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合縁奇縁の巡り合わせ

 ショッピングモールの生存者を乗せたバスは廃れた町中を行く。

 基本的に足で町を探索していた俺の記憶によれば、市役所までの道を間違いなく選んでいけば、途中で道が塞がることもなく目的地に辿り着くことが出来るだろうと言う確信があった俺は気楽に構えていたが、他の者達はそうでないようでハラハラとした様子で道の先を窺っている。

 もしも途中で降車することになれば、さらなる犠牲が生まれることは火を見るより明らかだったからだ。



「……なあ、そろそろ自己紹介とかしないか、お前の名前を教えて欲しいんだが……」

「いや、名を名乗るほどの者でもなくそのつもりも無い。君たちを安全な場所に送り届けたら拠点に帰らせて貰うつもりだからな」



 なんとか距離を縮めようとしてくる彼らに拒絶の言葉で壁を作る。

 このまま仲間扱いなどされても正直困るからだ。


 彼らは人で、自分は異形。

 幾ら信頼関係を築けたところで、彼らは俺の正体を知れば拒絶するであろうし、俺も彼らにこの秘密を打ち明けるつもりなど無い。

 何せ生前の知人である知子ちゃんにもこの秘密を打ち明けるつもりはないのだ。

 それを、ただ自分の力を知って擦り寄ってくるような人間性も分からない相手になんて、選択肢にも入る筈もなかった。

 


(はあ……、いずれ知子ちゃんも信頼出来るコミュニティに保護して貰わないとな……。本当はあの藪医者がいる所が良いんだけど……あいつ今何処に居るんだ?)



 一度、完膚なきまでにボコボコにした相手の顔を思い出しながらぼんやりと進行方向に視線をやっていれば、ふらふらと徘徊していた死者がバスの下敷きになるのが見えた。


 雨で路面が滑る状態であれば、たとえこの大きさのバスでもスリップして事故を起こしてしまうのだろうかなんて疑問を持ちながらも、あの兵藤と言う粗暴な男を諫めていた運転席の男に指示を出す。



「次は左に」

「ああ分かった。……なあ、お前の名前は言わなくて良いが、せめて俺の名前は紹介させてくれ。檜山って言うんだ、さっきは本当に助かった……ありがとう」

「礼は要らない。やりたいようにやっただけだ、気にするな檜山」

「……はは、あんた性格良いのか悪いのか分かんないな」

「何を言ってる。俺ほど性格良い奴なんて居ない」



 後はまっすぐ行けば到着だと伝えて、運転席の横から離れた。

 所詮中坊の頭では、腹黒そうな奴との対話ではいずれボロが出ると踏んだため、檜山との会話を早々に打ち切りたかったのだ。

 

 車内を見渡せば、疲労が溜まっていたのか、ほんの30分程度の移動であると言うのに眠りに落ちている者が多い。

 会話しなくて済むのならばそれに越したことはないかと、近くにあった椅子の側面に寄りかかれば、その椅子に座る者から声を掛けられる。



「あの……」

「ん?」



 そちらに顔を向ければ、いつか見た女性の顔がこちらを窺っていた。

 確か、知子ちゃんの話にも出ていたなんとか雛美さん。

 姓が思い出せない、話に出ていたような…出ていなかったような。



「あ、すいません、私は神楽(かぐら)(ひな)()と言います、この度はありがとうございました。」

「ああ」

「貴方は……何処かしらのコミュニティに所属されてるんですか?」

「さあどうだろうな」

「女性の方ですよね、その、なんでそんな格好をされているんですか?」

「この格好はこれが一番行動に支障が出ないからだ。女だろうが、男だろうが命がなによりだろう」



 そう冷たく突き放した言い方をすれば、彼女はそうですかと視線を落とした。

 

 ……気まずい。

 今後の事を考えるとあまり距離を詰めるような事はしたくないが、ここまであからさまに冷たくすると自分が悪い事をしている気分になってくる。


 落ち込んだように顔を俯ける神楽さんに何か言葉を掛けるべきか迷ったが、結局何も思いつかないまま目的地へと到着してしまった。

 眠っている者達を起こしつつ、いの一番にバスから飛び出し、近くに居た死者を軽く処理して安全を確保する。

 俺たちのバスが接近してくるのに気が付いていたのだろう、市役所から武器を構えた集団がこちらを警戒するように接近してくるのを見つつ、ふと見覚えがある姿を視界の端に捉えた。

 ……そういえば“東城”コミュニティって最近聞いた覚えがあるような気がする。







「ああっ、また会えたね俺の天使!! はるばる会いに来てくれたのか!? よし分かった結婚しよう!!!」

「ははは……気持ち悪い近寄るなぁ!!」



 警戒しながらじりじりと距離を詰めてきた市役所を拠点とする彼らに対して、銃から手を離して敵意がない事をアピールしていたのだが、俺の姿を見付けたこの馬鹿野郎はその集団から飛び出して俺の元まですっ飛んで来やがった。

 明石秀作、ついこの前俺と知子ちゃんが遭遇し、少しの間敵対した集団のトップである。

 訳の分からない事を口走る頭の可笑しいヤベー奴だが、頭は可笑しくとも優秀でありコミュニティ内で高い地位に居る無視できない存在でもある。

 芝居だと思っていた以前の言動をそのままに俺に接してくるものだから、イケメンこと明石さんの周囲に居た武装集団はその隊列を乱し動揺して、俺の後ろから向けられるホームセンターからの生存者達の視線も痛い。


 意味の分からない言動を素気なく拒絶するも、明石さんは以前と何ら変わりない、キラキラした笑みを貼り付けて俺の態度をさらりと受け流し苦言を浴びせてくる。



「それにしてもコミュニティの方々を大勢連れてくるとは、少しアポイントでも取っておいて欲しかったな」

「……俺だってこんな急にお邪魔したいとは思わない。やむにやまれぬ事情があったんだ」

「ほう、と言うと?」

「それは俺の口から言うべきものではないが…結論から言うと、保護して欲しいんだ」

「……なるほど? となるとそうか、少し長い話になるだろうな。場所を変えようか」



 ほんとにこいつ頭の回転が速いな。

 状況を今の短い会話だけで理解したのか、何の警戒もせずに背中を向けて、俺らを拠点の中へと案内しようとする明石さんに感嘆の溜息を吐く。

 だがたとえ明石さんが理解していたとしても、周りに居る同じコミュニティの者はその判断に納得できないようで慌てて彼を引き留めようとする。



「あ、明石さんっ、拠点にこんな人数入れちゃ不味いですよっ! せめて東城さんに許可を貰わないとっ!」

「こんな人数を外で待たせてみろ、それこそ死者や異形の撒き餌になりかねないだろう。東城さんには俺から事後承諾を頂くから問題ない、迷彩服の者と代表者2名以外は武装解除だけさせて玄関ホールで休ませておいてくれ」

「で、ですがっ!?」

「そもそも彼女が向こう側にいる時点でまともな戦闘にはならないだろう。俺は無駄な被害など出したくはない、指示に従え」

「……了解しました」



 明石さんが有無を言わせぬ口調でそう締めれば、渋々といった体を崩さずとも周囲でこちらを睨んでいた者達は手に持った武器を下ろした。



「では梅利さん以外の他の方々はその中から代表者を二名選出して付いてきてくれ。代表者以外は武装解除して玄関ホールで待機、反抗的な態度を取るようなら実力で黙らさせて貰う。これがこちらの可能な限りの譲歩だ。梅利さん、不満はあるかい?」

「勿論無い、ご配意感謝する」

「はは、惚れても良いからな?」

「寝言は寝て言え……」



 前を行く明石さんの軽口を適当に捌きながら背中を追う。

 肩に掛けた銃器を預けるのも不安だが、取り上げるつもりもないと特別扱いされれば、本当にそれでいいのかと不安にもなる。

 勝手に一人でモヤモヤしながら早足で拠点の中を歩いて行く明石さんを見ていれば、いつの間にか代表者として選ばれたのか兵藤さんと檜山さんが着いてきていた。


 そのまま四人で言葉を交わす事も無く、清潔感が残る廊下を歩いて行けば目的地である部屋へと辿り着く。

 元は応接室として扱われていた、比較的広い部屋だ。

 明石さんが扉を開いて中に入るように促してくるが、俺はこれ以上彼らの話に参加するつもりはなかった。

 


「いや、俺はここまでで良い。後はコミュニティ同士での話し合いを行ってくれ」

「何? 梅利さんは……ああそうか、これまで見かけたこともなかったからな、所属期間が短い訳か。なら悪いがこの部屋の外で待っていて貰って良いか?」

「ああ、この場所から動かないようにしているから、何かあったら声を出してくれ」



 そう言って、軽く頭を下げながら部屋へと入っていく三人を見送って、その扉の横に背中を置く。

 コミュニティ同士での遣り取りなど俺を交えて欲しくはないし、なんなら相談すらされたくない。

 ちらりと外の赤く燃え始めた空を見上げて、ヘルメットを深く被る。



(直ぐに帰るって知子ちゃんに言って来ちゃったのに流されてズルズルとこんな時間まで……怒ってるかな?)



 着いてこようとする彼女を部屋で待つように説得するのは時間が掛かった。

 少し納得の色を見せた瞬間に力業で押し込んだ形となるが、一応は了解してくれた形となるので、きっと外を徘徊しているというようなことはないだろう。

 多分……きっと。

 その代わり、めちゃ怒っている可能性は高いが。

 自分にこれから降りかかる小言の嵐を思い、気持ちが勝手に底なし沼に沈んでいく。


 可笑しい。完全に庇護の対象で俺の方が彼女よりも色んな面で優位に立っている筈なのに。

 出会って、同居するようになって、気が付けばあっという間に生前の時のような関係が築かれてしまっている。

 家主は俺で、色んな技術を教えながら彼女の怪我も治療したりしているのだから、もう少し、こう、敬って欲しい気もする。

 ……まあでも、嫌ではないのだけれど。

 自分を諫めて、待っていてくれる存在が居ると言うだけで、心は何故だか安らいでしまうのだから。

 ほら、現に今、気が付けば口元が上がっている。



 そんなことを考えていれば、ガチャリ、とここでは無い少し遠くの扉が開く音とともに男女の話し声が聞こえてくる。

 どうやら他にも誰かがここへ客として招かれていたようで、その男女の事務的な会話と世辞の応酬はお互いとの微妙な壁を感じさせた。

 誰だろうとは思うが、それを確認する前にこちらへ足音が近付いてきたのを感じて、ヘルメットを少しだけ上げて僅かに歩いてくる者の足下が見える様に調整する。

 綺麗で機能的な女性用の靴と、軍用ブーツのようなもの二つが視界に入り込んできて、会話のテンポが悪くなったのを理解しながら警戒されないように、肩から下げる銃器から手を離して腕を組んだ。



「―――……梅利?」



 だからその言葉は、その声は、完全に予想外だった。


 思わず漏れてしまったような、信じられないものを見るような、疑うような、そんな声。

 聞き覚えのあるその女性の声に、床に向けていた目を見開いて早鐘のように激しくなった鼓動が自分自身の動揺を伝えてくる。

 知っている。

 俺はこの声を知っている。

 ずっと、小さな頃から近くで聞いてきた、聞き慣れた彼女の声を。


 目が合う。

 光の無い、冷たい氷のような瞳が鏡のように俺を写す。

 乾いた血が付着した、軍服のようなものを着ている彼女の汚れた姿が目に入る。

 ボロボロの黒髪を纏め、俺よりも一回り大きな背と引き締まった肉体はアスリートのよう、そして見慣れた筈の端正な容姿は彫像のように固い――――生前最後に見た、幼馴染がそこに居た。



「――――」



 頭の中が真っ白になる。


 泣き叫ぶ幼馴染が、感染し泡立つように肌が膨れ上がった俺へと必死に手を伸ばす光景が明瞭に頭へ思い浮かぶ。


 笑って、手を振ることも出来ないで、力の入らない体を壁に預けて、無理矢理抱えられて逃げていく幼馴染の幸せを願ったあの瞬間を――――思い出す。



「……え、嘘でしょう? 貴方まさかっ……」



 呆然としていた幼馴染が何かを言う前に、彼らを先導していた女性が声を漏らす。

 有り得ないものを見るようにじっと見詰め合う形となった俺らを解いたのは、それもまた有り得ないものを見たような、そんな驚愕の言葉だった。


 幼馴染と共に歩いていた二十代程度にしか見えない、不思議な重圧を持つ女性が呼吸を忘れたかのように口を開閉させ、目を見開いて俺を見詰めている。

 金縛りから解放されたように、ぶわっと吹き出した背中の汗を感じつつ、内心でこの女性に感謝するがこの人は覚えがない。

 どこかで会ったことがあっただろうかと一瞬だけ考えるが、そんな思考は思わぬ再会に塗り潰されまともに考えることが出来ない。

 視線が勝手に幼馴染の元へと向かおうとするのを必死で抑えながら、腕組みを解いて頭を下げた。



「……すいません、明石さんとお話がありこの場にお邪魔させていただいております」



 出来る限り、女性的な声を出すように努める。

 どうして幼馴染に自分が自分であるとバレたくないのか分からないまま、膝を震わせる女性に敵意がないことを伝える。



「彩乃……梅利君は……」

「…………分かってるお父さん、つい口に出ただけ」



 言いにくそうにしながらも諫めるその言葉に、幼馴染、南部彩乃(なんべあやの)は俺に向けていた視線を逸らす。

 彩乃を諫めた男性を見ればその人も何度も見たことのある、俺を本当の息子のように可愛がってくれた人だ。

 懐かしさが胸にこみ上げて、熱くなった目元を隠すようにヘルメットを深く被った。


 様々な感情が入り交じってその場に妙な空気が漂い始めた直後、黒髪の女性が口を開いた。



「南部さん、すいません。それでは先ほどの話でご都合の方をお願いします」

「ええ分かりました。そこの迷彩服の人、済まなかったね。ほら彩乃帰るぞ」

「ええ……ごめんなさい、人違いでした」

「……いえ、お気を付けて」



 黒髪の女性に促されるまま、二人は帰路に着くために歩き出した。

 チラリと彩乃に向けられる視線に反応しないように床を見詰めて歯を食い縛る。

 油断していると再会の喜びに耐えきれなくなりそうで、必死に彼女を見ないように努力する。


 そしてそんな俺を見てか、黒髪の女性は重々しくこちらに向き直った。



「……少し話があるわ、私の部屋に来て貰って良いかしら?」

「……? はい、分かりました」



 ありがとうと少しだけ安心したように顔を綻ばせた女性が、明石さん達の居る部屋に入り何か言っているのを聞きながら彩乃の後ろ姿を見る。


 あれから十年。

 何をしていたにしても彼女が変わるのは当然だと思うが、あのやけに冷たい目と彫像のように固い表情は以前の彼女とはあまりに差があって違和感を禁じ得なかった。

 幸せにと願ったけれどそれは叶わなかったのだろうかと、焦燥にも似た悲壮感に駆られて、すっかり女性らしくなった幼馴染の背中をぼんやりと見送った。



「さて、ごめんなさい、ちょっと歩くわ」

「は、はいっ」



 意識を彩乃から外して、慌てるように早足で先導していく女性に着いていく。

 そういえば何でこの人はこんなにも動揺しているのだろうと、見た目にそぐわない女性の様子に疑問が沸いてくる。


 聞いてみたいが……まあ、この先の部屋で何かしら話すことになるだろう。

 そんな風に気楽に考えて彼女の早足に着いていけば、明らかにこのコミュニティの重役しか入れないのではないかと言う場所まで連れてこられる。

 

 すれ違う人が不審そうな目でこちらを窺い、黒髪の女性が近くまで行くと慌てて深々と彼女に頭を下げる様子を何度も経て、ようやく辿り着いたのは元々市長室であったと思われる大きな部屋だった。

 この待遇は何なのだろうと思いながらも、誘導された柔らかそうなソファに身を預け、女性が直々に注いでくれた飲み物をありがたく頂いた。


 女性が正面のソファに腰を下ろす。

 嫌に鋭い視線が恐怖を孕んでこちらに向けられ、震える指先を抑えるようにもう片方の手でそれを握っている。

 ……あれ? もしかして俺、めっちゃ怖がられてないこれ?


 飲み物を口に付けたまま、そんなことを思っていれば女性の真っ青な綺麗な唇が動き出す。



「……死んでいなかったのね、“()()”」



 切り出された話の内容はそんな言葉から始まる。

 ……身覚えのないそんな名前で呼ばれても正直困ってしまう。

 動揺を見せないようにして飲み物をゆったりとした動作で机に置けば、瞳を震わせながらも気丈にこちらを見続ける女性としっかり目が合う。


 綺麗な瞳の人だなーなんて現実逃避しながら柔らかく微笑みを浮かべてみれば、女性は嫌な予感が的中したとばかりに恐怖で顔を引き攣らせたのだった。



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