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ミスキャスト! ~異世界トリップなんて望んでません!~  作者: 梅津 咲火
◇第五章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?
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第二十五話  「私は、ここにいていいんですか?」

 後ろ手で扉を閉めたら、静けさが一気に襲ってきた。キーンって音が聞こえそうなくらい、何も音がしない。


 前に一度だけレイモンドさんの部屋には来たから、うっすらとだけど覚えてるよ。

 廊下に近いこの部屋の主役は、書類が山積みの執務机。……前にきたときより、机の上が大惨事みたいなのは、気のせい?


 生活感が全くないこの部屋は、仕事のみするための作業部屋なんだと思う。

 ここに以前来たとき、入ったときに使ったのは別の扉の存在に気づいてた。たぶん、それがレイモンドさんの私室に通じてるはず。


 その扉の前で深呼吸。

 ……よし。


 扉を軽くノックする。


「……はい」


 間があったけど、今度は聞こえたみたい。返事があったってことは、レイモンドさんは起きてるってことだよね。

 面と向かって話すのは、やっぱり緊張するよ。ドキドキ飛び跳ねてる心臓を、深呼吸をして落ち着かせなくちゃ。


「失礼、します」


 内装はいたってシンプル。……ううん、余り物がない部屋っていったほうがいいのかな。

 家具の色もオフホワイトとか、淡い色ばっかりを使ってるから味気ない。

 生活感はあるけど、整理整頓がキチンとされてる。レイモンドさんの几帳面きちょうめんさが部屋からも垣間かいま見えるよ。


 ベットの上で半身だけ身を起こしてる彼と、目が合った。

 横になってるから、普段はつけてるモノクルを外してる。素顔を見るのは初めてだから、新鮮な気分。

 私の姿を見た途端、目を見開いた。かと思ったら、すぐに顔をしかめられる。……嫌そうな顔。


「あなた……一体、何の用でしょうか?」

「話をさせてください」

「話? 私はありませんが」

「私のほうは、あるんです」


 すげなく断られるのは、予想してた。レイモンドさんが、渋るのも。

 でも、ここで引き下がったら何も変わらない。


 嫌われてるから、これ以上彼の邪魔にはならないようにって、そう心がけてた。

 だから、いつも一歩引いてた。気になったこととか、彼の発言にムカついたとしても流して考えないようにしてきた。


 でも、もし本当に、私がここにいることで、レイモンドさんを傷つけることになるんだとしたら。

 それは、すっごく嫌。


 私はレイモンドさんに嫌われてるのかもしれない。けど、私は彼のことは嫌いじゃない。

 ……ううん、むしろ人間的に好ましく思ってる。真面目なところとか、物事を割りと冷静に見る姿勢とか。


 ジッと私をにらむ彼は、血色の悪い顔を不機嫌そうにゆがめてる。そして、ハッと息を吐いた。


「……いいでしょう。病人をわざわざ鞭打って要求するのです。さぞや、有益ゆうえきな話なのでしょうね」


 憎まれ口を叩くレイモンドさんは、口調だけだったら元気そう。だけど、いつもの覇気はきはなかった。

 彼の言う通り病人相手だから、話は短めにしたほうがいいよね。

 端的に、わかりやすくしよう。


「レイモンドさん。私は、ここにいていいんですか?」

「は?」


 ポカンと口を開けて、にらんできた。『ああん? 何言ってんだ、こいつ』って表情が物語ってる。

 ……もしかして、短く言い過ぎた?


 鼻筋に手を押しあてたと思ったら、腕を下げた。いつもの癖で、モノクルを上げようとしたのかも。

 胃の中の空気を全て吐き出すくらいの、深いため息を一つ。口をㇸの字に曲げてる彼は、さっきより機嫌が悪くなってる。


「私が当家から出て行くよう要求した時には、図太く居座ったあなたが今更そんなことを言い出すんですか」

「! そ、れは……」

「一応、うかがいましょう。どのような心境の変化で、塩漬け肉のようにしなびているのですか」


 もうちょっと他に表現あったんじゃないのかな!? 肉って何、肉って!

 しおれてるとか言いたいんだろうけど、女の子に対する言い方じゃないよね!?


 ムッとしてジト目で見ても、眉をつり上げられただけ。平然としてて、ちっとも悪びれてなんかない。


 どう切り出そうか迷って緊張してた私が、なんだかバカバカしくなる。

 ううん、緊張を通り越して、むしろ悲しくなってきたよ。


 風邪で弱ってるはずなのに、こんな言い方する余裕がくらい私のことが嫌いなのかな? レイモンドさんにとっては、私なんて単なる邪魔な存在でしかないの?


「……苛立いらだったかと思えば、今度は何故泣きそうな顔を。本当にあなた、今日は一体どうしたのですか」


 怪訝けげんそうな顔で、私を眺めてる。感情を隠すことができなくて、表情に全部出ちゃってたみたい。


 口にするのは、怖い。だけど、このまま黙ってたって、レイモンドさんは不審に思うだけだし、こんなのヘビの生殺し状態でしかない。


「リーチェさんに似てる私がここにいるのなんて、許されるんですか?」

「っ!」


 レイモンドさんが息をのんだ音が聞こえた。

 彼のエメラルドみたいなキレイな瞳が、いつもより大きく見える。こぼれ落ちそうなくらい、大きく目を見開いてるせいだ。

 穴が開きそうなくらい、私の顔をマジマジと見つめてる。


「どこで、その名を……。…………いえ、おそらく父様、母様あたりでしょうね。他の者は、口を割ろうとはしないでしょう」


 言いながら、自分で納得してる。額に指を押し当てて、低くうめいてる。


「……たしかに、あなたがリーチェの面影と重なることを、否定はしません。ですが何故、それが先程の発言につながるのです」

「っ! だ、だって……私がここにいたら、嫌ですよね? リーチェさんの場所、まるで奪うみたいになるんじゃ……!」


 だから、あんなに最初、屋敷から出ていくように言ってたんじゃないの?

 記憶の中のリーチェさんを脅かす存在になる、私を屋敷にこれ以上いさせないために。


「…………もしも、あなたが気が回らない輩なら、慈悲じひなどかけずに捨て置いたでしょうね。端金をにぎらせれば、狡猾こうかつで意地汚い連中は飛びつくでしょう」

「え?」


 だけど、レイモンドさんに金と引き換えに屋敷を出て行くように言われたことって、一度もないよ。

 疑問が顔に出てたみたいで、それに対して彼にあきれた様子でため息をつかれた。


「あなたはそんなこと、通じない人でしょう?」

「それは……そう、ですね」


 もしそんな場面に立っても、元手となる金を渡されたら腰が引けて断固拒否するよ。そんなの悪いし、一方的にもらったって罪悪感しか湧かないから。


「ですから、あなたがここに留まることを許容しました」

「……でも、嫌なんですよね?」

「…………」


 沈黙は、肯定だってとらえていいの?

 それって、我慢してるってことに思えて仕方ないんだけどな。


 レイモンドさんと、視線を合わせる。透明感がある彼の深緑色の瞳が、瞬いた。

 いつも気難しそうな顔をしてるけど、今はもっとひどい。


 眉間に寄せてるしわは彫られてるみたいに、しっかり刻まれてる。口の線だって思いっきり曲がってる。

 レイモンドさんの口が動いた。


「そうですね、嫌でした」

「……っです、よね」


 わかってても、実際にレイモンドさんから直接言われるのとは訳が違う。

 『ああ、やっぱり』って納得してる私もいるのに、悲しい。


 自然と周りの景色がにじんでく。ああ、ダメだな、私。

 ここで泣いたって、レイモンドさんを困らせたり迷惑がられるだけなのに。答えを求めた私に、彼はただ素直に答えてくれただけなんだから。


 腹の底にグッと力を込めて、目元にも意識を回した。まばたきの回数を増やして、涙なんて隠しちゃわないと。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。せめて謝る意思はしっかり伝えなきゃ。


 深々と頭を下げて、息を吸う。どうか声が、震えてませんように。


「今までお世話に――」

「待ちなさい。話は最後まで聞くものです」


 最後までって? 今のが、全部じゃないの?

 遮られたから、あいさつが途中になっちゃった。中途半端に頭を下げかけたままもどうかなって思って、顔を上げた。


 レイモンドさんは不機嫌そうな表情のまま、私を睨み続けてた。

 ただし、顔を見合わせた途端に、特大のため息を吐かれた。


「ええ、そうです。あなたのことなど、嫌いでした。……けれど、それも知り合った当初のみです」

「え……」


 最初の頃だけって……。それじゃあその時以外は、例えば今は、どうなの?


「当家に接触するとは、何が目的なのか。金か、地位か、他の者の手引きかとも疑いました。しかしあなたときたら、のんびりと使用人に収まる始末」


 うん、前に1回レイモンドさんの私室に呼ばれた時に似たようなことを聞かれたね。


「潜り込んで内情を探りにきた間者の線が濃いかとにらみました。問い詰めてみれば……異なる世界から来たという、寝言のような絵空事を言い出す」

「……事実ですし、正直に話したんですけど」

「ええ。あなたは、バカ正直に話しました。気狂いにとらえられても仕方のない信憑性もないことを、よりにもよって敵愾てきがい心を抱いていた私に」


 バカ正直って、たしかにそう言われてもしょうがないことかもしれないけど。

 あの時は、そうするのが一番いいって思ったんだから仕方ないよね? 誤魔化ごまかしても、レイモンドさんとの関係が悪化するだけに思えたから。


「異分子だと自らを認めるその情報で、屋敷を追い出される可能性は視野に入れなかったのですか」

「あの時は、レイモンドさんに少しでも信頼してほしくて必死で、そんなこと考える余裕なんて、なかったです。それに……」


 こんなこと言っても、結果論でしかないけど。


「レイモンドさんはそんなことしないですよね」


 屋敷を出ていくようにうながされはしたけど、脅しは一度もしなかった。そんな彼が、するわけない。

 首を振ったら、それで何故かレイモンドさんが渋い顔をした。


「ためらいなくそう断言するなんて、本当に危機管理が足りていませんね」

「そうでしょうか」


 レイモンドさん相手だから、いいと思うのに。

 首を傾げたら、また彼はそれにため息をこぼしてきた。


 なに? レイモンドさんってば一体どうしたの?


「嫌われているかもしれないと危惧きぐしていながら、信頼を寄せるなんて、あなたは……」


 うん。レイモンドさんの言いたいことは、なんとなくわかるよ。そんな相手に気を緩めるなっていいたいんだろうけど。

 でも、そのことを指摘してるレイモンドさんだから、大丈夫だって思うのに。


「ですから、私はそんな愚者であり淘汰とうたされてしまうような存在であるあなたを、経過観察していました」


 ずいぶんな言われよう。ののしりも中々の内容だけど、経過観察とか、私は実験動物扱い? もしくは、小学生の皆大好きアサガオの成長観察とか。

 どちらにしても、人扱いじゃないね!


「そもそもは、目を離せば当家に厄介事を引き込む危うさがありましたので、始めたことでした」

「監視ってことですか?」

「そうですね。ある程度掌中に収めておけば、被害も最小限になるだろうと見込んでのことでした」


 合理的だから説明をされたら、納得はできないけど理解はしたよ。


「ところがあなたときたら、のん気にも料理に勤しむばかり。……いえ、一概にそれも問題を起こしてないとは言い切れませんが……些末さまつな事柄でしょう」


 あー……作った料理が、こつちの世界にないような物が多かったからかな? それとも、ヴェルツさん絡みの騒動とか?


「気を張りつめているこちらが、馬鹿馬鹿しくなりましたよ。それがあなたの狙いだとしたら、大したものですけれど」

「そんなの、狙ってませんけど」

「でしょうね。あなたにそんなことをこなす腹芸は到底無理でしょう」


 さっきから何気なくバカにしてる? 所々、チクチク嫌みが混じってるのは、私の勘違いかな。


「バカ正直に私の問いに答え、ひとつ覚えのように仕事をただひたすらにこなし、取引をしたはずの私に対しても過剰に対価つり上げを要求してこない。……まるで、懸命に働くただの使用人のように」

「……使用人、ですから?」


 むしろ、他にどんな対応ができるのかな。

 当たり前のことをしただけなのに、なんでレイモンドさんはため息なんてついてるの。


「更には何か要求はあるかというたずねには、食材を申し出るなんて。貴金属や宝石類、ドレスと答える影すらない」

「……そんなのあったって無駄ですよね?」

「ついには無駄、ときましたか……」


 え、だってそうだよね。私が持ってても意味ないし。

 使い道がわからないものをもらっても、置き場所に困るよね。変に高いものだと、もしなくしたらってヒヤヒヤするだけのような。


「本当に、愚直としか言いようのない行いばかりです」


 やっぱり、さっきからバカにしてますよね?

 あからさまにため息ついでに首を振らなくてもいいのに。


「さっきから、結局何が言いたいんですか」


 声色が不機嫌そうになったのを隠す気も起きないよ。

 目が合ったレイモンドさんに、思わずガンを飛ばす。とは言っても、私のにらみなんて彼には全然効果なんてないだろうけどね。


 案の定、レイモンドさんは眉をわずかにつり上げただけ。

 右腕を上げてからすぐに下したのは、またモノクルをいじろうとした癖が出たのかな。


「……」

「……」

「…………」

「…………あの、レイモンドさん?」


 どうして黙ってるの。

 口を開けたり閉めたりはしてるけど、何も言わない。

 腕組みしたまま、指先だけ動かしてトントンってリズムを刻んでる。


 言葉にするのをためらってる? あ、それとも何を伝えようもしたのか忘れたとか?

 わざとらしい咳払いを一つ。風邪でタンがのどに絡んだからってわけじゃなさそう。


「要するに、私は……あなたのことを嫌ってはいません。誤った認識は正しなさい」

「え?」

「なんですか、そのほうけ面は」

「え、だってその、え、ええ?」


 ちょっと何言われたのかわからないよ。嫌いじゃないって?

 それだけのためにわざわざ、あんなに遠回りな話をしたの?


 『嫌いじゃないイコール無関心』って可能性は、なくもない。だけどそれだったら、彼は時間をかけて話したりしないよね?

 それはつまり、その。


「……っ」

「何をニヤついているのですか、あなたは」


 レイモンドさんに指摘されて気づいた。いつの間にか、笑ってたみたい。


 だって、レイモンドさんに嫌いどころか、好かれていたなんて。そんなの。


「ありがとう、ございます。嬉しいです」

「あなたは…………全く」


 あきれた様子でため息を吐いてたけど、レイモンドさんの眉間にあるシワの数は減ってた。

 彼の肩の力が抜けたように思えたのは、気のせいかな。



 やっとのこさ和解です。

 これでようやくレイモンド編突入時では、マイナス値から入った好感度もゼロに。


 次回は17日(日)12時投稿予定。

 それでは次回も。よろしくお願いします!

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