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ミスキャスト! ~異世界トリップなんて望んでません!~  作者: 梅津 咲火
◇最終章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼と私の関係は何ですか?
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第四十六話  「昨日のこと、覚えていないんですか?」

 目が覚めたら、夢かと思った。


 まず視界に入ったのは、鮮やかな緑。そこから徐々に視野を広げたら、スッキリとした中性キレイめ美形の顔が飛び込んできた。


「っ!?」


 とっさに口を押さえた私、エライ!

 声を上げたら間違いなく、面倒事に発展したよ。爽やかな朝が消えることは確実になったはず。


 おはようございます、久我璃桜です。

 今、私はレイモンドさんのベッドで寝てるみたいです。……彼と一緒に。


 うん、唐突に自己確認をするくらいには混乱してる。

 昨晩の会話とかを思い出しても、ちっとも現状に理解できない。


 一番不明なのは、あんなにドキドキしてたのに爆睡した自分のことだけど。


 カーテン越しの光が、レイモンドさんにあたる。絵画みたいな、神々しいくらいキレイな光景。

 ……夢、じゃないよね?


 指を伸ばしてしまったこと気づいたのは、彼の髪に触れた瞬間。

 手触りのいい、癖一つない髪。寝癖だって、この様子ならないと思う。


 それはちょっと、残念かな。だらしないレイモンドさんも見てみたい気がする。


「サラサラ……」


 私より、髪質いいんじゃないかな。ううん、悔しい、けど。レイモンドさんなら仕方ないかなって思う。

 寝てる人に無断でこういうことをしてちゃいけないとは、わかってるけど。何故か手を引けない。


 安らかな彼の寝顔。いつもは険しい山脈を築いてる眉間も、今はなだらかな平地で。

 モノクルを外してるから、大人びた雰囲気の彼も、顔立ちは幼さを残してるのがわかる。

 こうして見ると、レイモンドさんって、もしかして私よりそんなに年は離れてないのかも?


「レイモンドさん」


 ソッと声をかけても、起きる気配がない。

 目を覚まして、淡い緑の瞳を見たい。だけど、この穏やかな一瞬も、手放したくない。


 違う世界で、好きな人と一緒に朝を迎えられる。

 今日彼が、一番最初に目に入るのが私になったら。


 それって、すごい奇跡だよね?


 伏せられたまつげが、彼の頬に影を落としてる。

 元の世界にいたら、間違いなくモデルにスカウトがくる整った顔立ち。


 外見もステキだけど。


 素直じゃなくて、憎まれ口を言ったり。

 意外と優しいのに、誤魔化して。

 照れ屋だから皮肉をつい口にするのも。

 面倒見がよくて、人のことをよく見てるところも。


 全部。全部が私は--


「大好き、です」


 思わず、口からこぼれた独り言。

 とっさに唇を押さえたけど、レイモンドさんは起きる様子がない。


 よかった、聞かれてなかったみたい。


 いずれ、この世界を去るから口にしたって、迷惑にもならないかもしれない。

 けど、少しでも、彼の心の重しにはなりたくなんてない。


 だから、この想いは伝えちゃいけないって思ってる。


 届かなくていい。不毛な恋でもいい。

 私が、彼のことを好き。ただ、それだけなんだから。


「……ん」


 短い吐息が、ふっと私の髪を撫でた。

 もぞもぞ身動ぎしてる。もしかして、そろそろ起きるのかな。


 長いまつげが震える。その下からのぞいた瞳は焦点が合ってない。ぼーっとしてる?


 目が合ってるはずなのに、無反応。

 み、見られてる……! そんなまばたきもなくジッと見られたら、穴が空きそう。

 おまけに無表情だし。きっと寝ぼけてるんだとは思うんだけど。


「あの……レイモンド、さん?」


 無言のまま、彼の腕が持ち上がる。


「っ!?」


 グイッと強く引かれて、囲いこまれた!?

 だ、だき、抱きしめ、られ……っ!?


 え、えええ、なんっ!? なに、なんなのかなっこの状況!?


 後頭部がくすぐったいんだけど、もしかして頭なでてるの!?

 そもそも距離が……! 近いっていうより、ないよね!?


 人肌でポワポワ温かくなるって気分じゃない。心臓がバクバクするし、レイモンドさんからいい匂いするし、彼の寝息みたいな嘆息がかすかにかかるし!


 情報量が多すぎるから! 対応なんてできないよ!


 身動ぎしたら、ますます腕に力が込もってきた!? ぬ、抜け出すこともできない……。


 声をかけようにも、レイモンドさんの服に口をふさがれてて、くぐもった音しかでない。


 も、もう少し離して……!

 でないと、レイモンドさんが起きる前に、心臓が破裂しちゃいそう!


「……? あたた、かい…………?」


 ふにゃふにゃって気の抜けた声が降ってくる。

 もしかして、起きそう?


 締め付ける力がフッとなくなったから、慌てて顔を離した。

 ふぅ、これで息苦しさも、ドキドキも収まる。


 顔を上に動かしたら、一対の瞳と目が合った。

 トロンとしたエメラルド色の瞳が、私を映す。


「お、おはよう、ございます?」


 とりあえず、あいさつをしてみた。


 レイモンドさんの目に光が宿る。と、同時にグワッと見開いた。


「~~っ!?!!?!?」


 声にならない悲鳴と同時に、ものすごい勢いで後ずさる。


 あ、ベッドから転げ落ちた。すごい音がしたし、どこかぶつけてそうな鈍い音もしたけど、大丈夫かな。


 ソッと近寄ってみたら、レイモンドさんが顔を真っ赤にして見上げてきた。


「な、あ、あえ、あああああなた! 何故!?」

「昨日のこと、覚えていないんですか?」

「はっ!? はぁっっ!?」


 首を傾けたら、ますます彼の顔が色づいてく。ううん、赤の絵の具で塗られたみたい。血管切れちゃわないかってくらい、赤いよ?


 そもそも、寝起き悪すぎませんか?

 どれだけ寝ぼけてるのかな? 私は、色んなレイモンドさんが見れてお得だけど。


「き、昨日!? 昨日っ…………!」


 あ、思い出してる?

 ちょっと意識が覚醒してきたのかな?

 焦りが少し減ったみたい。


 いつもより深い眉間のシワが、レイモンドさんの心境を表してるね。

 長い沈黙。あからさまに冷静になっていく様を観察できるのは、ちょっと面白い。


「…………ああ、そういえばそうでしたね。おはようございます」


 誤魔化そうとしてる!? それはいくらなんでも無茶だって、レイモンドさん!

 さっきまでの慌てっぷりは早々脳内からは消えないですよ!


 思わず口をポカンと開けてたら、目が合った彼に咳払いをされた。

 白々すぎるよ。もう、コントか演技の一種?って疑いたくなるレベルだって、レイモンドさん……。


 尻もちをついた状態から、スクッと立ち上がる。片手を鼻にあてても、モノクルはそこにはないですよ。

 いつもの調子になんとか戻ろうとしてるレイモンドさんを見守る。


 気にしないでくださいって、声をかけよう。

 口を動かそうとしたけど、廊下が妙ににぎやかなような?


 ドアの開閉音。と、同時に、忙しなく動き回る足音。


「ご無事ですか、レイモンド様!?」

「坊っちゃま! 爺が今助けに! 来、ました……ぞ?」


 足を踏み込んできた、セバスチャンさんに、アンナさん。

 二人と、バッチリ目が合った。


 あ、ヤバい。


 スウッと、二人が同時に息を吸い込んだ。


「きゃあああああああ、奥様! 旦那様! 朗報ですぅうううううううううう!!!」

「祝杯の準備を取り計らうように致します。上等の赤ワインをご用意しなくては!」


 マクファーソンの屋敷に、二人の声が響いた。



 ◇◇◇



 かつてこれほど、気まずい朝食は経験したことないんだけど。

 顔を上げたら、微笑むアンジェさんにジョシュアさん。給仕してる人達からも生ぬるい視線を向けられてる。


 そして、仏頂面のレイモンドさん。眉間のシワが倍増してる。


 おもむろに、にやけ顔のジョシュアさんが口を開く。


「それで? いつの間に二人は同衾どうきんするほどに仲を深めたのかな」

「「っごほ!?」」


 ど、どどどどどうきん!?

 否定したいけど、今の爆弾発言で変なところに唾が入って苦しい。

 私と同時にむせたレイモンドさんは、咳き込んでるせいで頬を赤くしてる。


 と、とりあえずジェスチャーでもいいから否定しなきゃ。こんな誤解、レイモンドさんに迷惑でしょ!

 高速で首を左右に振って、何もないアピールを充分にしとく。


「寝言を言うのであれば、寝室にお戻りください」


 先に復活したレイモンドさんが皮肉を返してる。だけど咳き込んでたせいで、声がすごく震えてる。


「おや、レイモンドにしては異なことを。夜を共に過ごし、朝を迎えたならば相違ないだろうに」

「っ! …………そ、れは」


 口ごもったレイモンドさんを、いまだに咳き込みながらエールを心の中で送る。

 頑張ってください、レイモンドさん。援護したいけど声がまだ出せないんです。


 レイモンドさんがジョシュアさんから視線を外した。


「これには、致し方ない理由がありましたから」

「ほぅ? ぜひとも聞きたいものだね? 年頃の男女がそうなるには、大層な理由が存在するだろうとも」

「……」


 だ、ダメだぁあああああああ!!? レイモンドさんが完全におされてる!

 レイモンドさんが皮肉が得意なのは絶対、ジョシュアさんの血の影響だよねっ!?


 真綿でじわじわ首をめるみたいな言葉に、レイモンドさんは息を詰まらせてる。

 険しい顔は、なんとか打開する方法を探しているんだと思う。


「聡い私の息子ならば、問いたいことはわかるだろう?」

「……ええ」

「ならば、しかるべき対応を。良いね?」

「…………」


 話が読めない。二人は何のことだかわかってるみたいだけど。

 レイモンドさんは、ますます顔をしかめて怖い表情をしてる。モノクルの位置を直してる彼から、どことなく冷気が漂ってきてるような……?


「お言葉ですが。この件に関しましては口をつぐんでいただきたい」

「……ふむ。それはどのような意図なのか、私が得心できるよう説いてくれねば、承知しかねるな」


 朗らかに笑ってるけど、ジョシュアさんの雰囲気はピリッとしてる。

 二人の様子は何だか、大きな商談をしてるみたいな感じで。


「私の意志は、父様の意向に沿うものでしょう」

「ほぅ? 認めるのかい?」


 問いに、レイモンドさんは嫌そうな表情を浮かべた。

 そもそも、ジョシュアさんの意向って何? 今朝のことに関係があるんだよね?


「少なくともこの場で返す言葉は、必要性が皆無なのでありません。…………私のことはともかく、彼女はそうとは限らないでしょう。無理強いは私の意に反します」

「……なるほど。一理はあるようだが……」


 考え込むジョシュアさんを、極めて冷静な様子で観察するみたいにレイモンドさんは見てる。


「それ以前に、強要されるわれはございません。そのような意図を見せれば、途端にすり抜けていくような気がしてなりませんから」

「…………ふむ、気質を解しての意志か。ならばこれ以上は野暮とだろう。レイモンド、しっかりな」

「私を見くびっているようですね、父様は。はななだ不快ですので、今後この話題は挙げないでいただきたいです」


 ……? 二人の中で何か着地点を見出だしたのかな。頷いてるジョシュアさんを、フンッと鼻を鳴らして見やってるレイモンドさん。

 私にはわからないうちに話が落ち着いたみたい。


 ふと、レイモンドさんと目が合った。


「何ですか。拝見料を徴収ちょうしゅうしますよ」

「……オムレツでいいですか?」

「あなたは馬鹿ですか」


 朝食のオムレツがのった皿を、レイモンドさんに差し出したら冷たい目で見られた。なにもそんな、あきれきった表情しなくてもいいのに。

 もそもそと切り分けたオムレツを口に運びながら、心の中でだけ文句を呟く。おいしいのに。



だいぶ遅くなり、申し訳ありません。

次回は4月12日(日)12時に投稿予定。

それでは次回も。よろしくお願いします!

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