27.本家分家末子事始
「そんでおまえ、こんなとこまで来て探してる奴って、そいつはおまえの何なんだよ?」
エンセナダで1泊した翌日、東に向かって車を走らせていた午前の遅い時間、我らが通訳であるお子様はつまらなさそうに僕に聞いた。
既に巨大なサボテンが生えているだけのバハ・カリフォルニア・ノルテの荒野を走り始めて数時間が経っていた。
ガソリンもまだまだたっぷりあったので、どこかに車を停めて休憩をする必要がしばらくなかった。
昼飯にはまだ少し早く、暇つぶしの長話でもしないと間が持たない、そんな時間帯だった。
「『おまえの何』って言われてもな。
一応親戚だ。
うちは分家で、あいつは本家。
でもあいつは本家の中でも妾腹の爪弾き者で、一族のみんなから、疎まれまれているような奴だった。」
「分家だの本家だのってのがよくわかんねえな。
昔のヨーロッパの王侯貴族じゃあるまいし。」
「そりゃ全くもって同感だな。」
ハンドルを微調整しながら僕は相槌を打つ。
ブレーキを踏んで減速し、舗装された路上に空いた穴を避ける。
クルーズコントロールをその度にオフにし、それからまた加速してオンにしなおす。
「言ってみれば、近代化の前の前時代的な田舎の慣習だ。
北東アジアの端っこの島国にもそういうのがあったんだ。
で、僕が生まれた家ではそれがまだ機能してるってことだな。」
「くだらねえな。
そんじゃおまえは分家の出だから、本家のこいつの命令を聞かなきゃいけなかったってことかよ?」
「そういう風に育てられはしたよ。
実際のところは最初からそうだったわけじゃなくて、もう少し紆余曲折があったけど。」
潰すための時間がうんざりするほどあったからか、僕は退屈しのぎに月見之介との馴れ初めについて話した。
田舎の大家族にありがちな、頻繁な法事と、その度に顔を合わす本家の末っ子。
月見之介と呼ばれるその子の名前を呼ぶ大人の誰もが少しの侮蔑を滲ませていた。
本家の連中はもちろん、分家のみんなもそうするのが、子供だった僕には不思議だった。
兄と姉にはタイミングを見計らってそれぞれ理由を個別に聞いてみたのだが、そのどちらにも、そんなこと考えるものじゃないと釘を刺された。
特に、年齢が1つしか違わない姉は容赦なく僕に言い放った。
「東亀、あんたさ、つまんない事に首突っ込むとろくな事になんないからやめときな。
気になったからって何でもかんでも聞きゃいいってもんじゃないんだよ。
うちは分家なんだから。」
その時の僕はまだ9歳で、姉は10歳だったはずだ。
にも関わらず、姉が一端の大人みたいな口を利いたので、すごく印象に残っている。
うちは分家だということを、明確に僕に意識させたという意味で、これ以上なく効果的だった。
それから、どの法事に行っても上座の末席につまらなさそうに座っている高校生を、月見之介より1つ歳上の兄がビクビクしながら気遣う様子を何となく遠目で追うようになった。
「実際問題、親戚の頭数が多い上に、7つ年齢が違ったせいで、しばらくは月見之介と会話する機会すらほとんどなかった。
僕の体がようやく大人並みのサイズになった頃には向こうはもう成人してたし、こっちはこっちで受験で忙しかった。
大学に入ってすぐ、学校指定の交換留学の枠でアメリカに行くことになるまでは、法事と盆暮れ以外で本家のことを意識することも、ほとんどなかったんだ。」
「交換留学ってなんだ?」
「僕が通っていた日本の大学と、アメリカのある州の州立大学が、期間限定で学生を交換するんだ。
大学生に国際経験を積ませるためって名目でやるんだが、留学生が多いと国際色豊かで学生に人気が出やすくなる。
世界大学ランキングの上位を狙うような大学にとっちゃ、ポイントも稼げて一石二鳥だ。」
「世界大学ランキング?」
「そういうものがあるんだよ。
ボクシングやサッカーのリーグと同じで、ランクが上だと金が稼ぎやすくなる。」
我らが通訳はイマイチ良くわかっていないようで、相変わらず首を捻っていた。
「とにかく、大学に入学してすぐ、アメリカに行くことになった。
で、何かの法事に出たうちの父親が、黙っておけばいいのに、酔って口を滑らして、その話を親戚にしてしまった。
と言っても、分家としては本家に報告しないわけにはいかなかったんだろうけど。
でもそうしたら、分家でも、本家でも、今までうちの一族に留学するようなのがいなかったってことで、大問題になった。」
「大問題ってのは?」
「つまり、『分家のくせに生意気だ。』って。」
「うぜえな。」
我らが通訳の吐き捨てるような言葉の後に舌打ちが続いた。
「既に学校の方で僕を派遣するのが決まっていたのに、本家に話が通っていないから、許可できないなんて言い始める始末だ。
許可できないって言っても、その時僕は既に18歳で、未成年ではあるものの、自分のことは自分で決められる年齢だった。
その上、うちの両親は書類に署名して印鑑も押してたし、何の話だって感じだったけど。」
「印鑑?」
「なんて言うか、サインみたいなもの。
それがあると法的に合意があると見なされる。
こっちもそうだろう?」
「よくわかんねーな。」
我らが通訳は首を振った。
この年齢の子供がサインをすることは、メキシコではないのかもしれない。
その辺はどうなのか、確信が持てなかった。
「まあとにかく、それで、僕をアメリカに行かせられないって駄々をこねる本家が、僕の留学を許すために出してきた条件が、帰国したら必要に応じて月見之介の面倒を見るって話だった。
その当時、既に25の月見之介の面倒をどう見ろというんだって思ったんだけど、それは僕もうちの両親も聞くのが怖かったので聞かなかった。
で、無事に渡米して、苦労しながら外国語で行われる授業について行こうと努力した。
強調すると嘘臭くなるけど、本当に苦労したんだ。
それで、1年の予定のカリキュラムを終えて、どうにか語学も問題ないところまで身につけて、やっと帰国したら、空港に両親が待っていた。
そのまま本家の屋敷に連れていかれて、そこで一族のトップ、本家の当主の爺さんと月見之介に挨拶させられた。」
「帰国の挨拶にしちゃ性急だな。
それも、たかが親戚相手に。」
「そうだよな、今になって考えると、僕もそう思う。
ただ、勝手に留学を決めた分家の小僧が、ようやく帰ってきて本家に許しを乞うって体を作りたかったんだろう。
しかも、そこでの挨拶の名目は、月見之介への正式な顔合わせっていうんだから、本当に馬鹿みたいだった。
それこそ本当に、いつの時代だって話だ。」
「わかんねえな。
おまえよりも、おまえの兄貴や姉貴の方が、そいつに歳が近かったわけだろ?
そいつらに面倒見させれば良かったんじゃねーの?」
「言われてみれば、確かに。」
僕は少し考えてから、また口を開いた。
「でも兄は既に働いていたし、姉は僕と歳が1つしか違わなかったけど、かなり遠方の大学に行っていた。
そういう意味じゃ、本家側もあんまり無理は言えなかったのかもしれないな。」
「それでおまえを生贄にしようって、本家と分家の間で裏で握ってたってわけか。
どういう家だよ、おまえんとこ。
本家もクズだが、両親は両親で、救えねえな。」
「別に両親からネグレクトされてたとか、あからさまに厄介者扱いされてたわけじゃない。
でも、分家の末っ子が悪目立ちしすぎたってのは、あるかもしれないな。
メキシコではそういうのないのか?」
「さあな。
こっちの生まれじゃないんだ、知らねーよ。」
「え、『こっちの生まれじゃない』って、それはどういうこと?」
僕の質問に答えず、我らが通訳はフロントガラスの先を指さした。
蜃気楼でも見そうなくらいに変わり映えのしない景色の向こうに、小さな人影が2つ、できる限り目立つように大きく腕を振っているのが見えた。




