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ミスキャスト! ~異世界トリップなんて望んでません!~  作者: 梅津 咲火
◇第五章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?
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第四十二話   「うつむくのはやめなさい」

「お騒がせ、しました……」

「全くです」


 鼻を鳴らすレイモンドさんの顔が見れない。


 しばらく夜風にあたったら、だいぶ意識がハッキリしてきた。と同時に我に返って、サァッと顔中から血の気が引いたのは、つい先程。

 ボンヤリとしか思い出せないけど、変なこととか言ってないよね!?


 あああでも、それより! もたれかかっちゃったり、何よりキ、スをーー


「何を間抜け面をさらしているのですか?」

「な、なななななっんでも! ありません!!」


 そう! なんでもない! なんでもないから!!

 問い質したい気持ちは、もちろんあるけど。それ以上にさっきのことを何故したのか、理由を聞くほうが怖い。


 冗談? からかいで? その、どちらかしかありえない。そう、だよね?


 相変わらず不機嫌そうな顔でこっちを見てる。さっきの雰囲気なんて、ちっとも残してない。

 あれは、私が見た夢? ううん、そんなはずない、けど……。


 信じられないっていうのが、正直な感想。軽い気持ちでそういうことをしそうにない彼だからこそ、距離感に困っちゃう。


「体調は支障ありませんか?」

「っ? あ、は、い……大丈夫、です」


 いつもの毒舌を吐いたかと思ったら、こんな気遣い。突然そんなことされたら、ますますどうしたらいいのかわからなくなるよ。


 戸惑いながら頷いても、レイモンドさんは「そうですか」と軽く相づちを打つだけ。

 私の内心の混乱なんて、彼は気にもしてないのかな。


「であれば、会場に戻りましょう」

「わかりました。また、あいさつ回りですか?」


 一番最初に国王様にあいさつして、その後はレイモンドさんの勧めるまま総当たりでしていった。結構な人数に対してしたと思ったんだけど。


「あなたは馬鹿ですか」

「どうしていきなり罵倒ばとうされたんですか、私」


 間髪かんぱつ入れずに嘲笑ちょうしょうがきたんだけど。

 もしかして、もしかしなくたって、さっきまでの私のやらかしを引きずってますよね!? だからいつもより素っ気ないんですか!?


「あなたは何のためにここに来たのですか?」

「何のため……?」


 何のためって、舞踏会があるから参加をって言われたからだよね。…………舞踏、会?

 もしかして、レイモンドさんが言いたいのはーー


「まだ私達、おどってませんよね……?」

「ええ、その通りです。察する能力は、悪くはないようですね」


 そのやる気のない感じで手を叩くのやめてください。完全に馬鹿にしていますよね?


 でもそっか。そう、だよね……舞踏会に来たからには、踊らないといけないよね。

 ……今からでも、まだ具合が悪いフリでもしたいんだけど。


「認めませんよ」

「!? し、しませんよ!? というより、私、口に出していませんよね!?」

「表情に全てあらわれているのですよ、あなたの場合は」


 そ、そうなの? ううん、でもきっと、それだけじゃないと思う。単にレイモンドさんの洞察力が高すぎるだけなんじゃないのかな?


「私と踊ることに対して、異論があるとでも?」

「え?」


 レイモンドさんと、踊る?


「何ですかその、考えもしなかったというような反応は。まさか他の者と取り付けでもあると?」

「っ!? え、ええ!? いえ、そういうことじゃなくって! 私が、今驚いてるのは……」


 険しい顔をしてるレイモンドさんが、何を言及したいのかなんてわからない。

 そもそも他の者って、またそんなこと言ってるの?


「レイモンドさんが言うような他の人と約束なんてしてません! そうじゃなくて舞踏会でパートナーを組むのは、一緒に踊ることもふくむってことがよくわかってなかったから……」

「…………今更ですか」

「そう、ですね」


 あからさまにあきれた声で言われた。


「それで?」

「え?」

「踊るのはやめますか?」


 …………レイモンドさんの申し出は、正直に言ったらありがたい。だけど、ここの常識に疎い私でも、舞踏会で踊らないのは異質だってことくらいわかる。

 つまり、ここで私が頷いちゃったら、レイモンドさんにも影響が出るんじゃないかな。


「……いえ、やります」


 大丈夫。今日まで毎日何度も練習したんだから。レイモンドさんの顔に泥を塗っちゃうことにはならないはず。

 ジッとレイモンドさんを見上げたら、緑色の瞳と目が合った、

 しばらく何も言わないで見つめてきた。かと思ったら、唐突に大きなため息を吐き出された。


「あなたという方は、損な性格をしていますね」

「そうでしょうか?」

「ええ、物事をいつの間にやら押し付けられる、面倒事に巻き込まれるのもたびたびあるでしょう?」

「そんなこと」

「ありますよね。現に今もそうではありませんか」


 畳み掛けてくるレイモンドさんの勢いに負けそう。彼の言葉にうながされて、考えてみる。

 たしかに、彼の言う事態になって、困ったり嫌だなって思ったことがないって言ったら嘘になる。


「嫌なこともありましたけど、悪いことばっかりじゃないですよ?」


 例えば、この世界に来たことだって。


 最初は戸惑ったし、どうして私がって思った。

 でも、レイモンドさんやマクファーソン家の人々に会えた。


 いけないって思うくらい、私はこの世界にーー


 ……っ!? 私……今、何を考えたの?

 そんなこと、思っちゃいけないのに。元の世界に、戻らなきゃいけないのに。

 私がいていい場所じゃ、ないのに。


 許されるはずない。私が、私なんかが、望むなんて。


「ーーガ? 聞こえていますか、クガ?」 

「!? あ……」


 レイモンドさんの、新緑みたいな瞳と目が合う。その目が、心配そうな色を宿してた。

 いつの間にか、ジッと見られてた?


「な、何ですか?」

「……それは、こちらが問いたいですね。急に沈黙した挙句あげく、顔を青ざめるなど。まさか吐き気をもよおしたわけでは」

「ち、違います! ただ、ちょっとその、考え事を」


 私、青ざめてた? そんなこと、自覚なかったけど……。

 レイモンドさんが言うことが本当なら、そう勘違いされてもしょうがないかも。


 首を振って大丈夫だって伝えると、彼の眉間のシワが少し薄れた。


 考えなきゃいけないことはたしかにある。それに、こういうことは時間を置くほうがよくないから。

 私は、無意識のうちに目を逸らしてたのかもしれない。


 きちんと、改めて見つめ直さないと。

 私がどうすべきかを。


「……行きますよ」

「え?」


 彼の声が聞こえたかと思ったら、右手が捕まれた。

 そのまま手を引かれて、無理やり彼の腕をつかまされた。


 急に何? あ、でも会場に戻るとかって言ってたような……。


 彼の足早なエスコートに、歩幅が自然と広くなる。

 こんなんじゃ、淑女なんて呼べないよね? このまま戻るのはちょっとまずいような。


「レイモンドさん! もう少しでいいですから、ゆっくり歩いてくれませんか?」

「っ!? ……失礼致しました」


 足を止めてくれた。よかった、あのままだったら、慣れないヒールってこともあって転びそうだったから。

 ホッと息をついたら、彼から視線を向けられてることに気づいた。


 目が自然と合ったはずなのに、すぐに逸らされる。代わりに降ってきたのは、取りなすような咳払い。


「では、参りましょうか」

「っふふ、はい」


 照れ臭いのかな? 少しだけ頬を染めてるレイモンドさんが、かわいいって思っちゃう。

 我慢できなくって笑ったら、ジト目で睨まれた。


 色々悩んでたはずで、考えなきゃいけないはずで。すぐに違うことに気をとられちゃいけないはずなのに。

 『私が楽しんでいいのかな?』とも思うんだけど。


 好きな人のことになると、そういうのが全部飛んじゃう。

 悪いことだって、わかってるのに。気持ちがフワフワして、胸の奥がジンワリ温かい。


 彼の腕にかけた指先に、ちょっとだけ力を込める。


 私が笑うのも、この指から伝わる熱も。全部本物で現実。

 そのことを、改めて感じたら、泣きたくなった。


 いつまでこのままでいれるのかな。

 どれくらい、この感情が育つの?


 わからないことが怖いなんて、初めて知った。


「うつむくのはやめなさい」


 体を傾けて、私と組んでないほうの指を伸ばしてくる。ボウッと近づいてくるその指を見ていた。


 大量の事務仕事で羽根ペンを酷使こくししてるせいでできたのかな。中指の第一間接辺りに根付いてるタコが、彼の真面目な性格を表してる。


 彼の指が、私の頬をなぞった。


「えっ……!?」


 包み込んで触れてくる手が、ヒンヤリしてて気持ちいい。

 きっとそう感じちゃうのは、また私の顔に熱が集まってるせいだ。


 だってこんなの、ドキドキするに決まってる。

 そんな優しく、ソッと触られたら、勘違いしそうになるのに。


 私が彼にとって、大切な存在なんじゃないかって。


 ありえないことを考えたって、迷惑にしかならない。うぬぼれたくもないし、そもそもレイモンドさんだって面倒でしかないはず。

 邪魔になんてなりたくない。ただでさえ私は、ここではイレギュラーでしかないんだから。


 無意識に下げていた首を上げたら、レイモンドさんがこっちを観察してた。

 さっきまではそっぽを向いてたのに、今は私をジッと見てる。


「暗い雰囲気では、この場にそぐわないでしょう」

「……すみません」


 表に出ちゃってたのかな。それは、レイモンドさんも注意するよね。

 隣に辛気しんきくさい顔してる人がいたら、つられて気が滅入っちゃうかもしれないし。


「別に責めてるわけではありませんので、謝罪は結構です」

「……」


 謝罪を聞き入れたくもないってこと、じゃないよね? もしそうだったら、悲しい。

 心が沈んでいく。マイナス思考のままじゃダメだってわかってるのに。


「私が言いたいのは、そのようなことではありません」

「! また、顔に出てました……?」

「ええ、ハッキリと」


 自分じゃわからないけど、レイモンドさんが言うならそうなんだよね。

 頬を優しくでてくる手を、嬉しいって思う。


「似合わない顔をするのはやめなさい」


 目元をやさしくぬぐわれる。涙も何も出てないから、サラリとなぞられていく。


「あなたにはいつもの、何も考えていなそうな間抜けな顔で充分です」

「……何ですか、それ」


 彼の言い分が、滅茶苦茶だ。

 ホメてるのか、けなしてるのか、わかりにくいにも程があるんじゃないのかな?

 けどそれが、彼らしくてクスッと笑っちゃった。


 心配してるってわかりにくい、照れ隠し半分の言葉。

 口調の端々で感じ取れる優しい言い方が、その気遣うような瞳が、全てを伝えてくれてる。


 この世界に来てすぐだったら、きっと、彼の言葉の意を正確にはくみ取れなかった。


 愛おしい人の、不器用な優しさをわかるようになったこと。

 それが何より、この世界に馴染むようになった証拠みたいで、嬉しくて、切ない。


 胸の奥が痛くなって、表情がまた歪みそうになって、あわてて元に戻した。


 彼の優しさを踏みにじることなんてしたくない。

 だから私は、必死に隠さなきゃ。


 だってこの苦しみは、私があがいてる証だって、そう思うから。


「行きましょう」


 だから、大丈夫。まだ私は、ちてない。ちるわけにはいかないんだから。



次はいよいよ舞踏会編最後。

次回は11月20日(水)0時投稿予定です。

それでは次回も。よろしくお願いします!


追伸:早く書き上がったので、6日(水)12時に次話投稿します

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