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生は人を繋ぐから

いつもありがとうございます!!

これからも宜しくお願いします!!


 あの球根の怪物“狂乱”の主との戦闘で出会った、死鬼に似た異形を私はずっと探し続けていた。

 コミュニティの居場所を捨てて、食料や武器と言ったものを全て投げ出して、唯一の肉親である父親と袂を分かってでも私は一つの希望に縋り付いた。



 死鬼に対して好意的な感情を抱いているわけでは無い。

 異形なんて全部同じで、全て滅ぼすべき対象としか考えていなかった私がアイツに特別な感情を抱く事なんて有り得なかった。


 自分達が身を寄せるこの地域において最強を誇る死鬼はさながら目の上のたんこぶで、武器を持ちそれなりに安定した暮らしが出来るようになった者達は何とか討伐しようと試みていた。

 私もその例に漏れず、失敗を繰り返した一人だ。

 アイツ単体を討伐しようと行動したことは無かったが、出会う度に襲い掛かり、その度に返り討ちに遭っていた。

 少女の様な姿をしたアイツに私は何度も苦汁を舐めさせられた。

 呆れたような顔で倒れ伏す私を足蹴にしてきたことを私は絶対に忘れないが、所詮はその程度。

 ……だから一年前に死鬼と破國が争い、初めて重傷と言える負傷をした死鬼に追撃したお父さん達を“泉北”の狂信者達や“東城”の姫様が声を上げて批判したとしても、私は特に思うところは無かったのだ。


 どれだけその異形が人を救おうが、どれだけその異形が人の為になっていようが、私は異形に対して特別な思いなど絶対に抱かない。

 私の大切な人を奪ったあいつらを、私は絶対に許すつもりなんて無い。

 これから先、どれだけ時を経ようともそれを変えるつもりなどなくて。

 私がこの命を終えるその瞬間まで、変わることが無いのだと確信していた。

 けれど、あの時……私へ襲い掛かる攻撃から身を挺して守った、死鬼に似たなにかに対してだけは違った。


 何もかもが違うはずの異形の姿が、もう居ないはずの幼馴染の姿に重なった。

 それだけで、私が自分の全てを賭けるのに迷いなんてなかったのだ。







「――――っっ……!!」



 振り抜かれた砲弾を銃器の側面を押し当てて受け流したが、衝撃を殺しきれなかったのか痛みを耐えるような息遣いが彩乃から漏れた。

 完璧に近い力の移動による回避でなお、脆弱な人の身では大きな負荷となる化け物の攻撃は、止まる事無く連続する。


 紙一重。

 その起こされる攻撃動作全てを、生死に関わらず身体機能に障害が残らない的確な回避を繰り返し、彩乃は何とか生存の糸にしがみつき続ける。


 だが、それもいつまで持つか。



 生物としての格が違う。

 誰の目から見てもそう言わざる得ないほどに、彩乃と角の化け物の身体能力の差は歴然であった。

 平均的な成人男性に比べても南部彩乃という鍛え上げられた女性の身体能力は遜色ない。

 それどころか、同年代の同性と比べてしまえば、トップアスリートとして名を上げてもおかしくないほどに高い彼女の能力を思えば、根本的に角の化け物が人間単体で戦える相手でないというのは明らかなのだ。


 生物としての作りが異なる。

 戦えるようになんて出来ていない。

 それは、鼠が猫に勝てないように、虫が鳥に勝てないように、捕食される側が捕食する側に勝てないように、生き物の生まれついた形として存在している格差。

 そんなものすら目の前の光景は抱かせた。


 人は異形に勝つことが出来ない。

 いつか自ら命を絶った権力者の、最後に吐いた言葉が嫌に明瞭に思い出された。



「……彩乃を、助けないとっ……!」



 人が異形に勝てないのなら、俺がやるしかないではないか。

 もはや自分の意思では立つこともままならず、力を込めても身体は検討違いの方向に転がるばかり。

 足で立ち上がるのを早々に諦めて、腕を使って地を這いずる。

 目指した先はあの化け物を操るお爺さんの元だった。



「お願いだっ、あの角の化け物を止めてっ……! 俺はもうどうなっても良いからっ、彩乃だけはっ……!!」

「……と言いましても。あの女性の目は虎視眈々と私を狙い澄ましておりますよ。私が一瞬でもアレを止めれば、それこそ私の命を取りに来るほどに」

「彩乃は……俺が説得するから……。だから、お願いだ……」

「ふむ……貴方様がそう言うなら、それはやぶさかでは無いのですが――――」



 銃声がお爺さんの言葉を遮った。


 虚を突かれたようにお爺さんと共に音の発生源へと視線を向ければ、彩乃の持つ銃口から煙が上がり、攻撃していた化け物は衝撃で宙に浮かび上がっている。

 吹き飛んだ角の化け物に、さらに地を走るかのような動きで肉薄した彩乃は至近距離で手に持つ散弾銃を続けて発砲した。

 角の化け物の肩口を銃弾は正確に射貫き、化け物の片腕が千切れ飛ぶ。


 絶対的な優位を保っていた筈の角の化け物は地を転がり、劣勢だった彩乃はそれを見下ろしている。

 殺しきれなかった攻撃の余波で受けた傷口が幾つもあり、ろくな手当もせず血を流しながらも彼女は二本の足で立ち続けている。



「……固いゴミにも柔らかい部分はあって、間接の付け根なんて言うのはその代表的なものの一つ」



 ほの暗い輝きを持った双眸が、片腕を失った角の化け物を睥睨する。



「速くて固くて一撃を貰えば生死に関わる、そう言うゴミどもを私は何体も倒してきた。私よりも能力が高いなんて当然よ。私は人間で、コイツらは異形――――それでも私は今まで勝ち続けてきたわ」



 誰に向けたか分からない言葉を、攻撃の手を緩めず、油断の一つもせず、無慈悲に倒れ伏す化け物を処理しながら、つぶやき続ける。

 銃弾の装填を素早く行う。

 あまりに早く、あまりに滑らかなその動作は化け物の攻撃する隙となり得ない。

 再び銃弾で化け物が立ち上がれないように、動きを射止め続ける作業が始まる。



「南部のハンターが貴様かっ……! 聞いているぞっ、不敬にも死鬼様に何度も食って掛かった女がいると!!」



 跳ね上がってきたもう片方の腕をさらに接近する事で躱して、彩乃は化け物の足の付け根に銃口を押し当てる。


 今度は片足が吹き飛んだ。

 立ち上がろうとしていた化け物のバランスが崩れ、それの残った片手を掴むと彩乃は一本背負いの要領で自分の倍はある化け物を投げ飛ばした。

 まるで赤子の手を捻るかのように、化け物の行動を一つ一つ丁寧に潰していた。


 戦慄する。

 彩乃が一転して化け物を圧倒し始めたことに息を呑んで、彼女のあまりに冷たい目付きに背筋が凍った。


 不意に彩乃がこちらに視線を向けた。



「――――それも織り込み済みよ泉北の爺」



 懐から引き抜いた小さな拳銃をお爺さんが発砲する前に、彩乃が俺の落とした自動小銃を蹴り上げて銃器を持ち替える。


 お爺さんの持った拳銃よりも早く、自動小銃の発砲音が連続する。

 手にしていた小さな拳銃を弾き飛ばし、幾つもの銃弾がお爺さんに突き刺さった。

 片膝を着いたお爺さんを見詰めて、彩乃は鼻で笑う。



「そうでしょうね。それらを操れる貴方が普通の人間のままな訳がないものね」

「……小娘が、やるでは無いか」



 血液が流れていない。

 突き刺さったはずの、銃弾による傷跡が何処にも見当たらない。

 黒い毛皮のコートによって見えなかった腕が盾のように広げられ、彼の身を守ったからだ。


 その腕は人間のものではない。

 身の丈に合わぬ、これまで戦ってきた巨人のものに似た巨大な腕がそこにある。



「その代償は大きそうね。貴方はいつまで貴方でいられるの?」

「……」

「まあ、どうでも良いのだけど」



 押し黙ったお爺さんから視線を切って、今度は俺を見た。

 責めるような視線が俺をつつく。



「……梅利」

「は、はいっ!!」

「私を信用してそこに居なさい」

「了解しました……!!」



 俺がそう言えば彩乃は、背後から飛び掛かってきた角の化け物の攻撃をしゃがんで回避する。


 異形に人は勝てない。

 人の形を保つ死者とは違い、その個体の最適な形に変質した肉体は、生きている人間に比べて圧倒的な性能を誇るからだ。

 その肉体はあまりに固く、人間とは比べものにならない速さを持つ。

 さらには、夜目や昆虫のような機能、怪力と言ったものまで持つ異形に対して、人間は大きく差があるからだ。

 銃器を使い、科学兵器を使い、それでもなお敗北するほどの差が、そこには存在しているのだ。

 目の前もこの戦いも、条件は何も変わりない。


 その筈であるのに彩乃はまた化け物を圧倒する。


――――でもそれは、当然なのかもしれない。

 

 長年、彼女は戦い続けてきた。

 憎しみを糧に、傷付くのもいとわず、命を掛けて戦い続けた。

 多くの死線を越え続けて、痛みや恐怖を乗り越え続けて、異形との戦闘を経験し続けた。

 彼女が積み重ね続けたそれらは決して軽んじられるものでは無く、備わった戦闘技術はその才能もあいまって超人的なものへと至らしめられたことだろう。

 異形を刈り取る者、いつしかハンターと呼ばれ恐れられるまでに磨き上げられた戦闘技術に、所詮まがい物でしかない角の化け物が叶う筈が無いのだ。

 

 自分の身を削るようで、それでいて合理的なまでに無駄を切り詰められた回避行動。

 正確無比なカウンターは的確に相手の行動の選択を奪い。

 決して自滅するような無理をしない戦闘を継続できる判断力は、確実に化け物を追い詰める。



「馬鹿な……、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!!?」



 四肢を捥がれた化け物が倒れ伏し、その頭を踏みつけた彩乃の姿を見てお爺さんが吠えた。

 鬼気迫る表情だった、信じられないものを見るような表情だった、だが何よりも信じたくない言う方が正しいような表情だった。


 冷たい目が吠えたお爺さんを射貫く。



「私の勝ちよ。私は、屑どもが息づくのを許さないわ」



 化け物の首元に押し当てられた銃口は、何の慈悲も無く最後の一撃を撃ち出した。


 化け物の動きが完全に停止する。

 もう、唸り声一つ上げない骸となる。

 それを泉北のお爺さんは呆然とした表情で見詰めていた。


 彩乃が服の裾を引き千切り自分の血が溢れている傷口に巻き付けながら、こちらに向かってくる。

 泥だらけの服を払い落としもしないその姿は、微塵もお洒落に興味を抱くことの無かった以前の彩乃らしくて、安心感のままに笑ってしまう。

 彼女の視線が俺に向けられた。



「……彩乃、お前……」

「随分可愛い姿ね梅利、嫉妬しちゃうわ」

「はっ……お前はなんにも変わってないな、もう少し――――」



 それより先を言う前に、目の前まで辿り着いた彩乃に抱き締められた。



「……彩乃?」

「…………」



 背中に回された手が震えている。

 力加減が出来ていないのか妙に圧迫感を感じる。

 文句の一つでも言おうかと思ったが耳元にある彼女の鼻から啜るような音が聞こえて何も言えなくなってしまった。

 少しだけ逡巡して、代わりに重い腕を動かし彼女の背中に回せば、ピクリと何かに怖がるかのように彼女の肩が震えた。

 それでも、最後は擦り寄るように頬を寄せてきた彼女の体温を感じる。



「もう……会えないって思ってた……」



 ポツリと、色んな感情が込められたそんな言葉を呟いて、さらに力を込めて俺を抱き締めた彩乃はようやく体を離す。


 彩乃の潤んだ目と視線が交わる。

 ボロボロになった幼馴染の姿が目の前にある。

 以前と変わりない頭二つ分高い身長は見上げなければ顔すら見ることは出来ず、彼女の身体の何処に視線をやっても怪我をしていない場所を見付けるのは難しくて、どれだけ彩乃が無理をしていたのか分かって歯噛みする。


 彩乃は少しだけ赤くなった鋭い目元を隠すように、未だに動揺から抜け出せていないお爺さんへ視線を向けると手に持った銃器を構えた。



「泉北、私は人であろうと異形であろうと敵であれば躊躇無く引き金を引く。ここまでやった以上貴方は私の敵でしか無い。私と貴方は敵対するしか道は残されていないわ」

「……馬鹿な……馬鹿な、人の身で異形を倒す……? そんな事は、有り得ない……。いやそれよりも、角持ちを2体も失ってしまった……これでは……戦力が……」

「……話し合いの余地は無い、この場で消えろ」


 

 俯いてブツブツと何かを呟いているお爺さん目掛けて引き金を引く。

 連射された自動小銃は寸分違わず俯いたままのお爺さんの頭部に吸い込まれていき、まともに銃弾を受けたお爺さんは為す術もなく後方に転がっていった。

 何の抵抗も無く銃弾を身に浴びたお爺さんに、眉をひそめた彩乃は警戒しつつも倒れて動かないお爺さんの元へと歩いて行く。


 なんとか動けるまでに回復したのか、やっと立ち上がることが出来た俺が彩乃の後を追おうと武器を探すが、俺が落とした銃は彩乃が持ってしまっていて使えない。

 無いよりはマシかと化け物の砕いた角の先端を短刀代わりにでもしようと拾い上げて、お爺さんに近付いていく彩乃を追い掛ける。


 ある程度の距離を開けて、銃を仰向けに倒れるお爺さんに向け続ける彩乃が声を掛けた。



「まだ息があるでしょう? 異形なんて操るような貴方があの距離での銃弾を数発受けた程度で素直にくたばる……そんな訳ないものね」

「……」

「下手な芝居は止めなさい、私は気が長いわけじゃ無いの」

「……」



 何の反応も示さないお爺さんへと、彩乃はまた数発発砲した。

 命中したお爺さんの身体は衝撃で跳ね上がる。

 けれど、抵抗する素振りすら倒れ伏すお爺さんは見せなかった。

 それでも銃を下ろそうとしない彩乃の姿に不安を覚える。



「……彩乃、これ本当に生きてるのかな?」

「恐らく生きてるわ、この爺は狡猾だから隙を見せたら駄目。一気に食らい付いて来る毒蛇みたいな奴なの」

「随分……無抵抗のようなんだけど……あ、でも俺も死んだふりは良くやってたから、そう考えると警戒しないとか」

「へえ、死んだふりをよくやってたの。あとで話を聞かせて欲しいわね」



 銃を一つ貸してと言うと、彩乃は散弾銃の方を渡してくれた。

 散弾銃なんて使ったことが無かったから、どう使えば良いのかと俺が色々いじっていれば彩乃はさらにお爺さんに追撃を加えていく。

 躊躇は無い、絶対に奇襲を許さないと何度も攻撃を加える彩乃は冷たくお爺さんを見下ろしている。

 けれど何度弾丸を撃ち込んでも反応一つしないお爺さんに、ついに痺れを切らした彩乃がさらに距離を詰めようと歩を進めて。



――――異常に気がついた俺が彩乃の襟首を掴んで後方に飛んだ。



 屋上の地面が全て砕け散る。

 巨人の腕が何本も下から地面を貫いて突き出された。

 視界に入ってきただけで数十にも上る巨人の群れが、真っ白な目を俺達に向けて飛び掛かってくる。



「彩乃っ!!」

「まだこんなに居たのっ!!? 場所が悪すぎるっ、一旦ここから離れてっ……!?」

「――――随分痛めつけてくれましたね。年寄りは丁寧に扱うものですよ」



 巨人の群れの中心に居るお爺さんがゆっくりと立ち上がる。

 お爺さんが血の流れていない顔を俺たちに向ければ、貫通していなかった銃弾が力を失って地に落ちていく。

 傷一つ無い、好々爺然とした笑みを浮かべるお爺さんの顔が俺達に向けられている。



「ええ仕方ありません、全てを得るのは諦めましょう。総力を持って、貴方達を潰させて頂きます」



 そう宣言したお爺さんの背後から、角を持った巨人がさらに二体飛び出してきた。

 逃げ場のほとんどを潰された俺達目掛けて、一直線にその豪腕を振り抜いてくる。



「っっ!! 梅利っ、飛ぶわ!!」

「飛ぶって……!?」



 何の逡巡も無く、彩乃は俺の手を取って屋上の縁から外に飛び出した。


 身体が宙に投げ出される。

 下を見れば、地面までは建物5階分の高さで下には特にクッションになりそうなものは無い。

 俺は大丈夫でも、彩乃は絶対に無事ではいられない。



「ばっ、ここからどうするのさ彩乃!!?」

「衝撃を流すように、転がるように地面に着地すれば何とか……!」

「もうっ、この脳筋がっ!!」



 鉤付きロープを取り出して、建物の窓に投げつける。

 綺麗とは言えないものの、何とか窓枠に引っかかった鉤で一瞬だけ落下が止まるものの、それは上から俺達を追って落下してきた巨人達に引き千切られて無意味に終わる。

 屋上を見上げれば数十にも渡る巨人達の群れが滝から流れ落ちるかのように、視界全てを覆い尽くす。


 万策尽きた。

 もう本当に俺が持っているものは銃と、先ほど短刀代わりにと拾った巨人の角の先端しか無い。

 彩乃の言うとおり転がるように衝撃を殺すしかないかと、引き攣った表情で近付いていく地面を見詰めれば、手を繋いでいる彩乃が俺の方を見た。


 くしゃりと、柔らかい笑顔を浮かべてそっと口を動かした。



「……梅利、大好きよ」



 諦めたようにそんなことを言った彩乃に俺は息が止まる。


 判断は一瞬。

 天秤が傾くのもまた、一瞬だった。



「……俺も彩乃が大好きだよ」



――――俺は今、どんな風に笑えているのだろう。


 瞳が揺らいだ彩乃の顔を見て、そんなことを思う。



 何の迷いも無く、手に持った巨人の角の欠片をかみ砕いた。

 目を見開いて俺の名前を叫ぶ彩乃を視界に留めながら、急速に暗くなっていく意識の中で俺はただ一心に願う。


 祈るように、切望するように、懇願するように言い聞かせる。

 彩乃を救って欲しいと、彼女に願う。



「――――あはっ、あはははははははっ!!! 任せるが良い、主様ぁ!!」



 鬼が狂喜に吠えた。



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