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 平凡な人生だった。

 普通の家庭に生まれ、特徴の無い暮らしをして、それで満足するだけの人生だった。


 年老いた妻がいた。

 大人になった息子と娘がいた。

 二人が連れてきた結婚相手と、生まれた小さな命に囲まれて、慎ましくも幸せな生活を持つことが出来ていた。

 これ以上望むものがあるだろうか。

 それなりの会社に勤め、それなりの結果を残し、それなりの地位を築いた私は定年後に過ごす妻との生活を心待ちにするだけで充分だった。

 酒は嗜む程度、賭け事はせず、積み立てていた充分な貯蓄によって残り少ない人生を不自由なく過ごせることを何一つ疑いはしていなかったのだ。



 そんな平穏の崩壊は突然だった。


 地獄が生まれ落ちた。世界が赤に包まれたのだ。

 その赤は火であり、血であり、絶望の色。

 抵抗など意味をなさず多くの人が死に絶えた。

 同僚が、後輩が、部下が死に、子供達からの連絡が途絶えた。

 一緒に逃げた妻が歪な化け物に襲われて血溜まりで動けなくなったまま笑う。

 愛していると抱き締めた妻が耳元で囁いて、歪な化け物達が私達を取り囲んで、その中で私はひたすら妻を抱き締めることしか出来なかったのだ。


 必死に助けを叫んだ。

 救いを求めて懇願した。

 形の無いものに、姿を見たことも無いものに、縋る言葉をただ吐きだした。

 年を取った者とは思えないほど無様に泣き叫び、自分達を救って欲しいと願ったのだ。

 救われる筈が無い、そんな確信を抱きながらも私にはもうそれしか出来なかった。

 

 だから、目の前が新しい真紅で染まった時何が起こったのか理解できなかった。



「■■……あ、ああ゛……、ごれで、はなせてるが?」



 異音混ざりの片言の言葉。

 私達を見下ろすのは小さな少女。

 真っ赤な目が光を放ち、弧を描く口からは尖った八重歯が見える、恐ろしく美しい少女。

 ただ一つ人と違うのは、頭から巨大な巻角が生えていること。



「おまえ゛ら、わたしをよんだな」



 人は私達を救わなかった。

 国は私達を救わなかった。

 神は私達を救わなかった。

 私達を救ったのは、少女の形をした化け物と言われるもの。



「にんげん……まだおわるひつようない」



 ……いいや、いいや違う。

 救うものこそが神なのだ。

 誰かの救いを求める声に、応えるものこそが神なのだと、私はその時理解した。


 神は目の前に現れたのだ。







「東城ォォォぉ!!!!」



 “東城”コミュニティが拠点とする建物の前で辛うじて人と分かる形の何かが吠える。

 人のものとは思えぬ大音量が周囲に響き渡り、眠っていた者やそれの接近に気が付かなかった者達が慌てて窓からそれを確認し、凄惨な姿に顔をしかめた。

 何事かと様子を窺う者達が戦闘準備を始めても、叫ぶその人型は構わず一人の名を叫び続ける。



「東城ォ、出てコいっ!! いつまで下らないお山の大将を気取っているっ!?」



 抉れた腹部、流血する体液。

 顔が変貌し原型が分からないほど腫れ上がっており、ぶら下がった両腕は地を引き摺るほど巨大化している。

 自身の身体が変貌していく過程など想像するだけで恐ろしさを感じるのに、その人型はそれを微塵も気にもせず吠え猛っている。



「貴様も私と同じ境遇ダろう!! 恩を返す時だろうっ!! 見殺しにした行いを悔いるなら、貴様は今立つべきだ!! 聞こえているだろう東城ォ!!!」



 何を言っているんだこいつは。

 おぞましい見た目のそれが叫ぶ内容に、明石を含んだ東城に近しい者達さえも訳が分からず口を噤む。

 言っている内容は分からない、だが少なくともあれは好意的な存在では無いのだろう。そう判断して彼らは銃器を取り出し建物の窓から荒れ狂う人型を狙った。



「人の責をアの方に押し付けるナ!!! 人が人を救えないのならば、もはや終ワりを受け入れるべきだ!! そうだろう東城ォ、答えろ!!!」



 錯乱しているかのような状態の人型の言葉など誰も耳を貸さない。

 誰一人としてその叫びに反応しようとせず、それを狙い澄ます者が添えた指先に力を入れていく。


 小さな発砲音が周囲に響いた。


 ほんの少しのズレも無く額に叩き込まれた銃弾が吠えていた人型を吹き飛ばした。

 ゴロゴロと地面を転がったそいつは大声に釣られて集まってきていた死者の集団に突っ込んでいったが、その死者達は足元に転がるそれに見向きもせずにフラフラとその場を徘徊している。

 やはり化け物の一種だったかと思っていれば、死者の群れの中から再びそれが立ち上がって足を引きずりながら近付いてくる。


 狙撃された額からは体液は全く流れておらず、傷一つない。

 妄執に取りつかれたようなほの暗い目が発砲した者を見詰め、その視線を向けられた者は冷たい汗が噴き出した。



「――――なんだあれは?」

「あ……明石さん……」



 隣に立った明石に声を掛けられて、彼は硬直から解放される。

 補強された窓枠から少しだけ身を乗り出して人型を眺めた明石が、眉を潜めながらも後ろに居た者達に手だけで戦闘準備をするよう指示を出した。



「そうか……貴様は取り合おウともしないのか……。命を救い、脅威を排除してくださった死鬼様に、何一つ報いる事無くあの方ノ元を去った貴様は……ドこまで行っても屑でしかなかっタのかっ……。こんなことであれば南部よリも先に東城を壊してしまうべきだった……」



 呟いた言葉は明石達には届かない。

 だが、泉北の方向性はもう固まった。



「……いいダろう、ならば害でしか無い貴様らは排除しよう」



 武力行使であの女を引きずり出す、それを行動に起こそうとして視界に見知った女の姿が映り込んだのに気が付いた。


 長い黒髪に、何処か浮世離れした雰囲気を持つ女。

 散り散りであった生存者達を纏め上げ、この地域における最大勢力を誇るコミュニティを維持し続けている、東城皐月という才媛が護衛も無く目の前に現れた。



「――――久しぶりね泉北」

「東城っ……!!」



 何処に向けているかも分からないぼんやりとした視線を泉北に向け、それを受ける人として半壊した泉北は口元をつり上げる。

 互いにこうなることを望んでいたわけでは無かったが、こうして正面から向かい合ったのは本当に久しぶりだった。


 彼女を追って慌てて飛び出してきた者達を東城が軽く手を上げて制止させ。

 周りで徘徊していた死者達が、建物から単身現れた東城に気が付いて動き出そうとするが、先に泉北が肥大化させた腕でそれらを引き裂く。

 お互いがお互いから視線を逸らすことは無い、その価値が他にないからだ。



「折角の貴方との会話だけれども、場所を移すのは難しそうね」

「ナに、以前は廃墟で共に過ごしていタ私達にとっては上等だロう」

「それもそうね、ところで貴方は随分体調が悪そうだけど?」

「問題は無イ。自ら選んだこトだ」



 何気ない世間話でもするかのように始まったその会話は、この場において彼ら以外には到底知り得ていない内容だ。



「その傷は死鬼にやられたのでしょう?」

「アあ、死鬼様の不興を買ってしまっタ。……それと様を付けロと何度も言っている」

「あの方は別に良いと言っていたもの、今更変えるつもりは無いわ」

「……まあ良イ、それよりも話があル」



 何処か早口でそう言って本題に入ろうとする泉北に、東城は口を噤んだ。



「“破國”が再びこコに向かってイる。戦力を整えて迎エ撃つ必要が出てきた」

「――――“破國”も死んでいなかったの? ……どこからそんな情報を」

「貴様らとは違い、私はあの化け物の動向を追っていたのだ。死鬼様から受けた傷はかなり深かったが、傷を癒やしているアレを見付けたからな」

「それで貴方は焦っている訳ね……ああ、繋がってきたわ。それで死鬼に責を押しつけるなと言うこと」



 かつてこの地域に“破國”という異形が侵攻してきた。

 かの異形は、この国の首都を陥落させたことから“破國”と名付けられた怪物である。

 もはや防衛機構が碌に機能しておらず、日々生き繋ぐので精一杯であった彼らではそんな存在に太刀打ちなど出来るはずも無く、何の抵抗もすることが出来ないまま怪物の侵攻を受けることとなったのだ。


 結果、まともにその化け物とやり合えたのは死鬼だけだった。

 それだけの話だ。



「死鬼が倒れ、“破國”が撃退されたのは結果論よ。あの方が私達を救おうなどと考えての行動では無い。どこにでもある、力を持った異形同士が争っただけのこと。人が何かを死鬼に押しつけた訳では無いわ」

「……本当にソう思っているのか?」

「……いいえ、違うわ」



 苛立ったような泉北の確認に東城は首を横に振った。



「一つの結果だけであれば偶然もあった。たまたま“破國”と争う形となっただけであれば、運が良かったで終わらせることも出来たのでしょう。けれど、それまであの方が積み上げてきた事実がそれを否定する」

「死鬼様が支配していルこの地域は多くの者が生き残ってイる。ここから離れた場所は比べもノにならないほど異形どもに破壊サれ、もはや生きている者がいるカどうか分からないほどだ」

「ええ、なら考えられる答えはまた違ったものになってくる」

「――――死鬼様は私達を生かそウとしてくレていたのだ」



 そして裏切ったのもまた人だった。


 口には出さないそんな言葉を二人は飲み込んで、睨む合うかのように対峙する。



「私達は同罪ダ。結果、自衛隊の動きを止めることが出来なかった。傷付いた死鬼様よりも破國を攻撃するだロうと言う根拠の無い自信があったことを否定できない。……私が悪い、最悪を考えラれなかったことも、死鬼様ならば無事であられルだろウと思考を停止させてイたのだ」

「……ええ、そうね」

「私は同じ轍を踏まナいっ……、私達は私達で未来を切り開くべきであり、これ以上死鬼様に頼り切るような間違いは犯すべきデは無い……! 死鬼様は拠り所であっても、道具などでは無いのだからっ……!!」



 泉北はさらに集まってきた死者達を一振りで引き千切ると、崩れた顔のまま叫び始める。



「死鬼様を討チ、自分たちの要求を無理矢理通した奴らは結局この一年なニもしなかったではなイかっ!! なにもしないならば何故あの時死鬼様を討った!? 自分たちが死鬼様に生かされていると知りなガら何故奴らはあのような愚を犯したのだ!? 過去に縋り続ける奴らはこれから先生きて行くには邪魔にしかならん! 死鬼様にとっても、人にとっても!!」

「――――……まさか貴方……」

「……東城、私ハやったぞ、“南部”を潰しタ。もはや貴様に残された道は私と手を結ぶことだけだ。手札はある、勝機はアる。残り少ない私のこノ命、思う存分利用するが良い」

「本当に南部の者達に……手にかけたの?」

「当然だろう!! 奴らは死鬼様を手にかけたのだ!! 何度あの方が人々を救ってきた!! あいつらが救わなかった命を何度すくい上げてきた!!? 救われた身である私達がっ……あいつらを許せるはずが無いだろう……!?」



 激昂していた泉北が変異した片腕を東城に差し出した。

 早く手を取れと言わんばかりの泉北に、東城は視線を迷わせる。


 南部が既に滅んだのであれば、この地域に残されたコミュニティは自分たちと“泉北”だけだ。

 ならばここはこの老人と協力し、迎撃態勢を構築するのがどれほど大切か理解できる。


 ――――だが、非人道的な行為に手を染めたこの老人と手を組むことが、どれほどの不信を買うことになるのかと東城を逡巡させる。


 ここは分岐点だろう、自分の今後を左右する大きな分かれ道。

 幸い後継は育てることは出来た、自分の目指すものを同じように目指してくれる者達がいる。

 自分がここで目先の利益・周囲からの自分の信頼を取り、泉北の協力を断ったからと言って、侵攻してくる“破國”の対策が出来なければこのコミュニティの全滅は逃れられない。

 泉北が用意している手札が何か分からないが、球根の“主”程度で苦戦を強いられた自分たちが、単独で“主”の中でも最強クラスであろう“破國”に太刀打ちできるとは到底思えなかった。

 だから、自分の立場が悪くなったとしても、この場で選ぶべきなのは――――



(……私がやりたいのは、私自身が生き残ることじゃなくて……)



 選ぶべき選択を決めて、泉北の手を取ろうと腕が動き掛けた。


 ふと、脳裏に昔の会話が蘇る。



『私はっ、人の世界を取り戻したいんですっ……! こんな希望もなにも無い現実を変える為にっ!!』



 伸びかけていた手が止まった。


 必死にひねり出した私の言葉を彼女が大声で笑ったのを、ついこの前のことの様に思い出す。

 馬鹿にされたと思った。

 下らないと笑われたのだと思った。

 私の夢は叶わないのだと嘲られたのだと後悔した。

 でも、それらは違ったのだ。


 知らず知らずのうちに緩んでしまった口元に気が付いて、東城は慌ててそれを片手で覆い隠した。

 眉を顰めた泉北に、ごめんなさいと言葉を掛ける。



「少し昔のことを思い出してしまったの。うん……そうね、私達は私達の力で立つべきよね。人の世界を再び取り戻そうというなら、それは当然よね……」



 異形である彼女に頼り続けていた自分たちが、人の世を取り戻すことなど出来るはずが無い。

 東城が思い描いていた夢は、到底叶うはずが無かったのだ。

 だから、これからは。



「そうダ!! だから貴様は――――」

「――――そう、だから私は貴方の手を取ることは無いわ」



 カチリと、懐から出した拳銃の照準を泉北の頭部に合わせた。

 目を見開いた泉北が何か行動をする前に、東城は引き金を引いた。


 再び銃弾を額に受けて、転がった泉北が憎悪に満ちた目を向ける。



「東城ォ、貴様ァ!!」

「馬鹿な人ね、南部を攻撃する前に私に声を掛けていればまた違った結果があったでしょうに。それをしなかったのは心の奥底では私を信用していなかったのでしょう? 選択肢を狭め無ければ、死鬼を裏切ったような私と再び手を組むことなど出来ないと」

「ッッ……! 聞け東城! 私達はある医者をコミュニティに招き入レた! 人を殺すこの感染菌に対スる特効薬を作り上げるこトが出来る者だ!! これがあれば破國に対する切り札となり得ル! 南部を攻め落としタことデ、不完全な特効薬をこの地域一帯に散布したアレを手中に収めることも出来た! 時間を稼ぐために戦力こそ失っテしまったが、まだ勝機はあるのだ!!」

「ええ、流石の手柄ね泉北。けれど罪の無い人の血で手を染めた貴方と組むことは出来ないわ」



薬物を拡散させるアレは確保した。

特効薬も開発させた。

時間を稼ぐための戦力こそ失ってしまったが手札はまだある。

 だからこそ、ここで東城の力を借りることが出来ればまだ戦えると判断したものの、それは目の前のこの女の予想だにしない回答によって覆された。

 愕然とした表情を浮かべる泉北に東城はさらに銃口を向けた。



「確かに私達人類はこれ以上無いくらい追い詰められているわ。食料も武器や資源にも限りがあって、碌に水だって飲めやしない。死者なんて言う化け物は町中にいて、私達よりもずっと強靱な異形なんてものは我が物顔で跋扈しているわ」



 動揺を隠さない泉北に対してさらに数発発砲を繰り返すが、変異した彼の身体にはまともなダメージが入っている様子は無い。

 それでも、東城はじっと彼から目を逸らさず、距離も取らず、諭すように語りかけ続ける。



「けれどね泉北、だからといってあらゆる無法が許されて、あらゆる道徳を捨ててしまったら、それはきっと人として終わってしまうから……私達はその一線だけは越えてはいけないのよ。人を導く立場にいる私達は……こんな世界だからこそ、それだけは守らなければならないの」

「死鬼様をっ……殺そうとしたような、あんな奴らをっ……だとっ……!?」

「ええ、そうよ。それが人の上に立っている私達の責任。自分の感情を抑え込んででも、私達は利を取らなければいけないの」



 すっと目を細めて、弾丸が無くなった銃を放り捨てる。

 相も変わらず傷の無い泉北が立ち上がり、近付いてくるのを見ても東城は一歩も後退りすることなくその場に立ち続ける。



「私は死鬼を裏切ったわ、そのことに弁明なんて在りはしない。私は人の世を取り戻すと言う夢だけを見続ける」

「……東城」

「けれど私は私の責任は果たすつもりよ。私が裏切ったことによって、貴方を追い詰めこんな結末を招いてしまったのならば。私が手をこまねいたせいで、こんなことになってしまったのならば――――」



 虚を突いて泉北の懐に飛び込んだ東城が、トスリと彼の首元に短刀を押し込んだ。



「――――私がせめて貴方の罪を背負います」

「カッ……!?」



 予想外の一撃に反応出来なかった泉北が、衝撃を殺しきれずに後ろにフラついた。

 赤黒い返り血で染まった両腕に見向きもせず東城は再度短刀を突き刺そうとして、明石の警告にその場を飛び退った。


 いつの間にか整然と整列していた銃器を持った者達が、辛うじて人型を保っている泉北目掛けて発砲した。

 銃弾の嵐があらゆる方向から放たれる。


 身を固くして銃弾を受けていた泉北であったが、流石にこれだけ多くの衝撃には耐えられなかったのか、強固であった身体が徐々に削り取られていく。

 削られた岩石のような皮膚が僅かに再生しようとする動きを見せるが、先にさらなる衝撃が傷口を深く抉りそれを許さない。

 ついには耐えることが出来なくなった泉北がその場に膝を着いたのを見て、東城は隣に駆けつけた明石から新しい銃を受け取りそっと変異した老人に向けた。



「とう……じょぉ……!」

「ごめんなさい。貴方の献身を私は羨ましく思う時もあったわ、けれど私は私の道を行きます……地獄でまた会いましょう」



 盲目に、狂信的に、ただひたすらに恩義に報いようとし続けた一人の老人目掛けて、東城は何の迷いも無く最後の引き金を引いた。



 乾いた発砲音が鳴り響いた。



 連続し続けていた銃撃の音がそれを境に止まる。

 削りきられた身体から流血する自身の血液に染まった泉北が目を見開いて動きを止めた。

 全ての者が呆然と言葉を失っていた。


 誰もなにも言えない中で、最初に口を開いたのは東城だった。



「……なんで……しきさま……?」



 そこには死鬼がいた。

 泉北が後生大事に仕舞い込んでいた、彼女が好んで着用していた着物をいつかのように身にまとった死鬼がいる。



「――――悪いが介入させて貰うぞ」



 銃弾と泉北の間に飛び込んできたその小さな人影が、飛来していた銃弾全てを吹き飛ばした。







 銃口をこちらに向けたまま、呆けたような顔をする女性を見る。


 東城皐月。

 何処か掴み所の無い、いつも虚空を眺めているような人が、今は色んな感情を抑えきれなかったかのような表情でこちらを見ている。

 驚きと、戸惑いと、恐怖と、それから隠しきれない喜びを含んだ顔で、何か言いたげに口を動かすがそれが言葉になることは無い。

 隣にいる明石はそんな彼女に気が付かないのか、警戒するようにこちらを睨み、直ぐにでも東城を避難させられるよう備えていた。



「しきさま……なぜ……?」

「……私の許し無く命を捨てるなど許さん」



 息も絶え絶えな泉北のお爺さんからの問い掛けにそう返すと、彼は顔をくしゃくしゃにして俯いてしまう。

 これが正しい答えだったのかは分からなかったが、どうやら彼にとっては納得できるものであったようである。


 正直、ほっとした。

 自分には明確な理由があってこの場に飛び込んだのでは無くて、何となく飛び込まなくてはいけないと思っただけだったから。



「死鬼、これはどう言うつもりだ!? 以前の助力は感謝するが、その行為は俺達との敵対を意味するぞ!」

「あら、なら貴方のその行為は私達との敵対の意思ということになるのだけど?」

「っっ!?」



 問い掛けに答えた女性へと弾かれたように向き直った明石が、水野の姿を捉え、その隣に立つ彩乃を見付けて息を呑んだ。



「明石秀作、コミュニティの者達に銃口を下ろさせなさい。私達は争いに来たわけじゃ無いわ」

「水野紗菜と南部彩乃だと……!? お前はこいつから攻撃を受けたのではないのか!?」

「……ええ、そうよ。死者はあまりいなかったけれど、負傷者は多かった。拠点が使い物にならなくなったから、南部というコミュニティは無くなったと捉えて貰って構わないわ」

「同時に私達は彩乃さん達を支援することにしました。私と死鬼様、そして元“泉北”の者達です」



 重たげな彩乃の返答に言葉を添えた知子が彼女達の先頭に歩み出る。

 後ろには多くの生存者達が、各々の荷物を持って彼らに追従していた。



「今ここに居るのは“南部”でも“泉北“でもありません。同じ共通の目的を持った、生きることを選択した者達の集まりです、明石さん」

「笹原知子……何なんだ。なんなんだお前達の集団はっ……?」

「決まっているだろう?」



 横から口を挟んだ俺を東城は周囲に見向きもせず、ずっと見詰め続けていた。

 探るような明石の視線を向けられて、それでも俺は余裕を崩さないように笑いを携える。



「――――対“破國”共同討伐戦線だ」



 見詰め返した彼女の黒曜石のような瞳が揺れた。


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