第二十一話 「こんなモン、どうってことないんだよ」
お待たせしました。その分、今回は長めです。
それでは、どうぞ!
「おい、まだ怒ってんのか?」
「……」
「おーい、クガ」
「…………」
噴水のへりに並んで座ってるけど、私はさっきからハーヴェイさんからの呼びかけに知らないフリをし続けてる。
理由は簡単。あんなことを人目に気づかずに堂々とやり取りしちゃった自分にも恥ずかしいって思うし、それをわかっててやってたハーヴェイさんにも腹立たしさがあるから。
要するに。私は拗ねて怒ってるんです。
「クーガクガクガ、チッチッチ」
「私は鳥か何かですか」
「お、やっと反応したな。ほらこれ」
「……あ」
ハーヴェイさんから差し出されたのは、露天商において来ちゃったと思ってた、「真実の鏡」。
彼の手から受け取ると、何だか私の手のひらにそれはしっくりと馴染むみたい。
なんだかんだでちゃっかり回収してたの?
それにしても、結局ハーヴェイさんに代金を払わせちゃうことになったけど。私としては腑に落ちないよ。
「そんなに、ムッとすんなって。どうせならお兄さんとしてはニッコリ笑顔を要求するぞ」
「ありがとう、ございます」
ここでお礼を言わないのも失礼だよね。
素直にお礼を言うべきかな。
「あと、これな。ほい」
「……?」
手渡されたのは、透明なビンに入った淡いレモン色の飲み物。
その中では、気泡が底からシュワシュワと湧き上がってる。
「いつの間に購入したんですか? それに、どこに隠し持ってたんですか?」
「あんたを追いかけるときに購入しといたんだよ。その後に帯剣ベルトに差し込んどいただけだ」
随分余裕があったんですね。
それと、帯剣ベルトって職業柄大事にするものじゃないんですか?
……でも、ここで聞くだけ意味がないかも。ハーヴェイさんのことだから、ケロリとした様子で「あるモンは使わないと損だろ?」って言いそう。
「ほら、飲んでみろよ。うまいぞ?」
「……でも、またおごりに」
「あーもういいから。ほら飲めって」
「!」
む、無理矢理唇にビンの口を押しつけられた。口から大量の液体が入って――
「ッゲホ! ……ケホッ! …………コホ」
「ワリィ大丈夫か?」
「…………だ、大丈夫だと……思い、ますか?」
口から急に入ったから、変なところにいっちゃってむせたよ。すっごく呼吸が苦しくなってしんどい。
ハーヴェイさんを恨めしそうに睨みあげると、何故か目尻をうっすら色付けた。
「うわ、あんたってさ。普段そんな気配が全くないから、その、なんつーか……そんな風に見られるとヤバいって」
「? なにが、ですか」
「ああうん、そうだよな。そういう天然系だよな、あんたって。…………ハァ」
「……だから、なにがですか」
どうして深くため息なんか吐かれているんですか、私。
「いいや、なんでも」
「……それより、謝罪の言葉はないんですね」
「あ。あーいやぁ、ごめんな?」
「誠意をこれほど感じない謝罪の言葉は初めてです」
「あっ!? いや、ごめん! ごめんって、反省してる。だからまた無言は勘弁してくれ、な?」
なんで疑問符を語尾につけちゃうんですか。
私の不機嫌そうな顔に言った後になって慌てないでください。
ハーヴェイさんの言動って、悪気がないのがさらにタチが悪いよね。
最終的に私が折れないと埒が明かないから、ここは素直に頷いとく。
「……鼻に回ったりしなかっただけ、マシだと思うことにします」
「色気どこ行ったよ……」
「え?」
「いいや? なんでも」
なんかボソッと呟いた気もするけど、聞き間違い?
呼吸がある程度整ったところで、もう一度手に持ったビンを恐る恐る口に近づけた。
そして、コクンと一口。
「……おいしい」
蜂蜜のトロッとした甘さに、ハーブのすがすがしい匂いが鼻を通って。最後にのどにパチパチした刺激が弾ける。
私の様子に、ハーヴェイさんは満足そうに笑みをもらした。
「だろ? 今が旬のサニービーの蜜を使ってるんだとさ。この店のハーブソーダは特にうまくてな、この祭りの日しか出回らないのが難点だけど俺のイチオシ」
「……毎年、飲まれるんですか?」
「ああ、そうだな」
「……」
……それは、誰と?
なんて、聞くのもできない。
だって、ハーヴェイさんのことだから、もちろん女の人と一緒に決まってるし。
「あー……言っとくけどな。俺、祭りはいっつも一人だから」
「嘘もすぎると、苛立ちがこみ上げてきます」
「ひでぇ!? 本当だからな! 祭りを一緒に過ごすなんて、あんたが初めてだっつうの」
「……それは」
どうしてですか?
聞きかけたけど、口を閉ざした。
だけど、私が言いたいのも彼にはお見通しだったみたいで、苦笑いをしたうえで答えてくれた。
「……そういう気分になれないんだよ。ただまぁ、この浮足だってる空気は好きだから、この噴水に今みたいに腰掛けて人混みを眺めてる」
「……それって結構さびしくないですか」
「あんたって、ほんっとーに! たまに容赦がなくなるよな」
「ごめんなさい?」
「ついに謝罪すらおざなりになったな」
ジト目で見つめてきたハーヴェイさんの視線にさすがに気まずくなって、顔を背けとく。
風向きが悪くなったから、違う話題を探さなきゃ。
「……ハーヴェイさんって、この場所がお気に入りなんですか?」
「は?」
私の問いかけに、彼はキョトンとした表情をしてる。
ただ単に話題転換に聞いただけなんだけど。……でも、この反応って自覚してないの?
「気づいてないんですか? ハーヴェイさんとは、騎士舎で働くまでここでいつも会ってました」
「……ああ、そう言われてみればそうだな」
ハーヴェイさんは、私の指摘でようやく自覚したみたいで、深く頷いた。
「あんたと初めて会ったのも、ここだったか」
「……そう、ですね」
あの時のことを思い出すと、今でも悲しい。胸の奥がトゲが突き刺さったみたいに痛くもなる。
私のカン違いから、まさかこんなに話せるようになるって思わなかったよ。
たぶん、良くも悪くも、ハーヴェイさんの顔が先輩に似てるからかも。
「……な、クガ」
「はい」
「あんたにとって、その俺に似てる『先輩』って奴の存在はなんだ?」
「え?」
……突然の予想外の投げかけに一瞬だけ思考が停止しちゃったよ。
見上げると、真剣な目で私を見つめるハーヴェイさんがいた。
どうして、そんなことを聞くの?
「答えてくれ」
「……」
そんな怖いくらい真剣な表情の理由は何かな?
必死な彼の瞳が私に答えを求めてくるから、口を閉ざしたまま逃れるって方法をためらっちゃうよ。
――私にとっての先輩は。
ゆっくり、瞳を閉じる。暗闇に閉ざされた視界の中で、彼が明るく笑ってる。
『――久我』
まぶたを上げると、彼とそっくりの顔をした、髪と瞳の色が異なる人と私の目が合った。
「私にとって、先輩は……『憧れ』です」
高校で私を気にかけてくれた須江先輩。先輩がいるおかげで、高校へ行きたいって思えるようになった。
彼が視界に入るだけで嬉しくて。
タレ目が細くなって、眩しいくらいの笑顔が大好きだった。
でも、そんな感情を抱くのは私だけじゃない。彼の周りには常にたくさんの人がいた。
……だからこそ、憧れる。
「『憧れ』、な。……そっか、急に変なこと聞いて悪いな」
「いいえ」
正直先輩と同じ顔立ちのハーヴェイさんに言うのは、微妙な気分ですけど。
それを正直に口にするのも、ハーヴェイさんに気を遣わせちゃうよね。
「……話がズレたな。俺にとってここが気に入りの場所かどうかって話だったか」
「…………はい」
空気を読んで何事もなかったみたいに明るい口調で話すハーヴェイさんに、さっきみたいな真面目な雰囲気は微塵も残ってない。
そのことに、ホッとした。
「気に入ってるってわけじゃない。特に考えてるわけでもなく、気が向けばここにいるってだけだ。ただまぁ、理由があるとすれば落ち着くってことくらいだな」
「落ち着く?」
こんなに人が行き交ってるのに?
視線だって、ハーヴェイさんだったらひっきりなしに集まって面倒じゃないのかな?
「水が常にある場所だからな。水属性の魔力を持つ俺にとっては落ち着くんだよ」
「……?」
水が常にあるだけで、どうして落ち着くの?
それがイコールでつながらないよ、ハーヴェイさん。
不思議そうな私に気づいた彼が、「ああ、そっか」と呟いた。
「あんたは遠いところから来たからわからないのか。人は必ず魔力を持ってるもんなんだけどな、その属性が違うんだよ」
「魔石とは違うんですか?」
魔石なら私も使えたけど……。それに、水も火も関係なく使えたような。
「アレはそいつが持ってる属性関係なく使える便利品。しかも、あの原理は精霊が力を貸すっつうだけで、その使用者本人の力じゃないな」
「……なるほど、わかりました」
周りの力を借りてるから、どんな属性の魔力を持ってても誰でも使えるってことかな?
「属性はどうやってわかるんですか?」
「水晶に手をかざして、そん時の色で識別するんだ。ただ、この水晶を扱えるのが力のある聖職者しかできないからな。大きな街の教会でなら大抵調べてくれるぞ」
「……この王都の大聖堂でも?」
「もちろん。あんたも調べに行くか?」
「!? え、ええっとそのうち……?」
興味があるけど、そもそも異世界から来た私に魔力なんてあるのかな?
もしも属性どころか魔力すら持ってないってことになったら、ややこしいことになりそうだし……手を出さないのが賢明だよね。
濁してみせると、ハーヴェイさんは頷いた。
「そうだな、今日わざわざ行く必要ないな。あんな静かでつまんねぇところ」
「……つまらないのは、当然じゃないかと」
むしろ面白い聖堂ってなにかな。讃美歌がユニークとか? それとも建物の形が変わってるとか?
……どっちも想像できないよ。
べつに何かを信じてるとか、どこかの宗教に入ってるわけでもないけど、教会って厳かで神聖なものだって思うしね。
「属性は一つだけなんですか?」
「いや、べつにそうとは限ってない。二つ持ちもいれば、三つ持ちもいる。ただ、四つ以上持ってる奴はそうそう聞かないな。全持ちなんて今までいたことがないぞ」
持つ属性が多くなるほど、その人数が少ないってことなのかな。
「ハーヴェイさんは、水以外の属性を持っているんですか?」
「…………どうして、んなこと聞くんだ?」
「え?」
私の質問に、ハーヴェイさんの表情が固まった。
能面みたいに嘘っぽい笑顔。目だけ、笑ってない。声も固くて、冷たい響きで聞き返された。
……怖いよ。
なんか変なこと、聞いたかな?
「単純に気になっただけですけど……聞いちゃいけませんでしたか?」
「……いや。そう、だよな。…………あんたは、何も知らねぇんだよな」
「……」
深くため息を吐かれちゃった。
やっぱり、聞いちゃいけないことだったの?
「あの……」
「あんたは、気にすんな。………………俺の魔力属性は、水と土だ」
水と、土……。
ああ、だから。
「だから以前、私に虹を見せれたんですね?」
「そういや、そんなこともあったっけな」
ハーヴェイさんは首をすくめてみせた。
そして指先を噴水の水に軽く浸して、小声で唱え始めた。
「≪流れる水、形をとどめて小さくも勇ましき者に姿を変えろ≫」
「! かわいい……!」
彼の唱えるのが終わったときに現れたのは、噴水の水面上にできた水の像。それは、かわいくデフォルメされたドラゴンだった。
つぶらな瞳にコロンとした形。もし、水でできてなかったら、抱きついちゃいたいくらい。
今にも動き出しそうなかわいらしさだよ!
「こんなモン、どうってことないんだよ」
「すごいですね!」
あっさりとやってみせたけど、全然簡単そうに見えないよ。
それとも、異世界だとこんなことって朝飯前なのかな?
「それにしても、水と土の属性って」
「……」
話題を戻すと、ハーヴェイさんの周囲の空気がおかしくなった。
また、仮面みたいな笑顔。
……どうしてハーヴェイさんは、この話に対して神経質になってるのかな。
わからないけど……とりあえず、思ってることを口に出してみよう。
「便利そうですよね」
「…………はぁ!?」
え、どうして「信じられない!」って表情で見られてるの?
だって、実際便利そうだよね?
「のどが乾いたら水が飲めますし、足元がぬかるんでたら地面を固められますよね? それに…………」
「『それに』? なんだよ」
私の言葉を繰り返して、ハーヴェイさんは首を傾げた。
怪訝そうに眉をしかめてる彼にうながされて、私は主張を続けた。
「なにより、あと火属性があれば温泉ができるじゃないですか! 完璧です」
「……」
「……」
「…………」
「あの、ハーヴェイ、さん?」
ついヒートアップしてこぶしを掲げながら言っちゃったけど、もしかして引かれちゃった?
「……っアッハハハハハハ!!」
「!?」
突然の大爆笑ですか!?
な、なに!? 何事なの!?
急に笑い始めたから、通行人からの視線もハーヴェイさんに集まり始める。そうなると、隣に座ってる私のほうにも自然と視線がくるわけで。
~~っは、恥ずかしいので、やめてほしいんですけど……!
羞恥に耐えてるせいで、頬がとっても熱いよ。たぶん、一目でわかっちゃうくらい赤くなってるんじゃないのかな。
「マジかよ、あんた…………んなこと言われたの、初めてだぞ」
「変、ですか?」
「変だな」
そんなキッパリと。ちょっとショックです。
笑いすぎて目にうっすら浮かんだ涙を拭きながら、ハーヴェイさんに答えられた。
「まぁでも、いいんじゃないか? 変わっているほうが、あんたらしいって」
「……」
『――久我は変わってるな』
前に須江先輩に言われた言葉を思い出した。
先輩も、あの時は私の発言に笑いながら言ってた。
…………でも。
「……」
「? どうしたんだよ?」
「…………いいえ、なんでもないです」
同じ顔なのに、今のハーヴェイさんの言い方と笑い方のほうが、嬉しいなんて。
そんなことを思った。
次回、15日0時投稿予定。第二十二話「咲いて、ください」。
それでは次回も。よろしくお願いします。