生存者による討伐作戦
「……結局、梅利さんは戻ってこなかったですね」
積載されていた動物の死骸や死者や異形の残骸を、今はもう使われていない小学校の校庭に下ろしていくのを屋上から眺めながら、明石はそう口にする。
だが、同意を求められた東城は特に何を返す訳でも無くぼんやりと上の空な様子で遠くを見たままだ。
この底が掴めない女性は感情を中々表に出そうとしない。
自分を後継者として育ててくれていると思うのだが、それでもある程度の隔たりを確保されているという自覚が明石にはあった。
梅利に対して、何を持ってきてくれるのか、そして強力な戦力として期待していた明石は軽い失望に感じながらも、手元の準備と指示を進めていく。
姿が見えぬ“主”の討伐作戦の為に。
東城は運び込んでいる物の数と、人員、支給した武器の数を計算しながら口を開いた。
「あの日の……地震が起きているのかと錯覚するほど地響きが連続した時。もしかしたらあの子が“主”に襲われているんじゃないかと想像していたわ」
「……ですが、結果確認に行った者達はその痕を見付けることが出来ませんでしたが?」
「そうね、確認に行った人達が言う限りでは……ね」
彼女が拠点に来たあの日から早一週間。
南部からの支援と姿が見えぬ“主”を誘い出すための準備が滞りなく進み、早々にあの不思議な少女の支援の約束だけを待つ形と成ったのだが、結果残りの日数を待ってみても彼女からの音沙汰はなかった。
元々他の“東城”コミュニティの生存者達は、信頼できるかも分からないような少女の支援など当てにはせず、迅速に作戦に移すべきだという意見が大多数を占めていた。
一部の、それこそ明石のような梅利の異常な戦闘能力を知っている者以外全員がその意見だったのだが、最終決定権を持ち、これまで幾度となくコミュニティを危機から存続させてきた東城の一声によって一週間の猶予を持つこととなったのだ。
だがそれもこの有様。
動物の異形達を引き連れる姿の見えない“主”に悪戯に時間を与えるだけに終わってしまったこの猶予は、誰もが口には出さないものの少なからず東城の誤った判断だったとこの場に居る多くのものが思っていた。
だが、そうは思って居ない者も居る。
「ここまで姿を見せていない事から考えて、恐らく地下の何処かを拠点としている事は想像に難しくないわ。要するに、地中に引き摺り込まれたのであれば、それを痕跡として見付けるのは難しい」
「……なぜそれを確認に行った者達に言い含めなかったのですか?」
「見付けにくいもの、そんな痕跡。いつまでもフラフラと確認していて餌にでもなられては困るわ」
痛む頭を抱えた明石を無視して東城は目を細める。
校庭の中央に山のように積み重ねられた死骸を見て、その発する腐臭を鼻にして、もう時間はあまり時間が無いと判断した。
「――――戦闘準備を始めなさい。爆薬、ガソリン、火の用意は?」
「ええ、全て準備が済んでいます。銃器を支給した者達も物陰に潜み、狙撃するものは校内の屋上や二階へ配置済みです」
「結構。南部の支援人員はどう?」
「既に、ハンターを含めて警戒態勢に入っています。彼らはもはや自衛隊の後継組織と言っても過言ではありません、俺らよりもよっぽど戦い慣れしてますよ」
「そう……なら、私の予想では後2分程度で来るわ。合図をお願い」
「了解」
根拠も何も掲示しない東城の指示に、それでも明石は即座に行動に移す。
こちらを窺っていた各連絡役へ手で合図して、できる限り音を立てない様に声も出さない。
その明石の合図でピタリとその場に居る者の作業していた手が止まる。
静寂が支配し、風が吹く音だけがやけに響く中、緊張したように誰かが唾を飲み込んだ。
もう間もなく、“主”と言う天災が目の前に現れると分かっている。
それだけで、その存在の出鱈目さを理解している者達は額に脂汗を掻く。
その天災はただ過ぎ去るのを待つ事が出来ない、対処しなければ生き残ることは出来ない理不尽なものだ。
ほんの一年前までここを縄張りにしていた“主”が争っていた人知を越えた生物を、“主”無き今はここに住む生存者が相手にしなければならないのだ。
生き残れる保証なんて何処にもない、むしろここで全滅する方が可能性としては高い。
それでもこれから先、生き残るためにはここで戦う以外に道はないのだ。
三十秒、四十五秒、一分…、一分三十秒……、そして二分が経過した瞬間。
じっと息を潜めていた者達が思わず息を止めた。
――――音も無く校庭の中央に現れた、いくつかの細い蔓が触覚の様に置かれた死骸の山を確かめている。
「…っっ!!」
多くの者が上げそうになる悲鳴を飲み込んだ。
目の前に現れた異常な生物に、当然ほとんどの者は表情を硬くする。
だが、例外の二人は。
東城は口角を僅かに上げてその蔓を見下ろし、より間近で見ているハンターと呼ばれる人物、南部彩乃は凶悪な笑みを浮かべた。
そしてそれが、死骸の山という御馳走をしっかりと確認して、蔓では到底本体まで持って行くことが出来る量でないと判断すると、捕食するためにその体の全体を地上へ這い出してくる。
巨大な球根。
気持ち悪い色合いで、ぶくぶくと肥大した至る所が生物的な印象を抱かせ、操る幾つもの巨大な蔓はそれぞれが驚異となり得るほどの大きさだ。
だが……見えたその巨躯に東城は眉を顰めた。
強固そうな外殻は、そのほとんどが剥がされ中身が露出している。
操る蔓も体の大きさに比べあまりに少なく、そして根元辺りから引き千切られているのが分かる部分さえもある。
何よりその球根の化け物の動きは精細さを欠いていた。
まるで、他の化け物と争い弱っているかのようにだ。
そんな東城の疑問も、球根の化け物が動き出したことによって一先ず放置される。
じっと好機を狙い澄まし、這い出た巨大な球根のような体を大きく裂いて御馳走を喰らおうとした時。
合図を下す。
「撃てぇぇ!!!!!!」
全方位から放たれた銃弾や火炎瓶、火矢は死骸に充分に染みこませた燃料に引火し、死骸の山に隠されていた爆薬へと燃え移り、巨大な大爆発を巻き起こす。
球根の様な生物の甲高い黒板を爪で引っ掻いたような悲鳴が静寂だった空間を裂いた。
だが、そんなものであの“死鬼”と同格の相手が倒れると、彼らは微塵も考えていない。
「攻撃の手を緩めるな!!! 反撃を許せば一気に持って行かれるぞっ!!! 続けろっ!!! 後の事など考えるなっ、用意した物全てを使い切るつもりでやれ!!!!!」
狙撃している者達や火炎瓶の様な放り投げる物を担当する者達は攻撃の手を緩めず、接近しなければ効果が薄い物の担当はじっと機を窺う。
そして、さらに追加で用意していた二台のトラックが動き出した。
中に乗った者達はしっかりと火炎に包まれている異形の影へ突っ込ませながら、アクセルを固定してトラックから飛び降りる。
そして、荷台一杯に積まれたさらなる追加の燃料が燃えさかり暴れ狂う球根の化け物に叩き付けられる。
追加の爆発が無数に連続する。
充分に距離を取っている者達でさえ、発生した爆風で体勢を崩し、吹き飛ぶ様な大爆発を至近距離で受けた球根の化け物への衝撃は想像を絶するだろう。
軽く体を吹き飛ばされながらも、ほとんどの者はこれで動かれては堪らないと引き攣った表情で爆心地に視線を向けて。
指示を飛ばしていた明石でさえ、屋上から校庭を見下ろしながらこれは仕留めたと確信していた。
――――だから、一人飛び出した彩乃の姿に驚愕する。
「なっ、アイツは何をっ!?」
「――――いえ、まだよ。第二段階に移行させなさい」
「はっ……、り、了解っ……! 第二段階に移行しろ!!!」
明石からの号令に、機を窺い潜んでいた者達が駆け出す。
そして、それよりも先に動き出していた彩乃はより至近距離から火炎に包まれる球根の化け物の姿を確認して、未だ致命傷を与えていない事を確信した。
それを落胆する事無く…いや、むしろ自分が手を掛けられる事を喜ぶように口を裂いて、手に持ったグレネードをバラ撒いた。
「……地に還す」
火炎にその身を包まれていた球根の化け物の本体を確実に爆破して、悲鳴を上げて反撃に移った蔓の攻撃を紙一重で避けさらに接近する。
もはや燃え移っても可笑しくは無い距離で、散弾銃の銃口を押し当てた。
蔓が根元から撃ち貫かれる。
神経系への深刻な一撃を受けて動かなくなった蔓に化け物は悲鳴を上げるが、ハンターはそんな暇を良しとしない。
連続する爆発したかのような発砲音で撃ち出された弾丸は、正確にむき出しの中身に撃ち込まれる。
そして続くように球根の化け物の周囲を取り囲んだ銃器を所持した者達がさらに追撃を加えていく。
針の隙間すらないような発砲音の嵐。
弾薬の残量など気にもしないその連弾に、もはや訳も分からず暴れ回る以外球根の化け物にはする術が無かった。
「ハンターさんっ、ちょ、危ないんで下がって!!」
「彩乃ぉぉ!!! 突っ込むなって言ったろうが!!!」
「異形は殺す、絶対」
「こいつ只のバーサーカーじゃねえかっ!!! 誰だハンターなんて上品な名称付けた奴!!」
戦況は悪くない。
東城は眼下のその光景を見詰めながらそう思う。
予定ではあの化け物が引き連れている動物の異形達が多数襲撃を仕掛けてくる筈だが、それの対処を任せてある、この場所周辺に配置した者達から報告に上がってくるのは予想していたよりもずっと少ない数だ。
自分達と戦闘になる前に何かあったのか……?
そんな言葉が東城の頭を過ぎり、同時にあの鬼の後ろ姿が思い浮かぶが、直ぐに打ち消した。
何にせよこれで用意したほとんどの武器を、あの“主”の退治に注ぐ事が出来るのだ。
今は確実にあの“主”を倒す方策を考えなくてはと、爪を噛む。
想像よりも弱っている状態での登場であったが、予想よりも耐久力がありすぎる。
これは……と言う焦りが東城の頭の中で湧き出し始めた。
「……“西郷”の拠点だったホームセンターから、外に配置した者達で燃料を取りに行って貰って頂戴。元“西郷”の者に道案内をさせてできる限り迅速に」
「り、了解!」
「それと、逃げようとするそぶりも見えるわ。絶対に地中に逃がさないで」
「伝達します!」
「後は……え?」
南部を含む、第二段階の銃弾の嵐で、球根の化け物はその身に火炎を纏いながら地に崩れ落ちた。
途切れた化け物の悲鳴と入れ違いに歓声が湧き上がる。
ピクリとも動かなくなった球根の化け物の姿を眼下に捉え、東城は慌てて屋上の柵から身を乗り出して様子を窺う。
「か、勝った! 勝ったぞ!! 東城さん、やりましたね! “主”の討伐が成功しましたよ!!」
「…………」
倒れ動かなくなった球根の化け物を見て、周りで喜び飛び跳ねる者達を東城は視線も返答もしない。
鋭い視線をじっと動かない化け物へと向けて、呼吸すらも忘れたように観察する東城は未だに納得していない。
「東城さん! “死鬼”がどれほどだったにせよ、“主”だってこうやって作戦を立てれば敵じゃないんですよ! 所詮は異形の中でも多少強いだけの存在! 幾つもの銃器を使えばこの程度!!」
「――――万全の状態のこの国の防衛機構を全て叩き潰して、中枢都市を破壊した“主”と同格の存在がその程度だと? 少しは頭を回しなさい」
「はっ……?」
「死んだ振りよ、とは言え少し遅かったわ」
「――――離れろ!!! 大きいのが来る!!!」
彩乃が吠える。
化け物の周りを囲っていた者達が、響きわたったその言葉に反射的に倒れ伏すそれから距離を取った瞬間、真っ赤なガスが噴出した。
広範囲に渡るそのガスの噴出に、比較的に近くに居た者がそのガスに飲まれる。
吸い込まずともその赤いガスに触れた瞬間吐血し目や鼻からも流血すると、突然力が入らなくなったかのように地に伏せて痙攣した後、動かなくなる。
そして数秒の間を置いて直ぐに動き出したその者は、町中を徘徊する死者として再び生を受けた。
「感染菌のガスっ!? こんな――――おい、彩乃突っ込むな!!」
引き留める声にも耳を貸さず、怜悧な瞳は化け物から逸れることはない。
危険なガスであることは百も承知だった。
だが、見るからに時間稼ぎをするようなこんな行動を見逃すほど、異形との戦闘慣れした彩乃が見逃せる筈がなかったのだ。
未だガスが立ち籠める空間にグレネードを投擲して爆破する。
爆風で吹き飛んだその空間にその身を飛び込ませて、再び起き上がり蔓を振り回そうとしていた球根の化け物に肉薄し、銃弾をたたき込む。
振り回そうとしていた蔓、外殻の剥がれた本体、そして時間を稼いだ隙に周囲に飛び散っている死骸の山を喰らおうと開かれた咽喉を徹底的に破壊しに掛かった。
「――――――――!!!!!!!!」
悲鳴のような絶叫。
痛みに身悶えして、吹き出した体液とはじけ飛んだ体の欠片がその威力を物語り、確実に弱点を打ち抜いたのは明らかであった。
ともすればどれが致命傷でも可笑しくない程の威力を有した銃弾の雨に晒されて、それでも恐るべき体力で暴れ回る化け物に、もはや余裕は無い。
「死ね、直ぐ死ね、消えて無くなれ屑どもが」
スルリと、懐に入り込んだ蚊のように挽き潰そうとしてくる蔓の波状攻撃をギリギリで避けながら合間を縫って発砲を繰り返す。
人一人が吹き飛ばされそうな反動を持つ散弾銃を連射しても彩乃は体勢を僅かも崩すことなく、憎悪を持って化け物に肉薄し続ける。
常人離れした体幹と瞬発力で、化け物の反撃をものともせず攻撃の手を止めようとしないその姿はまさしく、異形を狩る者として完成されている。
弾薬を撃ち尽くした散弾銃を後方に放り捨て、得物をサバイバルナイフに持ち替えた彩乃が直接化け物を切り裂くも、吹き出した赤いガスに反応して大きく飛び退る。
未だに宙に漂う薄い赤色の気体を警戒して中々飛び込んでいけない人から銃器を奪い取り、さらに懐に飛び込んでいく。
もはや彩乃は化け物しか見えていない。
的確に、冷徹に球根の化け物を破壊し続け、何をトリガーとしたかは分からないが。
「■■■■■――――!!!!!」
ついにそれは逆鱗に触れた。
「――――離れなさい!!!!」
いち早く反応したのは屋上から様子を見ていた東城だ。
今までの様に周りに指示を任せるのではなく、吠えるような大声で自ら指示を飛ばした。
それを異常な事態と察知した化け物を取り囲んでいた集団は、突っ込んでいた彩乃の襟首を掴んで逃げ出すように距離を取る。
だが、それでも間に合わない。
球根の巨躯に比例するように巨大なひび割れが幾つも走り、赤いガスを全身から漏れ出し始める。
量としては大したものではない、それでも…。
「ま、ずいっ……!!」
「逃げろっ、距離を――――」
振り抜かれた蔓が刃のように赤いガスを撃ち出し、その直線上に居た数人が感染菌の塊に呑まれた。
抵抗は無意味、呑まれた者が即座に死者へと早変わりするそのあまりの濃度に息を飲む。
「■■■ォォォ!!!!!」
自傷し、体液を吹き出しながら絶え間なく体から赤いガスを漏れ出させる化け物も只では済んでいないのだろう。
あまりの痛みに悲鳴を上げるように咆哮を上げて、それでも球根の化け物は逆鱗に触れた彼らを全滅させようと暴れ狂う。
巨大な蔓が校舎や校庭、そして用意されていた車両と言ったものまで無差別的に攻撃し、その全てを破壊していく。
自分の体の存続よりも、もはや攻撃してきた者達への復讐しか頭に無いようだった。
「……終わりね、まさかこんな奥の手があるなんて……最悪……」
東城が小声で諦観を口にして、頭を振る。
近付くことは出来ない、漏れ出したガスが鎧のように体を覆っているから。
攻撃することが出来ない、暇無く振るわれる数多の蔓が暴力的な力を持ってその行動を許さないから。
逃げ出すことは出来ない、背を向けた瞬間がその者の終わりだからだ。
「あの様子ならアイツも長くは持たないだろうけど、このまま逃げ出してもどれほどの被害が出るか……。戦えない、逃げ出せない、……隠れるのも無理そうね。あはは……“主”になんて手を出すべきじゃなかったかしら」
「と、東城さん……」
「ここまで来たらアイツが倒れるまで耐えるか、若しくは被害を覚悟して逃走するか。どちらにせよ早く決めないと……」
「東城さん!」
「……悪いけど少し黙ってて、今どっちが被害を抑えられるか考えてるの」
「違います! 東城さん!!」
「――――ふ、ふふふ、……あはは!」
東城は明石が指差す先を見て笑いを溢す。
心底可笑しそうに、笑い声を上げる。
△
じりじりと逃げ場が狭まっていく。
蔓を使い、行く先を閉鎖して逃げ回る者達を纏めてなぎ払い、そこら中に落ちている餌を適時補給して自分の生存時間を増やす球根の化け物は計画的に襲撃してきた者を始末するように行動する。
先ほどまで果敢に責め立てていた者達が、引き攣った表情でいかに危機を逃れるかと言う事だけを必死で考える。
最初に攻め立てていた時よりも人数はかなりの数が減ってしまっている。
暴れ狂っている癖に、背中を向けて逃げ出した者を残らず見逃さないのはあまりに厭らしいだろうと叫びたくなるが、化け物にそんなことを言っても意味が無いのは誰もが分かっていた。
各々が手に持っていた銃弾を撃ち尽くして応戦したが、全ての弾丸が尽きても化け物の暴走が止まる様子は微塵もない。
息を飲んで、じりじりと後ずさりするだけで精一杯であった。
「……彩乃、お前は逃げろ。お前が逃げると同時に俺が突っ込んで奴の気を逸らす、その間に……」
「嫌だ、私は最後まで戦う。この命尽きるまで異形なんかへ負けを認めて堪るか」
「巫山戯んなっ……、お前のお父さんになんて言やあ良い。俺はあの人に恩があるんだ。黙って逃げろ」
「お父さんは関係ない。そんな事情私には関係ない。むしろそっちが逃げればいい、その間の時間なら幾らでも稼いであげる」
「おいっ、我が儘をっ……!」
「来るぞっ!!!!」
彩乃と“南部”から派遣された男が言い争いをしていれば、悲鳴のような警告が飛ぶ。
振り払われようとしている蔓の大きさと数がこれまでとは比にならない量だというのを理解して、もはや回避が出来ないのを察知した者達の中から、一人、彩乃が飛び出して最後の反撃を敢行しようとして――――何かに気が付いて足を止める。
絶望の色に染まった彼らの前に、着物姿の小さな人影が飛び込んできた。
「懲りないな、植物風情が。ここで仕留めてやろう」
片手に持ったタンクローリーを振るわれようとしている数多もの蔓目掛け振り下ろす。
新たな爆発が目の前で巻き起こり、後ろに居た者達は思わず両手で顔を隠した。
そして、爆風が収まるのを感じて、ゆっくりと目の前に現れた乱入者を確認し、愕然とする。
「う、嘘だろ……。なんでお前が……」
見間違える筈がない。
雪のように白い肌、漆のように輝く髪に側頭部から生える双角、そして好んで着ていた着物姿と来れば、あの化け物しか該当しないのだから。
「――――“死鬼”っ……!!」
憎悪に満ちた鋭い眼光で、彩乃が歯を食いしばりその名を呼ぶ。
こちらに視線もやらないその化け物の後ろ姿は、あの頃の絶望と何一つ変わりはしなかった。