20.あの人が探偵なんかになった理由
蟹沢さんに報告したので、業務としてメキシコへ行く目途が立った。
交通費も経費として落とせるが、サンディエゴからロス・カボスまでの間をしらみつぶしに探すには飛行機移動は不向きだった。
移動の自由と小回りが利くのは車で、未舗装の道が多いバハカリフォルニアは4WDが必須だった。
運転ができるレンタカーを探すに当たって、高魚を通じてナンシーに信用できるレンタカー業者を紹介してもらえるよう依頼したら、一両日のうちに知らない電話番号から着信があり、出てみたらナンシーだった。
「東亀の電話番号であってる?
ナンシーだけど。」
電話口のナンシーはあいかわらずふにゃふにゃとした口調で話していたが、高魚と話している時と比べて、甘えるようなところが一切なかった。
彼女の口調そのものは高魚に対する媚ではなく、ただの癖だったのだろう。
マネジメントや交渉事をするのが大変そうだ。
「はい、東亀です。
ご連絡ありがとうございます。」
「いいって、いいって。
で、レンタカー業者を探してるんだって?」
「そうなんです。
調査対象がヒッチハイクで移動しているなら、入れ違いにならないように車で移動するのがいいだろうと思いまして。」
「それで地元がこっちの私に紹介してほしいってことなんだよね?」
「はい。
ナンシーなら人脈も広いだろうし、ビジネスオーナーなので信用もあるだろうし。」
「オーナーっていうか、オーナーの娘ってだけだけどね。」
「いや、時間の問題でしょう。
高魚さんと鮨屋を開業するってことでしたし。」
軽口を叩きあった後、宿泊先のタウンハウスの位置をナンシーに伝えて電話を切った。
程なくして、通りの方からホーンが鳴らされる音がしたので玄関先で待っていると、敷地の中の狭い車寄せをホンダ・アコードがゆっくりと走ってきて、僕の目の前で停まった。
窓がするすると降りてナンシーが顔を出す。
その髪型は、この前会ってから48時間も経ってないのに既にすっかり違うものになっていた。
アフリカ系の女性が付けているような金と黒の編み込みのエクステンションがよく似合う。
角ばったフォルムの銀ブチのサングラスはモータースポーツの関係者がよくかけているような印象の、スタイリッシュなものだった。
「こんにちは、でいいんだっけ?」
ナンシーは日本語で、わざとらしく言った。
時計を見たら午前10時を回ったところで、ナンシーの日本語はそんなことで間違うほど拙くはなかった。
ただ、ふにゃふにゃとした口調と相まって、キッチュに響いたその言葉は、聞き手の僕の緊張感を高めた。
挨拶を返して、車をできるだけ家側に寄せるように言った僕は、ハンドルを一所懸命に切り返すナンシーを見ながら、思っていたよりもややこしい話し合いになりそうだと何となく思った。
車から降りたナンシーをキッチンカウンターまで案内して、冷やしたペリエにライムを絞ったものを出した。
それほど背の高くないナンシーは、カウンターの宿り木によじ登るようにして座り、一口でグラスの3分の1ほどを飲み干した。
「喉が渇いていたんですね。
もっと飲みますか?」
僕はそう言って、冷蔵庫の中からペリエの瓶をもう一つ出し、ナンシーに手渡した。
ナンシーは頷いて瓶を無造作にカウンターの上に置き、それからサングラスを外してその横に並べた。
「今日はわざわざ来ていただきありがとうございました。
こちらから出向くつもりだったんですけどね。」
「いいの。
高魚のいないところでしたい話もちょっとあったし。」
「と言うのは?」
「この間の話。
日本で探偵だったっていうの、もっと詳しく聞きたいと思って。
あれって本当?」
「僕は今でもそうですね。
正確には興信所勤務ってだけで、英語でいうところの探偵とは大分異なりますけど。
高魚さんも別の興信所に勤めていること自体は間違いないと思いますよ。
私自身の上司からそう聞いています。
気になるんですか?」
僕の質問にナンシーは目を逸らした。
僕はその様子を見ながら、カリフォルニア州で探偵はどういう印象なのだろうかと考えを巡らせた。
「もし、高魚さんが警察関係者とかそういう類の人だと思っているのなら、それはないと思いますよ。
日本では、探偵が刑事を補完するような役割をしていたりしませんし、ましてや刑事と情報交換したり、共同で捜査に当たったりすることもありません。
法曹関係ということもないでしょうから、もしナンシーの家のファミリービジネスが適法かどうかというところで慎重になっているのなら、その必要はよっぽどないでしょう。
日本の役所にも内偵する部署はありますが、ああいうタイプの内偵担当者っていうのはあまり見たことがありません。
国税の調査員って線もないでしょう。
あんな破天荒な国税の調査員がいたら、逆にお目にかかりたいもんです。」
「そういうんじゃないのよ。」
目を逸らしたままナンシーは言った。
「ただ、あの人が探偵なんかになった理由が気になるだけ。」
「それは僕もわからないですね。
僕も仕事の関係でついこの間知り合ったばかりなんで。」
「一般的にはどうなの?
日本では、探偵って人気の職業なの?
アニメとか映画ではよく見るけど。」
そう言って、彼女は日本で国民的認知度を誇る長期放送中のアニメのタイトルを挙げた。
「ああ、それは、そうですね。
まあ、アニメはアニメですよ。
色々と無理のある設定です。
面白いですけどね。
で、映画で見る方もやっぱりフィクションですね。
昔は刑事だったけど、辞めて私立探偵なんていう例は聞かないです。」
「あんた自身はどうなの?
まだ若くて、昔刑事だったようにも見えないけれど。
なんで探偵の仕事を始めたの?」
「ただ単に仕事がなかったんですよ。
日本はここ20年ほど、ほぼずっと不況ですしね。」
正確には、一部の業種を中心に人手不足の時期があったりしたこともあったが、そこについては説明しなかった。
「昔から探偵になりたかったとか、そういうんじゃなかったんだ?」
「そういう人間は大学院になんか進学しないですよ。
少なくとも大学院で探偵になる方法は教えてもらえない。
ただ、皮肉なことに大学院でやったことは探偵の仕事をする上ですごく役立っています。
既にある情報から仮説を立てて、インタビューと調査をして仮説を検証する。
全く予測してなかったことですけど、似たようなことをやっています。」
「ふーん。
で、どうなの?
仕事は上手くいってるの?
お金はたくさんもらえるの?」
「何というか、すごくアメリカ的な質問ですね。
お金は別にたくさんもらえません。
仕事は上手くいっている方だと思います。
同僚と比べて上司に目をかけられていると思うし、結構自由にやらせてもらってます。」
「あんたは今の仕事に満足してる?」
「満足と言われると、何とも言えませんけどね。
不満はないです。
でも不安はあります。
先の展望はないですし、探偵をこれから何年か続けて、じゃあ自分はどうなっていくんだっていうのはいつも不透明なままです。」
ナンシーの目線はもう一度僕の方を向いた。
何かを伺うようにこっちを見るけれど、彼女は黙ったままだった。
「そのうち、仕事を変えるかもしれません。
でも、それは何の仕事をしていてもそうです。
別に僕は、自分の名前で仕事が取れるほど有名な探偵ってわけでもないし、この仕事にそれほど熱意があるわけでもありません。
今まで手を出した仕事よりもちょっと得意だなあとは思います。
周りにいる他の人よりも、ちょっとだけ仕事ができる方かもなあとも、偉そうに聞こえるかもしれませんが、思うことはあります。
でも、それだけですよ。
こんな仕事が得意だからって、別に大金が稼げるわけでもないし、幸せな人生を過ごせるわけでもありません。
このまま行くと、良くて日本の法曹関係者の小間使いか雑用止まりでしょう。
下手すれば非合法な仕事を手掛ける連中の手先として取り込まれて、そのうち逮捕されて刑務所に送り込まれるかもしれない。
だから、高魚さんがこのタイミングで探偵を辞めるというのは、ある意味ではすごくいいことだと思いますよ。」
ナンシーは、僕がそこまで言うのをじっと黙って聞いていたが、やがて首を傾げて金と黒のエクステンションを指でいじり始めた。
今聞いた話を自分なりに消化しようとしているのだろう。
僕はウィルキンソンのジンジャーエールを冷蔵庫から取り出して、瓶から直接飲みながら、ナンシーが考え終わるのを結構長い間待った。
更新遅れておりまして、申し訳ないです。
活動報告で言い訳させてください。




