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騙る異形

―――ー少しだけ時間は遡る。



「なるほど、では新しく侵攻してきた“主”討伐に“東城”が動いている訳ですか」



 目が覚めてからの彼女との会話が終わり、自分が外に出ていてから意識を失うまでの説明を行った。

 俺の上手くはない説明にじっと耳を傾けていた知子ちゃんは、困ったように眉間にしわを寄せて難しい顔をする。



「タイミングが良いのか悪いのかは分かりませんが……今日外に出ていた時、やけに生存者の動きがあると思っていました。恐らくその作戦は今日、決行するのでしょう」



 それを聞いて、慌てて準備しようとする俺の手を掴んで引き留めた知子ちゃんは咎めるような目でこちらを見ている。



「忘れていませんか? 話を聞く限り、梅利さんに対してその“主”は有効な攻撃を持っています。もし、その攻撃を受けて、以前のように意識を失いでもしたら梅利さんだけで無く助けようとした生存者達にさえ被害が及ぶ可能性があります。それだけではありません」



 口を噤んだ俺は、知子ちゃんの話に頷き続きを促す。



「銃器を扱っていれば、常人離れした動きを多少してもそこまで気にとめる人は居ないでしょう。ですが、以前私の前でやったように異形を素手で叩き潰すような、若しくは本当に物理法則を無視したような身体能力を見せればその場にいる生存者も、流石に普通ではないと気が付くはずです」



 つまり、と知子ちゃんは話を繋ぐ。



「梅利さんを普通でないと思わせない。梅利さんが本気で戦える状況を作り上げる。それでいて生存者達が巻き込まれず安全を確保できるようにする。……ああ、もしもの時の言い訳に死んだ筈の私が生きている理由も欲しいですね。これらの条件を全て満たす策が必要となる訳です」



 どうすれば…、そう呟いて顔を俯けた俺に知子ちゃんははにかんだ。



「――――大丈夫です。私に考えがあります」







(ちょっとぉぉぉぉっ!!?? 後ろから刺すような視線が俺を捉えて離さないんですけどぉぉぉ!!! 彩乃、その殺気を止めろっ!! 怖い怖い怖いぃぃぃ!!!)



 背後から放たれる彩乃の刃物の様な視線を背中に受けて、いつ刺されても可笑しくない様な殺気に冷や汗を掻く。


 初めて着る着物の裾を踏まないように気を付けながら、目前で俺の姿を捉えたじろいだ球根の化け物から視線を外さないように意識する。

 だって、もし何かの拍子で後ろを見てしまったら腰が抜ける自信がある。

 以前向けられたことのある彩乃の怒りの感情なんて生優しいとすら思える程の激情がこちらに向けられていた。

 ……“死鬼”とやらは彩乃に何かしでかしたのだろうか?

 そんな不安を抱えながら、俺はただ前を見る。


 知子ちゃんが言った策と言うのは簡単だ。

 俺が異形とバレてはいけないなら、最初から異形として乱入すればいいのだ。

 この地域で暴れ狂った“死鬼”として登場して、後は思いっきり力を振るえば良いだけ。

 ね? 簡単でしょ?

 ちなみにそれのせいで、俺のメンタルは既にボロボロであるのだが。



「この前は良くもやってくれたな…ただでは終わらせん、存分に料理してやろう」



 知子ちゃんが言っていた“死鬼”という異形の特徴は、尊大な口調と全てを見下したような態度、そして好んで着ていたらしい着物だ。

 以前東城さんが言っていた双角や黒髪は合致しているし、赤目と言うのは相当至近距離でないと分からないだろうから気にしない。

 着物なんて今の環境では需要のないものの着付けを知子ちゃんにして貰い、思い付く限りの尊大な口調を維持する。

 こうして立派な、異形“死鬼”のまがい物が完成した訳だ。


 もうどうにでもなれと言わんばかりに考えつく限りの尊大な口調で話し掛けるが、当然何の反応もしない球根の化け物に、羞恥で頬が上気して今すぐ頭を抱えて蹲りたい衝動に襲われる。

 暴れ回る球根の化け物の姿を確認して一足先に飛び出してきたために、置いていってしまった知子ちゃんが早く来てくれるように内心で祈りながらも、ここまで来てしまった以上は頑張ろうと決意する。

先ほどまでの狂乱ぶりが嘘のように大人しくなっている化け物を睨み、簡単に作戦を考える。


 ガスの事を考えれば何も対策せずに近付くのは下策、けれど銃器を持っていない俺が出来るのは限られている……ならやるべきは。



「さあ――――これでどうだ?」



 爪先を地中に突き刺し岩石のような土屑を蹴り上げると、掌底の要領で砲弾の様に撃ち出す。

 砕け散った土屑が銃弾の様に化け物の体に突き刺さり、一時的にガスが漏れ出している体中の罅が塞がれたのを確認すると同時に、全力で助走を付けて拳を叩き込んだ。


 巨大な球根の体が地面から離れ吹き飛ぶ。

 さらに体中の罅が増えてガスが漏れ出すが、そんなことよりも吹き飛んだ先に居る生存者の姿を確認して焦る。

 このまま行けば押し潰されてしまう。



「やばっ……!!!」


 悲鳴を上げて逃げようとする彼らが間に合わないと判断して、直ぐさま駆け出す。


 柔らかいボールが蹴られて飛んだ時の形状で吹き飛ぶ球根を追い越して、押し潰されそうな生存者達の前に飛び込むと、今度は近くに立っていた電柱を引き千切り化け物を上空に打ち上げた。


 何とか危機を回避できて息を吐くが、このままでは土で罅を塞いでガス漏れを塞ぐ作戦が使えそうにないことに気が付いて、頭を悩ませながら落下してくる球根を見詰める。

 まあ、なるようになるしかないか、と言うか自分の怪力具合が向上している気がするのだが…。



「死鬼様!!」



 突然叫ばれた聞き慣れない名称に一瞬だけ遅れて反応すれば、様々な武器を抱えた知子ちゃんが走ってきていた。

 仲間の存在に周囲の生存者がどよめいたのが分かる。

 勿論、自分と知子ちゃんの関係を知っている明石さん達が居るのだから、判断が付かないように今は簡単な変装として、髪型を変えてカチューシャを付けさせて、眼鏡を外して貰っている。



「刀を寄越せ」

「はい!!」



 放り投げられた、以前見付けて埃を被らせていた日本刀を手に取って鞘から引き抜く。

 銘は知らない。

 何処かの有名な人が打ったものか、無名の人が打ったものかも知るよしはない。

 そもそも年数が経っているのだから劣化しているのだろうが、まあ……そんな些細な違いは素人の俺には分からない。


 要するに切れれば良いのだ。


 落下してきた化け物の抵抗するような蔓を掻い潜り、その巨体を真っ二つに切り裂いた。



「■■■■■――――!!?」



 走り込んできた自動小銃を片手に一つずつ持った知子ちゃんが、真っ二つになって地面に叩き付けられた化け物へ向けて銃弾の雨を降らせる。

 反動がない訳が無い筈だが、全く体勢を崩さず腕を持って行かれることもない彼女の立ち振る舞いは、この一週間足らずで何があったのかと言いたくなる程だ。

 二丁拳銃とか格好いいな…、彼女のその姿に心を動かされて、今度自分もやってみようと決意する。


 一斉に伸ばされる蔓が俺と知子ちゃんに襲い掛かってきたのを、手に持った日本刀で切り払い、発砲を続けている彼女が背中に背負っている筒状の武器に視線をやる。

 ここに来る前に取ってきたあれをどのタイミングで使うべきか。

 ……と言うか、いらない気もする。

 ガスさえ気を付ければ苦戦する要素がない。


 俺が前に出て知子ちゃんが後ろから援護する。

 以前練習した狙撃の技術も向上しているようで、球根の胴体だけでなく蔓の先を正確に打ち抜くなんて言う離れ業を行い始めた知子ちゃんに舌を巻く。

 俺が蔓を全く後ろに通さず切り落とし、隙を見付けて胴体を裂き、後ろから繰り出される銃弾の嵐は正確に化け物を打ち抜くのだから。

 その化け物に勝ちの目はなく、何一つ有効な反撃が出来ないまま、化け物は倒れ伏した。



「■…■■……」

「悪いな。本当はもう少しいたぶるつもりだったが想定外に弱すぎた」



 分割された身体からガスを吹き出しながらも、藻掻くような動作を見せる化け物にそう吐き捨てる。

 そして、刀身に付着した体液を振り払い鞘に収め、知子ちゃんが手に持った銃を連射させてとどめを刺すのを隣で眺めた。


 それなりの抵抗を予想していたのだが、どうやらかなり弱っていたようで本当に大した労力も無く始末することが出来てしまった。

 ちょっと前の俺の醜態が、ひとえに自分の油断に他ならなかったのだと突き付けられたようで少し気落ちしてしまう。


 それでも、なんとか目的は果たすことが出来たのだ。

 今はこれで納得しようと、球根の化け物が穴だらけになって動かなくなったのを見届けた。

 この前は散々だった相手にリベンジを果たすことが出来たのだ。



(ま、まあ取り敢えず、結果として彼らを助ける行為をした訳だし、異形の振りをしているといっても命を救ったんだから感謝こそされても邪険にされるなんて事は――――)



 そんな甘い思考をしながら生存者達の様子を見ようと振り返れば、直ぐ目の前に銃を構えた彩乃がこちらに飛び掛かって来ていた。



「へ……?」

「ばいっ、死鬼様っ!!?」



 幼馴染の飛び掛かってくる姿なんて久しぶりで、その姿を認めてしまったから無条件に脱力してしまい成されるがまま、ゴロゴロと土の上を二人で転がる事となる。


 ゴリリッ、と言う冷たい感触が額に押しつけられ、馬乗りになった彩乃がその押しつけた拳銃の引き金を引いた。

 それも一発どころじゃない、数発続けて撃ちやがったのだ。

 

 何度も何度も何度も何度も。

 身体を張って助け出した恩を全く感じていない様な恩知らずな彼女は、拳銃に装填された弾を撃ち尽くしてもなお、引き金を引き続ける。

 当然、傷一つ無い。



「……あー……満足したか?」

「っっ……!!」



 今度はサバイバルナイフを引き抜いて斬りかかってきた。

 ガンガンと鋼鉄でも叩いている様な音が鳴り響く中、知子ちゃんが銃器を彩乃に向けたのを見て、慌てて手で制す。

 何処かでカラーコンタクトでも見付けたのか、赤く光る知子ちゃんの目は今にも彩乃に向けて撃ち出しそうだったからだ。


 何度か俺を切り付けていた彼女は薄皮すら絶てていない事に気が付いて、ナイフの柄を握り突き刺すように振り下ろしてきたが、どう考えても刃先すら刺さらないし怪我をするだけなので、ナイフの刃を手刀で切り飛ばした。



「おい、どけ。私も我慢の限界があるぞ」


 

 流石にやられたままでは異形として疑われかねない。

 ちょっとだけ怖い声でそう言えば、一瞬怯んだ様子を見せるが、今度は拳を握って俺に振り下ろしてくる。

 ガンッ、と言う鈍い音がして、これだけ俺が固いと分かっているのに全力で振り下ろしてきやがった俺の幼馴染の脳筋具合に溜息が漏れる。

 慌てたように声を上げるのは、彩乃と一緒に行動していた者達だ。



「お、おい彩乃っ! は、離れろっ! 何やってんだ馬鹿っ!!」

「ソイツの気が変わらないうちに早くこっちに戻ってこい!! 聞いてんのか!?」

「………っ」



 そんな仲間達の恐怖の入り交じった声掛けにも応じず、血が滲む拳をひたすら俺に振り下ろしてくる。

 流石に痛々しすぎる幼馴染のそんな姿を放置することは出来ず、振り下ろしてきたその拳を掴んで止める。

 懲りずに殴りかかってきたもう片方の手も掴み取れば、彼女は頭突きを敢行してくる。

 ……いい加減にして欲しい。



「お、お前っ、なんなんだ!? 私はただあの球根に用があっただけだ!! お前らをどうこうするつもりなんて無い!! 邪魔だからそこをどけ!!」

「……ろし…さ…よっ…」

「何だと言うんだ!? もっと大きな声で――――」

「殺しなさいよっ!! 私をっ、殺せば良いでしょう!?」

「――――はぁ!?」



 思わず素で驚きの声を上げてしまう。

 こいつ今なんて言った?


 充血した目で俺を見下ろす彩乃の、初めて見る表情に声を失う。

 


「なんで反撃しない!! なんで振り落とさない!! なんで異形の貴方がっ、私を守るっ!!?」

「な、何を言って……?」



 叩き付けてくるような言葉に思わず黙る。

 困惑するような俺の表情に、もう一度頭突きをしてくる。



「戦えっ、悪意を見せろ! 私はお前らの敵だ!」



 吠え猛る幼馴染の手を離せば、その隙を逃さずに両手で首を絞めてくる。



「その目で見るなっ! お前は地の底のような暗い目をしていただろう!? 私を惑わすその目で見るな!!」

「……お前」

「お前らは私から奪ったんだろうっ、なら最後まで敵であり続けろっ!!!」

「い、いや、まて」

「私は貴方たちを絶対に許さないっ、許すことはないっ……!」

「違う、分かったっ、だから一旦離れろっ……」

「貴方が死なないなら、私が死ぬまで続けるだけだっ! 私は――――」



 もう一度振りかぶろうと頭を引いた彩乃の胸元から、ネックレスのように首から吊り下げられた何かが零れた。

 絶対に指のサイズに合わないであろう小さな指輪が、何かの衝撃でひもが切れたのか土の上を転がっていく。



「――――あ……」



 その指輪が転がっていくのを見て、あれだけ意固地に俺から離れなかった彩乃が咄嗟にそちらへと顔を向けた。

 そんなに大事なものだったのか、直ぐさま取りに行こうと動き出した彼女の手が伸びて、馬乗りになっていた彼女の身体が離れていく。


 ともすれば子供の癇癪の様ですらあった先ほどの彼女の姿に、複雑な感情を胸中に渦巻かせながら上半身を起こした。



「……死鬼様お怪我はありませんよね?」

「当然だ。だが……つ、疲れた」



 近付いてきた知子ちゃんに、上半身を起こしながら心配するなと手を振った。

 なんで球根の化け物との戦いよりも、幼馴染との遣り取りの方が疲れるんだと心底思う。


 対策を立てて戦っていたつもりであったが、どうやら多少のガスは吸い込んでしまっていたようで。

 ズキズキと痛む頭を抑えながら、化け物の死骸に視線を向けて。


――――残骸でしかない筈のそれが動き出したのを見て、考えるよりも先に駆け出した。



「……え?」



 襲い掛かった化け物の残骸が、指輪に気を取られている彩乃に届く直前。


 化け物と彩乃の間に身体を滑り込ませ。

 最後の抵抗のようなその一撃を、まともに受け止めることとなった。

 


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