第十六話 「さてはデートだ!」
「全く、あなたという方は……どれ程、食欲に忠実なのですか」
隣から降ってくる特大のため息に、思わず身を小さくしちゃう。
そうは言っても……。あの時は、コメしか浮かばなかったんだから仕方ないよ。
コメの正体が食べ物だってわかったときのレイモンドさんの冷ややかな目は、明らかに呆れをふくんでた。
「同じ嗜好品であるとはいえど、これほどまでに色気を感じ取れない物とは……」
否定の言葉もありません。だけど、何回言われたって宝石とか高い服には魅力を感じないんだよね。
…………でも。
「文句は言うのに、なんだかんだでコメを探してくれるんですね」
「何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、なんでもないです」
結構小さな声で呟いたのに、なんで聞き取っちゃうかな?
不機嫌そうにこっちを睨みつけるレイモンドさんと目が合って、慌てて首を振って誤魔化した。
マクファーソン商会の伝手を辿ってコメを見つけてくれるって言い出したかと思ったら、こんな冷たい塩対応するんだから。優しいのか厳しいのか、どっちなのかわからなくなるよ。
「そ、それよりもレイモンドさん! レイモンドさんはどこか行きたい場所とかってありませんか?」
話題を変えるためにも口を開いたのもあったけど、私の用事にだけ付き合わせちゃうのも申し訳ないからね。
素直に答えてくれるかはべつにしたって、聞くのはタダだよね。
「は? ……私、ですか」
「はい」
今は市場をゆっくり見てはいるけど、ずっと見てるわけにはいかないよね。私は飽きないけど、レイモンドさんもそうとは限らないし。
「いえ、私は特にはありません」
「そうですか……」
……やっぱり予想通りと言えばそうなんだけど、ちょっと残念というか……ガッカリ?
レイモンドさんのことを、もう少し知ってみたい、なんて思ってたんだけど。
「…………そういえば、一軒私用がありました。なので、そちらに向かうとしましょう」
「っ!?」
「何か、苦言でも?」
「いっいいえ! 早く行きましょう!」
『気が変わった』なんて言い出される前に、否定してうながした。
急かす私を、レイモンドさんは顔をしかめながらモノクルの位置を直して見つめていた。
◇◇◇
裏通りのジメッとした薄暗い所の一角。周囲の建物に埋没してる中の一つの目の前に、私とレイモンドさんは立っていた。
……本当に、ここに用事があるのかな? 普通の二階建ての一軒家にしか見えないんだけど……。
でも、レイモンドさんはためらいなく真っすぐにここまで来たから、たぶんここ、なんだよね。『もう一回ここまで一人でたどり着け』なんて言われたら、絶対無理なくらい複雑な道だったから。
ここまでの道順は……なんていうのかな、巨大迷路かアリの巣? 道中に『これって道?』って疑うほど、細いところを入っていったし……。
レイモンドさんはといえば、民家にしか見えない建物の扉の取っ手を迷うことなくつかんだ。まさに、勝手知ったる場所っていう感じ。
軽やかなベルの音が鳴って、扉が開く。そのまま無言でレイモンドさんは中へ入っていく。
「あの、勝手に入っていいんですか?」
「構いません。定休日ではないことは確認済みですから、支障ありません」
「定休日って……ここ、店なんですか!?」
看板の一つもなかったよ!? 扉にだって標識もなかったし!
私の問いかけに返答しないまま、レイモンドさんは躊躇ゼロで建物の中に入ってく。
置いていかれるわけにもいかないから、レイモンドさんの後に続いて身を滑らせる。背後でベルがチリンってベルの音と一緒に、扉が閉まる音がした。
外観どおり、中はこじんまりとしてた。左右に設置されてる等身大の陳列棚が圧迫感がすごい。これだったら、今私が仮住まいしてるマクファーソンの屋敷の部屋の方が十分広いと思う。
「いらっしゃーい。……って、なーんだ、マクファーソンのボンかぁ」
「随分な物言いですね。こちらは取引先ですよ」
男の子の高い声が聞こえた。ボーイソプラノって表現したらいいのかな?
狭い通路はレイモンドさんの背でふさがれて、相手が見えない。
結構気安い感じで話してるけど、一体どんな人なのかな? ため息交じりに返答してるけど、レイモンドさんは嫌そうな素振りは見せてないし……。
気になって彼の横からのぞき込むと、透き通ったピンク色の瞳と目が合った。
「うっわぁ、なになに! 女の子同伴なんて、どうしたの!? あっ! そっか、わかったよ! さてはデートだ!」
「違います」
「そっかそっかぁ! ボンもついに春が来たんだねぇ~」
「春が到来してるのはその残念な頭でしょう」
スッパリキッパリって感じでレイモンドさんが即答したのに、全く彼の耳には届いてないみたい。むしろ、桃色の瞳をますます輝かせてる。
私の腰より少し低めの身長に、小柄な成長しきってない身体つき。少年っていうより、男の子って表現がしっくりくるよ。興奮してるみたいで、ほっぺは少しだけバラ色に色付いてる。それが余計に幼いって感じる一因なのかも。
ところどころ髪型が跳ねてるのは、寝ぐせなのかな? 溶けて消えちゃいそうなほど淡いパステルピンク色の髪を揺らしながら、楽しそうにしてる。
その髪の上にチョコンとのってる、三角形の赤いとんがりボウシが似合ってる。
「こんにちは、おじょーさん! ボンの恋人っ!? そうだよね!」
うっ……すっごく期待してるキラキラした目で見られてる!? で、でも、嘘つくわけにはいかないし、そもそも流されて『うん』なんて言ったら、無言の圧力を上からかけてきてる彼が怖い。
「こんにちは。恋人とかじゃなく、私は単なる付き添いで来ました」
「ええ~っ!!? 違うのぉぉおおっ?」
「ごめんなさい」
私が悪いわけじゃないんだけど、落胆されたときのため息が深くて謝る。
「なぁ~んだ! ちぇ、つま~んな~いの!」
「退屈で結構です。別段、あなたを愉快にさせるつもりで行動しているわけではありませんから」
「その返答までつまんないっ!」
うーん……ぷぅっと頬をふくらませるしぐさまであざとい! 女の私より女子力ありそう。
不服そうにしてたかと思えば、ふくれっ面をパッと変えて明るく笑った。
「ま、いっか! 初めまして、おじょーさん! 僕は店長代理のカプリース、よろしくね!」
「初めまして、リオン・クガです」
軽く頭を下げて会釈をしてあいさつ。にしても、店長代理ってすごいなぁ。年下でしっかりしてそうだけど、まだ7歳くらいにしか見えないのに。
「店長は人前に出るのが苦手なんだよ~。だから僕が接客とか取り引きは受け持ってるってわけ。商品を作るのは店長だよ!」
「商品?」
「あれっ? ボンから聞いてない? ここは魔道具を扱ってるんだ!」
私の疑問が顔に出てたみたいで、カプリース君はニコニコ笑いながら説明してくれた。
「立地も外観も不信感を煽るような不安要素しかない店ですが、技量だけはたしかです」
「ちょっとぉ~!? ボンは一言余計っていうか、もうちょっと考えて物を言いなよね!」
「その発言こそ失敬だとはとらえないのですか」
「ぜ~んぜん!」
ケタケタと笑うカプリース君を見て、レイモンドさんは不機嫌そうに顔をしかめてる。
会話から考えても、二人は普段からこんな感じのやり取りをしてるんだろうね。
「……ハァ、それよりも以前依頼した物はどうなりましたか」
「もっちろん、バッチリ! 奥に試作品があるけど、何なら確かめてみる?」
「………………そうですね」
「え~? 何その沈黙?」
「いえ、べつに。ここにあなたと彼女を二人だけにして、悪影響がどれ程あらわれるか算段していただけです」
「失礼な! 僕が何するっていうのさ!」
「むしろ何もないことの方があり得ないことだとご自分でもわかっているでしょうが」
「そんなことないって!」
「…………」
力強い否定に、レイモンドさんの眉間にあるシワの本数が増えたような……。カプリース君を警戒してるみたいだけど、そんなこと必要なの?
レイモンドさんの発言から考えたら、私は店の奥には入れないみたい。だから、ここで待つことになる、のかな?
でも、私を一人で残していくことをレイモンドさんは渋ってるみたいだけど……。私がカプリース君に迷惑かけちゃうんじゃないかって病んでるのかな?
「レイモンドさん、私のことは気にしないでください。ここでおとなしく待ってますから。脱走もしませんし」
「…………私はその様な些末な事柄について、憂いているわけではないのですが」
え、違うの?
見上げると、顔をしかめてこっちを眺めてるレイモンドさんと偶然に目が合う。思わず首を傾げると、レイモンドさんは特大のため息をついた。
「……まぁ、いいです。カプリース、くれぐれも余計な真似はしないように」
「はいは~い!」
「本当にわかっているのですか、あなたは」
ブチブチ言いながら、レイモンドさんは店の奥へと消えていった。
……? レイモンドさんは、何が気にかかってたのかな?
4月なんて存在しなかったのだよ……(´・ω・`)
次回は20日(日)12時に投稿予定です。
それでは次回も。よろしくお願いします!