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現れる真実

「さあ、色々吐いて貰うぞ、まずはお前の所属するコミュニティはどこだ?」

「や、やめ、止めて下さいっ! 後生っ、後生ですからそれだけはっ!!」



 目の前に居る、柱に括り付けられた女性が青白い顔をさらに青くして俺の行為を止めようと縋り付くような声を上げる。

 拘束されている腕をなんとか抜け出そうと暴れるが、しっかりと結んだ固い縄には効果が見られない。

 

 いっそ悲壮感を感じさせるほどの懇願ではあるが、俺はそんな言葉を期待していたわけじゃない。

 そんなものよりもきちんとした回答を求めていたのだ。



「俺は今質問をしているんだ! さあ早く答えろっ!! 所属するコミュニティはどこだっ!?」

「そ、そんなことをっ、敬虔な信徒である私が背信者の質問に答える訳には……!!」



 目尻に涙を浮かべる女性を睥睨して、仕方なく手に持っているそれを彼女によく見えるよう目前に差し出した。


 それはハンカチサイズの小さな布だ。

 薄い生地に丁寧な刺繍を施されている綺麗な布。



「ならば仕方ない。お前が素直に答えないならば、本当はやりたくはないが……ほうら、これがこうなってこうなるんだよっ!!」

「死鬼様ぁぁぁ!? 死鬼様があああああ!!」



 彼女が懐に仕舞い込んでいた角の生えた少女が刺繍で描かれているその布のような物を捻れば、目の前にいる女性は悲鳴を上げて暴れ狂う。

 女性の狂乱ぶりに、まるで俺が人道に反した極悪非道の行いをしているのかと錯覚しそうになるが実際に俺がやっているのはただ布を捻っているだけだ。


 手に持った捻られた布に描かれた、瞼を閉ざした少女の刺繍が視界の端に入り込む。

 その姿は精密に似通っている訳ではないが特徴的な部分をしっかりと捉えており、見る人が見れば何が描かれているか直ぐに分かる程の出来の良さだ。

 美しい造形の少女、角を生やした異形の少女。

 当然、その布に描かれた少女は今の俺の姿である、本当にありがとうございました。

 

 はっきり言って意味が分からない。

 実際に自分が信仰されているのだと言う証拠を目の当たりにしてしまうと、知子ちゃんに聞かされた時とは違い、しっかりと目の前に現実があることを思い知らされる。

 まあ、信仰が悪いこととは思わないが、普通に考えて限界まで目を見開き、唇の端を噛み締めすぎて血を滲ませる女性の姿は恐怖しか感じない。

 内心のどん引きを態度に出さないように気を引き締めながら、今にも殺しに掛かってきそうな目をした女性をにらみ返す。



「お前の信仰が本物ならこんなこと許せるものではないだろう? さあ、お前の態度一つで俺はこんなことをしなくて済むんだ、自分が何をすれば良いか分かるだろう?」

「ぎ、ギギッ……、おのれっ、おのれおのれおのれっ……!!」

「……あ、手が滑った」

「ぁあああっぁぁぁ!!?」


 

 ビリリという小さな嫌な音が布から聞こえ女性が絶叫する。

 慌てて、広げて確認してみれば少しだけ端が破れていた。

 絶望の声を上げて、崩れ落ちた女性がボロボロと涙を流し始めたのを見てやり過ぎたと少しだけ後悔する。



「あぁぁぁ……ああぁぁぁああぁぁ……」

「えっと、ご、ごめんなさい。これくらいなら俺が補修できますので……」



 血の涙を流しそうなほどに目を充血させる女性に、このまま質問を続けて良いものかと心配になる。

 こんなおかしな状況となってしまっているが、実は知子ちゃんと別れてからそれほど時間は経過していないのだ。


 

 あの後俺は、知子ちゃんを兵藤達と共に残して先に家に戻った。

 丁寧な運び方ではなかったと思うが、幸い背負った女性は目を覚ますことなく家まで辿り着くことが出来た。

 連れてきた女性の手足を縛って自由を奪うとそのまま柱に括り付け、尋問しやすい状況を整えたのだ。

 意識のない女性をこんな風に拘束するなんて正直背徳感を禁じ得なかったが、ちょっと彼女達は危険思考が過ぎる気がする。

 ここで情報を掴まなくてはいけないんだと心を鬼にして、意識のない女性を叩いて覚醒を促したのだった。


 何か一つを盲信する。

 普通であればそのようなことに陥るのは中々無い。

 縋る必要のない者が、あるかどうか分からないものに、若しくは何かを与えてくれるか分からないものを信じる意味が無いからだ。

 だから逆説的に、人は危機的な状況に陥ると何かに縋りたくなるものだ。

 それは歴史的に見ても間違いないもので、今のような死者や異形に支配され日に日に命の危険が身近にあるような状況は、盲信する土壌がこれ以上無く出来上がってしまっているのだと思う。


 異形としての俺が何をしでかしたのかは分からないが、信仰されるような事をするとは到底思えない。

 東城さんが言っていた内容を鵜呑みにするわけではないが、俺が死鬼を騙った時の彩乃の態度を見れば、善良とは真逆であったのだろうと思ってしまう。

 だから、何かの間違いで彼女達“泉北”は死鬼という異形を信仰しているか、若しくは彼女達の上に立つ者が死鬼の名を語り人々を騙しているかなのだと俺は予想しているのだ。


 盲信は正否が視野に入らなくなる。

 狭い視野の中で縋る相手のためだけに行動する彼らは酷く危うい。

 一つ間違えればこの地域一帯を破滅へと導きかねないほどだ。


 危険な技術、危険な思考。

 解明しておきたい点も幾つかある。

 放置することは出来ない理由もあるし……なにより死者、異形に対する彼らの認識に興味があった。


 何度か叩いたり揺らしたりしてとうやく意識を取り戻した女性に、彼女の懐から出てきた妙な布を脅しの材料にして俺は質問を始めたのだ。

 まあ、答えると言われたことだし、これ以上の布への攻撃は彼女を刺激するだけなので止めておく。



「……私は“泉北”に所属する者です。他に聞きたいことがあればどうぞ、ですからそれ以上死鬼様に対する攻撃はお止め下さい……」

「あ、はい……ごめんね? えっと、んんっ、質問を続けるぞ」



 少しして落ち着いたのか、彼女は泣き腫らした目を地面に向けながらぼそぼそと囁くような声量で俺に従順すると伝えてきた。

 なんだか悪いことをしてしまった気がする。



「答えやすい質問から行こうか。お前達が着ている毛皮のコート、アレは何なんだ? こんな暑い時期にわざわざ着るようなものでは無いと思うのだが」

「……ああ、あれですか。あれは“破國”の皮で作ったコートです。圧倒的な力を持つ異形に対し、死者や並の異形はその気配から避けていくその性質があるんです。それを利用して私達は、外に出る者達の安全を確保するためにこれを着用するようにしています」

「そうなんだ……。ちなみにその“破國”って言うのは……」

「……アレを知らないなんて冗談ですよね?」



 不思議そうにこちらを見上げた女性に表情には出さないものの、内心少しだけ慌てる。


 常識として周知されるほど有名な異形なのだろうか?

 もしそうであるのならば、この地域を支配していたのは死鬼だから、消去法でもっと大きな括りに置いて有名な奴としか考えられない。

 となれば俺が答えるべき言葉は……。



「勿論知っているぞ。あ、あの、強い奴だよな……。うん、俺が知る限り一番強い奴……」

「一番強いのは死鬼様だ!!!」

「ああもうっ、話にならないなっ!? なんなんだこいつ!?」



 変なところで逆鱗に触れたようで、勢い良く噛み付いてきた女性に思わず匙を投げてしまう。

 歯をむき出しにして俺に威嚇してくる彼女の姿に頭を痛めながら、これからどのように話を進めていけばいいものかと頭を悩ませる。

 この女性に配慮して答えやすい質問から順々にしていたが、もうそんな配慮はかなぐり捨てることにした。



「ああもういいっ!! だったら次だ! この一年以内に妙な医者の男がお前のコミュニティに加入したな!?」

「……? 医者、ですか? いえ、それは……私は把握していませんね」

「なんだと……?」



 心底虚を突かれたと言った表情をした女性の表情に、自分の予想が裏切られた事を知る。

 てっきりあの藪医者が“泉北”に身を寄せその技術を振るったことで、彼らが異形に対して指示を出すことが出来たのだと思ったが……どうやら違ったようだ。



「……じゃあ待て、どうやってお前らは異形を操っている」

「……さあ、どうでしょう」



 女性は不敵に口角を持ち上げる。

 やれるものならばやってみろと言わんばかりの挑発的な笑みを作り、俺を見詰めてくる。

 ……こんな口調にしてまで嘗められないよう努めたつもりだったが、どうやら既に彼女には甘く見られているらしい。

 どうせお前なんかに出来ないだろう、若しくはあまり残虐なことを行わないだろうという確信を、目の前の女性が抱いているような気がした。



「お前ふざけているのか? 自分の立場というものを……」

「立場? 私が捕らえられているこの状況を立場とでも?」

「そうだ。お前の殺生与奪は俺が握っていて、お前が好き勝手出来る立場ではない。お前が素直に従わないというならば……」

「ならば拷問でもしますか? 結構、私に対する如何なる暴虐にも耐えて見せましょう。さあ、やれば良い」

「……いや、拷問とかは趣味じゃないし。やっぱりこの布をもうちょっと破いてみるわ」

「あ、待って。ズルッ、ズルですっ!! もう攻撃しないでって言ったじゃないですか! そもそも死鬼様に対する不敬は貴方のためになりませんよっ! あの方は慈悲深く、我々弱者の窮地をもお救い下さるのですよって、もう問答無用で捻ってるし止めて止めて止めてッ!?」



 吐いた唾は戻らないのだ。

 ビリリッ、と言う空しい音と共に女性の絶叫が木霊した。







「……私が居ない間に一体何が……?」



 あの後直ぐに拠点への帰路へ着いたのだが、家に戻って見ればぐすぐす泣き続ける女性と頭を抱えてそれを見下ろす梅利さんの構図があり、唖然としてしまう。

 頭を抱えていた梅利さんが私に気が付いて、ほっとしたような表情を浮かべる。

彼女はどうやら女性の絶叫と泣き声でただでさえ悪かった体調を崩し、さらに頭痛に悩まされもうリタイア寸前のようであった。



「知子ちゃん、この人の尋問は明日にしよう……。ちょっと本格的に体調が悪いや……」

「あっ、大丈夫ですか梅利さん? 無理はなさらないで下さい、この人の拘束と食事は私がやっておきますので後はお任せを」

「ごめんね、ありがとう。ちょっと寝てくる」



 ふらふらとした足取りで歩き出した梅利さんは、私の隣で足を止めて白い顔で見上げてくる。



「……大丈夫? あの人達との決着は付けられたの?」

「……はい、もう心残りはありません。大人になれば道を違えることはあります。私と彼らの関係もそれと同じなんです」

「……そっか、納得してるなら良いんだけどね。でも、もし辛いようなら相談は何でも乗るし、多少危険なことでも手を貸すよ」

「ありがとうございます……」



 軽く肩を叩いて扉から寝室へと出て行った梅利さんを見送って、未だに泣き続ける女性を見る。

 昔はコミュニティ同士の話し合いで何度か“泉北”の人と顔を合わせていたが、この人がこんなに感情を表に出すのは死鬼について話すときだけだったと思うのだが……何があってこんなことに。

 確かこの人は明石さんと同じくらいの年齢だった筈……。



「いつまで泣いているんですか。いい大人がみっともないですよ水野さん」

「あんまりよぉぉ……少しはぐらかしてちょっとだけ挑発しただけじゃないぃ……。私のっ、私の聖骸布がぁぁ……」

「あー……あれで梅利さんに脅されてたんですね。どうりで水野さんが発狂している訳です」



 納得したような私の言葉にキッと睨み上げるように見てきた彼女は、私の姿を確認して直ぐに目を丸くした。



「笹原知子……? 貴方、こんなところで何を?」

「以前の場所とは意見が合わなかっただけ、今はここが私の居場所です。貴方は何も変わりないみたいですね水野さん」

「……ふん、あの子供がいっちょまえにデカくなって。あーあ、貴方がいるなら情報全部掻き出されると思った方が良いかしらね」



 一気に口が悪くなった女性、水野は赤くなった目を下に向けて溜息を吐く。


 別に彼女と特別仲が良かった等の経緯はない。

 顔を合わせても挨拶するような、なんてことは無い関係だ。

 だが、危険な相手としてお互いにお互いの性格や能力をある程度把握しているのは確かだった。

 どうやら私は彼女からはそれなりに買われているらしい。



「と言うか待ちなさいよ。私達の意識を刈り取ったのって……」

「私です。ああ、他の方達については心配いりませんよ。一応蹴って意識を取り戻させてから戻ってきましたから」

「……馬鹿じゃないの? どんだけ人間離れすれば気が済むのよ貴方」

「それと、あらかじめ言っておきますが舌をかみ切って死のうなどとは考えないで下さいね。こちらには医療用具がそれなりに残っていますので、死ぬに死ねない事態になりますから」

「さっそく脅し文句、嫌になるわ……全く」



 治療の心得をそれなりに持っている私だが、梅利さんと居るようになってから中々その技術を生かせていない。

 梅利さんはそもそも傷を負うことが無いし、私も身体能力が向上して怪我をすること事態が無くなったからだ。

 ようやく生かすことの出来る状況がやってきたのかと思い、もし自決なんてことを行っても無駄に終わるのだと釘を刺してみたが、どうも水野さんは元々そのつもりがなかったかのような態度をしている。

 あの狂信的な彼女が、コミュニティの足を引っ張ることを良しとするとは思えない。


 気になる点は幾つかあるが尋問は明日にしようと梅利さんも言っていたし、一緒に情報を聞き出した方が情報を共有化する手間が省けだろう。

 詳しく質問するのは少し時間を置こうと決心して、ふと何気なく寝室の方向を見る。

 今は何の物音もなく、梅利さんは既に睡眠に入ったのかと思えるほどだ。

 不機嫌そうにこちらを睨んでいた水野さんの食事などを早めに済ませると、口に布を咥えさせ取り敢えず一日放置することにした。


 あまり時間を掛けてアイツを不機嫌にさせるのは不味いだろう。

 そう思って、急いで身支度を整えて寝室へと向かう。

 その途中にあったワインの保管室から、また数本瓶がなくなっているのを横目に確認して表情を歪めた。

 無くなっているのはどれも度数が高めの物だった気がする。


 扉の前に辿り着いてそっと息を潜めて見ても、中から寝息などは聞こえてこない。

 ひんやりとした冷たい汗が頬を伝うのを感じながら息を整えた。



(大丈夫……少なくとも今は敵じゃない。……落ち着け私)



 意識せずに早まっていく自分の鼓動を感じて、何度も落ち着くよう自分に言い聞かせる。


 数回深呼吸して、ようやく意を決して扉に手を掛ければ、そこには装備を全て外した状態の梅利さんが双角すら晒してベッドの上に座っていた。

 いつも通りのように見える少女の姿をしたそれは、血のように真っ赤な目を細めてこちらを見ている。

 私が忌々しげに睨み付けても一切動じず、ワインの入ったグラスを近くの机に置いた彼女は嬉しそうに笑う。



「待っていたぞ、笹原知子」



 瞳孔を縦に裂いて、善良な空気を微塵も纏わないで。

 そこに居る化け物は私を歓迎する。


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