第四十三話 「嫌なわけ、ないじゃないですか」
しばらく投稿できずにすみません。
不定期更新にはなるかとは思いますが、1ヶ月以上間が空くようなことはないようにします。
今後ともよろしくお願いします。
早朝の人気のない騎士舎の中庭に、私とルイスさんはいた。
「――ッフ!」
息を吐きながら、まるで自分の身体の一部みたいに自在に剣を操る。ルイスさんが腕を動かすたびに、剣身が朝日を反射する。
ルイスさんの朝練を見守るのも、先日の一件から無事に復活した。
思えば、この世界に来てから時間がだいぶ経ったような気がするよ。
騎士舎で働き始めて最初の頃には、剣を振るうルイスさんの目には感情がなかった。
でも今は――
「ッハ」
表情は変わらないけど、彼の瞳が湖の水面みたいにキラキラと輝いてる。前までそこに『無』しかなかったなんて思いもしないくらい、感情豊かになってる。
……今、ルイスさんは何を考えてるのかな。
あんな目をしなくなったルイスさんだったら、きっともう、私が見ててなくても平気なはず。
これなら、私が元の世界に戻っても…………。
――嬉しいはず。……なのに、どうして胸が痛くなるのかな。
「なぁ、どうかしたのか?」
「…………え?」
いつの間にか、ルイスさんが鍛錬の手を止めてジッとこっちを観察してた。
「……なんでも、ないです」
そう、なんでもないよ。
だって、彼が前向きになれて私が苦しくなるなんて、自分勝手すぎるから。
「あんたってさ、なんつーか……目を離すとどっか行きそうだよな」
「え?」
突然、何の話?
驚いて瞬くと、ルイスさんと目が合った。予想外に真剣な彼の瞳に、とっさに息ができなくなるよ。
「たまに考えんだよ。鳥みたいに飛んで、二度と帰ってこないんじゃないかって」
「…………そんなこと」
完全には否定しきれなくて、あいまいに語尾を濁らせちゃうよ。
だって、ルイスさんに嘘はつきたくなかったから。
私が元の世界に戻らなきゃいけないのは事実で、いずれそうなるかもしれなくって。
目をのぞきこまれたら考えを読まれるかもしれない。だけど、彼から視線を外せないくらい強く見つめられてた。
「だから俺なりに、あんたを捕まえることにする」
「……え?」
捕まえる? 何それ?
私の困惑なんかお構いなしに、ルイスさんはパッと眩しいくらいの笑顔を浮かべた。
「追いかけんのなんて初めてだけど、絶対に逃がさないからな」
「っ?」
追われるとか、追いかけるとか。ルイスさんが言いたいことがよくわからないよ。
だけど、まっすぐに私に向けられてる笑顔を見ると、ドキドキする。
なんとなく黙ったままなのも、居心地悪いような……。
な、何か言わなきゃ……!
「え、ええっと……その…………そう、ですか」
まともに返事すらできないなんて、私、どれだけ動揺しちゃってるのかな!?
「なんだよ、なんでんな他人事な言い方?」
「……べつに、そういうわけじゃない、です」
しどろもどろに返すのが精々で、そんな私の様子を「ふーん?」なんて言いながらルイスさんは眺めてる。
ついに耐えられなくて、目を逸らす。でも彼の視線は方向転換してないみたいで、私の頬に痛いくらい刺さってくる。
「っくく……わっかりやすいな、あんた」
「!? な、なんですか、どうして笑うんですか?」
噴き出したりなんかして、そんなに私が慌てるのが面白かったの?
「あんたって、本当にかわいいよな」
「!? な、なにを言ってるんですか!?」
脈絡なしにそんなことを言われたって、どう反応していいのかわかんないよ。
ルイスさんにかわいいって言われるのは嬉しいけど、でもどうして急に?
「っわ!? あ、あの……っ?」
乱暴に頭をなでられて、髪がグシャグシャと音を立てられるくらい混ぜられた。こんなことだったら、きちんと髪の手入れでもしておけばよかったよ。
私の頭からルイスさんが手を放すと、あちこちに髪の毛が跳ねる。
「っふ、頭すごいことになってるな」
「! だ、誰のせいでそうなったと思うんですか!」
「ハハッ」
悪びれずに明るく笑われると、仕方ないなんて許しちゃう。困って見つめても、ルイスさんは笑顔を返すだけで謝罪一つない。
こんなくだらないイタズラだって嬉しく感じちゃうなんて、どれだけルイスさんにあまくなってるのかな私。
「……そうだ。なぁ、次の休みは空いてるか?」
「え?」
次の休み? いきなりどうして?
「な、どうなんだよ?」
「……特に、予定はありません」
あるとしたら、図書館に行って調べ物をするくらい。
でもそれだって、最近まともにできてない。…………ルイスさんのことで悩んでて、気が向かなかったから。
……?
本来なら季節が変わっても手がかりがないことに焦りを感じるはず。だけど、なんで今の私にはそれがほとんどないの?
…………胸の奥が締めつけられたみたいに痛いよ。思わず胸元を握りしめたけど、そんなことじゃちっとも痛みは薄まらない。
気づいてしまった事実に、視界が揺れそう。
「おい、平気か? 体調が悪いのか?」
「…………え?」
「真っ青だぞ、顔。今日は休んだ方がいいんじゃないか?」
「……いえ、大丈夫、です」
心配そうに顔を覗きこむルイスさんに首を振ってみせる。
「それで、休みの日がどうかしましたか?」
強引に話題を戻すと、ルイスさんは何か言いたそうな顔をした。
でも、私が何ともないって伝えるためにもう一度首を左右に振ると、追及するのは諦めたみたいでため息を吐いてみせた。
「その日、俺が予約してもいいか?」
「? 予約?」
それって、どういう意味?
「一日、付き合ってくれよ」
………………つまり、その。それって。
目が合ったルイスさんは、爽やかな笑顔を浮かべてる。
「デートしてくれ、俺と」
「っ!?」
やっぱりそれって、そういうことなのっ?
……いきなりすぎるよ。急にそんなことを言い出すなんて、ルイスさんってばどうかしたのかな?
「んで、どうなんだ? っつっても俺としては、連れて行くのはほぼ確定事項なんだけど」
「……っ私、返事してませんけど」
「でもあんた、『予定がない』って返しといて、その後コロッと意見変えたりはしないだろ?」
「…………」
否定できない。
でもなんなのかな、このしてやられた感。
先手を打たれてたせいか、少し悔しい気もするよ。
「…………なんだか、ズルいです」
「そんな睨むなって。嫌だったか?」
「……嫌なわけ、ないじゃないですか」
だから余計、腑に落ちないんですけど。だって、ルイスさんのことだから、私がどうせ許してくれるって確信してこんな言動にしたんじゃないのかな?
誘ってくれて嬉しい私が、怒れるはずがないよ。
「っシ! んじゃあ、約束な?」
思いっきりガッツポーズをとられて喜ばれたら、どんな反応していいのかわからなくなるよ。
まっすぐにこっちを見つめて笑いかけないでほしい。
「……はい」
頷いてみせると、ますます笑みを深める彼に鼓動が大きく跳ね上がって。
さっきまで悩んでたはずなのに、そのことさえ忘れさせるような彼の行動は私にとって良くないはず。
だけど、どうしてもルイスさんから距離を置くことはできなくって。
……こんなことじゃいけないって頭では理解してる。
――私は、迷ってなんかいられないのに。
次回、30日(水)0時を目標にします。
それでは次回も。よろしくお願いします!