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ミスキャスト! ~異世界トリップなんて望んでません!~  作者: 梅津 咲火
◇最終章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼と私の関係は何ですか?
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第四十五話   「……知りたいですか?」

 夢のような舞踏会が終わったって、いつもの毎日は続いてく。

 翌朝だって、普段の使用人としての時間が始まる。


 たとえちょっと疲れが残ってたって気にしない。休みの日まで、もうひと踏ん張り頑張らなきゃ。


 シンと静まり返ってる廊下を、音を立てないように気をつけて歩く。

 目的の扉までたどり着いたら、身なりをチェック。胸元のリボンよし、えりもよし、スカートもすそよし……うん、どこも変じゃないよね。


 毎朝来ても緊張する。だから大きく深呼吸。心臓をなだめるみたいにゆっきりと。

 慌てず三回、扉をノックする。


「失礼します」

「……どうぞ」


 いつものようにある返事に、やっぱりとは思う。だけどちょっと悔しい。

 使用人より早く起きてるのが普通なんだよね、レイモンドさんは。


 静かに扉を開閉して、彼の私室のほうへ足を向ける。

 レイモンドさんがはベッドの上に腰かけながら、書類を読んでうなってた。ちなみに、きっちりと普段着に整えた状態で。


「……また夜中まで書類を?」


 ベッドサイドのテーブルには、乱雑に置かれた書類の束。かろうじて羽ペンとインクがないのが幸いなくらい。


「ええ。区切りのよいところまで中々たどり着けなかったので」


 パラリと書類の髪がめくれる音がする。

 私より早く起きて、昨夜はきっと寝るまで書類とにらめっこ?


「……寝れないとかですか?」

「は?」


 パッと顔を上げた彼と目が合う。そのまま、訝しそうに眉をひそめられた。


「何を根拠に。……すこぶる快眠ですが」

「そうですか」


 ホッと息を吐く。不眠症とか過労死とかちょっとよぎっちゃったんだよね。ほら、レイモンドさんって真面目だし、いっつも仕事やってるイメージだから。


「それとも何ですか? 否と答えれば添い寝でもしてくれると?」

「そっ!? そそそそそいっ添い寝!?」


 え、う、えええええええぇぇっっ!?

 なんっなんで、そんな話になるの!?


 添い寝なんてっそんなの! 寝顔なんて見られたら恥ずかしいよ!

 硬直してたら、ふいにレイモンドさんのどこかあきれたような顔が見えた。


 それは明らかに、どうせ無理と言うと思い込んでる表情で。


 ……ムカッ。


「……わかりました。添い寝をすればいいんですね?」

「は?」


 いいよ、そっちがその気だったら、こっちだって考えがあるんだからね!

 冗談で乙女心をもてあそぶようなことしたのを、後悔させちゃいますから!


「今晩からですか? それとも今から二度寝をするんだったらーー」

「まっ待ちなさい!? あなたは自分が何を口にしているか理解していますか!?」

「理解しています! レイモンドさんこそ、わかってないじゃないですか!」


 言い出しっぺはレイモンドさんなんだよ!?

 自分からそんなこと言い始めたのに、私が話に乗ったら焦るなんて!


「べつに一緒に寝るくらい、なんでもありません!」

「はぁ!? あ、あなたはっ! では私が添い寝を希望したら本当にやると言うのですか!?」

「ええそうです!」


 キッパリ言い放ったら、レイモンドさんの顔が赤く染まる。その唇がわななくのを見て、今更ハッとした。

 怒られる? それとも嫌味?


「わかりました、では今夜! 私の元へ来なさい! 良いですね!」

「…………え」


 ええええええええええっ!?



 ◇◇◇

 


 --そして、今に至る、と。

 暗闇に包まれた窓の外を見て、思わずため息を吐いた。


 日中は仕事に身が入らなかったし、レイモンドさんともぎこちなくなっちゃったし。

 おまけにそんな感じだから、ジョシュアさんにもアンジェさんにも心配される始末。


 正に、売り言葉に買い言葉。

 ああもう! どうして言い返しちゃったの、私!?


 ……このまま、普段通り寝てもいいのかもしれない。『いつの間にか寝ちゃってレイモンドさんの部屋に行けなかった』って明日説明したら、レイモンドさんはなんだかんだで流してくれるとは思う。


 でも、それってどうなの? 

 もし、レイモンドさんが寝ずに待っていたら?


 ありえない。そう言いきれないのは、彼の生真面目さを知ってるから。


「……っうん!」


 女は度胸!


 部屋の扉を開けたら、暗くてほとんど周りが見えない。きっと暗闇に慣れたら見えるよね?

 後ろ手でソッと閉めたら、思いのほか大きな音を立てちゃった。


 本当なら手元に明かりをつけたりしたいけど……目立つのを避けるためにやめとく。あの後レイモンドさんは一度も話題にあげなかったから、たぶん人目につくのを嫌がると思う。

 私自身見つかったらうまく答えられる自信がないし、誤魔化せる気もしない。ややこしい事態になる予感しかないよ。


 窓から差す月明かりで充分足元はわかるから、大丈夫。


 足音に気を付けて、ゆっくり進む。

 夜の洋館を出歩くことなんて初めてだけど、なんだか幻想的。映画からワンフレーム切り取ったみたいな、そんな完成された美しさがあるよ。


 私が身にまとってるナイトウェアは白いから、もしも外から見たら幽霊が歩いてるって勘違いされるかも?

 そう考えたら、おかしくって小声で笑っちゃった。


 運良く、誰とも会わないでレイモンドさんの部屋まで来れた。

 後は、この扉を叩くだけ……。


 ……よ、よし! いくよ!


 コンコンコン。できる限りいつも通りに聞こえるように心がけて、扉を鳴らす。


「……はい?」


 不審そうなレイモンドさんの声。

 やっぱり、まだ起きてた。今朝の件を差し置いても、彼のことだから仕事をしてて起きてそうな気がしてたんだよね。


 スッと息を吸って、声が震えたりしないように注意する。


「クガです。今朝の、その、添い寝をしに、来ました……」


 ゴトッ! ガッ!! バサバサバサバサッ

 え、なに? なんだか部屋の中で、色んな音がしたんだけど。


 かと思えば、今度は物音が一切しない。

 静寂が怖い。あとレイモンドさんの反応も。


 静かに扉が開いた。


「っ!?」


 ちょ、え!? 中からヌッと腕がのびてきて、引きずり込まれたんだけど!?

 背後で扉が閉まるのと、彼の手が勢いよく私の横につかれるのは同時で。


 見上げたら、レイモンドさんの瞳と目が合った。

 切羽詰まった表情で、モノクルの奥の目を細めてる。


 見たことない、彼の表情。


 心臓が、ドクンと大きく脈を打ったのが聞こえる。


「あなたは、一体何を考えているのですか……!」


 叱責する声は、絞り出したみたいで。

 強く寄せられた眉の間のシワが、彼の心情を私に教えてくれてる。


 彼の腕によって、退路はふさがれてる。

 腕で囲まれて距離も近いし、レイモンドさんの言葉にもっとドキドキする。


「約束、しましたから」

「だからと言って……あなたはまるでわかっていません! そもそも、夜更けに男性の寝室に訪れるなど……!」

「……でも、私とレイモンドさんですよ?」


 私は、好きだから、ドキドキしたりするけど。レイモンドさんはちょっと寝づらくなるだけだよね?


「っ! あなたというかたは!」


 あからさまに舌打ちするなんて、らしくない。空いているほうの手でモノクルの位置を直してるけど、彼がイライラしてるのは隠しきれてない。


「っえ?」


 手首をつかまれて、引っ張られる。

 連れられて行かれた先は、彼のベッドの上。


 戸惑ってたせいで、あっけなく押し倒される。仰向けで転がったって、どこか現実感がなくて。


 朝彼を起こしに行くから、普段から見慣れているはずなのに。まさか、自分が寝転ぶことになるなんて思わなかった。


 まばたきした次の瞬間、私の頬に何かが触れた。サラサラとしたこれって、レイモンドさんの髪?


 視界のほとんどが、レイモンドさんに支配される。

 覆い被さる彼は、苦しそうな表情をしてた。


「よもや、私があなたに何もしないと。そのような愚考をしているのですか」


 さっきまでの私の考えがバレてる。

 言い返せなくて黙ってたら、肯定ととらえたレイモンドさんがため息をついた。


「どれほど危機管理能力が退化しているのですか」


 なに、その言い方。それじゃあまるで。


「……何か、するんですか?」


 自然と、聞いてしまった。だって、そんなはずないよね。レイモンドさんが、わざわざ私に手を出す理由がない。

 生真面目な彼が、女だからって誰彼構わずに襲うこともないだろうし。


 ジッとして、否定を待っていた。

 レイモンドさんは目を見開いて固まった後に、苦く笑った。


「……知りたいですか?」


 押し殺すみたいに、低い声で。でもとろけるように艶やかに。

 ささやかれた私の耳が、ブワッと熱くなる。


「っ!?」


 色気が! 色気がスゴいことになってます!?

 ドキドキで息がつまって、呼吸の仕方を一瞬忘れたよ!?


「っふ、そのような顔をするなんて。本当にあなたは、自覚がありませんね」


 どんな顔!? 自分じゃよくわからないよ!?

 ただわかることといったら、絶対顔が赤くなってるってことくらいで。


「わかりませんか? 男をあおる表情と言えば、伝わりますか」

「あ、あおってなんか……」

「ええ、あなたはそのつもりでしょう。ですが、時と場所をかんがみなさい」


 深夜。ベッドの上。押し倒されてる。


 …………もしかしなくても、すごい状況?

 え、まさかのまさか。襲う、とか。


 待って! ほ、本当に!? レイモンドさんは、するつもりなの!?

 そんな急に、しかも、恋人でもない、ただの雇用関係なのに……も、もちろん私は好きだけど……!


「っ! レ、レイモンドさん!」

「はい、何か」

「や、え、あ、の……え、ほ、本気で……?」

「……」


 何か言ってくださいぃぃいいいっ!!

 無言が重くて身の置き場に困るから!


 固まってただジッとレイモンドさんを見るしかない。こういうの、蛇に睨まれたカエルって言うんだよね!?


 不意に、彼の結ばれた唇が緩んだ。


「っふ、とんだ間抜け面ですね」


 笑われた!?

 一変して吹き出したレイモンドさんが、クツクツと肩を揺らしてる。


「からかったんですか!?」

「さぁ、どうでしょうか」

「!?」


 なにそのあやふやな言い方? え、からかってなかったってこと? まさか……ね?


「それでは、寝ましょうか」

「はい…………っ?」


 え、ちょっと待って! 今、なんか変だったよね?


 カチャっと軽い音がした。そして、私の隣に体重がかかって、一瞬だけベッドが揺れた。

 そっと揺れた元をたどったら、レイモンドさんが寝転んでた。私の横で。


 --え、いや、ちょっと、待って!


「っっ!? な、ななななんで、その、さっきまでの話の流れで寝るんですか!?」


 衝撃的すぎて、身を起こして飛びのいた。

 って、のそのそ寝台に潜り込んでいる!?


「やかましいですね。バカであっても風邪は引くのですから、あなたもしっかりとシーツにくるまりなさい」


 その言い方じゃ、私がバカだってことになるよね!?

 嫌味は通常運転なのに、行動がともなってない!


 ほら、と言いながら、片手でシーツをめくり上げてる。

 色気の! 暴力!!

 いつの間にかモノクルも外してるし、寝る準備万端!?


 待ち構えてるレイモンドさんのそばに行くの!? しょ、正直、身が重いというか……!

 腰が完全に引けてる私に気づいて、レイモンドさんが深いため息をついた。


「本当にあなたという方は、ままなりませんね」


 グッと、引き込まれる。

 腕が引かれて転んだ先は、さっきまでいたベッドの上。


 レイモンドさんの胸が、鼻の先に当たってる。視界の隅にシャツからのぞく彼の鎖骨が映って、いけないものを見てしまった気分。

 全部の感覚に緊張するのがあって、ちっとも落ち着けない!


「ま、え、あ、う……く、くくく靴! 脱いでないですよね!?」


 この状況を変えたくて叫んだ。


「べつに一日くらい構わないでしょう」

「か、構います!」


 そういうの一番気にしそうなレイモンドさんが、どうしてそんな反応を!?

 抗議の意味を込めて睨み上げたら、深いため息が落とされた。


「仕方ありませんね」


 捕まれてた腕が離される。靴を脱ぐために、体を起こしてかがんだ。

 背後でレイモンドさんが動く気配がする。きっと彼も靴を脱いでいるんじゃないかな。


 靴ヒモをほどく手が震えてる。だって、これが終わったら私、どうなっちゃうの!? 寝るの? レイモンドさんと!?

 固く結んだつもりはないのに、時間がかかった。スポッと気の抜ける音がして、両足が軽くなったと思ったら、腕を引かれる。


 後はまた、さっきまでの状況に逆戻り。


「ほら、寝ますよ」


 あきれた口調で、私をたしなめるみたいに彼が言う。

 そっと見上げたら、レイモンドさんもこっちを見てて、目が合った。


 一瞬で視線を外しちゃったのは、恥ずかしくて苦しくて仕方なかったから。

 どうして、そんな優しい目を、私に向けるてくれるの?


 彼の手が、シーツの上から私を軽くあやすみたいに叩いてる。

 子どもを寝かしつけるみたい。


 ……レイモンドさんにとって、私はまだ子どもってこと?


 何もしない気ってことは、その優しいしぐさでわかる。

 ホッとするけど、ちょっと切ない。


 さっきはああ言われたけど、レイモンドさんにとって対象外ってしめされたみたいで。


 ああ、欲張りかも、私。

 元の世界に戻るつもりなら、求めてなんかいけないのに。


 彼の心が、こっちを向いてくれないかななんて、そんな浅ましいことを考えてる。


 彼のうながす手で、私のまぶたがドンドン重くなって……。

 考える力が、抜けてく。


 もったいないな。もう少し、起きていたかった気もするよ。


 明日目が覚めたら、なくなっちゃう夢だけど。

 どうか、少しでもこの温かい気持ちが、続いていますように。

次回は2月5日(水)0時に投稿予定。

それでは次回も。よろしくお願いします!

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