1 サイン-sign- ①
ピーマンの肉詰めが、ピーマンが取り除かれて肉だけになっていた。
テレビから低レベルな内容の話が漏れている、午後六時過ぎのリビングのテーブルに俺は一人座って、箸を一瞬止めた。
今日の夕食は小さめのハンバーグ三個かと思ったら、並べられた他の奴らの皿を見るとピーマンの肉詰めだ。それと自分の皿を交互に見て、ああ、と納得した。
あまりにもピーマンが嫌いで、この料理が出るといつも――といってもまだ数回だが――肉の部分だけを食べてあの気味悪い緑色は残していた。愛想が尽きた母親はピーマンをくっ付けるのをやめたのだろう。
テーブルから少し離れたソファにだらしなく座って、テレビを眺めている女を横目に見る。片手にポテトチップスの袋を抱え、ぼりぼりと咀嚼しながら、下らない漫才が繰り広げられているのを見て、気品の欠片もない笑い声を上げている。正確な年齢は知らないが、白い肌には染みも皺もほとんどない。スナック菓子ばかり食っている割には太ってもいない。
俺と母親を見た人間は皆「とても似ている」と評価するが、俺はそれを言われるといつもひどい吐き気に襲われるのだ。形の整った鼻や、細い顎。大きな目や体毛の薄さ。それらが全て俺と母親の血が繋がっていることを証明しているが、俺は大嫌いだ、全部。
ピーマンの肉詰めもとい小さめのハンバーグに箸を突き刺し、口に運ぶ。味は普段と何ら変わらない。美味しくも不味くもない。その他のトマトや白米も、まだ肉を飲み込んでいないが押し込んだ。そして、自分専用のコップに入った麦茶で色々混ぜ合わされた食料を飲み下し、席を立つ。あんな女と同じ空気を吸っていたくない。
廊下に出ると、夏に特有なあのむわっとした重い空気が肌に当たる。冷房の効いた場所から効かないところに移動したときに感じる、水の臭いがして肺の奥底に溜まっていくような気体。それを避けるように早足で階段を上る。
俺の母親は男にだらしなく、息子である俺のことは放置してきた。今までに俺に断りなく二回離婚しており、三回結婚している。一回目は俺が生まれてすぐ別れたらしく、物心ついたときにはいなかった。二回目は先方の努力で長く十年ほど続いたが、最終的には破局。現在の三回目の結婚生活はまだ一か月に満たないのに、もうすぐで三回目の離婚の日が訪れそうだ。好物がピーマンの肉詰めである三人目の父親は、最近帰りが遅い。夜中によく夫婦喧嘩している。それでも好物を作って待っているあの女は惨めな奴だ。
結婚こそ三回だが、家に男を連れ込むのはしょっちゅうだった。家の中で見知らぬ男を見かけたことは何回もある。無闇に部屋の外に出たならば、見たくないものや聞きたくないものの嵐に襲われる。俺が引きこもりになった原因の一つにはそれも含まれるだろう。
さっき「愛想が尽きた」という表現を使ったがあれは間違いかもしれない。俺に対する愛想なんて最初から存在しておらず、あったとしてもそれは残されたピーマンに対してだ。それでも俺の分の飯が用意されていることは素晴らしいことだと自分で自分に麻酔をかけ続けている。




