望まれたもの或いはそうで無いもの
俺があの医者に会ったのは、この身体になって感じていた違和感も無くなった頃の事だった。
日課にであった町中の徘徊をしていた時、ふと見掛けたのが廃墟となった病院で。
食料なんて無いんだろうと思いながらも、治療用で使えそうなものを探そうなんて安易な考えで、その病院内に足を踏み入れた俺は直ぐに失敗を悟った。
外をうろつく奴らよりも数段厄介な異形達がそこら中に巣喰い、縄張りに入ってきた俺に対して襲い掛かってきたからだ。
とは言っても、所詮は病院程度に身を隠していた異形でしかなくこの身体の敵では無い。
一度身の安全を確保してしまえば、逆に外の奴らとは強さが違うその異形達への興味が沸いてきて、衝動に任せて原因を探ることにして。
そして病院に巣喰っていた異形の処理が全て終わり、辿り着いた隠し部屋の様な場所にいたのがその医者だった。
人の死体と感染菌を使い、死者と異形、能力の違いや抗体の作成などの非人道的な実験を繰り返していた男がそこにいたのだ。
久しぶりに見たアイツの表情はあの頃と何一つ変わらない癖に、顔色は酷く痩せ細って血色の悪さが浮き彫りとなっていた。
それでも人を小馬鹿にしたような笑みを崩さずに、何も気負う様子が無く俺に手を上げて挨拶してきたのは流石だと思う。
「久しぶりだね、我が友よ」
演劇染みたそんな言葉に頭が痛くなる。
妙なものを格好いいと思っている中学生の言動と変わりない事をしているのは、俺の倍は生きていそうなくたびれた男性だ。
人の趣味嗜好に口を出す気は無いが……こいつ、俺以外の前でも同じ事をやっていないだろうな?
「探したぞ藪医者。……こんな所にいたんだな」
「はははは。まあ、流石に一人籠もって研究を続けるのには限界が来たからね。僕と利害が一致するコミュニティに身を寄せさせて貰っていた訳さ。……君の方は万全の体調とは行かないみたいだね」
「まあ、ね。最近はちょっと不味いかもしれない」
妙な快活さで話しかけてくる医者に俺は溜息を吐いた。
未だに吐き気は収まらないし、足下はふらふらと覚束ない。
まともに立ってはいられなくて壁に体重を預ければ、彼は笑いを収めてじっと俺の様子を窺ってくる。
つかみ所のない彼のようなタイプは、所詮俺程度が腹芸しても相手にすらならないのはもう分かっているし、何より彼は信用できる。
だから、変な隠し事はなしにして、相談に乗って貰おうと決心する。
「無事で良かった、心配してたんだ」
「……本来ならば、医者の僕が君を心配するべきだったと思うけれどね」
困ったように眉を下げた医者を見て、俺は気にするなと笑いかけた。
妙なところで責任感があるのも変わらない。
それがやけに嬉しくて、俺は付き纏う吐き気を気にもせず再会した友人との軽口を楽しむのだ。
“泉北”の集団の指導者を捕らえた後、俺達が拘束していた女性、水野さんが彼らの拠点内へと案内してくれた。
訳の分からない体調不良に襲われた状態の俺は知子ちゃんの肩を借りてようやく歩くことが出来ており、その惨めな姿を衆目に晒しつつ自分の不甲斐なさに泣きそうになった。
なめられないようにと、口調や態度を気にしていたというのにこの様だ。
自分達の元へと来た武装した人間がこんな様を晒していれば、敵対していなくとも足下を見ようとしてくるだろうと思っていたのだが……“泉北”の人達がそんな様子を見せることは微塵もなかった。
どこか敬意さえ感じさせる態度で俺と知子ちゃんを先導した水野さんが連れていってくれたのは、荷物置き場でも改修したような小さな一室。
そうして俺は久しぶりに再会することが出来た、色々とはた迷惑な医者との再会を喜んだのだった。
「それにしても随分と綺麗な女性を侍らしているじゃ無いか。前はその欠片もなかったのに、君も中々隅に置けないな」
「お前はもっと身綺麗にしろ。正直匂うぞ」
「……はは、は。いや、ほんとその話題は勘弁してくれ」
気を使ってくれたのか、それとも彼女達だけで話したいことでもあったのか、再開を果たした俺達を残して知子ちゃんと水野さんはこの部屋から出て行っていた。
残された形と成ったわけだが、別にこの医者が俺に対して害意を抱いているとは思えないし、何ならこいつは以前にも増して小汚いこの男の近くに知子ちゃんは居て欲しくない。
あらかじめ言っておくと俺は別にこの医者が嫌いなわけでは無く、むしろ好ましいと思っている。
だが、もはや妹のように思っている知子ちゃんを近付けさせるのには抵抗を覚える、そう言う類いなのだ。
「まあ、そんなことを話すのも楽しいんだけど。……今日はお願いがあってきたんだ」
「ああ、分かっているよ。君を見た瞬間にどんな用事で僕の元に来たのか直ぐに察したさ」
俺が本題を切り出せば、医者は怏々とした様子で頷いてくれる。
話が早くて助かる。
「君の異――」
「知子ちゃんの、ああいやさっき俺と一緒に居た女性についてなんだけど」
「――……何だって?」
かなりデリケートな話題になるので、医者の耳元まで口を近付けてヒソヒソと事情を説明すれば、呆れた様な顔をしていた彼の顔が驚愕に染まっていく。
「……僕の単なる予測を試したのかい? 君って意外と……いや、意外でも何でも無く向こう見ずだったね」
「な、なんだとぉ!?」
心底呆れたような物言いに思わず食い付くが、結局何の反論も出来ない。
「まあいい、僕は君の求めには何であろうが応じようと考えていたんだ。君がそう望むなら、僕は尽力するだけさ」
「ぐ、ぐぬぬっ……そ、そうさ、協力してくれるならありがたいっ! 解決策を教えるか、若しくは薬を下さい!!」
「診察してみないことにはなんとも言えない。だが、あの娘程度の感染度合いならまだどうにでもなるだろうね」
部屋に設置されている数々の薬品を軽く触れながら、力強く断言してくれた医者に顔がほころぶのが分かる。
この医者に相談しに来て本当に良かった。
色々気になることはあるが、取り敢えず知子ちゃんに関することの確約は貰えたのでほっと安堵の息を吐けば、医者は半目で俺のことを見詰めていた。
「……他には無いのかい?」
「えーと、そう、“泉北”が使っている巨人について聞きたいんだけど」
「……ふむ。あれか」
若干不満そうに腕を組んだ医者が思案するように視線を天井に向ける。
それから、近くの引き出しを開いて取り出したのは黒い塊だった。
取り出されただけで感じるその異様な忌避感は、何度も感じたあの黒コート、若しくはこの拠点を囲うものと同じだ。
「これがあの巨人の元となるものだ。これが何か分かるかい?」
「……“破國”の」
「そう、その怪物の肉片だ。“死鬼”と相打ち、痛み分けたあの化け物の身体の一部」
「“死鬼”と?」
聞き覚えのある異形の名前に、俺は思わずその名を反芻してしまうが医者は一つ頷くだけだ。
死鬼の件は脇に置いておくとしても……正直意味が分からない。
“破國”と言うのはつまり異形だ。
かなりの力を持った異形だというのは水野さんの話で予想が付く。
だがどれだけ強力な異形であったとしても、それの肉片を使って何が出来るというのだろうか。
「良いかい。難しい話を君は理解しないだろうから省かせて貰うが、要約すると感染体が体内で作成した感染菌は劣性、異形の身体を構成している主要なものは優性という。普段は……いや、この話は飛ばそう。要するに優性に劣性が従うよう出来ていて、それを使って傀儡を増やす異形がいることを僕は発見したんだ。だから、これを利用して僕らの指示に従う異形を作れるのでは無いかと試行錯誤した結果があの巨人だ」
「……ちょっと待って、お前、説明していない部分が多すぎる。つまりなんだ、あの巨人の元にその“破國”の、ええっと……劣性の欠片を埋め込んで異形化した。優性の欠片をこちら側の人間に持たせて指示に従うようにして操る術を身につけた……って事で良いの?」
「ああ、その通りだよ」
自分が何を言ったのかもよく分からなくなってきた。
そもそも俺はそんな根本的なことまで理解しようとなんかしていないんだ。
理解すれば良いのは、こいつが原因で“泉北”が異形を操る術を持っていて、それを悪用して他の生存者を襲うのも意に介していないと言う事だろうか?
「……なんだよそれ、試みがおぞましすぎるだろ。一体何のために……」
「さあ。僕はあくまで感染菌の研究の副産物として判明したこれを検証してみただけさ。ここのトップのおじいさんは、まあ、また別の目的があるみたいだけどね」
「別の……?」
「そりゃあ勿論神の復活だよ。“死鬼”の再臨を彼は望んでいる」
「でもそれは……それにしたっておかしい。だって……」
死鬼は俺である筈だから。
もしも死鬼の復活を望んでいるのであれば、俺に対して何かしらの行動が無いのはおかしいとそう思ったけれど、自分の現状を認めてしまう最後の言葉は結局口に出来なくて、何も言えなくなった。
だが、言葉に詰まった俺の言いたいことを医者は察しているのか、突き付けるように指を指してくる。
「それだよ。僕的にはその悩みを先に言って欲しかったんだ。君の体調の悪さ、不安、今後の対処。それらを解決する為に、僕に君を診察させて欲しい」
「え、ええと、構わないけど……」
急に口調が早くなった医者に、どうやら彼にとっての本題がこれだったのかと納得する。
そんな予想の通り、医者はありがとうと呟くと急くように足早で距離を詰めてきた。
頭二つほど小さい俺に合わせるように屈んで目を覗き込んできた彼を、俺はじっと見詰め返す。
覗き込んでいた彼の瞳が揺れるのが分かる。
目から読み取れる彼の感情は、隠しきれない動揺だ。
「……なにか異常を感じるようになった切っ掛けとして思い当たるものは?」
「えと、赤いガス……多分、感染菌のガスを溜め込んだ球根の様な化け物と戦った」
「どれくらいそのガスを喰らった?」
「2回で、1回目は拘束されてかなりの量を。2回目は身体に走っていた罅から漏れ出していたものを受けただけ、かな」
「……そうかい」
一瞬だけ顔を歪めた医者は、そう言って俺のヘルメットに触れる。
「角を見せて貰っても?」
「あ、あー……。ちょっと待ってね」
普段見せないものを人に見せるとなると、何だか気恥ずかしさを感じる。
おずおずとヘルメットを取ろうとするが、やっぱり角が突き刺さっていたのか、しばらくヘルメットを取るのに時間が掛かってしまった。
晒された俺の双角を見ると、医者は無言でショックを受けたように目元を抑え込んだ。
彼は俺を異形と知る数少ないものの一人である。
知子ちゃんが知る以前で知っているのは彼だけだったから、実質俺の角の変化を一番把握しているのはこの医者という事になるだろう。
だから、医者のそんな反応に不安を覚えてしまうのは仕方ないと思う。
「え……えっ!? 何その反応っ!? もしかしてもう一本角が生えてきたのってそんなにやばかったりするの!?」
「少し考えれば分かるだろう!? やっぱり馬鹿なんだな君はっ!?」
両肩を捕まれる。
初めて見る気がする彼の鬼気迫る表情に押されて唖然とする。
こいつはこんな顔も出来るのかと、そんなことを思った。
「これはいつからだっ!? いつからもう一つの角が生えてきた!?」
「え……えとえと、10日くらい前かな?」
「そんなに……そんなに経っているのか……?」
患者を不安にさせるなんて医者として失格。
前にそんなことを言っていた筈のこの男が、顔から色を失うのを隠そうともしない。
「――――いいか、良く聞いてくれ。君は既に異形だ、人間じゃ無い。今君が人間としての意識を保てているのは本当に奇跡的なものなんだ。不足した感染菌を補うために眠り状態に入っている異形としての君はもういつ目覚めてもおかしくない。……梅利君、君の意識がいつまで持つのか、僕には分からない」
「――――…………え?」
医者の手が伸びて俺の新しく生えてきた方の角に触れる。
そっと撫でていくその仕草を見ていると、凹凸一つ無いものを撫でているかのような滑らかな動作で。
それでようやく、自分の不揃いだった双角がいつの間にか左右対称のしっかりとした形となっているのに気が付いた。
ふらついて、そのまま床に座り込んでしまう。
つまり……何だろう?
もう俺は長くないと言うことなんだろうか?
「……ああ、そっか。また消えるのか」
「いや、それを何とか防ぐよう努力は続けるつもりだ。だが現状対策はない、僕の研究次第となる訳だが……すまない」
「……いや、うん。どこかで覚悟はしていたんだと思う。そんなに衝撃は無いかな」
笑みを浮かべてみれば、それを見た医者は表情を歪めた。
まあ実際、幼馴染を助けたときに命を落とすのは覚悟していたんだ。
それが何かの間違いでこうして意識があるだけ、余生のような、若しくはうたかたの夢の様なものだと思えば納得もいく。
むしろ俺は幸運だったのだ。
やり残したことを清算する機会を得ることが出来たのだから。
「……俺がもし本当に取り返しの付かない異形になって、多くの人を傷付けるようだったら……俺の命を終わらしてくれる?」
「それは……荷が重いな」
この身体の強さを充分に理解しながらも、頼むよ、なんて軽く言いながら立ち上がった。
もうあれだけ付き纏っていた吐き気は無い。
それだけで俺がまだ人として有れるのだと安心する。
「と言うか藪医者っ……お前また非人道的な実験して! こんな世の中でそんなことをするななんて言うつもりは無いけど、お前また顔色悪いぞ。どうせ罪悪感に苛まれてるんだろ、俺がまたボコボコにしたほうが良いか?」
「止めろっ! 君にそれをされた後本当に大変だったんだぞっ!?」
やけに暗い顔の医者を見れば、研究の進み具合から俺が助かる見込みが低いことは何となく察することが出来た。
だから、もうそんな先の分からないことなど気にしないことにして、最後まで俺としているよう努めることにした。
やり残したことを全て終わらせよう。
過去のしがらみを全て清算しよう。
こんな夢の様な機会に感謝して、花宮梅利という生を終わらせることが出来たなら、それはきっと幸せな人生として終えることが出来るはずだから。
「……言っておくが僕は諦めないぞ。だから、君も最後まで抗ってくれ」
「ははっ、そうだな。じゃあ頼りになる友達を信用して頑張ってみるさ」
いつもの自分ならそう言うかな、なんて思いながら、こんなことを言ってみた。
△
医者と言葉を交わして部屋から出れば、そこには知子ちゃんと水野さんの姿があった。
先ほどまで脱ぎ捨てていたヘルメットが頭にあるかを、つい癖で確認しながら笑顔で彼女達に手を振れば、難しい顔をしていた知子ちゃんの顔も綻んだ。
予想通り彼女達も話し合いをしていたようで、顔を明るくさせて寄ってきた知子ちゃんが、聞き出した情報を俺に教えてくれる。
一つ、現在あの巨人を操れるのはここのトップである泉北さんを含めて三人しか居らず、先ほどの男性を捕らえた事から今この場で行使できるのは水野さんだけと言うこと。
二つ、移植手術が必要なので、急に異形を使役出来る者が増えることはないこと
三つ、このコミュニティは死鬼の再臨が悲願であるものの、彼らは俺の存在を知っているわけではないこと。
やけに重要そうな情報まで教えてくれているな、なんて思いながら水野さんに疑問を込めて視線を投げれば、彼女は恭しく頭を下げて応じてくれる。
……これは、やっぱりアレなのかな。
「あの、水野さん。急にそんな態度になられると困るんですけれど……」
「申し訳ありません。ですが私達が貴方様に横柄な態度を取ることなどありえません。愚かながら、今頃になって貴方様の正体に気が付いた私に如何なる罰もお与えて下さい死鬼様」
「うおぉぉっ……!? む、むず痒いっ……!?」
今までの生活では絶対に有り得ない、圧倒的な目上を扱うような態度。
生まれて初めて見る、他人が自分を心底敬服してくる姿に背中にむずむずとした感覚が走り、数歩よろめいて後ろに下がった。
自分は他人に敬服されるような器ではないのは十分理解しているから、なんとか止めて貰いたいという思いは勿論ある。
……でも同時に、ちょっとだけ嬉しく思ってる俺がいるのも否定は出来ない。
「梅利さん……あの……」
知子ちゃんが不安げな視線を俺と医者の間を行き来させる。
彼女が何を聞きたいのか、今となっては何となく分かる。
今まで俺は彼女の身体が不味いことになっていると思っていたのだが、それは逆だった。
俺がこれまで彼女へと抱えていた不安は、そのまま彼女が抱えていた不安でもあったはずだ。
とてつもないほどに心配を掛けたのだろう。
変わりゆく俺の様子を間近で見て、多くの不安を抱えた事だろう。
だから、彼女に対して掛ける言葉を迷うことは無かった。
「――――大丈夫。何も問題はないってさ、知子ちゃん」
「……っ!! 本当ですかっ!?」
嘘を吐いた。
俺の状態のことではなく知子ちゃんの状態のことを、主語を省いて話す。
それだけで、花が咲くように笑顔を浮かべた知子ちゃんが、目尻に涙を浮かべて抱きついてくる。
良かった……、と何度も言って鼻を啜る知子ちゃんの頭を撫でる。
彼女の後ろで俺たちの様子を見ていた水野さんは疑いの目を医者に向けて、医者は動揺一つせずこちらを見続けている。
「本当にっ……本当に心配したんですっ……」
「……うん、ごめんね」
「このままだと梅利さんが消えちゃうってアイツが言うから、私焦っちゃって……。でも、もう良いんですっ、梅利さんが無事なら良いんです」
彼女の髪を梳くように撫でる。
痛む胸を考えないようにして、ただ彼女を安心させるように振る舞った。
俺にも意地がある。
ただ心配を掛けるだけの言葉なんて言うつもりは無いし、このまま何も出来ずに終わるつもりも無い。
だから今は言わないし、絶対に悟られないと決意したのだ。
そんな俺達を前に、水野さんは医者に向けていた視線を切って膝を着いた低い姿勢を取った。
「……死鬼様。私達“泉北”は貴方様に救われた者達の集まりです。貴方様が再臨されたのであれば、貴方様だけのためにこの命を使いましょう。どうかご指示を。ここの者達も直ぐ外で貴方様をお待ちしております」
「……」
俺へ向ける想いが重すぎて吐きそう。
一定を越えた献身は受ける方がキツいと言うのを初めて理解した。
慌てて離れた知子ちゃんが水野さんの様子を見て、どうするのかと俺に視線を向けてくるが、正直俺もどうすれば良いか分からない。
無い頭を振り絞って辛うじて考えついたのは、東城さんに全部投げてしまおうと言う事と、そもそもここのトップである泉北さんと話さなくてはいけないと言う二点だけだった。
頭を下げ続ける水野さんに声を掛けようとして、何か見過ごしているような感覚に襲われて口を噤んだ。
そう言えばさっき“泉北”の集団が何かを言っていた。
泉北さんが失敗作のほとんどを連れて行ってしまったといっていた。
……何処にだろうか?
「……水野さん。まずここのコミュニティのトップと話がしたいんだけど」
「はい、泉北さんとですか? 別に指導者としての立場を譲って欲しい等であれば何ら問題は無いと思いますよ。あの人は死鬼様しか考えていないような人ですし」
「いいから。その人は今どこにいる?」
「……泉北さんは――――」
水野さんも言っていたでは無いか。
『貴方達は背信者では無い。死ぬべきでは無い』そう言っていたでは無いか。
それはつまり逆説的には……死んでいい人がいることに他ならないのではないか。
そしてそれはきっと、彼らにとって到底許すことが出来ない相手である――――
「素体集めのために“南部”を潰しに行っていますね」
――――彩乃達がいるあの場所に他ならないのでは無いかと、そう思った。




