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1 サイン-sign- ⑦

「ところで今週花火大会だったよな。今年も行くだろ」


 紙パックのカフェオレにストローを刺しながら言う。


 曜日感覚がない俺でもそのことははっきりと覚えてる。今週の土曜日、八月六日、午後七時から。桜の花とか紅葉とか、そんなものには全く興味ないが、花火だけは大好きだった。大きさも色も音も、ほんの一瞬で消えてしまい、二度と返り咲かない儚さも大好きだ。できるなら花火になりたいと思う。綺麗に、美しく散りたい。


 彼方とは毎年この花火大会に行っていた。小学校低学年までは彼方の親や、幼い妹を抱いた二人目の父親も含めてのイベントだったが、それ以降は二人だけで見た。そして今年も、来年も、ずっと一緒に見に行くのだと思ってた。いつものように「ああ、行くよ」と笑顔で即答してくれるのだと。


 しかし今日は違った。俺の問いに微妙な笑みを浮かべ、目が泳ぐ。


「えっと……」歯切れ悪く呟いた。


 女か。


 直感でそう思った。途端に、彼方に向ける視線が冷ややかなものになっていくのが自分でもわかった。


 嘘をついている、ついていない以上に、俺は他人の恋愛状況を勘付いてしまう能力を身につけた。別に欲しくて手に入れたわけじゃないが、母親や、家にやって来るあらゆる男の姿を見て育ったためか、恋愛におけるある一点の状況において人間がとる一般的な行動を瞬時に見抜けてしまう。だからこれは、俺の想像でもなんでもなく、事実に基づいた客観的結論なのだ。


 顔もスタイルも性格も良く、そういえば彼方は昔から女子に人気だった。今まで彼女いなかったほうがおかしいぐらいだ。中二のときも同じクラスの奴に告白され、でも断った。どうしてか尋ねると、「別にいい」と視線を合わせず答えた。あのときは好きじゃなかっただけなのだと思っていたが、俺に気を遣っていたのかもしれない。そう思うと、一気に彼方に対する憎悪が膨らんだ。


「ごめん。その日は違う用事が入ってて……」


 これが嘘かどうかぐらい俺はわかってしまうと知っていて、それでも彼方は言った。それがさらに癪に障る。何年の付き合いだと思ってるのか、お互い嘘を吐いてるかどうかぐらい感覚で見抜けてしまう。


「……ごめん」


 聞いてる俺が情けなくなるくらい情けない声で謝り、俯いた。こんな俺のせいで気を揉まなければいけない彼方が哀れになったが、こいつとはもうお別れだ。彼方に女ができようと俺に関係ないが、そのことによって俺に支障が出るのは我慢ならない。


 開けようとした割り箸の袋を、サラダスパのパッケージの上に置く。


「ごめんな」


 演技でもなんでもない、心からの泣きそうな顔を上げて、もう一度言う。俺は小さく首を振った。


「いいよ」


「りょ……」


「もうお前はここに来なくていいから」


 普通の会話してるような声で告げた。「もう来なくていい」


 彼方の目が見開かれた。


「え……」


「聞こえてる?」


「涼介」


「来なくていい」


「ごめ」


「来なくていい」


 彼方に背を向けてゲームの続きをやり始める。あっという間に、自分が動かすキャラクターが敵を一人倒した。


 背後でおろおろする気配がして、彼方は何か言いたくて言葉を発そうとするが、結局口から生まれるのは震えた息のみだというのが耳で聞くだけで充分わかった。


 しばらくして、彼方の呼吸音も目立たなくなると、部屋のドアが開いた。蝶番が鳴く。


「ごめん」と独り言のような声がすると、ドアは閉まった。部屋の中は完全にゲームの操作音だけになった。敵がまた一人死んだ。


 玄関の扉の開閉音もした。サラダとカフェオレを壁に投げつける。ちょっとの衝撃じゃなんの変化も与えられなくて、それらは普通に落下した。ただカフェオレだけは、少し中身がこぼれた。

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