験してみると、何とも嬉しいもんですね。

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