18.人が運命的な恋に落ちると
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ナンシーと高魚の馴れ初めは、少しばかりホームシックになった高魚がサンディエゴ市内の回らない鮨屋に行き、べろべろになるまで飲み倒した挙句、金がないことが発覚したのに端を発する。
中トロやサーモンやアナゴを心行くまで堪能した後、支払いも済ませずにカウンターでいびきをかき出した高魚は裏の事務所に連れていかれた。
明らかに金を持っていそうな見た目ではなかった高魚に好きなだけ飲み食いさせた若い板前は、50代の厳めしい顔の板長とオーナーにこってりと絞られたのだが、高魚が現金どころかクレジットカードすらもっていないことがわかるにつれて、彼自身も怒りに目つきを悪くした。
営業時間終了後になっても暢気にいびきをかき続ける高魚は食材の梱包に使われていたビニールひもで両手両足を縛って休憩室に転がされたまま夜を明かすことになった。
その一方で、板前と板長とオーナーはやり場のない怒りをどうにかするために、それぞれ別々に夜の店に繰り出して、結局同じキャバクラで顔を突き合わせることになり、やけになって3人でカラオケを熱唱した。
翌日の朝、ランチ営業の際のホールを任されているオーナーの娘が店を開けると、相も変わらずいびきをかいていた高魚を発見した。
「人間って、運命的な恋に落ちると、いびきすら愛おしいみたいね。」
少しだけ不思議なアクセントの日本語で、ナンシーはふにゃふにゃと言った。
それはつまり、彼女は高魚を一目見て恋に落ちたということなのだろう。
高魚にしてみれば、ただ鮨屋で勘定を踏み倒しただけだったのだが、目が覚めた時には全ては解決していた。
最近じゃあんまり聞かない、棚から牡丹餅を地で行く話だった。
「一応参考までに聞くんですけど、彼のどこがそんなに運命を感じさせたんですか?」
僕の質問に、ナンシーは虚をつかれたような表情して、それから高魚の方を見て口元を綻ばせた。
「わかんない。
でも、ベイブ、あんたを見たその途端に、これが私がずっと待ってた男だってわかったの。
理屈じゃなくて。」
僕の質問に答える体で高魚に甘えるナンシーを見ているだけで、今後1週間、糖分を摂取しなくてもいいような気分になった。
高魚はナンシーの言葉に目を細め、彼女の目元にかかった前髪を優しく撫でるように梳いた。
「高魚さんが担当していた対象の行方が何となくわかったんですが、そんな話をするような雰囲気じゃないですね。
日本に帰るにあたっての手土産になるかと思ったんですが。」
「日本に帰る?
今更、何で?」
高魚は僕の方を奇妙な顔で見た。
「俺にはハニーがいるんだ。
日本に帰る理由はもうない。」
「しかしですね、一応高魚さんは、まだ出張中なんですよね?
手がかりが見つかるまで帰ってくるなって、勤務先に言われてサンディエゴに送り出されたって聞いているんですが。」
「手がかりは見つかった。
出張はこれで終わりだ。
俺はハニーのいるサンディエゴに残ることにした。
それだけうちの所長に伝えておけ。」
「いえ、ですから、その手がかりがつかめたって話なんですが。」
「ああ、わかってる。
てめえが手がかりをつかんだ。
俺はそれを手伝った。
つまり、俺が手がかりをつかんだようなもんだ。
それで何か問題あるか?」
「いや、そう言われればないですけど。
それでいいんですか?
仕事なくなっちゃいますけど。
日本に帰りたくなった時はどうするんですか?」
「もう日本には帰らねえ。
俺はここでナンシーと一緒に鮨屋をやる。」
脈絡のない展開に思わず声を上げようとしたら、鋭さを増したナンシーのふにゃふにゃした嬌声に先を越された。
「本当!?
後で嘘だったってのはなしだからね、ベイブ。」
「そんなことは言わねえよ、ハニー。
むしろあれだ、提案してくれた時に即答できなくて悪かった。
でも、俺、決めたよ。
サンディエゴに残っておまえと暮らす。
おまえの言う通りだよ。
俺も、おまえのことをずっと待ってたんだ。
今、やっとわかったよ。」
ナンシーを見つめて、高魚は言った。
その表情は、鮨屋の勘定を踏み倒したことすら、ナンシーに会うために必要な手順だったのだと言わんばかりに真面目腐っていた。
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ばかばかしくなった僕が自分で持ってきたフォートポイントビアの缶を掴んで飲み始めるのを完全に無視したまま、高魚とナンシーは3分も、4分も見つめ合っていた。
たっぷり5分は見つめ合ったかという頃に、2人は子供向けの映画だと自主規制されそうな濃厚なキスをして、それからようやく僕のことを気にする余裕を取り戻した。
話にならないので、そろそろ帰ろうかと思っていた僕は、キスの後に高魚が突然こっちに向き直ったので、ちょっと面食らってしまった。
「それで、てめえ、聞かせろよ。
対象がどうなったって?
どこにいんのかわかったのか?
ミズーリだかミシシッピだかで骨だけになって野垂れ死んでたか?」
僕は半ば呆れながらサンノゼでナタリアから聞いた話をし、国境の向こう側から送られてき絵葉書を高魚に見せた。
「少なくとも、この消印のある日にバハカリフォルニア州にいたのは確実のようです。」
「なるほどな。
それでUberの明細があの金額だったのか。」
「え?」
「クレジットカードの最後の使用履歴だ。
8月にUberを使ったのが最後だっただろ?
サンディエゴの市内からメキシコの国境近くのショッピングモールまで、Uberで大体30USドルかかるんだ。
状況的に考えて、その時に国境を超えたんだろうよ。」
僕の手から絵葉書をむしり取ると、高魚は厚紙をひっくり返しながら、表と裏を何度も見返した。
「ちょっと、私にも見せてよ。」
忙しなく動く高魚の前腕にからみついたナンシーが絵葉書を手にとる。
ぐしゃぐしゃになってしまうと、後で調査資料として本家に提出する時に困るかもしれないので、ナンシーに注意を促すために僕は声をかけた。
「ナンシー、それ、仕事の資料だからあんまり乱暴に扱われると―」
「あれ?
これって、有名な俳句?」
「え?
いや、そんなはずは。」
「そうなの?
私、これ、同じの見たことあるけど。」
「本当に?
どこで?」
「Instagramで。
これ、あれだ。
Haiku Masterだ。
知ってるでしょ?」
僕と高魚は顔を見合わせた。
高魚の顔にはありありと困惑が浮かんでいる。
きっと僕の顔も同じ表情をしているだろう。
そもそも、それは俳句じゃなくて短歌だ。
その違いに無頓着なナンシーが、それにも関わらず同じ物を見たことあるというのは奇妙だった。
「すみません、ちょっと話が見えないんですが。
ナンシー、詳しく教えてもらえます?
本当に同じものを見たんですか?」
相変わらずふにゃふにゃとした口調だったが、だがナンシーははっきりと言い切った。
「だから、Haiku Masterだって。
ちょっと前に少しバズってたやつだよ。
ロス・カボスまでヒッチハイクして戻ってきて、また向こうにいったりしてる人だよね?」
急に仕事が忙しくなりました…
来週更新できるかどうか…




