龍神達馬~独善のカタルシス~優先席の閃光
ただ心の霧を晴らしたい
自分の思うままに
手段は択ばない
そのためにあらゆる準備をする
心の霧が晴らせればそれでいい
それが「独善のカタルシス」
都営地下鉄循環線内回り列車が都庁南駅に到着する直前。
轟音とともに社内で爆発が起こった。
悲鳴と怒号で車内はパニック状態になった。
1995年の有機リン化合物を使用した神経ガスによるテロ事件以来の事件であった。
爆発が発生したのは6両目の優先席。1995年の神経ガスによるテロに比べて被害は最小であった。
犠牲者は30歳前後の無職のサラリーマンただ一人。
一命を取り留めたが多臓器損傷となった。
30分前、都営地下鉄循環線内回り列車が深川不動前駅に着いた時だった。
ホームドアが開いた時、先頭で列車の到着を待っていた一人の障がい者の女性を押しのけるように乗り込むと真っ先に優先席にドカンと腰を下ろした男がいた。男はすれ違いざま「チっ、どけのろま」と捨て台詞を吐いた。会社員の大矢さとし、31歳。
あいにく空いた席は1つ。大矢さとしが座ったため障がい者の女性は席に着くことはできなかった。
優先席に座る誰一人として彼女を気に留める者はいなかった。なぜなら、ある者は居眠りを決め込み、またある者はスマホでゲームに夢中だった。
この大矢さとしのこのような行動は今日だけではない。常習者だ。
優先席については時々論議になる。
そして、多くの健常者はこう答える。
「これって、マナーの問題でしょ。」「障がい者が来たら席は譲りますよ」と。
障がい者には、外見からは障がい者とわからない人も多い。
聴力障がい者、腎臓障害、心臓障害などの内部障がい者、目が不自由な視覚障がい者など。
障がい者でないにしても杖を突いて立っている人を見ても席を譲る気はまったくない。
おなかの大きな妊婦、小さな子供を抱きかかえて吊革でからだを支えている母親にも無関心な人は多い。
「障がい者っていったって、税金で面倒見てもらってるんでしょ?なんで優先しないといけないの?」とまったく論外で、的外れな発言を恥ずかしげもなくする者もいる。
障がい者にはいくつか制度上の優遇があるが障がい者認定はそんなに簡単ではない。また多くの補助を受けていると思われているが実際にはそれほど多くの補償を受けているわけではない。それを言うなら、健常者でも生活保護や配偶者控除、住宅取得控除、他控除、医療控除、後期高齢者医療控除、が設けられており、障がい者が受けている補償よりも多くの税金が投入されている。
ここ数週間、深川不動前駅の一駅手前の清澄庭園前駅からこの時間帯にこの路線を利用しているある男がいた。彼は何度もこのような場面に遭遇していた。
次々と乗客が降り、起点駅の都庁南駅手前で大矢さとしが一人になった瞬間を見逃さず男は小さな箱を座席の下に静かに蹴り入れると進行方向の車両に移動していった。
男の姿が乗客に紛れたところで轟音とともに白煙が社内に広がった。
列車は白煙を上げながら都庁南駅で停車した。ドアが開くと乗客が叫びながら飛び出していった。
爆発音の刹那、男は小さな声で「じょうか」とつぶやいてゆっくりとホームに降りた。
逃げ惑う乗客がランダムに走り回るホームを何事もなかったかのようにゆっくりとまるでダンスのステップを踏むように改札へ向かい姿が消えた。