その愛は不滅
ここはとある雑居ビルの一室。暗闇の中、ネオンの輝きと目の前のPCが放つ暴力的なまでのブルーライトに目頭を抑える。
缶コーヒーのプルトップを徐に持ち上げてそのまま奥へと倒し、喉を潤す前にわかばに手を伸ばした俺は一本咥えて流れるように火をつけた。
カチッカチッ…ジジジ…
「……はぁ…」
わかば独特の喉の引っ掛かりを堪能し、空いた手でコーヒーを煽り、濡れた唇に煙草のフィルターを押し当てる。
人生で何千回何万回と繰り返してきたこの所作。
仮に俺にスキルなんてものがあるなら煙草を吸うことに関してはレベルカンスト間違いない。
そんなありもしないシステムについて、PCを前に想いを巡らせる。
そこには小説家になろうのローファンタジー日刊ランキングが表示されていた。
「…ふざけやがって」
ハッキリ言ってこいつらはクソだ。
物語を馬鹿にしてやがる。
作品のさの字も知らない坊や達が!これじゃあ小説サイトじゃなくて流行語大賞じゃねーか!
持っていた缶コーヒーがペコンと音を立てた。
スキルも何もない現代社会の一般男性では、中身の入ったアルミ缶など親指のあたってるところを少し凹ます位が精一杯である。
つまらない
特にやりたいこともなく、何かに打ち込む気概もない。
閑散とした日常を彩る幼馴染みとのラブロマンスなど人生どこを探しても見当たらない。
俺の名は萬田遊・オフコース・パイナップル。
パイナップルと日本人のハーフだ。
パイナップルだった父が母に一目惚れして猛アタックをかけた結果が俺らしい。
父さんは母さんと結婚するために身を削って結婚指輪をくれたんだと、カピカピになったパイナップルを左手薬指にはめた母はよく俺に聞かせてくれた。
それを枕詞にあんたもいい人見つけるのよ!母さんみたいにね!とよく言われたもんだ。
ごめんよ母さん。
俺、自分の体を輪切りにして好きな女に渡すなんてとてもじゃないけど出来そうにないよ。
それが原因で父は死に、母の左手は薬指以外パイナップルが邪魔で使えない。
そうまでして結婚し俺を産んでくれたことに感謝はするが、生憎とそんな親を見て育った俺は頗る冷めていた。
特にやりたいこともなく、何かに打ち込む気概もない。
今年30になった俺は未だ嫁どころか職もない。
日がな一日漫画やアニメで異世界へ飛び、金がなくなったら日銭を稼ぎにバイトへ行く日々。
母からは何度か連絡を貰っているが、ここ数年は会ってないどころか連絡を無視している。
何も誇れるものがない自分を、それでも親は心配してくれる。
億劫だった。
重なる罪悪感が俺をまた異世界へと転生させる。
夢に逃げるガキもいいところだ。
PC上で流行に乗っかる坊や達を見て、俺はため息を吐く。
まったくどっちが坊やなんだか…
彼らには少なくとも野心がある。
何もない俺よりはマシだった。