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1 サイン-sign- ⑥

 あの日から十年以上経っているが、恐怖は消えていない。そして現在に至っているのだ。


 家に着くと、汗で首にへばり付いた髪の毛が気持ち悪くて、早く涼もうと階段を駆け上がる。エアコンの電源を入れたまま出かけたため、扉を開けると心地よい冷気が一気に押し寄せた。徐々に汗も引いていく。


 新しく買ったRPGのゲームの方を封切りながら、少し妹のことを考える。今は夏休みだけど恐らく彼女は家にいない。どこに行ったのか疑問に思ったが、すぐに部活だろうと答えが出た。何に所属しているかなんて興味ないが。


 特に期待感もなく、ハードにセットして電源を入れた。


 やり始めてから一時間も経たないうちに、家のインターホンが鳴った。ゲームのストーリーはもう中盤に差し掛かっていた。味気ない。


 鍵はかけていなかった。がちゃ、と音がして「お邪魔しまーす」という彼方の声が聞こえる。


 彼方は、唯一友人だと思っている人間だ。徒歩一分圏内に住んでいる幼馴染みで中学校まで一緒だった。高校はこの辺りで一番偏差値の高い、人気の進学校に通っている。引きこもっている俺の身を案じて、高校は別の俺をパンやら菓子やらジュース持参で訪ねてきてくれていた。普段なら週一のペースだったのに、この三週間ほどは姿を現していなかった。まあ、来ないところで俺から連絡はしたりしないし、連絡来ても返さない。


「涼介?」


 部屋のドアが開いて振り返ると、制服姿の彼方が顔を覗かせていた。夏休みの補習の帰りだろう。去年や一昨年もそういうときがあった。


「久しぶり。いろいろ買ってきたよ。昼飯まだだろ」


 そう言って少し持ち上げた右手にはコンビニの袋が握られていた。


「入っていい?」と後ろ手にドアを閉め、そこに寄りかかる。ああ、涼しいなあ、と天井を仰ぎながら顔を綻ばせる彼方を俺は見上げた。


「ほんとに久しぶりだな。何してたんだ」


「ん。テストだった。ほら、俺もう高三だし、受験だろ。部活も引退したし、勉強に力入れようと思って。それに涼介、メール見ないし」


 早口で言って俺にコンビニの袋を差し出す。「俺もう高三」という言葉に俺だって高三だと一瞬眉を顰めたが、聞かなかったことにする。通信制のため、卒業は彼方たちより一年遅い。だから、なんだか高三だという気がしないのは確かだ。メールも見ないわけではなく、見て、返さないだけだと言い返そうとしたがやめた。返信に文字を打つのも、反論するのもあほらしくて億劫だ。ただ、揚げ足だけは取る。


「夏休みに、か」


 受け取って、中身を確認しながら何でもないふうに訊く。


「え、あ、うん。模試とか」


「平日に?」


「……ほんとは日曜日、マーク模試午前中で終わった後、来ようと思ったけど。クラスの奴らと飯食ってたら意外と遅くなって……そしたら、今日になった。……塾にも通い始めて忙しいんだ」


「まあ、どうでもいいけどな」


 苛めるのはここら辺でやめにしておいた。


 袋の中身はカフェオレとサラダスパで、彼方の小遣いの一部が俺の食費だということに感謝して、袋から取り出す。

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