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どんな時も「家族」は味方です

 光一が福岡タワーに着いた時、時計の針は午後二時を指していた。美紗から電話が架かってきたのは午後一時を少し過ぎていたので、一時間ほど待たせていたことになる。福岡タワーに着いた光一は、美紗がアルバイトのヘルプに入ったカフェへと急いだ。


 カフェが視界に入ると、アルバイトを終えてスマートフォンをいじりながら、入り口で光一を待つ美紗が目に入った。その光一の足音に気付いた美紗は、


「兄さん! ありがとう!」


 満面の笑顔を浮かべながら、光一に向かって右手を振った。


「ごめん。遅くなった」

「大丈夫だよ。わたしが兄さんを突然呼び出したんだから。天神からここまで時間がかかるのは分かっていたことだし」

「それでも待たせてしまって申し訳ないよ」

 とここで光一は少し思案してから、美紗に素敵なプレゼントをあげることにした。

「そうだ! 何か奢るよ。バス代が払えないぐらいだから、お昼ご飯もまだだよね?」

「確かにまだだけど……でも本当にそんなに気を遣わなくて良いよー。全然気にしてないから」

「そういうわけにはいかないよ。それに美紗が気にしていなくても俺が気にするよ。大切な妹に待ちぼうけをさせてしまったわけだから」

「そ、そう? 兄さんがそこまで言うなら、それじゃお昼ご飯を奢ってもらっちゃおうかな」

 そう言うと美紗は光一の左手を取ってレジへと向かった。妹の美紗は、女性への免疫が無い光一が落ち着いて会話をすることができる数少ない女性の一人である。だけど、自分の手を取るその表情があまりにも嬉しそうなのを光一は目撃してしまい、恥ずかしさと照れから顔が熱くなるのを感じていた。


「ご注文をお伺いします」

「わたしは、Mサイズのアイスカフェラテと、あとスモークサーモンサンドとチョコチップスコーンを」

「アイスカフェラテにシロップは入れますか?」

「いらないです。次は兄さんだよ」

「そうだな。俺はMサイズのアイスのダージリンティーにしようかな」

「お会計は……」


 二人分の会計を光一が済ませた後、二人は窓側の席へ座った。


「今までアルバイトのヘルプに入ったって話を聞いたことが無かったけど、今回が初めて?」

 スモークサーモンサンドを食べ終わり、デザートのチョコチップスコーンに手を伸ばした美紗に光一は尋ねた。

「うん。わたしのバイト先が赤坂にあるのを兄さんは知ってると思うけど、今日突然ここのヘルプに入るように言われちゃって」

「へぇ。そんなことがあるんだ」

「滅多に無いんだけどね。たまたまこっちでバイトをしていた人が急に辞めるってことになって、その穴を埋めないといけなくなったらしくて」

「そうなんだ。でもそれなら、バイト代の前借りぐらい簡単にさせてもらえそうな気がするけど。お店側の都合に美紗は付き合わされたわけだし」

 光一の言葉に美紗は少し困った表情を見せた後、辺りを見回しながら小さく手招きをする仕草をしてみせた。


「ん? どうした?」

「いいから」


 顔が赤くなるのを感じながら顔を近付けると、

「ちょっと耳を貸して」

 美紗は耳打ちをする体勢をしてきた。

「今は裏にいるんだけど、ここのバイトのチーフをしてる人って、バイトの女の子に手を出すことで有名で、なんかそんな人に借りを作りたくなくて言い切れなかったの」

「あぁ、そういうことか」

「急に呼び出して本当にごめんなさい」

 耳打ちが終わり、顔の前で手を合わせて謝る美紗に、

「大丈夫だよ。美紗の気持ちは分かるから」

 光一は「全く気にしていない」という様子で応えた。


「そういえば……」


 手にしていたチョコチップスコーンを一齧りした後、何かを思い出したかのように美紗が話を切り出した。笑顔が少し不安そうな表情に変わっていた。


「今日は合格発表だったんだよね? 結果、聞いていい?」

「あ、えーっと……」

 唐突に尋ねられた質問に、光一はどう答えたら良いのか少し逡巡したけれど、

「うん、落ちたよ……」

 深く考えることを止めて色々と吹っ切れた様子で一言だけ答えた。そしてグラスにほとんど残っていないダージリンティーをストローで一気に飲み干した。

「そ、そうだったんだ。残念……だったね……」

 美紗が言葉を言い終わるタイミングで、吸い取るものが無くなったストローがゴボゴボという音を立てた。少しだけできた無言の空間にその音が響いて、気まずさが強調されていた。


「もしかして、わたしたちの……」

「美紗や紗英のせいではないよ」


 美紗の言葉を遮るように光一は言葉を紡いだ。


「頑張って勉強してきたつもりなんだけどな。それでも俺の努力が足りなかったのかな。それに、もしかしたら運が無かったのかもね。ほら、運も実力のうちって言うしさ」

「でも、兄さんが私立を受験できなくなったのも……」

「紗英が一浪だけど国立大学の医学部に合格してるから、私立に行けたらっていうのは言い訳にできないよ。逆に、俺が今回の大学受験で合格すれば美紗に変に気を遣わせることは無かったんだけど。本当にごめんな」

「ううん。兄さんは謝らないでよ」


 一度齧られて、二度目が来ずに放置されているのをもどかしく思っているであろうスコーンをお皿に置いて、美紗は話を続けた。


「兄さんが大学受験に合格するために一生懸命頑張ってきたの、わたし知ってるよ。結果は確かに残念なことになったけど、それは兄さんのせいじゃないと思う」

「それなら、美紗も謝らないでいいよ。俺は、親父が紗英と美紗を引き取ったことは正解だと、あの時からずーっと思ってるから」

「そうなんだ。ありがとう、兄さん」

「あ、い、いや。そ、そんな大したことじゃないから」

 慣れているはずなのに、嬉しそうな表情の美紗に真っすぐ見つめられた光一は、視線を逸らして彷徨わせることしかできなかった。


「そういえば、父さんには連絡したの?」

 お皿の上に残っていたスコーンを胃袋に片付けた美紗が切り出した。

「あ、忘れてた。まだしてなかったよ」

「ここで待ってるから、電話してきて良いよ」

「分かった。少し待ってて」

 美紗を席に残して光一は電話を架けるために一度お店を出た。


 お店を出てすぐの場所にちょうどいいベンチがあった。光一はそこへ座って父親へ電話を架け始めた。

「あ、父さん。仕事中だよね。邪魔してない?」

「あぁ、それは大丈夫だが……そうか、今日は合格発表の日だったな。結果はどうだった?」

「そ、それが、その……」

「あ、あぁ……落ちたんだな」


 結果を言い淀む光一の様子を電話口で察した父親は、息子が大学受験に失敗したことを当ててみせた。


「ほんと、ごめん!」

「まぁ、落ちてしまったのは仕方がないな。それに、光一が大学受験に向けて一生懸命頑張っていたのを父さんは見ていたし、大学受験は、父さんの為じゃなくて光一が自身の人生の為に成すべきことだったわけだから俺に謝るな。まぁ、人生というのは山あり谷ありと言われるように、いつも良いことだけではなくて、どこかで悪いことも起きる。腐らずにやってきたこの経験が、光一の人生のどこかで糧になることを父さんは祈るよ」

「父さんにそう言ってもらえると、少し気が楽になるよ」

 一人息子に向けた父親の叱咤激励は、光一を勇気づけるには十分だった。


「それにな」

 電話口からの話はそれだけでは終わらなかった。


「父さんの方がお前に謝らないといけないと思ってる。光一には既に話したことがあるけど、父さんの兄貴夫婦が交通事故で亡くなって、残された紗英と美紗を引き取ったのが光一が四歳の時だった。誰が引き取るかという揉め事に巻き込まれてるあの二人を見てかわいそうで、なんとかして助けたいという気持ちあの時は強かった。しかし、それが結果的にお前の人生に制約をかけることになってしまった。もし引き取ったりしなければ、私立の大学も容認できたかもしれないし、光一はすでに大学生だったかもしれない。だけど、今は美紗が残されているということを考えると、それができなかった。そのせいで光一の大学受験に苦労をかけさせてしまったと思っている。本当に申し訳ない」

「そんなことはないよ。一浪だけど、紗英は努力して国立大学の医学部に合格したんだ。単純に俺の努力も含めた何かが足りてなかったんだと思う。だから父さんが謝ることはないよ」

「はは。まさか自分の子供に気を遣わせてしまうなんてな。父親としては不合格だな」

「そんなことはないよ。父さんも母さんもいつも頑張ってるのは知ってるよ。生意気なことを言っているのは分かってるけど、俺からすると十分合格だよ」


「子供からそう言ってもらえると嬉しいもんだな……」

 色々な感情が籠った感慨深げな声が聞こえた。


「よし! 光一の就職先は父さんがなんとしてでも見つけてきてやるからな!」

「ありがとう。だけどまずは自分の力で、ハローワークか何かで就職先を探してみるよ。大学受験はダメだったけれど、これぐらいはなんとか自分の力で頑張ってみたい」

「そうか? 分かった。それならまずは光一の好きにしてみなさい。難しいと思ったら父さんをいつでも頼って良いからな」

「分かった。それじゃ切るね。仕事、頑張ってね」

「あぁ。光一も帰りは気をつけてな」


 二人の会話はお互いを気遣うやりとりで終わった。手にしたスマートフォンを見つめる光一の表情には、言いにくいことを言い終えた達成感のようなものが浮かんでいた。


 父親との電話を終えてカフェに戻ると、美紗は既に帰り準備を終えていた。

「電話は大丈夫だった? 怒られることは無かった?」

「うん、怒られなかったよ」

「雰囲気とかは?」

「そんな雰囲気は感じなかったよ。逆にむしろ励まされたよ。あ、もうすぐでバスが来る時間だ。急ごう!」

 紗英や美紗を引き取った時の話を口にすることにならないように、光一は少し強引に話を打ち切った。

「あ、ちょっと! 兄さん、待ってよ!」

 慌てる美紗の声を背中に受ける光一。さっきよりも少しだけ足取りが軽かった。

前回の投稿から2週間ほど経過してしまいました。遅くなって申し訳ありません。

ボチボチと書き続けていっているので、これからもよろしくお願いします。


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