第二十一話 「ちょっと待てよ、あんた!」
コロエの使い方を教わった後は、特に問題なく終わることができた。……そもそも、あの洗濯のための道具を変に発動させちゃうのが、たぶんイレギュラーなんだと思う。
掃除がモップとかほうきですることに安心して、私はアンナさんの指示に従って掃除を軽くしてみせた。
使用人の仕事内容を実際に同じ工程でやってみるのは、次の時……だから、明後日にやるみたい。朝早いみたいだから、頑張って起きないと。
そして翌日の今日は、空きの日。
前回は私がはぐれたから、十分には見れてない街をもう一回見て来ることにした。
案内役は今回なしにしてもらった。
だって、毎回アンナさんに時間を割いてもらったら、彼女だって本来の仕事ができないよね。ただでさえ、もう2日間も拘束しちゃっているから。
一応、朝食時にジョシュアさん達には報告させてもらった。屋敷から外出するから、念の為ね。
そうしたら、裏通りには行かない・近寄らないこと、何かあったらすぐに騎士の元へ行くこと、とかを約束してって言われた。
……あの、子供ではないです、私。それって、小学生が言われることみたいな……。
なんだか少しガクッときちゃったけど、私は気を取り直して街の中心地へと向かうことにした。
◇◇◇
「人がたくさん……」
そういえば、忘れてたけどここって王都、なんだよね。それは、人が多くて当然かな。いわゆる、元の世界での東京、みたいな感じだよね。
うーん……どこに行こう。特に考えてはなかったけど……。
あ、図書館とか、本屋に行こうかな。それで、今日はこの世界について調べよう。少しでも知識をつけないと、何かあってからだと遅いよね。
でも……周りの人に聞いて、どこにあるか教えてもらう?
……ちょっと、ううん、だいぶハードルが高いかも。
手当たり次第、歩いてみようかな。探索の代わりにもなるよね?
そういえばこの辺りで、前に服を買った服屋があったような。……服屋があるってことと、こんなに人が多いんだから何か他にもお店がありそうだよね。
もしかしたら、ここがメインストリートなのかも。
そんな風に考えてたら、人通りの中で知ってる姿を見かけた。
「……あ」
! あの人……。
前会った、先輩のソックリさんで……確か、ハーヴェイさん?
「どうして……?」
人ごみの中、彼は以前と同じ服装……騎士の服かな、それを着て帯刀してた。
見回りとか?
……会いたくないな。
方向転換して、違うところに行こうかな?
クルリと背を向けようとした直前。何故か、彼の水色の瞳と目が合った。
「あ……!」
なんで、こっちに来ようとしてるの? 人が大勢いるのに、どうしてわざわざその人の流れを切るみたいな動きまでして?
! もしかして、気づかれたの!?
っで、でも、私に気づいたからって、会いにくる必要はないよね?
……そう思いたいけど、さっきから視線が合ったままなんて、偶然にしては長すぎるかな。
「……っ!」
「っおい! 待てよ、そこのあんた!」
「!?」
逃げようかなって思って歩き出した瞬間、彼の焦ったような声が聞こえた。ボンヤリしてたからわからなかったけど……結構近くまで来てるの?
そして今の発言って、やっぱり彼の目的ってここにいる私だよね!?
あの人も私が逃げるんじゃないかって考えたみたいで、背後から駆け足でくる靴音が聞こえる。
に、逃げなきゃ! 何が用件なのかはわからないけど、私、あの人とは会いたくないよ。
慌てて走りだろうとした途端、手首がグイッと後ろに引っ張られた。
「ちょっと待てよ、あんた!」
「! っや! は、放してください……!」
「あ……ワリぃ」
「……」
きゅ、急に手首をつかむなんて……! 何なのこの人。
すぐに手を放してくれたけど、強い力で握られて引っ張られたから手首が痛い。思わずもう片方のつかまれてなかった方で、さすっちゃうくらい。
どうして、私を捕まえたの? もうあなたとは関わり合いたくなかったのに。
それにこんな強引な手段なんて……失礼にも程があるよ。いくら、私が人違いしちゃったからって。謝ったのに、まだ足りないのかな?
無言で睨むと、ハーヴェイさんが何故かビクッて肩を揺らした。
そのまま、目をおろおろと左右に泳がせ始めた。
……前と、様子が違う?
どうして?
「……その、な。悪かったよ」
「……今のことですか?」
「いや違くて。あーそれもあるけどな、そうじゃない。俺が言いたいのは、前のこと」
「前?」
前って、初めて会った時のこと?
ハーヴェイさんは首を縦に動かして、私の聞き返しを肯定した。
「そう、前の。あん時さ、俺、ろくにあんたの話も聞かないでナンパだって勘違いしただろ。まさか、ホントに人違いだって思わなくてな」
「……はい」
勘違いしてた私も悪かったとは思う。だけど、ハーヴェイさんだって、よくわからないことをまくし立てて言ってきた。
彼は先輩とそっくりな顔をしてる分、余計に混乱しちゃった。
「最後の去り際のあんたの顔を見て後悔した。まさか、泣きそうな顔をさせるなんてな」
「っな! 泣いて、ません!」
「ッハハ! なら、いいんだけど」
軽く笑われて、恥ずかしくってカァッと頬が熱くなっちゃう。
泣いてないよ! 泣きそうには、なったけど……。
「その後はずっと引っかかってた。だから、どこかでまた会ったら謝ろうって決めてたんだ。会えてよかった」
スッキリした顔で笑う彼に、私は胸がシクシク痛んだ。だって、私も彼が先輩だって間違えちゃったから。
「あの……私も、ごめんなさい。あなたが、私の知ってる人に似てたから。間違えて、話しかけてしまいました」
「前呼んでた、『先輩』?」
「……はい」
頭を下げて、改めて謝った。
「ごめん、なさい。驚かせて」
「いや、べつにいいって! っていうよりさ、俺の方がどっちかというと泣かせそうになった分悪いからっ!」
「っ! だ、だから泣いていません! そ、それにもともと、きっかけは私が、話しかけたからで……」
「いや、俺が……」「でも、私が……」
同時に謝っちゃった。そのとき、ハーヴェイさんと顔が合った。
「……」「……」
「……っふ、ハハッ!」
「! わ、笑わないで、ください!」
「ふ、ふは、ご、ごめんって。いや、なんかさ、お互い謝ってばっかりで滑稽すぎて」
「~~~~っ!」
そ、そんなにお腹抱えて笑うことないのに! ハーヴェイさんのどこのツボに入ったの!?
「ワリぃ、ワリぃ。ならさ、お互い様ってことにしよう」
「……そう、ですね」
「そうむくれんなって。笑いすぎてごめんな?」
「……軽い謝罪は受け付けません」
「っふは、受け付けないとか……! 何あんた、窓口か何かか?」
「~~っ! あ、謝る気があるんですか、ないんですか!?」
本当に、なんなの!? ハーヴェイさんって!
ますますムッとした私をよそに、ハーヴェイさんはしばらくの間、押し殺した笑い声をこぼし続けてた。
ハーヴェイ回でした。口調が違うように感じたかもしれませんが、以前のは彼の表向きの対応だから彼なりにやや丁寧にしています。
ナンパなところをのぞけば、そこまで悪い奴でもない人物です。……おそらく。
さて、次回は一日おきまして9日0時投稿予定。第二十二話「あんた、こんなのに興味あるのか?」。
それでは次回も。よろしくお願いします!