第二十五話 「あいつ、壊れるぞ」
「……」
ハーヴェイさんから顔も見たくない宣言をされてから、頭が動かない。
何をするのも億劫で、気が重くなる。
仕事中は仕事に集中しなきゃいけないって、わかってるけど。
現に今だって、上司のベティさんにうながされて臨時の休憩をもらってる最中。
『そんな状態で働かれたって、リオンちゃんのファンが心配するだけだよ! ほら、気分転換してきな!』
……って、気を遣われちゃった。私にファンなんているはずないし、暗に戦力外通告されただけかも。
休憩の間に、厨房とか食堂に残ってても邪魔になるだけだってわかってる。だから、私は敷地内の別の場所で休むことにした。
って言っても、私が知ってる場所なんて、たかが知れてるわけで。
「……いない、よね」
いつもハーヴェイさんと会ってた場所に、私の足は自然と向かってた。習慣って怖いよね。
当然だけど、日中だからかハーヴェイさんはここにはいない。きっと、騎士の勤務中でそれどころじゃないはず。
「……」
そんなこと、考えればすぐわかるはずなのに。どうして私、一瞬だけでも期待しちゃったのかな。
無意識のうちにこぼれたため息に気づいて、首を左右に振った。
……リフレッシュしに来たのに、逆に気が滅入りそうなんて本末転倒だよね。
芝生のすぐ近くに植えてある木の根元に座って、上を見てみる。
太陽の光が葉っぱの隙間からこぼれてきて、とっても穏やかな気持ちになりそう。
「! ここにいたか、クガ」
「!? …………あ、隊長さん。こんにちは」
少し離れた通路に立っていた隊長さんと目が合ったと思ったら、すぐさま近寄ってきた。
「おい、クガ。テメェ、あのバカに何言ったんだよ」
「え……?」
バカって、誰のこと?
特には思い当たらないんだけど。
首を傾けると、隊長さんは眉をしかめた。
「バカっつったら、あいつしかいねぇのにわかんねぇのかよ。うちのクソ野生児のルイスに決まってんだろうが」
「……決まってないと思います」
どうして当然のように言うんですか。そしてハーヴェイさんを指す人称が、さらにひどい内容になっちゃっています。
私の指摘に隊長さんは舌打ちをした。
「んなことはどうだっていいんだよ。それよりもだ、あのままだと…………あいつ、壊れるぞ」
「え?」
壊れる?
不穏な言葉に、私は固まった。
「どういうことですか?」
「どういうこともクソもねぇ。今日だってひどい有様だ。鳴りを潜めてた奴の二つ名が呼び起こされちまうくらい、鍛錬に精を出し過ぎやがった」
「『百人切りの副隊長』っていうのですか? でもそれは……」
大勢の女の人に手を出してついたんじゃないんですか?
「違ぇよ、そっちじゃねぇ。その二つ名の前についてた奴があんだよ」
「もう一つの、二つ名?」
「……」
それって、一体何?
私が聞き返すと、途端に隊長さんは口をつぐんだ。
「……んなことはどうでもいい。俺が言いてぇのは、テメエらの痴話喧嘩のせいで、隊員共が情けねぇ悲鳴を上げてロクに使えねぇ状態になってるっつう状況だけだ」
「!? 痴話喧嘩じゃない、です……!」
「あ? それこそどうだっていいがな、おかげで腰抜け野郎共が俺に泣きついて、何とかしてくれって面倒を押しつけやがったんだよ。俺は隊長だっていうのに、上司を使ってんじゃねぇよ」
えっと……私に言われても。どうしろって言うんですか。
「とにかくだ。俺としちゃあ、テメェらが俺に迷惑をかけねぇならなんの問題もねぇ。さっさと仲直りをしやがれ」
「…………無理、です」
「あ?」
そんなドスの利いた低い声で睨みを効かされても、私にはどうにもできないんです。
「ハーヴェイさん本人から、『しばらく近寄るな』勧告されました」
「ああっ!?」
あの、急に大声出さないでください。鼓膜が破れるかと思いました。
ギョッと目をむいて、隊長さんはこっちをマジマジと観察してる。嘘はついてないですよ。
「マジかよ……。『バカだバカだ』とはいっつも思ってはいたが、ここまでイカれちまったのか」
「……イカれ?」
そこまで言うほど異常な行動ですか?
言いすぎなような……。
「ルイスの奴、自分で自分の首絞めてんのか。新しい性癖にでも目覚めちまったのか?」
「?」
頭をガシガシかいて眉間のしわを深くした隊長さんに、なんて声をかけたらいいのかわからないよ。
「ともかくだ。奴が血迷ったことをほざいたかもしれねぇが、一切無視して構わねぇ。むしろ構うな」
「……でも、それで余計にこじれるってこと、ないですか?」
「そんときゃそん時だろ」
そんな当たって砕けろ的なスタンスで向かえと言うんですか。無謀すぎるような。
男らしすぎるよ、隊長さん。
「それに私、もうハーヴェイさんに嫌われてしまったと思います」
「んなわけねぇだろ、アホかクガ」
即答ですか!? 発言した瞬間に真顔で返されると、こっちとしてはどう反応したらいいのか困るんですけど。
それほど信憑性があるって受け止めればいいの?
ハッキリと断言されたし、根拠となるようなことがあるのかな?
でも私、ハーヴェイさんに今嫌われてない自信なんて全くないよ。
「嫌われてない保証なんて、あるんですか?」
「あ? むしろ、なんでまた嫌われてるなんて思うんだよ」
「……顔も見たくないって」
「だから、んなことねぇんだよ。そもそもが、それが嘘なんだよ」
「……」
だから、私にとってはそれが信じられないんです。
「ッチ! 疑惑全開の目で見んじゃねぇよ。…………テメェだけなんだよ、ルイスが気にとめた他の女は」
他の? それって……どういうこと?
前に隊長さんが言ってた、『裏切るな』って言うことと関係があるの?
「……奴は昔、人に裏切られた。…………いや、違うな。正確には、約束した相手が約束を破っちまった」
「!」
私と、一緒?
……正確には、私はまだ破ってないけど。破っちゃうのも時間の問題だよね。
「そいつが、ルイスが安心して全てを預けてた人間でな。当時は、ひどく奴も落ち込んだもんだ」
「……どういう約束を、したんですか?」
「知りてぇか?」
ひたと隊長さんの鋭い眼に射抜かれた。誤魔化しとか嘘なんて許さないっていう視線にさらされる。
「テメェに、それを知る勇気はあるのかよ。関係ねぇんじゃねぇのか? テメェだって、奴を『裏切る』つもりなんだろ?」
「っ!」
とっさに私は、何も言い返せなかった。
『そんなことしない』
そう、胸をはって言えたらよかったのに。
言えるはずなんて、ない。
だって、私はいずれ彼をおいて元の世界に帰る。それは、彼との約束を違えることになるんだから。
「……頼むから、テメェまで奴を裏切るんじゃねぇよ。じゃねぇと…………今度こそ、ルイスは壊れちまう」
「私だって………………」
……『私だって』?
私は、何を言いかけたの?
「……」
「少しでも奴を気にかけてんなら、気に入ってんなら、最後まで面倒を見てやってくれ。俺が言いてぇのはそれだけだ」
「…………」
私は隊長さんの言葉に、「わかりました」も「できません」も返せなかった。
元の世界に帰る。そう、ハッキリ決めてたはずなのに。
どうして、迷っている私がいるの?
そんなの、許されるはずがないのに。
次回、7月3日(日)0時投稿予定。
それでは次回も。よろしくお願いします!
《追伸》
すみません、私情により投稿を4日0時とさせていただきます。
投稿が遅れることとなり、大変申し訳ありません。