12.いわゆる『悪女』の完成形
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マウンテン・ビューの駅前、カストロ・ストリートは夜10時まで歩行者天国になっている。
あっちの本屋からこっちのカフェに、という具合に店から店へと渡り歩く人も多く、アメリカらしくない光景だった。
レセプションの彼女が指定したのは、駅から少し離れたところにあるバーのような内装のレストランで、スペイン風の小皿料理であるタパスが売りだった。
僕が店に着いた時には、彼女は既にカウンターにいて、足の長い細長いグラスに入った泡の立つ何かを飲んでいた。
それが酷く高いフランス産のシャンパンではないことを祈りながら、彼女の隣の宿り木に腰を落ち着けると、カウンターの向こうのバーテンダーが口笛を吹いた。
「ナタリアが男と一緒なんて、珍しいこともあるもんだ。」
「そういうんじゃないって。
下らないこと言ってないで、メニュー出してよ。」
ナタリアというのが彼女の名前のようだった。
彼女の名前も聞かないまま、連絡先だけ先に知るというのも変な感じがした。
「ナタリアって名前なんだ。
僕は東亀。」
「知ってるっての。
昨日、登録時の個人情報確認したの私だし。」
「いや、それでも一応、礼儀だから。
ちなみにナタリアって、スペルはこれであってる?」
スマートフォンの登録画面をナタリアに見せると、彼女は面倒くさそうな素振りで軽くあげた片手をひらひらと振った。
どうせもう二度と会わないんだからそんなこと確認しても意味ないでしょう、とでも言わんばかりの態度だった。
アメリカ流の嘘くさいフレンドリーさよりもこういう率直な自己表現の仕方の方がとっつきやすいと思うのは、あまりにも長いこと月見之介や本家に振り回され過ぎたせいだろうか。
「本当、そんなんでレセプションのスタッフをやってるってのが信じられないよな。
あんたも気を悪くしないでくれよ。
ナタリア、こう見えていいところもあるんだ。
ちなみに、これがうちのメニュー。」
バーテンダーが苦笑しながら僕にメニューを差し出してきた。
人好きのするような薄い笑みが顔に貼りついている。
お礼を言ってメニューに目を走らせる。
飲み物のリストの中には泡が出るタイプのアルコールらしきものは見当たらなかった。
「それ、何飲んでるんだ?
メニューにないみたいだけど。」
「ホワイト・スプリッツァー。
白ワインを炭酸で割ったやつ。」
「そっか。
炭酸っていうと、ペリエとか?」
「いや、ただのスプライトだけど。」
「ナタリアはお子様だから、そんなのしか飲めないんだよな。」
メニューを渡してくれたバーテンダーが、にやつきながら口をはさんだ。
「あるイギリスの作家に言わせると、スプリッツァーは、シャンパン好きのスパイが金に困って飲む代用品って話だ。
ナタリアによくお似合いだよ。」
「くだらないね。
イギリスって言うなら、あの例の交通事故で死んだお姫様だって、スプリッツァーが好きだったって話なんだ。
誰が何て言おうと、いいものはいいんだよ。」
「例の、ってナタリアおまえ、いつの話をしてるんだよ?
そりゃもう20年も前の話だぜ?」
軽口を叩きあう二人のやりとりの合間を縫って、僕はオリーブのフライとスパニッシュオムレツを注文する。
アメリカ流の嘘くさいフレンドリーさを保ったまま眉を顰めるバーテンダーが飲み物は頼まないのかと、困った風を装って聞いてくるので、メニューを見直し、追加でブルームーンを頼んだ。
僕が注文をし終わると、ナタリアがメニューも見ずに、ピンチョスとコロッケと生ハムをオーダーした。
「それで、あんた、結局何が聞きたいって話だったっけ?」
ホワイト・スプリッツァーで湿らせた唇でナタリアが聞いてきたので、僕は店に入る前に胸ポケットに忍ばせておいた写真を2枚取り出して彼女に見せた。
「これが浮世月見之介。
僕はこいつを探すために太平洋を渡ってシリコンバレーまで来てる。
クレジットカードの履歴によると、ナタリアの職場でクローズドスペースのオフィスを半年単位で借りてたはずなんだ。
で、こっちがミシェル。
1年前くらいに月見之介と一緒にいたはずの女で、もしかしたら一緒にオフィスに出入りしていたかもしれない。
見覚えあったりしない?」
「見覚えも何も。
よりによって探してるのがこいつらとはね。」
ナタリアは舌打ちして、吐き捨てるように言った。
「いきなり舌打ちしたくなるような印象ってこと?
どうにも穏やかじゃないね。
こっちとしては、どんな話でも聞ければ、それで十分助かるんだけど。」
「ちなみに、何で探してるの?
やっぱり、騙されたとか?」
「騙すって、何でまた?」
「質問してるのは私の方だっての。
詐欺にひっかかった誰かの依頼で、行方を追ってるとかいうことなら、やめておいた方が無難だよ。」
鼻息と語気を荒げるナタリアに月見之介の生存確認をするのが調査の目的だと説明していたら、カウンターの向こうから、ブルームーンの小瓶とオリーブのフライをバーテンダーが出してくれた。
ナタリアはホワイト・スプリツァーを飲み干すと、腹立ったから本物のシャンパンを飲ませろと、大して酔っぱらってもいなさそうなのにバーテンダーに絡んで苦笑されていた。
「2人ともとっくに誰かに殺されててもおかしくなさそうだけどね。
いや、違うか。
この女の方は殺しても死ななさそうな図太いタイプだから。
100人やそこらに恨まれたところで、平気な顔で別のどこかで次の獲物を漁ってるか。」
ひとしきり僕の説明を聞いた後、バーテンダーに無理やり出させたモエ・ド・シャンドンのブリュットを景気よくシャンパングラスに注ぎながらナタリアは言った。
平日の夜の早い時間にはまったくそぐわないパーティー感のある瓶から、琥珀色の液体がグラスに流れ込む。
BGMのボリュームの大きくない店内はほとんど人がいないこともあり、グラスの中で細かい泡が弾ける音がかすかに聞こえる。
スパイスや香りの強いものが多いタパスに合わせるような飲み物ではないのだが、その辺はナタリアにはとくに気にならないようだった。
「去年の9月だったと思うんだけど、なんかやたら金のかかった服装で2人して現れて、クローズドスペースを半年間使いたいっていきなり言い出してきた時から変な連中だなって思ってた。
どっちもエンジニアには見えないし、外国から来たビジネスパーソンって感じでもない。
特に男の方は、金は使うのは得意で、稼ぐ方には知恵が回らないってタイプ。
しかもやたら馴れ馴れしく声かけてきて鬱陶しかった。」
これ以上ないほど的確な月見之介に対するコメントの後、ナタリアはシャンパングラスに口をつけて一息で飲み干した。
僕は黙って新しくシャンパンを注ぎなおしてやり、続きを促す。
「女の方は、モテない男が下手に関わっちゃダメな、いわゆる『悪女』の完成形だったね。
うちのオフィスに出入りする冴えない男連中に色目を使って。
『毎日が夢か非日常じゃなきゃ、ここに住んでいる意味なんてないわ。』、だなんて、わかってんだかわかってないんだか判断のつかないことを、あざとさたっぷりのフレンチアクセントで思わせぶりに言うんだから性質が悪い。
エンジニアを引き抜かれたってクレームが、オフィスを貸してるだけのうちの会社にまで入ってきたくらいだから、相当汚く色々とやってたんだろうね。
まあ、その後にバレた詐欺が大騒ぎになったせいでそれも印象薄くなっちゃったけど。」
「詐欺って言うのは?」
バーテンダーから生ハムとパンの載った皿を受け取りながら僕は聞いた。
「外国からシリコンバレーに引っ越してきたエンジニアに声をかけて、金を巻き上げたんだ。
こっちの勝手が分かっていなくて、知り合いもいなくて、おまけにビザも持っていない男だけ狙ってね。
こっちで働けるビザを取得する手続きを手伝うってことで、移民法の関係に強い弁護士も紹介できるって話だった。
聞いたところだと、あの女はアフリカとインドの出身の冴えないエンジニア担当で、他で別に中国系のバックグラウンドのカナダ国籍の女がいて、中国人をリクルートしてくるって役割だったらしいね。
それで、金と別に男どもから受け取った履歴書を元に派遣可能なエンジニアのリストを作って、イマイチ事情のわかってなさそうな外国の大きな企業の担当者に会って、シリコンバレーのエンジニアを格安で雇わないかって斡旋してまた一儲けってわけ。
エンジニアには、斡旋先がビザや永住権のスポンサーになってくれるかもしれないからしっかり働けって発破をかけて、その実、斡旋先の企業の支払い分からしっかりコミッションを取ってたんだってさ。
これを全部あの女が考えてたんだったとしたら、大した詐欺師だね。
才能あるよ、あの女。」




