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消えぬ確執

「梅利さん!!」



 建物から顔を覗かせていた私よりも少し下くらいの女性が死鬼の姿を見付けるなり、笑顔で駆け寄ってくる。

 どうやら梅利の知り合い……いや、前に梅利が死鬼の振りをしていた時の一緒にいた女性か。

 隣にいる私や死鬼の頭から生える双角が完全に外気に晒されているのを見て、その女性は目を見開くものの、それでも梅利の無事を何一つ疑う様子がない。

 まるで親を見付けた子供のようだ、どちらかと言えば人では無く犬系統だが。


 少しからかってやろう、そんな悪戯心が鎌首をもたげたのだろう、死鬼の目が一瞬好奇に光った。

 死鬼が梅利に似せた優しげな笑みを作り、駆け寄ってきた女性を迎えるように両手を広げる。

 何の疑いも無く死鬼を抱き締めた女性が嬉しそうに破顔して、死鬼はそっと耳元に口を近づけた。



「ただいま……――――とでも言えば良いか知子?」

「……え? あ、貴方っ……!?」



 意地悪げな笑みを浮かべそう言えば、それだけで女性は状況を理解したのか、呆けた顔を絶望で歪める。

 一方で、死鬼は心底楽しいとでも言う様に声を上げて笑い始め、女性に言葉を突き付ける。



「くはは、残念だったな、主様では無くこの私。大嫌いな私の胸の中に、貴様は無防備にも自ら飛び込んできたのだ!」

「し、死鬼……? なんでっ……!?」



 抱き締めると言う、ある意味拘束とでも言える状態から逃げだそうと女性が暴れるが、人間のそんな抵抗など死鬼にとってはあってないようなものだ。

 ガッチリと両腕で拘束された女性は為す術もなく蹂躙される。

 死鬼からは逃げられない、割と昔からの常識である。


 しばらく女性をくすぐり弄んだ死鬼が、さらに子供でも持ち上げるように高く掲げ始めたので流石に不憫に思って声を掛けることにした。



「意地悪は止めなさいよ。まったく……早く後ろの人達を休ませたいんだから」

「ふん、少し遊ぶくらい良いじゃ無いか。余裕を持たないから脳筋だと言われるんだ」



 もはや泣きそうになっていた女性を下ろして、死鬼は何とか言うことを聞いてくれる。

 頬を最後に引っ張った死鬼が離れると同時に膝から崩れ落ちてしまった女性に慌てて肩を貸すが、彼女は心ここにあらずで、どうしよう……なんてブツブツと呟いている。

 恐らく梅利と親しい関係だったのだろう、確かにあの梅利が急にこんな奴に変貌したら誰だって動揺だろう。


人の気配に気が付いて前方を確認すれば、女性の他に接近してきていた者達が愕然とした面持ちで死鬼を見て動きを止めている。

 感激に震え崩れ落ちる者、涙を流して口元を抑える者と様々だが死鬼はそれらを面倒臭そうに眺めていた。

 何も言葉を掛けること無く、彼らの横を通り過ぎて拠点の中に足を踏み入れていく。

 それでも、祈るようにしている泉北の者達は動く様子が無かった。


 敷地を歩き、前を歩く死鬼を追い掛ける。

 広い場所を使っているのだと感心するが、こうして目的地が遠いと歩くのは面倒に思えてしまう。

 大聖堂という場所なのだろう、進む先にあるその建物を見て私は先を行く死鬼に質問する。



「あそこに何の用があるの? ここのトップは泉北の爺でしょう?」

「だが代理がいるだろう、そいつの協力を得て情報を取る。……爺が焦っていた理由と近付いてくる嫌な気配、何となく察しは付くが確証を得たい」

「し、死鬼。梅利さんは……?」

「知子、少し黙っていろ。主様はまだ大丈夫だ」



 扉を開け放つ。

 中に居た百を超える人の視線が一気に私達に向けられて、思わず銃を持った手に力がこもるがその視線の多くに子供が含まれていることに気が付き、銃を扱うのは止めることにした。


 攻撃されたときの為に中に居た集団に注意を向けていたが、圧倒的な存在感を示すものに気が付いてしまい、無警戒にもそちらを見てしまう。

 部屋の中央で鎮座する死鬼の姿をかたどった像が、聖母のような微笑みを携えて私達を迎えている。



「……何だアレ、馬鹿なのか?」

「死鬼……普段の態度が崩れてるわよ。ほら、もう少し頑張りなさい」

「い、いや、分かっているさ」



 言葉を詰まらせる死鬼にちょっとだけ同情する。

 自分が知らないうちに、あんな像が建てられていたら恐怖を覚えるのは当然だろう。

 と言うか、精巧過ぎて気持ち悪いレベルな作りなのも相まっている。



「し、死鬼様?」

「本当に、死鬼様なの……?」



 死鬼の姿を確認してこの場に者達がざわめき立つ。

 彼らの中から、過去にあったコミュニティ同士での会合で見たことのある水野という女性が慌てて向かってきた。


 確か、泉北の爺と同様狡猾な女だった。

 腹芸を得意としていて、死鬼に心酔する度合いで言えばトップクラス。

 とある異形が餌をまとめて集めていた場所に連れ去られたのを、死鬼に救出されたのだと耳にタコが出来るほど聞かされたものだ。



「死鬼様!? その後ろの者達はどうされたのですか!?」

「色々経緯があった。幾つか聞きたいことがあるのと、確認したいことがある」

「それは――――」



 水野の表情に疑問に満ちる前に、死鬼の二本の白く細い指先が彼女の胸元に突き付けられる。

 ちょうど心臓部、鎖骨の下辺り。

 人の生命活動に必要な臓器が存在する場所に銃口のような指先が突き付けられている。


――――死鬼がほんの少しでも力を込めれば、水野は為す術もなく貫かれるだろう。


 水野の額から冷や汗が吹き出した。

 


「よくもまあここまで腐ったものだ。私はいつだって言ったはずだ、不快であれば破壊してやると」

「し、しき……さま」

「爺一人に何をやらせている。貴様らはここに籠もって何をしている。生きるつもりが無いならばここで死に絶えろ」

「わ、たしは……も、もうしわけ、ありません……」



 見えない圧力に圧迫されたかのように意識を朦朧とさせ始めた水野から指先を離し、うずくまって咳き込み始めた彼女を置いて死鬼は震えている者達の元へと足を進めた。


 先ほどまで私の隣をついて回っていた少女とは同一人物に思えないほどの怒気をバラ撒いて、纏まって震える集団を睨み付けている。

 そこには大人もいる、老人もいる、男よりも女が多い。

 だがそれよりも子供の姿が目について、この集団の余裕のなさがよく分かる。

 死鬼がその集まりの元へと辿り着けば、小さな子供達は恐ろしさのあまり泣き出して、近くにいた大人はそれを守るように抱き締めて。


 そして彼らは祈るように頭を下げた。

 逃げるわけでも無く、懇願するわけでも無く、頭を垂れて死鬼の裁定を待つ。

 命を投げ出すような彼らの姿に、慌てたのは私だった。



「っ……、死鬼止めなさい! 子供がいる、その人達に手を出さないで!」

「ほう? 彩乃貴様、自分の知り合いが多く殺されて、実の父親が命を落としたというのにそんなことを言えるのか?」

「それはっ……また別の話でしょう……!」

「別では無いさ、私はコイツらの行動が気にくわない、お前も同じだろう。そも、ここから先に話を進めるためには決着を付ける必要があるだろう」



 決着。

 それは、私達のコミュニティを襲い死者や負傷者を出し、私達のトップである父親を殺めたということに対する代償。

 危害を受け失ったものがある私達の激情を、納める場所を決める必要がある。



「憎らしくは無いのか? 恨めしくは無いのか? この場でコイツらに手を下しても構わないぞ。私が見ていてやる、好きにするが良い」



 死鬼の言葉に血が上る。

 気が付けば私は銃口を死鬼の後頭部に突き付けていた。

 そんな私の行動にも、彼女は興味深そうに私を見るだけだ。



「何のつもりだ」

「――――ふざけないで。それ以上は言うな」

「くく、引き金を引かないのか? 以前は躊躇一つしなかったのに?」

「……今の貴方を敵だと割り切れてない。少なくとも、私は好感を持っている。……それに、貴方の発言を間違っていると言い切れない。だから、今は引くことはしない」

「……そうか」



 腕を組んで一つ頷くと、死鬼は一歩横に動いて道を作る。


 そこまで言うならお前が決着を付けろ、まるでそう言う様なこいつの視線。

 退いた先にいる恐怖を帯びた子供達の視線。

 背中に刺さるようなお父さんを慕っていた者達の視線。


 ずしりと、両肩に重い何かがのし掛かった。



「わ、私は……」



 狼狽した声が漏れた。

 思わず振り返ってしまった先に、背負われている動かなくなったお父さんの冷たい顔がある。

 喧嘩ばかりだったあの人との関係だったが、今思えばそれらも嫌いでは無かったのだ。

 ほの暗い感情が芽生え始めたのを自覚する。


 握りしめた手のひらが汗を掻く。

 どうするべきなのか、どうしたいのか。

 混乱する頭の中が、いつまで経っても纏まることは無かった。



「お前が決められないなら私がやろう。私は、どちらでも構わない」



 痺れを切らしたのか、押し黙っていた私に対して死鬼はそんな提案をしてくる。

 睨むように死鬼へと顔を向ければ、推し量るように私を見続けていた筈の彼女は、いつの間にか眉尻を下げて微笑んでいる。


 いつも隣で脳筋だと馬鹿にするくせに、ずっと信じて一緒に歩いてくれるアイツと、一緒の表情をしているのだ。



「……けれどなんだろうな。なんとなくだが……お前が何を選ぶのか、分かってしまうな」



 諦めたように、仕方無いものを見るように。

 アイツはそう言って、いつだって背中を押してくれた。



「――――仕方ない、私はいつも通りお前に付いていくさ。お前一人は不安だものな」



 混ざり合ったようなそんな言葉で、迷いが消えた。

 私が選ぶべきだったのは、元々一つしか無かったのだ。

 きっとこうやって背中を押して貰えるだけで、私は先に進めるんだろう。



「……聞いて、ください」



 呼吸を整える。

 これからすることが正しいのかなんて分からない。

 不安ばかりが頭を過ぎるくせに、手先だって震えるくせに、それでもやらなければならないと思う。



「私の名前は南部彩乃。父であり、“南部”における総責任者であった南部玄治の娘。そして今この場所に置いては、総責任者代理として立っています」



 辺りをゆっくりと見渡した。

 この場に居る者達全てが顔を上げて私を見ている。



「“南部”と“泉北”には埋められぬほどの溝が存在していることは承知しています。“泉北”が命を救われ、慕っていた“死鬼”への自衛隊による攻撃が、貴方達に多くの苦悩や犠牲を出したことを充分私は知っていて、自衛隊という組織が崩壊して“南部”というコミュニティになってもその怒りが収まるはずが無いことも理解しています。そして、貴方達のその感情を知りつつも、何の対処もしようとしなかったのも確かに私達なんです」



 死鬼の討伐。

 この地域に住まう者にとっての悲願、いや一部の者達を除いた、死鬼に恐怖しか抱いていなかった者達にとってのその悲願は結果として多くの者に不幸を撒き散らし、死を呼び込んだ。

 あれは間違いであった、なんてことは、多くの犠牲を出して成し遂げたものが言えるはずも無く、ずっと反対を表明していた“泉北”の者達に対して謝罪することも出来なかった。



「認められないでしょう。神とさえ言って慕っていた者に対する攻撃を敢行し、あまつさえこの地域に攻め込んだ“破國”を撃退したばかりの“死鬼”に対して行った非道な行いを。彼女に多くを救われた貴方達は認めることが出来ないでしょう。そうして重ねていった憎悪が生んだのが、先ほどの襲撃だった」



 重なり続けた憎悪が、行き場を無くして牙を剝いた。

 結局、まとめてしまえばそれだけだったのだ。



「私達は貴方達に攻め込まれました。理不尽にも思える強襲で、多くの人が命を落とし掛け替えのない人達を失うこととなったのです。事情があったのかなんて知りません。喧嘩ばかりだったけれど決して嫌いでは無かった父親が動かなくなり、恨みが無いとも言えません。手放しに貴方達の行為を全て許せるほど、私達は聖人ではありません」



 “南部”で生き残った者達が頷くのが分かる。

 復讐の対象が目の前にいるのだと、怒りに震えているのが分かる。

 復讐させろと多くの者が視線で訴えてくる、その怒りをぶつけさせろと言外に示してくる。


 でもそれを私は許さない。



「許すことは出来ない。この先も貴方達を許すことが出来る日は永遠に来ないかもしれない。命を奪った今の貴方達は仇であり、恨むべき相手でしかない……けれど、私達はこのまま殺し合うべきでは無い。そう思うのです」



 憎らしげに睨み付けられるような感覚があらゆる方向から向けられている。

 お互いに矛など収められるはずが無いだろうと思っていても、こうしなければならないと、私は何処かで確信しているのだ。

 だから、口を動かすのを止めることなんて出来ない。



「過去を水に流すこと何てお互いに出来ないでしょう、私もそれをすると言い切ることは出来ません」



 崩れ落ちていた水野という女性が立ち上がりこちらに歩いてくるのを見て、そちらに身体を向けた。

 相対して、ゾッとするほどの憎悪を身に浴びて、それでもこの場に居る者達全てに聞こえるように言葉を続ける。



「――――それでも私達は協力するべきで、手を取り合うべきです。悔恨を残したままではまた同じようにすれ違います、清算させ切ることは出来なくとも歩み寄ることは必要なんです。私達は過去を生きている訳ではなく、今を生きて未来に進んでいるのだから」

「……私達が貴方達のことをどんな風に考えていようとも変わらないと?」

「ええ、それでも」

「貴方以外の“南部”の者達が納得していなかったらどうすると言うの?」

「総責任者であった父はもういません、代理として私が発言するのは間違いではなく、その反感は全て私が甘んじて受けましょう」

「……貴方は……」



 じっと視線を合わせていた水野が、少ししてようやく顔を俯けて自嘲するように笑った。



「貴方は……強い人なのね……。若い貴方がそう願うなら、私がとやかく言えるものでは無い、か……」

「これから先、コミュニティは不要です。“南部”も“泉北”も“東城”も、バラバラでは生きていけません。私達は一つの意思となって歩むべきです」

「……つまらない意地の張り合い、そんなものをしてきたせいでバラバラになった私達は見る方向を間違ったのね」

「ええ、だからこれからは同じ方向を……全く同じとは行かないでしょうけど」



 手を差し出す。

 水野はぼんやりと差し出した私の手を眺めていたが、少ししてから迷うようにゆっくりとその手を取った。

 “泉北”と“南部”、二つのコミュニティによる長い確執を納めていくためのはじめの一歩を踏み出した。



「ここを転機としましょう、ここから私達は始めるべきです」



 未だに迷いを滲ませていた水野の視線が彷徨って、隣でこちらを窺っていた死鬼に辿り着いた。

 心底楽しそうに二人を見詰める死鬼の姿をその目で捉えて、ようやく迷いを打ち切った彼女は繋いだ手を力強く握りしめてきたのだった。







 あれから“泉北”が得ている情報を聞き出し、この場所を休憩場所として借りることが出来た。

 “泉北”の攻撃により命を落としてしまった者達の亡骸を感染しないように処理をして弔うことも出来た。

 こうして拠点を失った私達からすれば亡骸を弔え、休む場所も提供して貰えたのはこれ以上無いほどの好条件であるのだが、失う原因となったのが“泉北”と考えると素直に感謝をしにくい状況なのだろう。

 “南部”の生き残った者達がそれぞれの傷を癒やしつつも、何か言いたげな眼差しで私を遠目に見詰めている。

 

 既に考えは彼らに伝えた。

 これから先お父さんを失った私達が進むべきだと思う道をしっかりと彼らに話した。

 恨みに恨みを重ねて行けるほど、私達に余裕があるわけでは無く、この機会を逃すことは出来ないのだとしっかりと言葉にして伝えたのだ。

 それでも彼らが納得できないと言うならばもはやそれは私の範疇では処理できない、好きにして貰うしかない。


 今なお、これで良かったのだろうか、なんて不安が頭を過ぎる。

 もっと上手くやる方法があったのでは無いか、このまま進んでも争いは無くならないんじゃ無いか、そんなことばかり考えてしまう。

 じっと一人大聖堂の長椅子に座り顔を俯けて自問自答を繰り返していれば、“泉北”の子供達に囲まれ話し掛けられていた死鬼が小さな子達を振り切って寄ってきた。

 ……やけに嬉しそうな気配を滲ませている。



「彩乃、立派だったぞ。疲れたなら横になって休め、私が見ておいてやる」



 労いの言葉を掛けてきた死鬼に対して手を振って必要ないと答えれば、死鬼はそうかと呟いて隣に腰掛けてきた。


 “泉北”と“南部”。

 交わることが無いとさえ思っていた二つのコミュニティが、死鬼という両方の根幹に深く関わる異形の立ち会いの下協力することとなった。

 想像さえしていなかった事態だ、話が通じるなどどちらも考えてすらいなかった。


 機会も切掛けも、舞台さえ作ってくれたのも隣にいる死鬼だった。

 こいつが隣にいなければ、恐らく水野という女性も私の手を取ることはなかったのだろうと思う。



「……ありがとう。貴方が隣にいてくれて本当に良かった」

「お前が私に感謝するなんてな。……気にするな、人間は嫌いだがお前らが何とか力を合わせて生きようとする姿勢は好ましいと思っている。先ほどの貴様の口上は……ああ、私を楽しませる良いものだった」



 なおも寄ってきた泉北の小さな子達を手であっち行けと追い払いながら、死鬼は感慨深げにそう言って口元を緩めた。

 ……喜んで貰えるのは良いが、なんだかそれだけの為にやったと思われるのも癪だ。

 きちんとそれについても言及して置こうかとして、梅利のことを思い出す。

 なんだかこいつが梅利に似通っていて、梅利自身と話している感覚が拭えなかったから頭から抜け落ちていた。



「貴方を楽しませるためにああ言ったんじゃ無いけど……まあ、良いわ。それより梅利はどう言う状態なの?」

「ん、そうか。そろそろ不味いかもしれないな」

「……は? 不味いってどういうこと?」

「まあ待て」



 そう言うと死鬼は遠くでこちらを窺っていた眼鏡を掛けた女性を手招きして呼び寄せる。

 警戒するような空気をまとったままゆっくりと近付いてきた女性だったが、まどろっこしいと手首を掴んで引き寄せた死鬼が悲鳴を上げる彼女の頬をいじくり回し始めた。

 梅利と彼女の関係は知らないが、死鬼と彼女の関係は、気になる子に意地悪してしまう男子小学生とその相手のようなものだと理解しておくことにした。



「では私が今やらなければならないことは大体終わったからな。そろそろ主様に戻ることにしよう」

「え、切り替えってそんなに簡単に出来るものなの? 私貴方のその状態についてよく分からないのだけど」

「っっ……死鬼っ! どれくらいの猶予があるのっ!?」

「そうポンポンと切り替えられるものでは無い。猶予は……そうだな、一日持てば良い方かもしれない。それに段々強固になっているんだ、壊すのも一苦労なんだぞ」



 涙目で頬をいじられていた女性が弾かれたように質問し、死鬼はそれに答えた。

 その内容を今の私は理解することが出来なかったが、何となく嫌な回答であるのだろうと、歪んだ女性の顔を見て思う。


 二人の会話についてより詳しい説明を求めるために死鬼に言い募ろうと視線を向けるが、彼女はいつの間にか自身の片角を両手で握り、息を整えていた。

 何をするつもりなのか、そんな疑問を口が言葉にする前に、視線を私達に向けた死鬼が眠る前の挨拶でもするかのように口を開いた。



「――――では、主様を頼むぞ。私は少し、眠るとしよう」



 恐ろしいほどの力を込められ、握り締められた角が砕け散る。

 ゆったりと眠るように脱力した死鬼の身体は私にもたれ掛かり動かなくなった。


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