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現れた「救世主」は二人組の女性でした

 光一と美紗がカフェを出たのは、時計の針が午後三時を指してしばらく経ってからだった。春の太陽はかなり傾いていて、冷たさを帯びながら吹いてくる海風が春の空気の中に冬の名残を感じさせた。


「兄さん。ちょっと待って。もう間に合わないよ」

 話を強引に打ち切ったことを悟られないように少し早めに歩く光一を、後ろから追いかける美紗が呼び止めた。

「そ、そうだよな。あっ……」

 とちょうどその時、二人が目標とするバス停をバスが通過して行ったのを、光一は視界に捉えた。

「あっ」

 おそらく美紗も同じ光景を目にしていたらしく、光一と同じように間の抜けた声を出していた。

「行っちゃったね、兄さん」

「そうだね」

「どうしようか」

「うーん。何か案はある?」

「そうだ。せっかくここに来たんだから、久々に海を見に行こうよ。福岡タワーの向こう側って海だし、確かベンチがあったよね」

 光一の左手を掴んで引き寄せる美紗に

「う、うん。そうしようか」

 光一は顔を赤くして一言答えるのが精一杯だった。


 二人は一度バス停へと向かって家に帰るためのバスの時刻を確認すると、海の見える広場へと向かった。


 二人が並んで歩いているのは、二つの放送局の建物に挟まれた赤レンガ敷きの広場で、正面には福岡タワーが、左右には整然と植えられた街路樹が目に入る場所である。西に傾いた太陽の光は建物によって遮られていて、日陰はひんやりとしていた。


 そのまま歩く二人は、今度は福岡タワーの足元に広がる広場に足を踏み入れた。地面の色は、赤レンガからグレーのコントラストによる幾何学模様に変化した。

「こっちだよね」

 と、美紗は福岡タワーの西側の二つの飲食店が並ぶ広場を指差し、二人はそっちの方向へ歩みを進めた。そして、そこへ並ぶ二つの飲食店の前を通り過ぎようとした時、光一はあることに気付いた。


「あれ? お店二つともやってない。あっ、なるほどね、一月から営業休止中か……ん? 一月?」


 並んだ二つの飲食店が両方とも一月から営業を休止していること、そして福岡タワーの足元に差し掛かったあたりから人を見かけなくなったことに気付いた光一は、

「美紗。早くここを通り抜けよう」

 妙な胸騒ぎを感じて急いで通り抜けるように美紗を促した。だけど、一緒に歩いていたはずの美紗が少し後ろで蹲っていたのを見て慌てて駆け寄った。

「お、おい。美紗。どうした? 大丈夫か?」


「ふふふ、あははははは!」


 光一が駆け寄って心配そうに声をかけたと同時に、美紗はいきなり立ち上がり大声で笑い始めた。それは光一が今まで見たことが無い美紗の姿だった。


「お、おい! どうしたんだよ!?」


 立ち上がってもなお大声で笑う美紗の両肩を掴み、正気に戻すために動かそうとした次の瞬間、細い指から想像できない異常に強い力が込められた美紗の手が、光一の首を締め始めた。


「や、やめ……」


 自分の首を絞めるその手を振りほどこうとしながら美紗と正対する光一。その目に入るおぞましいほどの殺意が込められた別人のような美紗の「目」と、

「お前なんか! お前なんか!」

 その口から出てくる言葉に、光一の頭の中は混乱していた。


「み、美紗……どう……した……」


 自分の首を絞める美紗に問いかけながら、混乱する頭で光一はその動機を考えていた。だけど、紗英や美紗を自分の両親が引き取った時から今まで、幼いながらも二人のことを気にかけてきた光一だから、殺意にまで発展しそうな仕打ちをしたことは無かった。もしかしたら、大学受験に失敗したことが引き金になったのかと考えたけれど、その話をした時もお互いを配慮するような話をしたし、ほのぼのとした雰囲気を共有することもできたわけだから、そのことが殺意に繋がるとは到底考えられなかった。


 その時、光一の視界に一月から営業を停止しているお店が入った。

「くっ、そ、そうか……」

 それがトリガーとなって、自分が感じた胸騒ぎの正体を光一は理解した。それは、正月に大宰府へ行った帰りに聞いた、福岡タワーの広場に男女二人で行くと頭の中に不気味な声が聞こえるということと、殺せっていう言葉が女の頭に響くという二つの噂話だった。どうしてこのことを福岡タワーの足元に差し掛かる前に思い出さなかったのか、光一は後悔した。


「や……」


 美紗のあまりの力強さに、光一は逃げ出すどころかその両手を振りほどくことさえもできなかった。


 その時のことだった。


「冬美! まずいよ! 止めなきゃ!」

「自分は女性の方に行きますので朝倉先輩は男性の方を!」


 意識が遠のきだす光一の耳に、慌てた様子で話す二人の女性の声が届いた。走る足音はどんどんと大きくなってくるから、こちらへ向かってきているのだろう、と朦朧とする意識の中で光一は思った。


「た、助け……て……」

 声のする方へ目だけを向けると、黒のパンツスーツで身を固めた黒髪ショートヘアーの女性と、黒のフレアスカートのスーツを着こなす茶髪ボブカットの女性がこちらへ走ってくるのが視界に入った。

「は、早く……」

 助けを求めるために光一が差し出した右手は、むなしく空を切った。もうダメかと諦めたその時、その手を細い指が包み込んだ。


「しっかりして。すぐに引き離すから」


 朧げな視界に突然入ってきたのは、ボブカットの若い女性だった。いつもなら気絶してしまうインパクトだったけれど、緊急事態に陥った光一にそのスキルは発動しなかった。


「冬美、いくよ。せーの!」

 光一の背後に回った女性の合図で、美紗と光一はそれぞれが後ろから羽交い絞めにされ、そしてやっとのことで引き離された。


「ゴホゴホっ……はぁーはぁー、んっ……はぁーはぁー……」

 美紗の手からも後ろからの羽交い絞めからも解放された光一は、地面に四つん這いになって息を整えていた。


「大丈夫?」

「は、はい。た、助かった」


 心配そうな表情で顔を覗き込むボブカットの女性に光一は返事をするのが精一杯で、周囲の状況を把握することはできなかった。


「よし、こっちは大丈夫かな。冬美、その子の状況は?」

 光一の様子を確認したボブカットの女性は一度安心した声を出したけれど、すぐに緊張感を伴った声に戻った。その原因は、目の前で繰り広げられている修羅場が原因のようだった。

「止めろ! 離せ! あいつさえ! あいつさえいなければ!」

 呼吸もだいぶ持ち直し、顔を上げて周りのことを確認しようとした光一の目に入ったのは、ショートヘアーの女性に後ろから羽交い絞めにされながらも、未だにいつもとは真逆の荒々しい様子で叫び暴れる美紗の姿だった。

「み、美紗……」

 光一の呟きをかき消すように、美紗を羽交い絞めにする女性が叫んだ。

「精神的にかなり侵食されているようです!」

「もう猶予は無いっていうことね。夏奈がその子の動きを止めるから、思念をはがすのをお願い!」

「一般人の見ている前でですか!?」

「緊急事態! 責任は夏奈がとるから!」

「了解しました! ただし責任は連帯です!」

「サンキュー! 冬美!」

 二人の会話が終わった後、光一は自分がいる場所の雰囲気に変化が起きたことを感じ取った。だけどそんなことに構う余裕は無かった。ただただ、目の前の美紗のことが心配だった。


「あの子は君の知り合い?」

 未だに四つん這いになっている光一に、隣にいるボブカットの女性が話しかけてきた。

「あ、い、妹です」

「妹さんか。名前は?」

「み、美紗です」

「美紗ちゃんか。かわいい名前だね。それで、いつもはあんな感じではないんだよね?」

「は、はい。優しくて明るくて思いやりのある自慢の妹です。あんなに暴れたり叫んだりなんかは絶対に」

 暴れる美紗を見ながら、光一は切なそうに呟いた。

「そうだよね。普段は君の言うとおりのかわいい女の子だっていうのは夏奈でも分かるよ。大丈夫。すぐにいつもの美紗ちゃんに戻してあげるから」

「えっ、それはどういうこと……」

 顔を上げて、光一は隣にいるボブカットの女性へ視線を向けた。

「今、美紗ちゃんは悪い存在の影響を受けて暴れているの。だけど、夏奈たちなら、ううん、夏奈たちだけがいつもの状態に戻すことができるんだよ。大丈夫、美紗ちゃんに危害を加えることは絶対にしないから。夏奈たちを信じて」

 険しい表情をしているその女性は、最後の方で優しい笑顔を見せた。

「よろしくお願いします!」

 自分ではどうしようもすることができない光一は、藁にも縋る気持ちでその言葉に応えた。今置かれた環境では、自信を漲らせたこの女性に頼ることしかできなかった。


「任せて!」


 その言葉とタイミングを同じにして、広場の空気がさっきよりもはっきりと明らかに変わったのを光一は感じ取った。どこかこう、この世に生きている存在が簡単に足を踏み入れることができない、もしくは足を踏み入れてはいけない冷たくて暗い世界の雰囲気が辺りに漂っていた。


「お願い……」


 ボブカットの女性は右手を顔の横に持って行って一言呟いた。その右手が何をしているのか光一には見えなかった。


「あの子の動きを止めて」


 もう一度その女性が呟くと、美紗と必死になって美紗を止めるショートヘアーの女性の足元を中心にして、直径が四メートルぐらいはありそうな大きさの光の線が朧げに浮かび上がり始め、遂には光一が今までに見たことが無い模様を描き出した。その模様の周辺に「NABERIUS」と読めるアルファベットが等間隔に書かれていたのが特徴的だった。自分の目の前で信じられないことが起きている。そう思った光一は、その模様の中心にいる美紗に目を向けた。

「止めろ! 止めろー!」

 美紗は未だに殺意を込めた恐ろしい表情で叫んでいた。たださっきと違うのは、その両腕と両足が、模様から伸びる時折稲妻を走らせる光る鎖に縛られて、身動きを完全に封じられていたことだった。


「み、美紗!」

「大丈夫! あと少しで美紗ちゃんを解放するから! 夏奈を信じて!」

 女性の強い口調とその言葉に気圧された光一は二の句が継げなかった。


「うまくいった! 冬美、今だよ!」

「了解しました!」


 さっきまで美紗を羽交い絞めにしていたショートヘアーの女性は、いつの間にか美紗を挟んで光一たちとは反対側の模様の外側に立っていた。そして、右手を右耳に当てた。

「冬美が始めたからあともう少し!」

 隣に立つ女性が一言告げると、地面に描かれた模様の所々に、さっきと同じように光の模様が浮かび上がり、今まで描かれた模様以上の輝きを放ちだした。そして、その模様の上の空間に白い粒を伴った風がゆっくりと渦を巻きながら吹き始めたのが分かった。その風は、最初のうちは美紗の服を小さく揺り動かすぐらいのものだったけれど、次第に強くはためかせだしたことから、渦を作る風がどんどんと激しくなってきているのを光一は理解した。


「その子を解放しなさい!」


 強く威厳に満ちた声が辺りに響くと、それまで少しずつ加速しながら回っていた風は、一気に竜巻のように激しくなった。

「あーーー!」

 その渦の中心で両手足を縛られていた美紗の叫び声だった。

「だ、大丈夫なんですか?」

 いくら危害を加えることはないとか、大丈夫とか言われても、美紗に起きていることを目の当たりにした光一は、隣にいるボブカットの女性に強い口調で尋ねられずにはいられなかった。そんな光一を宥めるように、その女性は極めて落ち着いた口調で応えた。

「大丈夫、もう終わるから。今から美紗ちゃんの精神を侵食していた奴が……ほら、出てきた!」

 女性が指差した先では、未だに美紗が上を向いて大きく口を開いていた。ただ今までと違って、その口から不気味な威圧感のようなものを感じる真っ黒なヘドロのようなものが、溢れ出るかのように流れ出してきていた。

「あ、あれは……」

「人の負の感情とでも言えば良いのかな。あれが、美紗ちゃんを狂わせていたものの正体だよ。そういえば、君は聞いたことないかな。ここの噂話について」

「あります。でもそれとどういう関係が?」

「あの噂話を作り出した元凶があれなんだ。仲が良い男女のうち、女性の方に憑依して男性に危害を加えさせようと仕向けるの。でも、その噂話も今日までだよ。夏奈があいつを消してしまうから!」

 今までドロドロと流れ出ていた黒い流体が美紗の口から出なくなった。美紗は意識を失っているようで、両手足を縛られながら下を向いて動かなかった。


「美紗ちゃんを助けに行ってあげて。あの黒い思念は冬美の力であの渦の中に縛られていてあの外に出ることはできないんだけど、美紗ちゃんをこのままにしているとまた憑依されてしまうから。お願い、急いで!」

「は、はい!」


 光一は、ボブカットの女性の言葉どおり美紗を助けに向かった。渦巻く風を前にして一瞬怯んだ光一だったけれど、美紗を助け出すために意を決して風の中へと突入していった。


「うっ……」

 渦の中では外からの見た目どおり、激しい風が右から左へと吹いていた。そして、光一の右側に白い小さなものが吹き付けていっているのが分かった。

「これは……」

「急いで! また美紗ちゃんに憑依しようとしてる!」

 自分の体に付いていく白い粒に気を取られたかけた光一は、女性の言葉にはっとして、気を失っている美紗のもとへ駆け寄った。そして、美紗を左肩で支えながら渦の外へと急いで歩き出した。美紗の両手足を縛っていた光る鎖は、光一が美紗を肩で支えた瞬間に、初めに地面に描かれた模様が消えると同時に消え去った。


 渦の外に出て美紗をベンチに寝かせた光一は、未だに激しく渦巻く風の中心に視線を送った。そこには、さっきまではいなかった黒い人影のようなものが存在していた。


「これで準備完了」


 そう言うと、ボブカットの女性は再び右手を顔の横へと持っていった。


「お願い」


 女性の呟きが聞こえたちょうどその時、さっき消えたと思った模様が再び地面に浮かび上がった。今度は、模様ももちろんのこと「NABERIUS」と書かれたアルファベットも強い光を放ち始め、模様の周囲には稲妻のようなものがバチバチと音を立てながら走り始めた。


「消えなさい!」


 この言葉が合図だった。模様の周りを激しく走り回っていた稲妻が、無数の槍のような形を作り上げて渦の中心を一斉に向き、一瞬静止したかと思った次の瞬間に、渦の中心にいる真っ黒な人影をありとあらゆる方向から突き刺していった。

「ぐ……ぐわ……ああ……あああぁぁぁーーー……」

 稲妻が変化した輝く無数の槍が突き刺さった真っ黒な人影は、耳障りな断末魔を上げながら動きを止め、真っ白な人影に変化した。そして、激しく渦を巻く風に巻き込まれながら散り散りになり、そして消えていった。


「ふぅ。よし、これで完了!」

「お見事です。お疲れ様でした」

「冬美がいるからだよ。お疲れ様」


 地面に描かれていた二つの模様は、二人が言葉を交わすとゆっくりと消えていき、そこには何事も無かったかのような静寂が訪れた。

前回の投稿から10日ぐらいでしょうか。やっとその3を書き上げました。

光一君、妹に首を絞められたり、変な女性に絡まれたりと女難の相が出ています。お払いに連れていく必要性がありますね。女性に免疫が無いのに大変な人生です。

ということで、その4を早めに投稿できるようにがんばります!!

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