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初恋のうた  作者: 潮浜優
2/4

初めて好きになった人は、親友の彼氏でした

人を好きになるとか、恋愛とか付き合うとか

そういうのは良く分からなかった


あの人に出会うまでは…

初恋のうた2




何度否定しても、考えれば考えるほど1つの答えにたどり着いてしまう


その答えだけは認めたくない

認めてはいけない



初めて好きになった人が


親友の彼氏だなんて…




挿絵(By みてみん)




高校時代のあたし達3人は、クラスメイトであり普通の友達

クラスの中でよく話す数人のメンバー、お互いその内のひとり、というだけで、3人が特別仲が良かった、というわけではない


なのになぜか卒業してからは、3人でよく遊びに行くようになった





キッカケは多分、シズが運転免許を取った時だったと思う


「ねぇ、ドライブに行こうよぉー」


突然シズから誘いの連絡が来たのは、ゴールデンウィークが過ぎたばかりの平日だった


シズは大学生だったけど、なぜか平日の昼間にやってきた

何事にも積極的なシズは高校の頃から「卒業したらすぐに免許を取りたい」と言っていたっけ


「着いたよぉー」

連絡が来て自宅のマンションを出る


なぜあたしを誘ったのか分からなかったけど、多分ヒマだと思われていたんだろう

あたしは大学受験に失敗して、バイトを探している時期だった

いわゆるプーだ


シズが乗って来た車は白い普通のセダン

母親が買い物に乗る程度で、普段は使ってないという


「どこ行くぅー」

目的地は決めてないみたい


「どこでもいいよ」

おもむろに走り始めるシズ

免許取りたてでちょっと不安だったけど、シズの運転はスムーズで、助手席に乗っていても安心できた


「どこいくの?」

「んーてきとぅー」


国道を下り方面に走りながら、シズが話しかけてきた


「マミはどうするのぉー?」

「なにが?」

「浪人?専門学校?それとも就職ぅー?」

「んー、とりあえずバイトかな…」


浪人して大学受験も考えていたけど、家の事情で多分来年は受験できない

いちおう勉強しながらバイトを探していた


「ねぇ、コッチってヒトミの家が近くなぃー?」

「んー、確かに」


高校の頃、1度シズとヒトミの家に遊びに行ったことがある、その時は電車とバスを乗り継いで行ったっけ…


「行ってみようかぁー」


「道分かるの?」


「んーたぶん」


「でもヒトミだって大学生なんだから、突然行ってもいるか分からないよ、連絡しようよ」


「突然行って驚かせようよぉー、いなきゃいないでいいじゃん」


シズはそういうことが好きだ、前も確か突然行ったっけ


少し迷ったけど無事にヒトミの家に着いた


ヒトミの家は同じ市内だけど、ちょっと郊外の静かな住宅地にある一軒家だ

周りは空き地や田んぼが多い


「ヒトミー、いるぅー?」

すぐ前の空き地に車を止めてヒトミの玄関に2人で行くと、ヒトミが出てきた


「なにどうしたの?」

ヒトミが驚いた顔で出てきた

ボサボサの髪、部屋着のスエットという、明らかに「寝てた」格好だ

普段のヒトミからは想像できない…


「アハハ、ヒトミ驚いたぁー、免許取ったのぉー、ドライブ行こうよぉー」

「もう、連絡くらいちょーだいよ!」


30分ほど待たされて、ヒトミも合流

3人で近くのファミレスに行った


「ねぇ、ヒトミはこの中で誰がいぃー?」

雑誌を広げて男の値踏み

「う~ん、私はこの人かしら」

「ヒトミらしいわぁー、イケメン好きだもんねぇー」


ヒトミは長いストレートの髪と二重の目元、スラリとした足は歩くだけで女のあたしが見ても目を引く容姿、とても綺麗で美人だ

明るくて誰とでもすぐに仲良くなれる快活な性格で、高校の頃から男子からの引き合いがすごく、浮名が絶えなかった


「シズはきっとこの人よね」

「ヒトミなんで分かるのぉー?」

「やっぱりー、彼に似てるもの、シズは分かりやすいわ」


シズは女子としては背が高く、そしていわゆるナイスバディ

肩までの髪を内側に巻き、背の割にかわいらしい顔立ちだ

人から言われたことは素直に受け止め、人を疑うことがないまっすぐな性格

高校の頃にはずっと好きな人がいたけど、それは片想いで終わっていた


「ねぇ、マミは?誰がいぃー?」


「え、あたし?う~ん…」


あたしは口数が少なくて、自分から話題を出すことが少なく、容姿もその辺に転がっていそうな、特徴のない女子高生だった


男子から呼び出されたこともあったし、誰かがあたしを好きらしいというウワサを聞いたこともあったけど、どうもそういうのにピンと来ない


彼氏がほしいとか思ったこともないし、人を好きになったこともない


「誰でもいいかな…」

「なにそれぇー」

「こんな雑誌に載るような人なら、誰でも…」


芸能人とかアイドルとかモデルとか、そういうのもウトかった

恋愛系の話は、よく分からなかった



そんなでこぼこの3人

なぜかあたし達3人はよく集まった

3人でよく遊ぶようになった



2ヶ月後の夕方、いつものように待ち合わせするためにシズの車に乗り、ヒトミが帰って来るのを駅前で待っていた


ヒトミが駅から歩いて来た

男性と一緒に歩いている


「今日は彼が一緒だけど、いいかしら?」

ヒトミは車のドアを開けてそう言った

「初めまして、マルイっす」


一重で丸い目、鼻が少し低くシャープな輪郭

体つきは痩せていたけど、骨太でしっかりしていた


「バイト先の人なの、家がコッチの方で、よく一緒に帰ってたのよ」

「ヒトミのお友達に突然割り込んですみませんっす」

いきなり呼び捨てで驚いた


「じゃあ、乗ってぇー」

後部座席に座るヒトミとマルイさんは、とても仲が良さそう


どうやらもう付き合ってるようだ

さすがヒトミ、することが早い!



いつものファミレスで食事しながらおしゃべり

マルイさんもすぐに打ち解けて、その日は盛り上がった



「マミ、あの彼どう思うー?」

帰りの車の中、ヒトミ達を最寄りの駅で降ろし、2人だけになった時にシズが聞いてきた


「え、うーん、ヒトミも楽しそうだったし、いいんじゃないかな」

「そぉー、ヒトミならもっとイケメンと付き合えそうなのにぃー」


シズはヒトミを買っている、ヒトミならもっといい男と付き合えると言っているのだ


まぁ確かにマルイさんはイケメンとは言えないかもしれない

イケメン好きなヒトミらしくないと言えば、そうかもしれない


でもヒトミは高校の時、男子といてもこんなに楽しそうじゃなかった


マルイさんはとてもまっすぐな性格で、好き嫌いもハッキリしていた

ヒトミは誰とでも仲良くなれる明るい性格だけど、八方美人なところもある


きっと、マルイさんのまっすぐなところが、ヒトミにハマったんだろうな


本当に好きなんだろうな…



それからヒトミは必ずマルイさんを連れてきたから、4人で遊ぶことが多くなった



でもそれからすぐにメンバーが増えた


シズが迎えに来て、助手席のドアを開けようとすると、そこにはシズが座っている

運転席には知らない男性がいた


「コイツはシマって言うのぉー」

窓を開けてシズが言う

「こんばんわ」

運転席の男性があたしを見ておじぎした


あたしは指定席だった助手席から後ろの席に座ることになった



シマさんはシズとは地元で、小学校からの知り合い、あたし達と同級生だと言う


「この前、たまたま会ってさぁー」

付き合ってるわけじゃなくて、ただ最近よく会うようになったそうだ


シマさんは背が高く、日焼けしているように色黒だ

決してイケメンではないけれど、優しい顔立ちで周りに気を使うこともでき、明るく場をなごませる人だった


「シズからウワサを聞いてたよ、マミちゃんよろしくね」


シマさんはシズからあたしのことを聞いてたようで、初対面でも気さくに話しかけてくれた



もともとあたしは内気で人見知りで出不精だ

シズやヒトミが誘ってくれなければ、こんなに外出したりしない

自分から動いたり人を誘ったりしない


なんで2人があたしを誘ってくれるのか、よく分からなかった


シズもヒトミも大学生、花の女子大生だ

ちゃんと大学に通い、バイトして、彼氏も男友達もいる

社交的で友達も多くて男性とも普通に喋れる


それに引き換え、あたしはただのフリーターだ…


大学にも行っていない

2人以外に友達と言える人はいない

彼氏も男友達もいない


シズみたいに面白い話しもできない

ヒトミみたいな美人でもない


2人は、あたしにはまぶしくてもったいない友達だ、不釣り合いだ

なのになんで誘ってくれるのか?


ひょっとしたら、誘えば来るヒマ人だと思われていただけなのかもしれない


でも、それでもいいと思っていた



その頃、受験の失敗や両親の不仲など、ちょっといろいろあってふさぎ込みがちだったから、2人からの誘いは嬉しかった

誘われれば、あたしは喜んで付いて行った


ホンネを言えば、彼女達が連れてくる男性と、どう接すればいいのか分からなかった

あたしには姉がいたけど、男の兄弟はいない

男性とロクに話したこともない、男性の免疫がないのだ

男の子と友達だったことなんて、小学校低学年の頃しかない

どう話していいか分からなかった


でもシマさんはあたしにも気さくに話しかけてくれた、ひとりのあたしに気を使ってくれた



「ドリンクバーに行ってくる、マミちゃん何飲む?」

「あ、ありがとう、あたしはアイスコーヒーを…」

「マミちゃんはアイスコーヒーが好きだもんね」



5人で遊んでいる時は楽しかった

特にシズとシマさんがいる時は楽しかった


全員の連絡先は知っていたけど、あたしから連絡することはなくて、必ずヒトミやシズから誘いの連絡が来る


当然あたしがシマさんと直接連絡することはない、会える時は必ずシズからの誘いだ

だんだんシズからの誘いが待ち遠しくなっていった



「マミィー、迎えに来たよぉー」

シズの車のドアを開けると、3人しか乗っていない

シマさんがいない


「あれ?今日シマさんは?」

「今日はバイトだってぇー」


「そ、そっか…」


今日はシマさんいないのか…

いない日は、ちょっと残念だった





ある日、シズと2人でいる時

「アイツんとこ、行ってみようかぁー」

「シマさん?」

「そう、この辺のカフェでバイトしてるんだぁー」


シズの家の最寄り駅からすぐのカフェ

その店に入ると、シマさんはカフェの制服を着ていた

白いワイシャツに黒い蝶ネクタイとベスト

いつもと違ってシャキッとした格好だ


「やぁ、いらっしゃい、マミちゃんまで来てくれるなんて、嬉しいよ」

「ねぇ、何時に終わるのぉー?」

「んー、あと1時間くらいかな」

「じゃ、待ってるぅー」

「それじゃあ、終わったらカラオケでも行こうか、マミちゃん時間大丈夫?」


「え、う、うん、大丈夫…」


「シズはいつものかな?マミちゃんはアイスコーヒーだよね」


「うん…」


「ヒトミさん達もたまに来てくれるんだよ、マミちゃんもたまには来てよ」


「う、うん…」


ココに来ればシマさんと会えるのか


ふとそんなことを思った…






「住民票取って来なきゃ…」

「お母さん、あたしが取ってこようか?」

「じゃあ、マミお願い」


ある日、お母さんの代わりに市役所へ行くことになった

市役所の最寄りの駅にはカフェがある

シマさんがいるカフェが…


“ついで”に帰りにちょっと寄ってみようかな…




店の前まで行ってみる

ガラス張りのカフェは外から店内が見えた


「いた」

胸が高鳴る


どうしよう、入ろうか

いやでも突然1人で行ったらおかしいか


変に思われるかな…



迷っていたら、シマさんに気づかれた

あたしを見つけて店から出てくるシマさん


「やぁ、マミちゃんいらっしゃい、よく来てくれたね」


「あ、あの、ちょっと市役所に用事があって…」


「そっかー、ささ、入って入って」


「いや、その、シズが、シズがいるかなーと思って…」


「今日は大学行くって言ってたからいないよ、でもいいじゃん、サービスするからさぁ!」



いつものとおり、アイスコーヒーを注文した


店に入ったはいいものの、緊張する

どこを見ていいのか分からない…

スマホをいじっても、ソワソワして集中できない…

接客で店内を歩き回るシマさん

スマホを見ながらシマさんの動きを追っていた


「はい、どうぞ」


「え?」


「ウチの自慢のパンケーキなんだ、サービスです!」


「あ、ありがとう…」


にっこり笑うシマさんは、あたしのテーブルにパンケーキを置くと、そっと話しかけてきた


「マミちゃん今日ヒマ?」


「え?」


「あと30分くらいで終わるから、待ってて」


…え?


あぁ、そうか、


きっと、シズが来るんだ…




ブブブ、ブブブ


「は!」

スマホが振動した


「シズだ…」



『マミ、ヒマァ?』

『午後の講義、タルくてブッチしたぁー』

『あと30分くらいで帰れるからさぁー、遊ぼぉー』


やっぱりシズが来る


『どこで待ち合わするぅー?』


どうしよう…

シマさんのお店にいるって言ったら、きっと変に思われる…



『じゃあシマさんの店で待ち合わせよう、ちょうど近くにいるから』

咄嗟にそう返信した


『マジィー、じゃ行くねぇー、アイツに言っといてぇー』



これでシマさんの店に入った理由ができた

ちょっと時間差があるけど…



シズから連絡がくる

待ち合わせ場所をシマさんの店にする

あたしは店に入る


完璧だ!




「どうしたのマミちゃん」


「あ、シマさん、えっと…シズがあと30分で来るって!」


「…そうなんだ」




……あれ?

シズと約束してたわけじゃないのかな…


…ん?

もしシズが来なかったら……




「マミやっほぉー!」

あたしは小さく手を振って迎えた


シマさんが私服に着替えて奥から出てきた

「じゃあ、行こうか」

「どこ行くぅー?カラオケェー?」



いつもと同じ仲の良い2人


さっきのシマさんの言葉が気になるけど…

きっと、あたしの思い過ごしだ


2人は最初から約束してたんだ







それから2ヶ月後の12月初め、ヒトミから2人は正式に付き合い始めたと聞いた


それは時間の問題であり、必然にすら思えた


高校の頃はずっと片想いだったシズに彼氏ができたんだ、喜ぶべきことだ


喜ばなきゃいけないんだ…





付き合い始めても、あたしは相変わらず誘われれば付いて行った

その頃からヒトミとマルイさんだけの時に誘われることが多くなった、3人で遊ぶことが多くなった


「マルはね、マミのファンなのよ」

「いや、マミちゃんいい子だもん」

「そ、そんなことないよ…」


マルイさんはことある事にあたしを褒めてくれる

「マミちゃんにもいい人がいればいいのに」

「そうよ、マミかわいいんだし、その気になればいくらでも男ができるわよ」

「あ、あたしはそう言うのは…」


あたしはヒトミみたいな美人じゃないもん…


マルイさんが友達を紹介してくれると言っていたけど、やんわりと断っていた



連日のようにヒトミはあたしを誘ってくれた

2人でデートすればいいのに、なぜか誘ってくれる


その日もいつものようにヒトミに誘われ、ヒトミの彼のマルイさんとあたしと3人で、ファミレスにいた


「ちょっと…」

マルイさんが席を立つ


お手洗いかな?


「ねぇ、マミ」


「ん?なに」


「シズ達が付き合ってからも、遊んだりしてるの?」


「うん、たまに」

頻度は減ったけど、たまに遊んでいた


「マミ、大丈夫?」


ん?

「えーと…」

あたしは貧血気味で、この前みんなでいる時に倒れてしまったことか


「うん、もう大丈夫だよ、寝たらなおった」


「いや、そうじゃなくて…」


ん??


「お待たせ」

マルイさんが戻ってきた


「ま、マミがいいんならいいけどさ」


あたしはこの時、ヒトミが何を言っているのか、よく分からなかった


ヒトミは恋愛経験豊富で周りにもよく気を使う、よく人を見ている

今考えると、ヒトミは気づいていて心配してくれてたんだと思う



あたしが、自分でも気づいていなかった気持ちに…




クリスマスが近づいていた

当然あたしはボッチだ


イブはさすがにお誘いはなかったけど、25日はヒトミから誘いがきた

ちょっとシャレたレストランで3人で食事した


シズたちは呼ばないのかな…

そんな事を考えていた





年が変わっても相変わらず誘いが来れば付いて行った

よせばいいのにホイホイ付いて行った


シズもヒトミも付き合ってるんだ、彼氏がいるんだ、あたしはお邪魔虫なんだ

誘われるのをいい事について行くことはないんだ


よせばいいのについて行くことはないんだ


よせばいいのに


そう、よぜは良かったんだ…






もうすぐ2月

2週間後はバレンタインデーだ


いつも遊んでくれるし、いちおう彼等にあげようか…


バレンタインチョコなんて、父親以外では小学校の頃にクラスメイトの男の子にあげたことしかない


何をあげればいいのか分からない…


あたしは彼女じゃないんだから、変に高価なモノじゃない方がいい


でもせっかくあげるんだから、喜んでもらいたい

どんなモノならヒトミもシズも嫌がらずに彼等が喜ぶだろう

シマさんは、どんなモノなら喜ぶだろう…


義理チョコで喜んでもらえるモノ

あたしはシズの友達、シマさんにとっては彼女の友達


あたしは特別な人じゃない…

シマさんにとってはシズが特別な人…


…………





「あ!しまった!」

バイト帰りの電車の中で考えていると、駅を降り損ねてしまった

もう目的の駅から2つも過ぎている…

ボンヤリしてて降り損ねてたなんて、人生初だ


なぜボンヤリしてしまったのか…



「男性にチョコなんてあげたことないからだ、きっとそうだ」

心の片隅に見えた感情を、違う理由で隠した




さんざん悩んだあげく、結局そこらのコンビニで売っているチョコにした

同じモノを2つ買った

マルイさんとシマさんのために…


これなら大丈夫


なにが大丈夫??

モヤモヤの理由が分からない

その理由だけは認めたくない…




バレンタインデー当日は当然シマさんに会えない

2日後の16日に理由を付けて5人で遊ぶ約束をした

3人じゃなくて5人がいい


別々ではダメだ

シマさん達と3人の時はダメなんだ


変なボロが出て、シズに変に思われたらイヤだ…



「はい、じゃあ、あたしからも」

ファミレスで全員そろった時に、2人に渡すことにしていた


まずマルイさんに渡す

そしてついでとばかりにシマさんに渡す


「えー、俺らにもくれるの?」

「マミちゃんありがとう!」


無事に渡すことができた

渡す手順まで考えたけど、要らぬ心配だった

誰も不審に思っていない、誰も何とも思っていない


シズに変に思われてない…




あたしはずっと違う理由を探していた


男性と遊んだことがないから、こういう感情になるんだ、シマさんが特別なんじゃない、異性なら誰でもなるんだ


でもマルイさんとは、こういう感情にならない…


人が喜ぶのが嬉しいのは当たり前だ、誰だって嬉しいだろう、バレンタインチョコをあげて喜んでくれたら嬉しいだろう


でも、こんなに嬉しいものだろうか…




その頃には気づき始めてした自分の気持ち

何度否定しても、1つの答えにたどり着いてしまう



しかし、恋愛経験がないあたしは、どうしていいか分からない


「一過性の気持ちだ、バレンタインデーだったから、変に意識しただけだ…きっとすぐにおさまる…」


しかし、おさまるどころか、どんどん頭から離れなくなっていく


会えるだけで胸が高まった




1ヶ月がすぎた頃、突然のメール

『マミちゃん今日お店に来れない?』


シ、シマさん……

なんで?

シズが来るから?

でもそれならなんでシズからの連絡じゃないの?


直接の連絡なんて…


なんで?


シズの携帯が壊れたとか?

2人であたしをからかってるとか?


と、とにかく、意識していることが分からないようにしないと


意識してません、の返信を……


シズは?と聞くのも変だし


えーと、えーと



『いいよ』



やっと思いついたのは、この3文字だった

とりあえずしたくしよう


何着てこう……





シマさんの店までは電車で2駅、歩く時間を入れても、ものの15分で着く距離だ

なのに店に着いたのは1時間後だった


「やぁ、マミちゃんいらっしゃい」

シズもヒトミもいない…


「アイスコーヒーだよね」


なんで呼び出されたんだろう…


「はい、どうぞ」


アイスコーヒーと小さな箱


「これは?」


「ホワイトデーのお返し」


あ!

今日は14日だ!


顔がほころんでいるのが自分でも分かる

あまり表情に出すのは得意じゃないはずなのに


「あ、ありがとう…」


くれた、シマさんがあたしにくれた

これはただのお返しだ、ホワイトデーのお返しだ、義理チョコのお返しだ


でも……


人から何かモノをもらって、こんなに嬉しいものだろうか


すぐに空けたいけど、この箱すらおしい…




ふわふわして、どうやって帰ってきたか覚えてない

「マミおかえり」

お姉ちゃんがいた


「ヤケに嬉しそうね」

「な、なんでもないよ…」


「何その箱?」

「なんでもないよ」



「ははぁーん、そーゆーことか」

「な、なに…」


「マミにも春が来たか」

「そんなんじゃないよ!」


急いで自分の部屋に入った


「もう、お姉ちゃんたら、そんなんじゃないって…」


そう、あたしに春が来たわけじゃない

ただあたしが勝手に喜んでるだけだ



部屋で、そっと箱を開けた

箱が壊れないように、ていねいに開けた


中からストラップが出てきた

それは、あたしが以前「好きだ」と言ったアニメキャラのストラップだ


バカみたいに喜んだ

シマさんがあたしの言ったことを覚えている

わざわざそれを買ってくれたんだ!


さっそく付けようか

でもなくしちゃったらイヤだし

それに、シズに見られたら、なんて言おう…


ベットに転がりながら、ずっと考えていた

何度も寝返りをうちながら、ストラップを見ていた


足をバタバタさせながら

枕を抱きしめながら

いくら見てても飽きなかった


その日はずっとストラップを見ていた

まるで、ホントに春が来たみたいだった





でも、それは春ではなかった

あたしに春は来なかった




むしろ、それからは真冬だった…




誘われて行けば、彼がいる

いつもと変わらないメンバー、変わらぬ会話


今までなら、会えるだけで嬉しかったのに


なぜか、会うと辛く感じる…


今までなら、ちょっと話しかけられただけで嬉しかったのに


なぜか、苦しくなる…




物を渡す時に少し手が触れただけで…


ふとした時に目が合うだけで…


嬉しそうに笑う笑顔を見ただけで…


カラオケでよく歌う曲を聴いただけで…


電車に乗ってカフェがある駅を通過しただけで…



もうダメだ……

その答え以外みつからない…


気になるとか、否定しきれないとか、そんなレベルじゃない




あたしは産まれて初めて人を、

男の人を好きになったんだ…




認めてしまえば楽になるかと思っていた

開き直れるかと思っていた


でもそれで防波堤がなくなり、全部ダイレクトに押し寄せてきた



会えないのが悲しかった

ただ会えないだけなのに…


好きだと言えないのが苦しかった

そんなこと言えるはずないのに…


でも、会ってても辛かった

あんなに会いたかったのに…



なんで…



「マミちゃんは、これ好きだよね」


なんでそうやって気さくに話しかけるの?

なんであたしの好きなことを覚えてるの?


「ほらコレ、マミちゃんがカッコいいって言ってくれたから、また着てきちゃった」


なんで彼女の友達なのに、そんなこと覚えてるの?

あたしがカッコいいって言ったって、嬉しくないでしょ?



なんで…


なんであの日、わざわざ呼び出したの?

なんでシズがいない時だったの?



なんで…


分かってる、シズがいる時だとシズがイヤがるからでしょ

その日の夜はシズに渡したんでしょ


ただの気まぐれ

14日にくれたのはシマさんの気まぐれ


分かってる

分かってるのに…


なんで苦しいの?

なんで辛いの?


シズとシマさんはお似合いだ


親友と大好きな人が幸せならいいじゃない…


会えなくてもいいじゃない


いいじゃない…


なのになんで……



もし…

もし仮に…



もし「好きだ」と言っても、気持ちが届くはずはない

シマさんはシズと付き合ってるんだ


もし「好きだ」と言ったら、シズから軽蔑されてしまう

きっとヒトミからも…



自分の気持ちを話せば、全て失う

何もないあたしが、もっと失う


でも、このままじゃ、おかしくなりそうだ


でも、絶対にバレてはいけない、誰にも気づかれてはいけない


でも、会いたい


でも、会ってもツラい


でも…


でも…





4月もあと少しで終わろうとしていた

もうギリギリで限界だったあたしは、少しだけ自分を許すことにした



最後の5日間


今月だけ


今月でおしまい


それで終わりにするから…


お願い


少しだけ


あと少しだけ、会わせてください…





あたしは毎日カフェに通った




「やぁ、マミちゃんいらっしゃい」

「マミィー、どうしたのぉー」


シズがいても、変にどぎまぎはしないようにした


「このお店のアイスコーヒー、美味しいから」


そう2人にはいいわけをした



行けばシマさんがいる

シマさんと会える



あと3日…



「やぁ、マミちゃんいらっしゃい!」

今日はシズはいない

店にはあたししかいない


「もうすぐ終わるから、遊ぼうよ」

「今日は帰るね」


2人で会うことはしなかった

カフェ限定だった


それが、あたしが決めたルール



シズを裏切ることだけはしたくなかった



4月30日

最後の日


その日はシマさんはいなかった

会えなかった…


最後に会いたかったけど



もう二度とカフェには来ないと誓った

二度と会わないと誓った





次の日から、シズ達から誘いが来ても断ろうと誓った

特にシマさんがいると分かった時は、絶対に行かないと誓った



でも、全部断るのは不自然だから、シマさんがいないと分かった時は遊びにいった


シズがシマさんを呼び出すんじゃないかと、ヒヤヒヤしながら……





2週間後、携帯に着信があった

履歴はシマさん…


「どうしよう…」



最後に1度だけ…

あの日会えなかったから…


電話なら会うわけじゃないし…

ホントに最後にするから…



自分に言い訳をして、シマさんに電話した



「もしもし…」


『やぁ、マミちゃん!マミちゃんから連絡くれるなんて嬉しいよ』


「うん、着信が…あったから、」

声が聴きたかったから…


『マミちゃん、最近来ないじゃん、どうしたの?』


「うん…いそがしくて…行けなくて…」

もう、行かない…


『またお店に来てよ、マミちゃんなら特別サービスするからさ』


「うん…ありが…とう」

今まで、ありがとう…


『ウチのアイスコーヒー、美味しいって言ってたじゃん』


「うん…」

アイスコーヒーじゃないよ、会いたかったんだよ…


『またマミちゃんに会いたいよ』


「うん…」

よかった…


『だからさ、明日おいでよ、俺シフト入ってるからさ』


「うん…」

声が聴けて…


『……マミちゃん大丈夫?』


「うん…だい じょうぶ…」

さようなら…


『じゃ、また明日!』


「………」

大好きでした…




泣いてるのがバレないようにハンカチを口にあてていた

「うん」しか言えなかった、バレないように必死だった


でも最後に声が聞けた

今まで人生で何もしてこなかったあたしが、自分から行動した


バレンタインチョコをあげた

頼まれてもないのに自分からあげた


お店に行った

誘われてないのに、会いたいと思って自分から行った


電話した

声が聴きたいと思って、自分から電話した


何もかも初めてだった

こんなに積極的な自分は…



もういいでしょ、ねぇ、あたし…

こんなに無理しても届かなかったんだから


どんなに無理しても届かないんだから…





それ以来、二度と電話には出なかった

返信もしなかった



会わなければ、元に戻れると思っていた

姿を見なければ、声を聴かなければ、簡単に戻れると思っていた


以前のあたしに戻ればいいだけだ

シマさんと知り合う前のあたしに…


そう思っていた




でも…


もう戻れなかった

思い出せないのだ


以前のあたしは、何に笑っていたのか

何をしてる時が楽しかったのか


テレビを見てても

ゲームをしてても

シズとヒトミの女子だけで遊んでても


服を買いに行っても

マンガを見ても

好きだったマンガを描いても


何をしてても心から楽しいと思えない

うまく笑えない


シマさんと出会う前の自分が、思い出せなくなってしまった



人を好きになると、変わるんだ…


そんなふうに思った


いつもご覧いただき、ありがとうございます

人を好きになるのは、素晴らしいことだと思います

好きになったら、その気持ちを伝えた方がいいと思います


なるべく早く


あたしみたいに、手遅れになる前に…


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