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 明石秀作26歳。

 “東城”コミュニティに身を置き、実働担当のリーダー的ポジション。

 親が外国人で、俗に言うクォーターらしいため、両親の実家に遊びに行っていたから語学も堪能。

 将来の夢は生存者を纏め上げ、国家を再興し、自分がその中枢で活躍して行くこと。

 家庭は夫婦円満で子沢山な、幸せなものを築いてみせると固い決意を感じさせる宣言をしてきた。


 ……してきた……そう、俺にしてきたのだ。

 ……信じられるか……これ、全部こいつが勝手に語り出した内容なんだぜ?

 

 そして今は美辞麗句を少しも恥ずかしがることなく告げながら、知子ちゃんの後ろに隠れようとする俺を熱い視線が捉えて離さない。

 めっちゃ怖い、滅びろとか思ってたのを土下座して謝って良いから、何処か知らないところで幸せになって欲しい……。



「――――ああ、君は今まで見てきた誰よりも、どんな魅力的な女性よりも美しいっ……! どうか恥ずかしがらず、この矮小な俺にその麗しい姿を披露していただけないだろうか」

「ひぃぃっ……、ち、知子ちゃんっ、何あいつ、何なのあいつっ……!?」

「い、いえ、私もこんな状態の彼を見るのは初めてですっ……。一目惚れ……と言う奴ですか?」



 恋は盲目とか言う奴だろうか……非常に迷惑である、身の毛もよだつとはこのことだろう。

 じっと熱を持った視線を向けてくるイケメンに怯えていれば、彼の周りに居る男達も不味いと感じたのだろう、口々に諫めようとする。



「あ、明石さん何言ってるんですかっ!? よく見て下さいっ、彼女中学生程度ですよっ! 犯罪っ、犯罪ですっ!!」

「そうですよそうですっ!!! それによく見て下さい、あの見るからに野蛮そうな服装! きっとお淑やかの欠片もない、暴れ馬のような奴ですよっ!!」

「俺ら東城さんになんて言えば良いんですかっ!? そんな簡単に心を奪われないで下さいっ!!」

「こ、こいつら、好き勝手言いやがってっ……!」



 あまりに好き放題言う彼らに歯ぎしりして知子ちゃんの脇から顔を出すが、変わらず凝視していたイケメンと目が合い直ぐに顔を引っ込めた。

 なんだあいつ……、マジ怖い……。



「もう帰る……おうち帰る……」

「梅利さん……お気を確かに……」



 小さな声で励ましてくれる知子ちゃんに思わずしがみつきそうになる。

 そろそろ彼らから離れないと本格的に情けない姿を晒しそうな自分に渇を入れて、隠していた体を出した。



「うう……話は終わりだろう? こちらも暇ではないんだ、帰らせてもらう」

「いや、まだ話は終わっていないよ梅利さん」

「な、なななな、なにが終わってないんだっ、早く要件を済ませろっ……!」



 俺がそう言えば、酷く名残惜しそうに首を振ったイケメンがようやく知子ちゃんに顔を向ける。



「この近く、動物園があった場所を知っているだろう?」

「ええ、存じています。ですがそれは、以前確認した際は何の変哲も無い、動物の死骸が転がる場所だったと記憶していますが?」

「ああそうだ。つい最近までは俺も、何の興味も抱いていなかった場所だ」



 含みがある、嫌な言い方。

 勿体ぶった話し方をするイケメンに不審そうな目を向ければ、こちらに軽くウィンクしてきやがった。



「つい最近、外回りに出ていた者達が帰らない事があった。それも外に出るようになり始めたばかりの若者ではなく、幾多の苦難を乗り越えてきた壮年の男性達だ」

「……それで?」

「――――死体が見つかった。数多に貪られ、鋭い爪で幾重も切り裂かれ、バラバラにされた彼らの成れの果てが」



 重い沈黙が場を包む。

 口を挟めないような重々しい空気。

 嫌に真剣な目をしたイケメンが、唾を飲み込んだ知子ちゃんを見据える。



「俺らの仲間がやられた、これは許せることではないがさして感情的になることでもない。問題はこれをやった奴らだ」

「……はい」

「犠牲になった者達はそれほど離れていた場所で活動していたわけではない。叫べば届く、悲鳴を上げれば駆けつけられる場所でしか無かった。複数の戦える男達を、悲鳴すら上げさせず惨殺する…こんなものが可能な奴がこの近辺にいるって言うことだ」

「……まさか新しいあれが誕生したとでも?」

「分からない、だが言えることが二つある。東城さんはこれを最重要警戒するように俺らに指示した事、そして、先ほど言った動物園の中に放置されていた筈の動物達の死骸が跡形もなく無くなっていると言うことだ」



 ……動物園というとあれだろうか?

 小さな頃によく行っていた、割と大きな動物園。

 何が飼育されていたかは良く覚えていないが、確か有名どころは全て網羅していた様な気がする。


 と言うかだ、なんだか妙に身に覚えがある話のような気がするのだが……より正確に言えばほんの数日前に似たような集団に襲われた時のことに。



「特異な異形であればまだ良い、だがもしも動物園の中にあった死骸全てが動き出したのなら、それはそれぞれのコミュニティだけでは手に負えない、そうだろう?」

「そうですね、それは確かに頷けます。他のコミュニティにも既に?」

「いや、“泉北”は話にならないし“南部”は別の奴らが接触を図っている。“西郷”の君に接触できたのがおそらく初めてだろう、そちらの事情も察しているがこちらとしては協力体制を築きたい」

「なるほど……」



 悩むように顎に手を当てて視線を下げた知子ちゃんを守るように、俺はイケメン達を警戒する。

 だが、その話はどうやら奇襲の為の布石とやらではないようで、何をするわけでもなく男達は知子ちゃんが答えを出すのを待っているようだった。


 どうするか……と、知子ちゃんに視線を向けずに考える。

 コミュニティのしがらみなど俺にはほとんど分からないが、彼女は俺の所へ来るまでに感染状態をコミュニティの仲間に見られたと聞いた。

 普通であれば、感染し変貌を始めた者が助かる道理など無く、元のコミュニティで彼女は死亡扱いになっているであろうことはまず間違いない。

 つまり、今の彼女にはコミュニティとの繋がりなど無く、コミュニティの決定権など持ち合わせていないのだ。

 


「どうだろう、俺としても可能な限り戦力は整えておきたいんだ。食料にしても、武器にしても、情報にしても、ね」

「……そうですね……ですが私の勝手な一存でコミュニティの動向を決めることは出来ません、個人的には協力できればと思いますが持ち帰り検討させていただきたい」

「……ふう、まあそうだろうな」



 知子ちゃんの答えに仕方なさそうに溜息を吐いたイケメンを見ながら思う。

 

 当然、知子ちゃんとしてはこの場凌ぎをするしかないのが現状である。

 今はコミュニティに所属していないと言えば、相手から見た俺らは後ろ盾がなく豊富な武器を持った非力な少女二人でしか無い。

 外見上の戦力差を見れば、多少の危険は無視しても攻撃すると言うのも選択肢の一つには充分入るだろうと俺は思う。

 だからこそ、未だコミュニティの中枢の把握を匂わせながらも、協力体制の話を延期する必要があった。

 俺としてもベターな選択だと思う、うん、平和的な常道だろう。


 だが、常道だけではままならない場合も、時にはあるのだ。



「動くな、頭を砕かれたくなければな」

「――――っなぁ!?」



 男達の最後尾。

 何気なく死角に入るように、イケメン達の背後に回った男をすれ違いざまに地面に叩き付け、頭に銃口を押し当てる。


 懐に伸ばしていた手元を確認すれば、警察官が使うような拳銃がその手に握られている。

 なるほど、とっておきの飛び道具を使って俺たちを始末か無力化でもするつもりだったのだろう。

 中々悪辣なコミュニティのようである、勿論俺が気が付くことは見抜けなかったようであるが。


 俺の声に、何の反応も出来なかったイケメン達が慌てて背後を振り返った。

 取り上げた拳銃を見せびらかしながら笑いかける。



「良い物を持っているじゃないか、護身用か? 俺たちも武器は欲しいところなんだ、一つ貰うが構わんな?」

「ばっ、馬鹿なっ……!? どんな速度っ、どんな身のこなしだよ!! 目で追えなかったぞっ……!?」

「糞っ……!! いや、お仲間が射線上に居るんだっ、銃は使えねえやっちまうぞっ!!」

「悪く思うなよお嬢さんっ!!!」

「……」



 この拳銃をくれれば無かったことにしてやると言った意味合いでの発言だったが、どうやらそれは通じなかったようでイケメン以外の男達が手に持った武器をそれぞれ構えて襲いかかってくる。


 このまま相手しても良いんだけれどと思いながら、ちらりと棒立ちのイケメンを見る。

 最後尾に居た男が拳銃を持っていて、おそらくこいつらのコミュニティのトップに気に入られているであろうイケメンが持っていないとは考え辛い。

 ならここのタイミングで、単純に戦闘に入るのは間抜けだろう。


 唇を舌で嘗めて気合いを入れ、押さえ込んでいた男を後方に投げ飛ばす。



「動かないで知子ちゃん」



 そう言って、聞こえているかも確認せずに駆け出した。

 同時に取り上げた拳銃をイケメンの顔の直ぐ横を通るように発砲する。


 つんざくような発砲音が静寂を割る。


 鳴り響いた音で襲い掛かっていた男達の身を竦ませたのを横目に駆け抜ける。

 すぐ真横を走り抜ける俺の影を数瞬遅れて男達の目が追うが、目だけでそれなのだ。

 俺を止めることや捕まえること、ましてや攻撃することなんて彼らは出来はしない。


 次の瞬間には俺の目標であるイケメンがもう目の前にいる。

 イケメンがほとんど反射的に腕を立て作った守りの隙間を縫うように、鳩尾を突いた。

 たやすく崩れ落ちたイケメンにそれ以上の追撃はせず、事態の急変に目を丸くしていた知子ちゃんの傍に戻る。



「さて、やっちゃって良いかな?」

「――――ま、待って下さい梅利さん」



 自動小銃を構えて、いつでもイケメン達を蜂の巣に出来る態勢を作るも、知子ちゃんに慌てて制止される。

 まあそうだろう、俺も本当に撃つつもりはなかった。

 折角こうして圧倒的に有利な状況を作り上げたのだ、丸々肥えた果実は収穫しないと意味が無い。


 見れば男達は自分達の敗北を悟ったのだろう、先ほどまでの強硬的な態度を一転させ、武器を下ろして呆然としている。

 もう戦意はないようであった。

 そこまで確認して俺は、口の端を歪ませて彼らをせせら笑う。







 装備の譲渡、情報の提供。

 そのどちらも有無を言わせない形でイケメン達から奪い取り、頷かせることに成功した。

 知子ちゃんの手腕……と言うよりも、イケメンが直ぐに条件を言い出し、許しを請うてきたのだ。

 

 渡された拳銃二丁の弾を確認しつつも警戒を緩めはしなかったのだが、どうやらそれ以上の抵抗はするつもりがないのか、男達は俯き気味に顔を隠して身動きせず、ぼんやりとこちらを見上げるイケメンに覇気は無い。

 やり過ぎただろうかと考えて、直ぐにその思考を振り払う。

 あちらが何処までやるつもりだったかは分からないが、怪我をさせることも厭わなかったであろうし、最悪一人や二人処理するつもりだったのかもしれないからだ。



「ではこれで手打ちとさせていただきます。もしもこれ以上攻撃してくることがあれば、その時はお覚悟を」



 冷たく言い捨てた知子ちゃんが歩き出すのを、後ろに控えていた俺が追従する。

 交渉役を任せきりにして申し訳ない気もするが、まあ戦闘担当としてはそれなりの活躍を出来たのではないかと思うので、それで相殺だろう。


 勝手にそう納得しながら、屋上から去りつつイケメン達の方を見れば彼らは小さな声で何かを話し合っている。

 常人離れした聴覚が聞き取ったのは不穏な会話ではなく、これからどうするかと言ったもの。


 これならば問題ないかと安心して、イケメンに視線を向ける。

 なんだかかんだ気持ち悪いことをやっていたが、それもこれも俺らを油断させるための布石であったと思えば評価できるだろう。

 たとえそれが俺の気分を害するものだったとしても、それさえ彼の技術として見習うべきだ。

 そんな掌を返したような彼への印象に、自分も見習わなければと言う清々しい気持ちでのなんてことは無い仕草での延長戦でイケメンを見たのだが。


 そうして視界に入ってきた、恍惚とした表情をこちらに向けるイケメンの姿に清々しかった筈の気持ちは一息に地の底のドロドロとした所まで落とされた。



「……知子ちゃん。あいつの俺への態度って……演技だよね?」

「えっ、明石さんですよね? ……じゃないんですかね?」



 渋い顔を浮かべた俺に知子ちゃんは同情するような視線を投げてくる。


 どうやら考えなければならないことは山ほどあるみたいであった。



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