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龍神達馬~独善のカタルシス  作者: 偉羅万千生
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龍神達馬~独善のカタルシス~自粛警察の粛清

何気ない日常。生活する中で人は優しくも残酷にもなれる。

物語に登場するある男は、自分なりの道徳観を持ち、自分が生活する中で起こる様々な出来事に独自の解決策を講じる。男はそうやって心の霧を晴らしながら生きている。

男は、自身の心にかかった霧を晴らすその解決を「浄化」と呼ぶ。

「浄化」のためには手段は択ばない。

自分の心に被さる霧はどんな事をしても払う。

ただ晴らしたい。それだけだ。

そしてそのためにあらゆる準備をする。

その男にとって「浄化」は人生そのものだから。

それが、男の「独善のカタルシス」なのだ。

「またやられた!」

人気ラーメン店「天下無敵一徹麺」の店主、星一徹ほしいってつは、店先にべったりと貼られた営業を誹謗する張り紙を剥ぎ取りながら叫んだ。

いわゆる自粛警察に目をつけられ、ここ一週間、毎日嫌がらせの張り紙が貼られていた。


一徹は営業時間制限の要請に従いながら、従業員の生活、原料卸業者の生活、そして自らの経営の維持のため苦慮しながら店を開いていた。この店の味を求める人がいる限り、赤字になっても店を回してゆくことが自分の務めだと信じてのことだ。


一徹は、そんな思いをなんとか知ってもらいたいと思い、なぜ自分が店を開いているのか、開かなければいけないのか、切々と思いの丈を伝える文面を書き、店頭に張り出すことにした。


『私は子供の頃からラーメンが大好きでした。ラーメンの温かさ、湯気に漂うにおい、何時間もかけて仕込まれるスープの味の深さ、そのスープと相まって最高の味わいと触感、かんだ時に鼻を抜ける香りを持つ麺、それらが一つにまとまりながら一口味わうと無限大の至福を与えてくれるラーメンが好きでした。

だからそんな味をたくさんの人に知ってもらいたくて、幸せを感じて欲しくてラーメン屋になりました。

でも、うまいラーメンを提供してお客さんが幸せを感じる、そんな単純であたりまえのことをするのに今、多くのかせを嵌められています。

営業を完全に辞めて休業しようとも思ったのですが、従業員の生活、原料の卸業者の生活、ラーメンを楽しみにしてくれるお客さんの気持ち、お応援してくれるお店のファンの気持ち、そして、事業を継続するために支払わなければならない家賃や給料、仕入れ代金、水道光熱費など、ここで諦められないことがたくさんあります。

だから、どうぞ限られた時間で、感染防止の対策もしている私たちの思いを理解していただけませんか?

どこのどなたか存じていませんが、どうぞそんな私たちへ悲しい言葉を投げかけないでいただけませんでしょうか?

よろしくお願いいたします。


天下無敵一徹麺店主

星一徹』


一徹の懇親の思いは、簡単に踏みにじられた。

さらに強い表現で真っ向否定された。

いや、否定というよりより強力な攻撃を受けたと言ってもよいだろう。


一徹は途方に暮れた。


一徹の思いが一刀両断された日の深夜のこと。


店の前に一人のおとこの姿があった。

その後ろ姿は、どこにでもいる中高年。

後ろから見ても頭皮が透けて見えるバーコードヘア。

背中はやや猫背、右手にキャップを開けたばかりのマジック極太を持っていた。

躊躇することもなく、一徹渾身の張り紙に大きくバツ印を書いた。

続いて、『ばか、死ね、みせやめろ!』と書くと足早に立ち去った。


そして朝、一徹が店先で途方に暮れている頃。


駅前を歩く中高年の男。頭皮が透けたバーコードヘア。少し猫背で鼻歌を歌って歩いていた。

ラーメン屋が困っている様子を観察しようと気も漫ろ。

駅前の通りから商店街のアーケードに差し掛かった時、向かいから来た男とぶつかってしまった。

男は一瞬立ち止まったが、何もなかったように駅に向かっていった。

「ばかやろう!どこみて歩いてやがるんだ!」と捨て台詞を吐いてラーメン屋に向かった。

道行く人々がバーコードヘアの男の背中を観て笑いをこらえながら歩いている。


男はそんなことには気づかず商店街を歩いてゆく。


まさに、一徹が渾身の張り紙を全否定されて途方に暮れているその横を通り過ぎた男。


一徹がなにげなく顔を上げたその時、バーコードヘアの男の背中に目が釘付けになった。

そして声をかけた。

「すみません。荒川茂あらかわしげるさん!」


中高年のバーコードヘアの男がピタッと立ち止まって、振り返った。

「はい? 何か?」ぶっきらぼうに応える茂。

「あ、すみません。急にお声がけして。あなたは荒川茂さんではないですか?」と一徹。

「はあ?そうですけど、逆にあなたは誰?」

「私は、ここの店の店主の星と言います。」

「なにか御用ですか?」


「いえ、その、あなたですよね。うちの店先にいろいろ書いたの。」

茂は動揺した様子で「な、なにを言ってるんだ。ぼ、僕じゃないよ。僕が店の悪口なんか書くわけないだろう?」

一徹「そうですか、でも私は何を書いたか言わなかったけどあなたは淀みなく悪口なんかといいましたよ。」

茂はハッとして猛ダッシュでその場から消えた。

一徹はただ、なんでこんなことをしたのか知りたかっただけだった。

自分は多くの人の思いを、いや生活を背負っている。精一杯やっている。

だからせめてその輪の外側にいる人の話も聴いてみたかったのだ。


茂は走った。目の前が見えないぐらい焦っていた。

そして角を曲がったその瞬間。

前から歩いてきた人とぶつかり無様に道路に突っ伏した。

茂とぶつかった人物は、大柄でがっしりとした体格の男で茂にぶつかられてもまったく動じた様子はなかった。制服をしたその男は、近所の交番勤務の警官だった。

一徹が店先の嫌がらせに困り交番に相談していたのだ。

見回りの途中で店に立ち寄って様子をみようと思っていたのだった。


警官は、地面に突っ伏した茂の背中をみてすべてを理解した。

「大丈夫ですか?」と手を差し出して茂を起こした。

「荒川茂さん、少しお話を伺いたいのでそこの交番までご同行願えますか?」

茂は渋々警官に携われて交番に向かった。


警官と交番に向かって歩く茂の背中には張り紙が貼ってあった。


「私は、荒川茂。天下無敵一徹麺に嫌がらせで、落書きをしました」

と大きな文字でしっかり書いてあった。


一部始終を見届けた一人の男がその場を立ち去りながらつぶやいた。

「じょうか」と。


















































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