一人よがり、孤りよがり、ヒトリヨガリ
結局は俺の言っていることは言い訳に過ぎないのだろうか。
そんな余念が内臓をくすぐる。
この数か月という時間の中で、俺は雪宮という女生徒に俺の戯言を放った。まことに勝手なものである。
雪宮は俺といると面白いといった。
何が どうして面白いのだろうか、俺には説明がつかない。
元来、面白いなぞというものは第三者による評価であるため説明しようとするのが、そもそも、少しばかり的外れな気はしなくもないが、それでも納得のいく道理が与えられない。
いや、俺は そう理由をつければ、説明しなくてもよいのだろうと思いつつも、その理由を欲したのだ。
物珍しい、これならば納得がいく。
というのも、このような偏屈なことを、それも脳内でぶつくさと独り言を対話的にする人間は そう多くはいないだろう。
今まで見たことのないもの、知らないものに強く興味を惹かれるのが人間というものの ある種の強みである。それは今日の科学技術でも見れば自明的なことである。
しかし それだと、どうも収まりがつかない。
人間が潜在的に備えている興味というもの故の“面白い”であるならば、面白さを得るための行動をかまわず取るはずであるからだ。あれも面白い、これも面白いとなるはずであるからだ。
これはしょせん俺の感覚の話になってしまうが、『何某があると云々』となるからには、その何某に価値を見出しているはずなのである。
それが、負の価値であろうとも、正の価値であろうとも それを云々言わしめているはずなのだ。何某には価値が介在し、云々に寄生的に因果関係を与えることが、その発言の必要条件なのではなかろうか。
また ここで、その感覚の話とやらによる論に対し、十分性はいかがかねという指摘がでてきてもおかしくない。
俺はそれを言及する以前の問題の次元に存在している。必要性でさえ 俺にとっては感覚の話であり、そもそも そのような必要・十分などという単純な論理で表せるものであるという保証はどこにもない。
だから、結局はその意見に答えることすら許されていないのである。
そのとき、俺は急に思考の世界から現実の世界へワープするような感覚に襲われた。
その感覚に触発されたのか、俺は椅子の背中側の二本の脚に乗っていた体重を今度は前方に乗せなおした。右ひじを机のふちに置いて 右手を腹の方へだらりと垂らして、左ひじを右手よりかいささか奥につき、軽く握った左手に耳と顎の境目のあたりを乗せてみせた。
「聞いてる、いいかしら。」
そういいながら、雪宮が机を軽くトントンとたたいていた。
「あぁ。」
俺はそう寝起きのような口調で返した。
「何、考えていたのかしら。」
「いや、別に、大したことじゃない。」
あぁ、全くの嘘である。
「三回は声をかけたわよ。」
「本当か。」
「それも、あなたが頬杖を突き始めてからよ。」
どうやら、俺はワープしたのではなく、ほんのさっきまで、思考と現実のはざまにいたようである。
「そうか、で、なんだ」
「これ、わかるかしら」
「どこ」
「ここ、その問い」
「運動方程式は」
そう問いかけると、彼女はさっと持っていたペンである数式を指差した。
「そう、これは変化を妨げる方向に電流を流すって考えれば、こっち」
「なんの変化のことかしら」
「この閉回路の面積の変化」
「ええ」
「そうしたら、この導体にかかる電磁気的な力がわかるだろ」
「こんな感じかしら」
「そう、外積だから...そう」
俺は自分の上方35度あたりの空間に3次元空間のモデルを置いて操作しながらそう言った。
「ガイ、セキ」
「まあ、後で説明する。そうそう。図示するとそう。それで、これ、ふつうに重力もかかっているから、考えるべき力はその和で、運動方程式も書ける」
「そうね」
「今、求めるのは...」
「この時のヴゥイを求めなさいね」
彼女はまたもやペンを使って、問題文の後半部分を指し示してくれた。
全く良くわかっていらっしゃる。
「じゃあ、できたな、指定された文字かを確認して、解くだけ」
「やってみるわ」
そう言って、体を10度か20度ほど俺から遠ざけるように回転させて、座り直した。
はあ、こんなんしか答えられないとは滑稽だ、答えがあるから答えられるなんて面白みに欠ける。
「できたわ」
「はやいな」
「変形だけで、とりあえず答えを出しただけよ」
「すごいな」
「それで、ガイセキって」
「ああ、外積はエーとビーだったら、エーから右ねじの方向に回した時の垂直方向にできるベクターで、その大きさは...これになる。この元の二つが張る平行四辺形の面積と一致する」
「へえ、内積と似たようなものなのかしら」
「そういえば、まあそうなんだろうが、外積だとエーとビー と ビーとエー じゃ できる向きが違うから」
「面白いわね、そんなこと知らなくてもできるでしょうに、そうやって解いているなんて」
「なんか、チェゲラッチョしていると、因果関係がわからなくなる気がしてな」
「これに限らなくても、あなたは知らなくてもいいようなことを何とかして自分が納得できるようにしているわ」
「そんな大層なもんじゃないさ」
「ええ、だから大層だなんて言っていないわよ」
「そうか、そうだったな」
「でも、いいんじゃない。これ、また解いてみるわ」
「おう」
何がいいか、さっぱりわからない。
しかし、俺の持つ所詮 独り善がりの自己満足とも言える知識が肯定されたような この感覚は、今度は何を知ってやろうかと、にわかに俺を昂らせるのに十分な要素であった。




