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28.サブリナとパコ

サンノゼで会ったナタリアと名前が丸被りだったので、ブロンドの名前を「ナタリー」から「サブリナ」に変更しました。

その結果、サブタイトルも「サブリナとパコ」に変更しています。


2024.3.31

誤字とハンドルの位置に関連する記述を修正。

「こんにちは、調子はどうだい?」

「元気?」


 赤いランドクルーザーが停まるやいなや、男がスペイン語で、その後に背の高いブロンドが英語で窓越しに挨拶してきた。

 2人ともサングラスをかけていて、良く日焼けしている。

 その日焼けの仕方が綺麗なことから、肉体労働者などではないことが見て取れた。

 金髪の女はとても背が高く、かがんだりしているわけではない男よりも目線が高かった。

 だが、背は低い男が貧相に見えるというわけではなく、分厚い胸板の、がっちりした体系だった。

 黒々とした頬髭が生えているのと相まって、とても男性的な印象を与える。

 男はサングラスを持ち上げて、大きな瞳を眩しそうに細めてみせた。


「おかげさまで。

車のトラブルかい?」


 僕が英語で返事をすると、ブロンドは口元だけで笑顔を作った。

 サングラスこそ外さないものの、彼女なりにできるだけフレンドリーに振舞おうとしているのだろう。


「実は、ガス欠になっちゃって。

近くのガソリンスタンドまで乗せてもらえない?」

「もちろん。

でも、ガソリンの入れ物はないけど。」


 僕の言葉に、頬髭のガッチリした体格の男が笑顔で応えた。


「いや、入れ物はあるんだ。

ガソリン用のジェリー缶が。

あっちの車の中に入れてある。

10ガロン入るから、容量も問題ない。

問題ないよ。」


 男は指で路肩に停めてある埃だらけのジープ・ラングラーを差した。

 少し古臭いが、タフそうな印象を与える外観の車だ。


「そりゃ話が早いね。

だとしたら、あとは距離か。

最寄りのガソリンスタンドまで、どのくらいかってことだけど。」

「大丈夫じゃない?

25マイルも行かないうちに、どこかの町には辿り着くはずだよ。」


 ブロンドから、努めて明るい言葉が返ってくる。

 2人には見えない角度で、少し離れた場所に立っていた我らが通訳は、それを聞いて嫌そうな顔をした。

 あまりにもアメリカ西海岸らしい、ポジティブ過ぎる言葉が気に障ったのかもしれない。


「そう言うことなら、とりあえず行ってみるか。

2人のうちのどっちかがジェリー缶持って、こっちの車に乗って移動するってことでいいかな?

1人だけ残されるのも不安だって言うなら、どっちも乗せていくけど。」

「実は、俺らは、2人だけじゃないんだ。」


 僕どことなくスペイン語っぽいところのある英語のアクセントで男が言った。

 僕が改めて路肩のラングラーを見ると、窓の奥にこっちを見ている顔があるのに気が付いた。

 目が合って、鷹揚に頷いて見せるのがきっと男性だ。

 歯を見せて笑って、それから手を振っているのは女性だろう。


「残りの2人で車を確保しておきたいんで、できれば2人でガソリンスタンドまで行かせてもらえたらありがたいんだけど。」

「乗せてもらえるスペースはありそう?」


 こっちの様子を窺うように、遠慮がちな言葉を選ぶ2人の声を聞きながら、僕は我らが通訳の方に視線を走らせた。

 相変わらず嫌そうな表情をしている子供は僕の視線に気づくと、舌打ちして、僕から見て反対の窓の外を向いた。

 「不満だが、どうせ何を言っても聞きゃしないんだろう」とでも言いたげな態度だった。

 随分ボディランゲージが雄弁な通訳だ。


「同行者もいいって言ってる。

いいよ、乗んなよ。」


 僕の言葉に2人は顔を見合わせて笑う。

 僕の気が変わらないうちにとても言うように、ブロンドは早速後部座席に乗り込んだ。

 スペイン語のアクセントの男はジープ・ラングラーの方に軽快にかけていき、筋トレか何かに使えそうな大きさの赤いコンテナを引っ張り出して、やはり大急ぎで後部座席に体を滑り込ませた。


-------------------------


 ガソリンスタンドへの道中、2人はこちらが聞いてもいないのにどういう事情でガス欠になったのか、一部始終を細かく話しだした。


「同行者の知り合いから借りた車で、ガソリンのメーターが壊れていることは聞いていたんだ。

でも、どう壊れているかまでは聞いてなかった。

全く、マヌケな話だよ。」

「でも、あれはある意味しょうがないよ。

パコだって、しっかり確かめたわけじゃないんだから。」

「いや、でも、君も俺もここに来るまで運転してたんだ。

あいつらも含めて、誰か1人でも、ガソリンメーターがぴくりとも動かないことに気が付くべきだったんだ。

全く!

俺たち全員、何て抜けてるんだか。」

「でも、楽しかったからいいんじゃない?

今回も何とかなりそうだし。」

「そうだ、君の言う通りだ、サブリナ。

やはり君と一緒にいると退屈しなくていいよ。」

「何それ、褒めてるの?」

「そりゃそうだ、褒めてるに決まってるよ。

俺が君のことを悪く言うなんてことは、世界が終わってもあり得ない。」


 ブロンドがサブリナで、マッチョの方がパコだというのが、自己紹介なしでもわかるのだが、それが随分芝居じみているように聞こえた。

 僕は2人の話を黙って聞きながら、ひたすらに運転していた。

 行けども行けども影すら見えてこないガソリンスタンドに辿り着くまでに、2人が僕と助手席にいる子供の関係について質問してこないようにと祈りながら。

 助手席の子供は、そんな僕の気を知ってか知らずか、ただひたすらにじっと黙っていた。


「それにしても、ガソリンがなくなった時は焦ったけど、それから間もなく乗せてくれる車にありつけたのは、やはりついてるってことなんだろう。

おかげで、どうやら今日中には辿りつけそうだ。」

「そうだね。

そういう意味では、やっぱりついているんだよね。」


 そう言いあう2人の話を聞きながら、一瞬リアミラーに目配せしたら、鏡の中でブロンドと目が合った。

 サングラスを外している彼女の緑色の瞳を見ていたことを気づかれたくなくて、すぐに視線を外したのだが、どうやら手遅れだったようだ。


「私たち、バヒア・デ・ロス・アンヘレスに行くの。」


 僕の方に身を乗り出しながら、サブリナは言った。


「今日中にそこまで行かないといけなくて、ちょっと急いでるんだ。」

「なるほど。

何だか素敵な名前のところだね。

それは山かどこかのリゾート地なんだろうか?」


 小学生の作文レベルの、適当な僕の返事を聞いて、マッチョのパコが噴き出した。


「いや、失礼。

何というか、意外だったんだ。

バヒアが山って言うのは、なかなか斬新で。」

「パコ、ちゃんと説明しないと、わかんないよ。」

「いや、何というか。」

「何か間違ったことを言ったなら、申し訳ない。

謝るよ。」


 僕の要領を得ない謝罪に、パコは少し慌てる。


「いえいえ、何も間違っていない。

ただ、バヒアというのはスペイン語で―」

「浜のことバヒアって言うんだ。

知らねーのかよ?」


 パコの説明に、我らが通訳の言葉が被せられる。

 間を持たせるために、僕は「なるほど、知らなかったな。」と、わざとらしいくらいに驚いて見せる。


「スペイン語は得意じゃなくてね。

通訳が優秀で助かってる。

おかげで何とかロードトリップできてる、奇跡的にも。」


 前から車が来そうもない様子を確認して、僕は後ろを振り向いて、内心冷や汗をかきながら2人に笑いかけて見せた。

 右側では誰かがあまりいい感じのしない風に鼻を鳴らすのが聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。


「私とパコみたいってことだね。

私もパコがいなかったら、メキシコに来れたとは思えないもの。」

「サブリナ、そんなことないぜ。

それに、それを言うなら、サブリナがいなければ俺はカリキュラムについて来れなかっただろう。

今、君とここでこうしているのが、俺にとっちゃ奇跡みたいなもんだ。」


 我らが通訳との関係を突っ込まれることを心配する僕をよそに、2人は奇妙な距離感でいちゃつき続けた。

 結局、ガソリンスタンドに辿り着くまでの間の30分間、そんな調子の雰囲気のまま、赤いランドクルーザーは東に進み続けた。

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