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狂乱の”主”

 服に付いた汚れを少しだけ払って、忘れ物がないかを確認する。

 やり残したことが無いかを短く考えて、出てきたのは幼馴染の事だけだったので、直ぐに解決出来る問題ではないかと自己完結させた。

 連れてきた生存者達に顔を合わせないように隠れるようにここまで出てきたが、どうやら見付からずにたどり着けたらしい。

 そうして出発前の最後の挨拶をしようと振り返れば、先ほど会ったばかりの東城さんと明石さんの二人が見送りに来てくれている。


 先ほどまでの感情的な姿がなりを潜め、東城さんは感情の起伏を表情にほんの少しも出していない。

 妙な重圧を振りまきながら立ち尽くすその姿は、ぼんやりと俺を透かして虚空を見ているような印象を与えられる。

 さっきのあれは何だったのだろう……これが上に立つものには必要な姿勢なのだろうか?

 そうだとしたら、やっぱり俺は人の上に立つ事は向いていない。

 そんな事を考えながら東城さんをまじまじと見詰めていれば、明石さんから声を掛けられた。



「……本当に帰るのか? 梅利さんの仲間も連れてきて、ウチのコミュニティに所属しても構わないと思うが……」

「あはは、ありがとうございます。でもそれも含めて待っていてくれてる仲間と話したいですし、取り敢えず一旦拠点に帰ろうと思います。東城さん、あの件についてはできる限り協力させて頂きますので、またここに訪ねると思います。その時はまた」

「ええ、楽しみにしているわ」



 ころりと微笑んだ東城さんと表情を曇らせる明石さんに少しだけ申し訳ない気持ちで頭を下げた。


 東城さんは別として、どうやら明石さんは俺もこのコミュニティに参加するものだと思って居たらしい。

 まさか俺が単独で拠点に帰っていくとは思って居なかったのだろう、東城さんと話をしながら帰る支度をしている俺を見て、話し合いが終わったであろう彼が慌てて声を掛けてきたのだ。


 別に自分という戦力を見せて都合の良いように彼らを動かそうとした訳ではないが、結果的にそのような形になってしまったのには変わりない。

 できる限り……彼らには協力したいと思う。

 それこそ、埃を被っている奥の手を彼らに譲渡しても良いと思う程度には、だ。



「今度良いものを持ってきますね、あ……食べ物とかじゃないんですけど」

「良いものって言って、直ぐに食べ物だと思うなんて何年前の常識よ……ふ、ふふっ……」

「ああ……ん? 東城さん、今笑いましたか?」

「気のせいよ」



 溢れた笑いを引っ込めて口を横一線に引き絞っている東城さんに、明石さんはツチノコでも見たような顔で硬直している。

 普段どんな態度で振る舞っているんだと気になるが、早く行けと目で訴えてくる彼女に背中を押される形でその場から離れた。


 考えてみれば結局、ここに住む人はこんな状況下に置かれているにも関わらずそこまで現実を悲観しているような印象を受けなかった。

 東城さんは良き指導者であるのだろうか……。

 彼女が俺に見せた無邪気な笑いを思い出して、無意識のうちに自分がコミュニティに所属できる方法を模索しているのに気が付いた。


 意識を取り戻して一年間、過剰に避けていた筈の生存者との関わりを。


 今の自分は少しだけ、考えを変え始めていた。







 つい先ほどとは違う、動物たちが跋扈する町中を駆けていく。

 最悪だっ……、そんな言葉が口から漏れ出した。


 襲われていたホームセンターに近付く程に見慣れた周囲の光景は変わっていき、気が付けば辺りは普段徘徊している死者や異形の姿が見当たらず、代わりにそこら中に居るのは動物の形がかろうじて残る化け物どもだ。

 どれもこれも敵意を示し、力の差を知らしめるために襲い掛かってきた数体を派手に砕いたが、それでも恐れなど知らぬかの様に次々と絶え間なく飛び掛かってくる。

 今までなかった異常な挙動が底知れぬ不気味さを感じさせ、意思の感じさせない赤い光を宿した目が、それを通して別のナニカに見られているかのような錯覚まで覚えさせてくる。



「くそっ……! まだあれから数時間だよなっ……!? 何でこんなに可笑しな状況になってるんだよっ!!」

 


 予想外の状況に言葉を吐き捨てて、これ以上の戦闘は弾薬の無駄になると判断して駆け抜けることを決めた。

 目の前に居た四足歩行の獣の頭を踏み台に大きく跳躍して、そこら中に転がる車の上を飛び移りながら進む。



「……あの教会ならそうそうこじ開けられる事が無いと思うけど……知子ちゃんは無事だよな?」



 口に出した途端に重くのし掛かってきた不安で口を閉ざす。


 嫌な想像ばかりが頭を過ぎる。

 楽観視していたつもりはないが、まさかここまでと言う想いがあったのは事実だ。

 焦りを抑えたまま、大型の動物たちの頭上を飛び越えて知子ちゃんが待つであろう場所へと向かう。



「――――不味い……」



 ようやく視界に入ってきた教会に周囲には、大量の動物たちが徘徊していた。


 この近くに生きている人間がいると気が付いているのかまるで離れる様子がなく、何かを探すように教会の近くを探し回り、時に教会の壁を破壊したりしている。

 地下にある秘密部屋とは言え、あれだけ荒らし回されていたら見付かる危険は高い。

 いや…既に見付かっていても可笑しくないのではないかとも思えるほどの危機的な光景。

 

 思わず息を飲み、即座に狂乱の場に飛び込んだ。



「離れろ!!!」



 着地と同時に足下に居た二体を踏み潰し、声を出し吠えることで化け物どもの視線をこちらに向けさせる。

 全方位から一気に襲い掛かってきた奴らからの攻撃を垂直に数メートル飛ぶことで回避して、真下に向けて銃弾を乱射した。

 比較的柔らかい外皮や筋肉を持つ奴らはそれで動かなくなるが、そうでない奴らは落下の力を使った踵落としで片づけた。


 どこから湧いたんだと思うほどに集まってきた化け物達を何とか処理しながら、教会の中へと視線をやれば物陰に隠れてこちらを窺う猿二匹を見付けた。

 なんだかんだ逃がしていた、あの猿二匹だ。



「お前っ……! お前らっ、その先の子に手を出したらどうなるか分かってるよなぁ!!?」

「キッ!? キキッ!!?」

「キャッ! キキ、キャキャ!!?」

「――――その時は逃がさない、今度は絶対に仕留めてやる」

「キキ!!!???」

「キャ……!!??」



 素手で化け物の頭蓋を砕きながらそう宣言すれば、猿達は慌てて教会の中へと駆け出していった。

 まさか知子ちゃんを人質にするつもりなんじゃなんて言う嫌な想像をして、その猿たちを追い掛けようとするが、周りに居る化け物達がそれを許さない。


 異常なまでの数で、異常なまでの執着で、俺を取り囲んで逃がさない。



(なんなんだコイツらっ!!? なにか変だ!!? まるで…まるで最初から俺が目的かのような……!?)



 不気味なまでに張り付いてくる化け物達に足止めされて、まともに進めずに足踏みしていた俺の隙を、ソイツは見逃さなかった。



 大地が揺れる。

 地が砕ける。

 局所的に大地震でも起こったかのような、視界が大きくぶれるほどの振動に、慌ててアスファルトに手を突き刺して耐える体制に入ったのは完全に俺のミスだった。



「――――えっ……?」



 周囲に居た化け物達ごと緑色の大きな壁に覆われた。

 棘のようなイボを無数に貼り付けたその壁は、それでも俺に襲い掛かってこようとする化け物達を押し潰しながら急速に目の前に迫り、俺も化け物達と同じように何の反応も出来ないまま体を挟まれる。

 

 何度も、何度も、何度も、何度も。

 開閉を繰り返すその壁に、訳も分からず押し潰されていた俺はようやく理解する。


(これって、今俺、咀嚼されているのか……!?)


 痛みはない。

 怪我はない。

 この程度の圧力を何度喰らったところで、この体は傷一つ付かない。


 一緒に咀嚼されている化け物達がもはや見る影もなく細かく砕かれたのを横目に見ていれば、この口の持ち主も俺の異常な硬さに気が付いた様で、最後に一際強く噛み締めた後に俺を外に放り出した。

 何とか体制を立て直そうとした俺の体を細い縄のようなものが何重にも絡まってきて、踏ん張ろうとしても足下のアスファルトが割れてしまうような馬鹿力で引きずり回される。


 ビルに叩き付けられ、数十メートルの高さから地面に叩き付けられ、地面の中を引き摺り回される。

 大木のような縄の先端でハンマーのように叩かれて、針のように鋭い先端で傷を作ろうと突き刺してきて、幾重もの有刺鉄線のような縄で体を拘束される。

 それでも痛みも、傷一つさえ付かないこの体に、攻撃を仕掛けてきている何かも相当焦っているようで、その攻撃の種類も同じものの繰り返しのようになってきた。



 ……改めて思う、この体は相当にぶっ飛んでいる。

 普通の人間であれば即死するような攻撃の雨に晒されているにも関わらずこの有様だ。

 なんだか他人事かの様な気軽さで自分の現状を認識しながら、そんなことをぼんやりと考える。



(そろそろこいつの動きも精細さを欠いてくるだろうし……反撃するか)



 そう考えて体に力を入れようとするが、体に巻かれた縄のようなものを引き千切る事が出来ない。


 あれ……? なんて思う間もなく、体がやけに重いことに気が付いた。


 熱い、無性に体が熱い。

 病気で体が高熱になったかのような感覚。

 昔患ったインフルエンザの時に似た体の感覚に戸惑い身動きが取れないでいれば、何かに気が付いたのか、俺を攻撃しているソイツの行動が変化する。


 それまでとは違う、目的を持って俺を引き摺っていく。

 地中の深く、奥深くまで動けない俺を引き摺り込んでいくそれが、地下の大きな空洞にまで辿り着くと、ようやくこの縄のようなものの持ち主を視認する事が出来た。



――――それは大きな球根だった。


 第一印象を答えるとしたらこれだろうか。


 円錐状に膨らんだ球体から無数にも縄に似たものを出し、地上へ向けて這わせている。

 植物の出来損ないのような、腐った黒色に近い不快感を覚える色合いをしたその球体は、何を体にため込んでいるのか、大きくぶくぶくとこの地下空間を埋め尽くしている。

 大きなビル程度はありそうな程巨体で、舌なめずりをするようにこちらを窺う縄の先端は形状を変化できるのか大小様々で形もバラバラだ。



(か、怪獣と言っても過言ではないのでは……? 知子ちゃん……俺間違ってなかったよ……)



 現実逃避したそんな思考は次の一瞬で掻き消える。


 相変わらず力の入らない体を拘束したまま、その球根の化け物は一際ぶくぶくと肥大した膨らみをいくつか俺に近づけてきたのだ。

 近付いてくるその気持ちの悪い膨らみに顔を引きつらせるが、ソイツはそんなことはお構いなしに俺の顔の近くにそれを持ってくる。



「……一体何を――――」



 言い掛けた言葉を塞ぐかのように、視界を“赤”が埋め尽くした。


 膨れ上がっていた果実のようなそれから吹き出したのは、死者や異形の体を動かしている、感染菌の塊だった。



「――――あ゛あ゛あ゛!!!???」



 体が痙攣する様に跳ね上がる。


 痛みで思考が定まらない。


 酷い頭痛だ、割れるように痛い。

 その体を覆い隠すほどの“赤”の霧は、俺の体の自由を奪っていく。


 何とかその赤い霧から逃げようと暴れるが、もはや拘束など関係なく体は言うことを聞きやしない。

 ガンガンガンと、頭の内側から打ち付けるような痛みに歯を食いしばり、耳元で聞こえてくるブチブチという音に悲鳴を上げる。

 そんな死に体を晒しても、目の前の球根の化け物はそれを俺のそんな様を喜ぶかのようにさらに吹き掛ける”赤”を増やしていく。

 絶叫を繰り返し、あまりの痛みに涙を流す俺の意識は段々と削り落とされていく。


 そしてその終わりは感覚の喪失だった。

 最初に全身の感覚がなくなり、蝕んでいた激痛が突然消える。

 視界がぐらつき明滅し、耳が遠くなり、指先一つさえ動かず、力が無くなってがくりと落ちた顔が地面を見詰めて動かなくなって。

 そこまでして球根の化け物はようやく、噴出させていた赤い霧を止めた。



(……うご、かない……。力が……はいらな……)



 いつかの、感染した時のような体の感覚に、目の前に近付いてくる球根の化け物を見ることも出来ない。


 ガパリと何かが開く音がする。

 それが球根の化け物の体が捕食するために口を開けた音だとなんとなく理解しながら、眼球すらそちらに動かす余力は無い。

 頭が動かない、食べられると分かっているのに何も対策を考えることすら出来ない。

 ぼんやりと見詰めていた地面に大きな影が差して、化け物が目前まで迫っていることだけ理解する。


 ああ、ここで終わりか……、なんて言葉が頭を過ぎった。



『終わって良いのか――――本当に?』



 唐突に、その声が響いた。

 誰かの問いかけが頭に響く。

 聞き慣れた、この体の、自分の声。



『思い残すことはないのか? やり残したことはないのか? 残した者は無いのか?』



 やけに口達者に、小馬鹿にするかのように、興奮を抑えきれないかのように。

 言葉を連ねる誰かは、俺に問い掛けてくる。


 そんな問いに碌に考える余裕なんて無く、勝手に動いた俺の口が紡いだのは、「知子ちゃん……」なんて言う小さく言葉。

 けれどその問い掛けの主は、それだけで狂喜する様に頭の中で騒ぎ立てる。



『なあそうだろう、まだ何も果たせていないのだろう? ならほら示せ、私はまだ戦うと、突き進むと私に示せ!』


 

 その声で反射的に身体が動いた。

 最後の力を振り絞って、目前にあった球根の化け物の口を掴んで引き千切る。

 

 そこから大量の“赤”が噴出して、俺の体に降り注ぎ、絶叫する球根の化け物が俺を慌てて放り投げる。

 あまりに強いその力に、吹き飛んだ線上にあった障害物を何度も貫きながら地面に叩き付けられた。


 口から大量の黒い血が流れ出す。

 最後に貰った大量の“赤”がとどめになったようで、一時的に窮地を脱したと言っても、もう今度こそ体は言うことを聞きやしない。

 ボロボロと欠けていくような感覚と共に急速に消えていく自意識に。

 もう、恐怖も感じる余裕はなかった。


 奇声を撒き散らしながら、球根の化け物が地を埋め尽くすような動物たちと共にこちらに襲い掛かってくるのを最後に見て、俺の意識は消えていく。



『ああ……主様、私だけの主様。貴方のその意思は確かに見届けたぞ。あはっ、あははっ……あははははははははは!!!』



 喜び狂うように、熱狂するように、俺ではない誰かが俺の声でそう叫んだのを最後に、俺は何も感じなくなった。




――――だからそこに残ったのは、花宮梅利と言う少年ではない。



 動かなくなった少女の身体の指先がかすかに震える。

 光を失って虚空を見詰めていた瞳が、出血したかのように真紅に染まっていく。

 


「……アー、アアー……、んんっ、なんだか声の感覚が可笑しいな」



 幽鬼のように、目の前に迫る大群を前にして何でも無いことのように立ち上がった迷彩服の少女は、血のように真っ赤な目で自分が纏う服を見下ろした。



「……流石に主様のセンスが無いと思うのだが……いや、好んで着ている訳ではないのか?」



 口元を歪ませる少女が視界を遮るヘルメットに触れて、邪魔臭そうにそれを引き千切った。


 そこから現れたのは、渦巻き状の黒い双角。

 不揃いで歪なその双角の片側は、もう一つと比べると大きさが異なり、急ごしらえの、あるいは生え替わって間もないかの様な異様な様相を晒している。


 フラフラと視線を彷徨わせていた少女がようやく目の前に迫った大群に意識を向けた。


 真っ赤な瞳孔を蛇の様に縦に裂いて―――――嗤う。



「獣風情、意に介す様なものではないのだが……ああ、主様のため仕方なし。……それにしても貴様ら――――」



 その少女は花宮梅利ではない。

 その少女は人間ではない。

 その少女は。



「――――頭が高いぞ」



 この地を支配した“死鬼”と言う鬼だ。







 笹原知子は怯えていた。

 外から聞こえてくる獣達の鳴き声に、両手で耳を塞いで蹲り、一人震える。


 なぜ、と言う疑問が吹き出した。

 この場所で共に暮らしている梅利と言う少女に待っているように言われて、この部屋に置いて行かれた。

 直ぐ帰ると言っていた彼女は、数時間待ってみても帰ってこず、折角用意した食事は少しだけ乾いてしまっている。

 それでもあの人と一緒に食事をしたいと食べるのを我慢して待っていれば、不意に聞こえてきたのは動物達の不協和音な鳴き声。


 直ぐに異常事態だと気が付いて、只でさえ重い鉄の扉に様々なものを立て掛けて塞ぎ、入って来られない様にしたが、だんだんと増えてくる動物達の声は、少しだって離れて行きはしない。

 ここに誰かがいると分かっているかのように、増える一方の動物の声は気味が悪いほど何かに執着している様だった。



(なんなのっ……!? なんでこんなっ!? ば、梅利さんは無事なのっ!?)



 動かないように、音を立てないように。

 必死で小さく蹲り息を殺す少女が固く閉ざされた扉を見れば、その先で何かが暴れているのか、何度もその扉が揺れているのが分かった。

 

 ガタガタと震える手で手元の拳銃を抱き締める。

 梅利に貰ったその拳銃をもしもこの場に奴らが入ってきたら撃ち切ってやると心に決めて、じっと扉の先を睨む。

 建物を壊しているのか、何度も何かを破壊する音で溢れて、収まる様子はまるで見せない。

 もう外に飛び出した方が良いんだろうかと言う、何度目か分からない思考が過ぎって、直ぐにそれを打ち消す。

 あの少女ならまだしも、自分がそんなことをして生き残れる想像が出来ない。



(こ、このまま死ぬのは嫌っ……! 梅利さんの安否を……!!)



 ぐるぐると回る思考を定めて、ようやく一つ決心する。



(あの扉が破られ掛けた瞬間、銃弾を乱射して突破しよう……! 多分ここはバレているから……もうそれしかないっ……!!)



 じっと意識を集中させて扉を見詰めるが、そう決心すれば、パッタリと扉を叩く音がしなくなった。

 そのままの姿勢で待機して外の様子を窺うが、直ぐそこで暴れていたはずの獣の存在がまるで感じられない。

 

 それどころか、気が付けば外から聞こえていた筈の獣達の鳴き声は、何一つしなくなっていた。



(……え? 居なくなった……の? でも、急にそんなことが? 外に出るのは控えた方が良いよね……一日くらいは待った方が無難よね)



 考えを巡らせながら、取り敢えず音を聞こうと扉ににじり寄った少女はそっと耳を扉に当てようとして。


 ドンッ、と言う扉を大きく叩いたような音に驚き、背中から後ろに飛び跳ねた。



(な、なななな、何っ!? やっぱりまだそこに何か居るのっ!!??)



 拳銃を構えて動かなくなった彼女に、その扉の前に居る何者かが声を掛けてくる。



「知子、この辺りに居た奴らは残らず排除した」

「えっ!? ば、梅利さん、無事だったんですね!!?」

「騒ぐな馬鹿者、……そして少しの間ここを開けるな」

「え……貴方、梅利さん……ですよね?」



 姿が見えない誰かの声は、確かにいつも聞いている鈴を鳴らすようなあの人の声だ。


 それなのにその声を聞くだけで、身が竦んで凍り付くのは何故だろう?

 いつも感じていた筈の暖かみが、まるで感じられないのは何故だろう?



「……下らない問いかけをするな。私は少し寝る。明日の朝方にこの扉を開けよ」

「あ、待って下さいっ……、そこに居ては危険でっ、せめてこの中に……」

「くどいぞ」



 冷たいその言葉に何も言えなくなって、少女は口を閉ざした。


 しばらくそのまま待ってみるが、外からは先ほどまでの狂乱が嘘だったかのように何も聞こえてこない。

 梅利さん、そう呼び掛けてみても、もう扉の先の誰かは反応一つしてくれない。


 そのまま脱力して壁に背中を預けて、動くのを止める。

 あの誰かの言葉の意味は分からなかったが、それでも明日の朝まではそのままで居ることにした。

 外から動物の鳴き声が聞こえてきたら、直ぐにそこに居るであろう梅利を中に引っ張り込もう、そう決意して。


 彼女はそのまま眠らずに、じっとその体勢のままで扉の先を見続けた。


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