それでも俺は“間違い”を恐れるだろう
あれから少しばかりの気休めを含めた遠回りの後、会議室に到着しノブに手をかける。
座席にはもう雪宮が座っていた。いなかったらどうしようかなどと思っていたが、彼女に限ってはそのようなことはなさそうだ。それに、俺は遠回りをした上に いつもより遅く歩いていたのだから、彼女が先にいたって何らおかしくない。
委員会という“集団”はいつもより報告を早く済ませ、各部門での作業に移行した。
毎度のごとく報告や作業について意見すべきところはあるのだが、どうも気乗りしないというか、まあそんなもんかと自分の中に埋め立ててしまう。
今思えば、教室での出来事も、まあいいかとその場を離れることも出来たはずだ。実際、神崎は俺に話していないと断言した。それにも関わらず、腹の奥で蒸されたものが確実にあった。それはいったい何だったのだろうか。
そんなことを頭の中で交差させ、結局納得したのは、目の前のファイルを2冊抱えて帰宅すべきだということだった。
カバンに何となく無造作にファイルを押し込み肩にかけると、これもまた何となく雪宮が視界に入る。それは隣の席で補助員をしているのだから当たり前だとも思うが、この時、俺の眼のふちを雪宮が通り過ぎてしまうのをどうにも納得できない自分がいた。
教室を右に曲がって廊下を進む彼女を見て、遠回りしてから会議室に入った俺が、どうしてもこのままノブに手をかけるのを容認しなかった。
「...雪宮、先 行ってるぞ。」
なんだ、このどうしようもない発言は...どこかで待ち合わせでもしているかのような発言だ。教室での神崎の発言が脳裏をよぎる。
「...そう。」
そうなの、先に上がらせてもらいます。そうやって照れ隠しのつもりで自分に言い聞かせる。
「ちょうどいいわ、駅まで歩いて電車にそのまま乗れそうだし。」
雪宮が鞄を下げてすくっと立ち上がり椅子を中に入れた。なんだ、教室を出る準備は出来ていたのか。俺は鞄を肩にかけるのを確認して少々の速足でドアを抜けた。
妙な気恥ずかしさと気まずさと、教室での出来事が俺にそうさせたのだろう。
階段を下り、靴を履き替え、通用門をくぐる。
いつだっただろうか、雪宮に挙動が不審だとか言われたことがあった。
俺が見る今の“彼女”は何かが頭や心を巻き込んで交錯しているように見える。
特に会話もなく互いが互いのタイミングを見計らうような時間が過ぎ、駅の改札で甲高く響く定期券の電子音が耳に入る。その音の群れに俺らも交じって改札を抜ける。
どうやら雪宮も俺と同じ方向に帰るようで、同じ乗車位置に立って電車を待つ。
沈黙の中を今の俺らには似合わない軽快な音楽が流れ、次の電車が来ることを告げる。
その音に俺は隠れようとしながら、雪宮に話しかける。
「なあ 雪宮、今、何を考えてるんだ?」
彼女はホームに入ってくる列車の風にあおられながら俺に返す。
「“私の言動の動機“といえば少しは格好がつくかしら。要は自分自身の行動に納得できていないのよ。別に神崎さんにあそこまで勢いづけて反論しても何にもならない。だからといって、あの言動は間違っていた、そう思っても、まだ腑に落ちないでいるの。」
俺は少し目線を落としてから「そっか」と言い、列車に乗り込む。座席は空いているが、なんだか座る気にならない。
それから雪宮はしばらく言置いて、さらに続けた。
「こんな私をクラスや委員は必要としていないわよね。彼らからすれば毎度厄介に引っかかる人は邪魔でしかない。委員の方は飯田先生に言われたことだし、うまいこと言って抜けようかしら。」
雪宮は自分が予想以上に難解だということに戸惑っているのだろうか。
彼女の一文一の語尾が嫌に引っかかる。どこか合意を求めるような、自身で自身を肯定しようとあがくような、彼女の彼女らしからぬ発言が俺の中で絡んで離れない。
その絡まったものは、俺の中から雪宮の転入したての日々の動画を取り出して映し出した。
“絡まったもの”がしたことだから、その動画をどこから、どうやって、どうして、持ってきて俺に見せるかなんて、すぐには説明できない。
でも俺はそれを見て、思考する。
雪宮には雪宮の道理があったのだ。そして、それに良し悪しはいらなかった。説明がつけられたのだ。では今はどうか。今の彼女は、説明や解釈を否定する何かがあるが、その何かを捨てるには道理が弱すぎている、俺はそう感じる。
ここまで、いかにも分かったようにつらつらと展開しているが、俺には雪宮に今与えるべきものが何かなど見当もつかない。だが、何かを届けるべきだということは納得できる。
「俺はお前の考えとか思いをわかるなんて言えない。ただ、必要とされていないなら、抜けた方がいいだろうな。その席を必要とされる人間に置き換えた方が奴らにとっては都合がいいだろ。」
雪宮は、当たり前の返答だと納得したような表情を見せていた。
「でも、俺らは神じゃないんだから、そもそもことを正しい方向に進めようなんて無理なんじゃないか。だから何が正解かなんてわからないし、それは、後で判断されることだ。ただ、すくなくとも俺はお前がやったことを間違いだとは思っていない。」
そうはっきりと放った俺は、少々主張が強過ぎたかと思い雪宮を見た。彼女は何か珍しいものを見るかのような目をしてこちらを見ていた。
俺は少しばかりの格好つけをしながら、我に返り、再び車窓に目を向ける。
「まあ、あれだ。俺が実行委員でお前を必要とする、で俺は委員を続ける。だからお前も補助員をやるってことにしないか。」
列車が橋の下に入り車内が少し暗くなり、まもなく右側のドアが開くとアナウンスが入る。
車窓に全反射して写しだされた雪宮が妙に満足そうに見えたのは窓の汚れのせいだろう。
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