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ターニングポイントは「不合格」でした

 三月。

 高校を卒業して「大学」というさらなる高みを目指す学生にとっては、大学受験の審判が下される合格発表まで気が気ではない時期で、それは浪人している人なら尚更強いかもしれない。

 三浪が許されない二浪中の星野光一にとって、今回の大学受験は最後のチャンスである。そして最後になる合格発表を自分の目で見に行こうとしている彼にかかるプレッシャーは、生半可なものではなかった。


「大丈夫だって。絶対に合格してるさ」


 バスに乗って合格発表を見に行く光一を励ましているのは、彼の隣に座っている鈴木五郎である。この一年間、同じ予備校に通い苦楽を共にしてきた戦友とも呼べる存在である。


「今年で最後だからなんとしてでも合格であってほしいよ。それにしても五郎は余裕そうに見えるけど、やっぱり私立大学に合格が決まってるって大きいのかな?」

「俺にとってはこの大学が本命であることは間違いないけど、でもまぁ滑り止めがあると気持ちに余裕ができるのは間違いないな」

「なるほどね。滑り止めか……」


 窓際に座る光一は、その呟きと共に窓の外を眺めた。


 光一は一人息子ではあるのだけど、不慮の事故で亡くなった叔父の二人娘を両親が引き取ったことで、高校と大学について私立という選択を失った。だけど、そのことを光一は恨んではいない。それに、引き取られた自分よりも年上の紗英が、高校は公立の進学校、大学は国立の医学部へ一浪で入学していることもあって、自分の大学受験の失敗を二人のせいにすることはできない。その現実を誰よりも理解しているが故に、光一にかかる受験のプレッシャーは他の人よりも強かった。


 志望する大学近くのバス停で降り、光一と五郎は共に合格発表が張り出される掲示板へ向かった。二人の周りには、期待と不安の入り交じった表情の人々が同じ方向へ歩みを進めている。この先に待つのは歓喜かはたまた絶望か。審判の時が迫っていた。


 光一たちが掲示板の前に来てすぐに合格者の受験番号が掲示された。その瞬間から、そこは様々な人間模様を観察することができるサファリパークに早変わりする。ある者は、

「やったー!」

 と喜びを爆発させ、ある者は、

「う、うそ……あった……」

 と現実を静かに噛みしめ、またある者は、

「あ、お母さん! あった、あったよ!」

 と母親へ連絡をしている。そしてそこには歓喜ばかりではなく、

「えっ……無い……」

 とある者は呟きながら悲壮感を漂わせ、ある者は、

「やっぱりなー……ダメだったかー」

 最初から諦めていた結果を再確認し、

「次だ、次! 次こそは」

 早すぎる気もするけれど、次の受験へ向けて気持ちを切り替えている人もいた。


「俺らも探すか」


 あちらこちらで沸き起こる様々な声に最初は圧倒されていた二人だったけれど、今日の自分たちの目的のために、自分の受験番号をそれぞれで探し始めた。


 そして、探し始めてから間もない頃のことだった。


「えっ、ま、マジか! よっし!」


 光一の隣にいる五郎から歓喜の声が聞こえた。


「待ってろ! 俺のキャンパスライフ!」


 苦労して一年間の浪人生活を送ってきた五郎にとって、大学に合格することは想像以上に嬉しいことだったに違いない。だから、自分の受験番号を見つけることができた時の喜び方は、他の人よりも大袈裟なものだった。

 そう、自分の受験番号が無いことを確認した光一が一言も発していないことなどに気付かないぐらいに。


「そんなに黙って……」


 受験番号を探し始めて一言も発していない光一に視線を送った五郎。ありとあらゆるネガティブな感情が渦巻く光一の表情を見て、その理由をすぐにお察ししたようだった。


「……落ちた……」


 五郎が察したことへの正解を光一は一言で結果を伝えた。


「そうか。なんか、すまない」


 二人行動の危険性。それは、今の光一と五郎のように二人の結果が真逆になっている場合に「きまずさ」という形で顕在化する。この二人も例外なくお互いに気まずさを感じていて、それに加えて光一は最後の受験に失敗したことへの喪失感を強く感じていた。


「ま、まぁ大学ばかりが人生じゃないって」

 光一を励まそうと五郎は慌ててフォローを入れたけれど、

「そ、そうだよね……」

 現実を容赦なく突きつけられた光一は、五郎のフォローに気のない返事を一言返すのが精一杯だった。

 その時、五郎のスマートフォンから通知音が鳴った。


「華絵かな」


 五郎の口から出た「華絵」という名前。その本名は佐藤華絵で、二人と同じ予備校に通い共に受験戦争を戦った戦友である。別の大学を受験するということを話に聞いていたけれど、光一自身は他人のことまで気にかけられる状況でなく、同じ日に合格発表が行われるということも知らなかった。


「おっし……華絵も合格か……」


 通知に反応してさっきと同じように喜びかけた五郎だったけれど、同じ轍を踏まないように気を付けていたようで、喜び方は控えめだった。だけど、五郎と華絵が去年の十月頃から男女の仲として良い雰囲気になっていることを察知していた光一は、華絵の合格を知って喜びたいはずの五郎が、自分に気を遣っていることに申し訳なさを感じていた。


「五郎も華絵さんも合格してて良かった」


 合格発表の掲示板を後にして二人で並んで歩いている最中に、光一は努めて笑顔で五郎へおめでとうを伝えた。


「あ、あぁ。ありがとう」

「華絵さんにおめでとうって伝えておいてよ。色々と環境が違うと会うことも難しくなるだろうから」

「伝えるのは構わないけれど、光一はもう華絵と会うつもりは無いのか? 一年間一緒にやってきた仲じゃないか」

「会うつもりが無いというよりも会う機会が無くなると思うんだ。五郎には話したと思うけど、俺の大学受験はこれが最後で、これに失敗したら就職するように父さんと約束してるんだよね。学生と社会人は生活の時間にズレがあるだろうし、就職するとしても福岡で就職するとは限らないだろうしね」


「その就職の話はどうにかならないのかよ。いくら引き取った従姉妹のためとはいえさ」

「仕方ないよ。紗英は医学部に通っているからお金がかかるし、美紗も来年受験が控えてるから。だからと言って俺はあの二人を恨んではいないよ。親父があの従姉妹二人を引き取ったのは最善だったって俺も思っているし」

「そうか。光一がそれで納得しているなら俺はこれ以上言うべきじゃないのかもな」

「一足先に社会人になっておくよ。いつかは追いつかれて追い抜かれるかもしれないけれど」


 バス停でバスを一緒に待つ五郎に見せた笑顔には、自分への嘲笑のようなものが滲んでいた。


 同じバスに乗って天神へ戻った二人は、降りたバス停で別れることにした。


「この先何かあったら連絡してくれよ。確かに進む道は違うかもしれないけれど、予備校だけの付き合いっていうのは寂しいしな」

「あぁ。また機会があれば連絡するよ」

「おう! それじゃな!」


「あぁ、また」


 背中越しに右手を挙げて別れを告げる五郎の背中に、

「頑張れよ」

 と一言呟いて、光一は反対側へ歩き出したのだった。

 

 お昼過ぎになって、光一は天神のファストフード店でお昼ご飯を摂ることにした。トレイに並ぶいつもと変わらないメニューは、この先ガラリと変わってしまう自分の人生と対照的だった。


 席に着いて、いざ食事を始めようかとした時のこと、光一のカバンの中のスマートフォンが鳴った。ディスプレイを見ると、着信の主は妹の美紗だった。


「どうしたの? 珍しいね」

「あ、兄さん。今、どこにいるの?」

「天神だけど」

「時間があるなら福岡タワーまで来てほしいな。予定外のアルバイトのサポートで来たんだけど、帰りのバス代が無くなっちゃって」

「バイト先から前借りとかは?」

「できないというか、したくないというか……それに兄さんが来るから大丈夫ですって啖呵切っちゃって」


 申し訳なさそうな声で話す美紗に、光一の言葉には呆れがいっぱいだった。


「何でそんなことを……俺が行けなかった場合のことは考えてなかったの?」

「兄さんが来るまで待ってるつもりだった。姉さんは頼み辛いし、兄さんはなんだかんだで来てくれそうな気がするし」

「美紗は俺のことを信用してくれてるっていうことでその言葉を受け取るよ。あー、なんか自分で言ってて恥ずかしいな。分かった。少し時間がかかるけどそっちに行くよ」

「兄さん、ありがとう」


 キラキラと輝きが見えそうな言葉を最後に通話は途切れた。

 急いでお昼ご飯を食べて、トレイの上に残った包み紙やらプラスチックのコップやらをゴミ箱に捨てると、光一は福岡タワーへと向かった。


 大学受験失敗のショックが大きくて、一月に聞いた福岡タワーの広場での噂を光一はすっかり忘れていた。

この小説は8年ほど前にMF文庫の新人賞に応募した作品のリメイクで、舞台や世界観はその当時のものを踏襲しています。本年8月28日に福岡タワーの近くにある「マークイズ福岡ももち」で20代の女性が殺害される痛ましい事件が発生しましたが、その事件を参考にしているということはありませんので、ご了承いただければと思います。

また突然の悲劇に遭われてしまった女性のご冥福をお祈りいたしますとともに、ご遺族の方々にお悔やみを申し上げます。

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