金髪麗しき王女、マリアの悲劇
それぞれの王国を何かの象徴ととらえて読むのも面白いかもしれません。
特にこれといった正解がある訳ではありませんが…。
金色に輝く髪筋。
まるで、さらさらと流れゆく砂漠の砂のようでもあり、天から注ぐ陽光のようでもある、美しい髪筋。
ヴァルカンと結婚しながらマルスと浮気した、奔放な愛の持ち主ヴィーナス、美の女神として、最高の美貌を持つヴィーナスもかくや、というほどの美しい髪筋。
それこそが、彼女、ブラック王国の王女、マリアの特徴であった。
彼女の美しい髪は、この世界では唯一無二といって良いほどのものであった。
「ああ、何て美しいのであろうか!」
隣国であるホワイト王国の王子たちは、その美しさに惚れて、揃いも揃って彼女に求婚した。
しかし、彼女は、そのすべてを断った。
奔放な愛に生きたヴィーナス、息子のキューピッドを従えるヴィーナスと異なり、彼女は、愛に生きるよりも、自らの信ずるもの、国のために生きようと考えていたからである。
仮にマリアがホワイト王国の王子と結婚した場合、その政略結婚によって、ブラック王国は、ホワイト王国の敵国であるゴールド王国と自然と対立する羽目になってしまう。
「一方、もし私がそれを断ったとしても、中立の伝統を掲げるブラック王国の流儀に従っただけである以上、王子たちが暴走しない限り、この国は安全になるはず。それなら、あの人たちと結婚するわけには行かないわね」
マリアとて、ホワイト王国の気品ある王子たちに心が動かされなかったわけではない。しかし、弱小な中立国の王女の身として、彼女は、ホワイト王国の王子たちと付き合うことなどできないと判断したのであった。
その判断は、何もなければ正しいものであるはずだった。
しかし、突如として、マリアの父王ハインリヒが、700年続いてきた中立をやめて、ゴールド王国にマリアを嫁がせる決定を下したことで、状況は変わった。
中立維持を進言したマリアは、父王の怒りを買って、場内の高い鉄塔の頂上に幽閉される。
そこに至るまでのやり取りは、このようなものであった。
「それでも、今私がゴールド王国に嫁げば、ホワイト王国の王子たちはそれを許さないでしょう。
ブラック王国は、二大王国の代理戦争の場となり、後に残るのは、二大国に蹂躙された廃墟だけでしょう。
ですから、お父様、お目覚め下さい。このままでは、このブラック王国は…」
「うるさい。ゴールド王国は、この我々の防衛力増強のために、膨大な予算を回すとまで確約したのだ。それに従えば、我々の力も増し、我々は最終的には、残る二国をも抑える力を手にできよう」
「そのためにも、今戦争になるような悪手は避けるべきです」
「いや、今やれば、確実にホワイト王国を滅ぼせるであろう。そして、残るのは一国のみとなる。領土分割交渉をうまくやって、こちらに有利な土地を戦略的に生産すれば、我々は世界で唯一の超大国になることも夢ではないのだぞ?そのチャンスを、どうしてみすみす逃せというのか?」
「お父様、それでは超大国の思う壺です」
「ええい、しつこいな。娘と言えども度が過ぎる。むしろ、ガードたちよ、彼女を幽閉塔へと連れていくがよい」
「「了解」」
幽閉されたマリアは、独り取り残され、何日かを牢内で過ごす。
時には人に見せないように、国と我が身を憂えて泣きながら、あるいは別の時には看守の前で気丈に振舞いながら。
父の不興を買ったマリア姫が牢に幽閉されたことは、後の起こる悲劇を、必要以上に拡大する一因となる。
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二大国の首脳は、それぞれの理由で、ブラック王国に対して激怒する。
ホワイト王国の王子たちと国王は、自分たちとの政略結婚を拒んだ王女を、よりにもよってゴールド王国へと差し出そうとしたことで。
ゴールド王国の国王は、自らとの結婚を認めた王女をその父親が幽閉した結果、間接的に求愛者にして婚約者でもある自分自身の名誉にも、泥を塗られたと感じたために。
それぞれの国は、ブラック王国に対して宣戦布告し、軍を派遣する命令を下す。
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ブラック王国の北東の果てからは、純白の鎧に身を包み、白馬に乗っている王子たちを先頭に、あまたもの騎馬隊が流れ込んできている。
一方、南西の果ての方には、金色の装甲を身につけた、大型の攻撃兵器が中心の歩兵部隊が流入する。
生憎ブラック王国には、そんな彼らと戦うだけの力はない。故に二つの軍の侵攻を聞いた宰相、カールは、秘かに願っていた。
「頼むぜ…。
これがただのこけおどしの侵略もどきで終わるか、両軍がぶつかって相討ちになるかしないと、ブラック王国は完全に征服されつくしてしまうだろう。
我々自身ではどうにもしようがない。おお、神よ…」
しかし、その願いは、彼の望む形で叶うことはなかった。
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ブラック王国の王都、ブラックに両軍はたどり着く。
その様を、幽閉された塔の中から、マリアは見つめている。
「私がホワイト王国の王子たちとの結婚を断ったばかりに。そして、お父様が私をゴールド王国に嫁がせようとしたばかりに。
なんてことになってしまったのだろう。私は、ただ国のためを想っていただけなのに…」
そう言って、ボロボロと涙を流すマリア。
中立の王都で出会ってしまった二つの軍は、互いに攻撃し合いながら、王都ブラックを焼き尽くしていく。
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二つの軍の総帥である、ホワイト王国の王子たちとゴールド王国の国王とは、ほぼ同時にマリアが幽閉されている部屋にたどり着いた。
「さあ、僕らと一緒に逃げよう、マリア姫」
「いや、わしとこそ共に来るのだ。マリア」
王都を焼く炎に囲まれた塔の中。マリアは、そんな彼らを見て、まず問う。
「お父様は、どこにいるのかしら?」
一瞬の、しかし、永遠のような間。
「「もう死んだよ。抵抗したからね」」
マリアは、それを聞いて、両手で顔を覆って、泣き崩れる。
その姿を支えようとして、お互いにぶつかり、剣をぶつけ合う二つの軍のトップ。
「マリア姫は、僕らのものだ」
「いや、あの父親は確かにわしに譲ると約束していたから、わしのものだ」
言い争いながら、剣を交える彼ら。
キーン、キーン。
意思に囲まれた牢獄故か、良く響く剣の音を聞いて、少しだけ落ち着きを取り戻したマリアは、涙を流しながら、言う。
「もう、やめて。私の愛する国を壊しておきながら、この私を犯そうなどというのは、王国王女の誇りにかけて認めません」
「マリア姫?」
「な、何を言うか、マリア。お父上の遺言に背くのか?」
「誰が何といおうと、私にとって最も大切なのは、この国です。ホワイト王国の掲げるきな臭い正義にも、ゴールド王国が流し込むどろどろの資金にも染まらない、偉大なる中立国、ブラック王国。
その伝統を継ぐ最後の一人として、あなた方と無理矢理結婚させられるぐらいなら、自ら命を絶つことを選びましょう」
そう言って、彼女は、いつの間にか彼らの一人から奪っていた短剣を、自らの喉元に突き付ける。
「後は、あなた方次第です」
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国への想いと純潔を守ったというマリア姫のその後は、誰も知らない。
風の噂では、燃える炎の光を反射して、より一層輝きを増した金髪が、王子たちと国王の首に巻き付いて、彼らを絞め殺したとも言われている。
遂にたどり着いた炎によって焼け落ちる幽閉塔から、生きて出てきた者は、両軍の誰も、そしてわずかに生き延びていたブラック王国の王都防衛軍の誰も、見ていない。
だが、いくら探しても、亡骸も出てはこなかったというから、その生死は定かではない。
ブラック王国は滅び、緩衝地帯と軍の指揮官を失った二大国は、残された王族を中心として、全面戦争に突入していく。
世界全体が、焦土と化す。
果たして、道を誤ったのは、一体誰だったのだろうか?